地平天成
「二年前、俺は姫様を探すために鴉をあちこちに飛ばしていた。その時、やっと姫様を見つけたんだ」
二年前……
ちょうど透が烏丸師匠に引き取られた頃、だろうか?
「あれは……」
師匠が言いよどんだ。何かあったのは事実なのだろう。ただ、擁姫が関係しているならば、やはり透も関係しているのだ。しかし透には思い当たる節がなかった。
『二年前……?そんなことがあったのですか?』
擁姫が透の身体で烏丸師匠を向いた。どうやら擁姫も寝耳に水らしい。一体どういうことだろうか。
師匠は吐き出すように言った。
「あの時は―――――
「師匠!月が綺麗ですよ!」
透が縁側でそんなことを言っていた。だからって別に何かすることもなく「おぉ、そうかそうか」とおやじ臭く言った。それからしばらくは何も起こらなかった。透が庭にいる妖怪どもと言い争っているのが聞こえたが、何もしなかった。むしろその、人と生活している感じが心地よかった。一人じゃないと思えることが。
しかし不意に透が叫んだ。ほんの一瞬の声だったけど、そのあとに妖怪どもが騒いでいるのが聞こえた。さすがに縁側に出てみる。そこには呆然と立ち尽くす透の姿と、その周りに傷ついて倒れる妖怪どもがいるだけだった。
「透?どうした?」
そう呼びかけるも、返事はなく、透は月を見上げていた。
『……しの…』
透から、透の物じゃない声が聞こえた。その瞬間透の体は光を放ち、倒れてしまった。しかし、その場には、透の代わりに綺麗な着物を着た女性が立っていた。かなり強い妖気を放っていた。
「誰だ!?」
彼女はそんな言葉を気にせず、ただ月を見ていた。
『わた…し……の……』
妙に悲しげな声をしていた。
『私の……故郷……帰る…場所……』
彼女は急にこちらを見て、襲いかかってきた。
何もすることができなかった。何をするべきか解らなかった。
ただ攻撃をかわしながら、ただ考えることしかできなかった。
「し……しょ…」
その時かすかに透の声が聞こえた。
「よう、姫…………わた、の…中に……」
最初は何を言っているか解らなかった。しかし、考えてみると着物の妖怪は透の中から出てきたのだ。ということは透の中に封印すれば良いのか?
試してみることにした。まずはしっかりと間合いを取って落ち着いた。そして呪文を唱える。
「汝、解放されし体ふたたび彼の者に支配されん」
しかし、うまくいかなかった。相手が暴れまわっていては集中できない。そこで―――
「しばしその体鎮めん」
拘束の呪文。その効果はきちんと現れた。彼女は必死に体を動かそうとするが、術は解けなかった。そして再びあの呪文を唱える。
「汝、解放されし体ふたたび彼の者に支配されん」
今度はきちんと効いたらしい。着物の妖怪の姿は、どんどん淡くなっていき、そして消えた。
その瞬間、鋭い殺気を感じた。
しかし何も起きなかった」
師匠が話し終えた。みな何も言わなかった。
ただ静かな時間が過ぎて云った。