もしも『魅了持ち』が**だったなら
ふわりと、軽やかに風にたなびく髪の毛。
桃色のバラのつぼみのような少し厚めの唇。
つぶらに輝く黒い瞳。
ワシこそが、このゲームのヒロイン!
「ウスハなんじゃあ!!!」
*
プレシャス王国王立貴族学院。
通称:大きな学校。
ここには国中どころか、遠くいろんな国からの王族・貴族が集まるハイソサエティでノブレスオブリージュな学院だ。
貴族の、貴族による、貴族のための学院で、勉学・武術・コミュニケーションありとあらゆる貴族知識&実践を積む学び舎である。
貴族でなければ入学できぬ厳しい規律をかいくぐった猛者たちがひしめきあう、まさに小さな王国と言っても過言ではなかった。
何百年と続く伝統の学院はこれまで、規律と規範が守られ、さしたる問題も起きていなかったのだが、今入学シーズン、大きな波乱と共に幕を開けてしまったのである。
「ウスハ!!」
このプレシャス王国の王子にして次期王とも噂に名高い、シャロン王子が一人の生徒の名を呼んだ。学院の新しい生徒たちが入学を果たした翌日。
いや、正確に言えば、入学の式典後すぐに、この異変は起きたのである。
「シャロン様~」
ウスハと愛称で呼ばれた生徒は大げさに振り返って応えた。
周りの生徒たちはざわついた。
昨日の出来事があったからである。
昨日。
国王陛下のご挨拶に続き、首席入学を果たしたシャロン王子殿下が生徒代表の祝辞を述べていた時、突然一人の生徒を見つめ、動かなくなった。
その後、滞りなく事態は進んだのであるが、行事の終了後王子は彼の生徒に接触をこころみてしまったのであった。
「君は?」
目線を外すことなく、彼は問うた。
「貴方は、王子様?」
はっとした表情で、その生徒は問い返す。
「そうだよ、私はこの国の王子シャロン・プレシャス。君は・・・」
なんと呼んだら良いのだろう?王子は歌うように尋ねた。
生徒は満面の笑みを浮かべて答える。
「ウスハって呼んでほしいんじゃあ!!」
場面は戻り、入学式翌日。
登校時間。
校門。
王子はとろけるような微笑みを浮かべてウスハの手をそっと取った。
「ああ、ウスハ。今日もなんて愛らしいのだろう」
つぶらな瞳はまるでブラックダイヤモンドのように小粒に煌めき、桃色のバラの唇はぷるりと厚い。
~なんじゃあ。という変な語尾も、ウスハが発すればまるで小鳥のさえずりのように感じられた。
「シャロン様、往来ではしたないですわよ」
そこへ通りかかった王子の婚約者の令嬢リンダがぴしゃりとたしなめる。
「あなたも少しわきまえなさい」
ウスハは一瞬だけ舌打ちしそうな顔つきになったが、すぐに王子の後ろに隠れるとちょっとだけ顔をのぞかせてあやまった。
「ごめんなさいなんじゃあ」
悪いというそぶりは微塵も感じられなかった。しかし、王子はウスハを心配そうに見つめた後、リンダに強く言い返す。
「そんな言い方はないだろう?ウスハは男爵家に引き取られてまだ間もないんだ」
よくある言い合いに発展しそうになった時、予鈴の鐘が鳴り生徒の面々は解散した。
そして、その後数日。
「キュリアン様!なぜ私との約束を破りましたの!?」
伯爵家の令嬢が叫ぶ。
「ウスハが心細いと言うのだ、仕方ないだろう?」
別の場所で。
「リール様、そのブローチ……トリニトロ男爵家の庶子とおそろいですわね(怒)」
侯爵家のご令嬢が婚約者に詰め寄っている。
「庶子なんて言い方はよせ!君は侯爵家の生まれだからブローチくらいいくらでも持っているだろう。このくらいウスハに贈って何が悪い?」
他にもやれ騎士の誓いをウスハにしただの、レアな劇をウスハと見に行ってしまっただの、王子とその取り巻きがそろいも揃ってウスハウスハと言い出したのである。
いくら言っても聞かない。
彼らの口から出るのはウスハウスハ。
王子の婚約者であるリンダは酷く冷静に現状を把握すると、父の公爵に進上した。
お父様。
あの方たち、なんか、様子がおかしいのですわ。
と。
話を聞いた公爵は確かになんか様子がおかしいなと思い、早急に調査を開始した。
結果。
ウスハは『魅了』の力を持っていて、何やらこざかしいことを考えているということが分かった。
魅了除けマスクと防護メガネをつけた者たちがウスハを捕らえて、尋問するとウスハはこう答えたらしい。
「ワシはこの学院のヒロインなんじゃあ!!逆ハーなんじゃあ!!!!!」
意味不明なことを喚き散らしたため、側にいた騎士団長が手刀で意識を刈り取って魔術研究所へと送られたらしかった。
ウスハ。
本名:ウスハゲーノ・トリニトロ男爵子息(養子)。
年齢不詳。
色白でもちもちしたフォルム。
大きな顔に小さい黒豆のような、つぶらな瞳。
風にたなびく、一筋の髪の毛。
桃色のバラのような色をした、吸い付いたら離れなさそうな厚めの唇。
彼は、一体どうやって紛れ込んだのか。
それは誰にも分からない。
男爵も気づいたら馬車に乗せてしまったのだと言っていた。
魅了の解けた王子や位の高い青年たちは、軒並み自分の所業を思い出して青白くなったそうだ。
座った目でそれを見続けていたご令嬢たちは、全員婚約を破棄したらしい。
シャロン王子は泣いてリンダ嬢にあやまったが、気持ちがすっかり冷めていた彼女は破格の条件を提示されても王子妃の座を断ったという。
魅了を持っていたのが可憐な美少女だったなら、やはり悲劇は待っていそうなのだけれども、後世への語り草くらいにはなったかもしれない。
しかしながら、今回の魅了持ちはアレだった。
関係者各位にはことごとく箝口令が敷かれ、このことが関係者以外にもれることはなかった。
なんか、可哀そうだったからである。
おわり。




