「君のことを愛するつもりはない」と夫に言わせてみた
「……きっ、君のことを、愛するつもりは、ない」
相当歯切れ悪く、初夜のベッドの上で正座をしながら、今日から夫となったヘミオンが言ったのだった。
それはそれは泣きそうな顔で、頬を真っ赤にしながら──。
「きゃあっ、ありがとう!できることなら、もっとはっきり言ってほしかったわ!」
私は拍手をしながら、うんうんと頷いた。
「……思ってもいないことを言わされる、僕の身にもなってよぉ」
「だって、ご夫人も、最近結婚された新婚さんも、一部の人たちはそう言われたと言っていたから…、女性の輪に入っていくためにも体験しておいた方がいいかと思って」
「まともな男がいることを願うよ…」
「あら、ヘミオンがまさしくそうじゃないの」
ヘミオンの向かいに同じく正座していた私は、きょとんとしてしまう。
だけれど、ヘミオンは困ったように笑う。
「僕は君が、サティーリアを好きなだけだから」
「どう違うの?」
「結婚相手が君じゃなかったら、僕は同じセリフを言ってしまっていたかもしれないってこと。僕だって、大してまともじゃない自覚はある」
影が差すみたいに俯いたヘミオンが、夜の静寂に溶けてしまいそうだった。
ふむ、ヘミオンなら互いを知る努力くらいはしそうなものだけど、自己評価は違うのね。
「その場合、どうやって過ごすつもりなの?初夜は?」
私の疑問は言葉になって、ヘミオンは弾かれたように表情を変えた。
「えっ…、そうだな。初夜は義務だから、遂行すると思うよ。男児が生まれるまでは、とはさすがに思うかな」
「じゃあ、生活は?お嫁さんを無視して生きてくの?」
「最低限の会話はするんじゃない?じゃないと、生活が厳しいでしょ」
「じゃあ、ドレスや宝石なんかはどうするの?」
「我が家に金がないと思われないためにも、きちんと贈るんじゃないかな」
「じゃあ、夜会など夫婦で参加するものは?」
「もちろん行くよ。愛さないだけで欠席なんて、すぐ噂になるよ」
「じゃあ、愛人でも作るの?」
「仕事に家のことに、領地のこと。父から継いだらもっと忙しくなるだろうし、そんな時間があるなら寝たいな」
私の質問に全て丁寧に返してくれるヘミオンが、愛おしくなってくる。
「じゃあ、愛があるかないかだけで、私にすることと大差ないじゃない」
「気持ちが全然違う」
キッパリそう言ったヘミオンに、胸の真ん中あたりが温かくなる。
「行動は変わらなそうだから、わざわざ『愛することはない』なんて宣言しなかったら、何も問題なさそうね」
「それは……、そうかも…?」
ヘミオンが顔を上げて、首を傾げた。
私の大好きな瞳が、私を見ている。
あーあ、今日は最高の日ね。
「ふふっ。ねえ、ヘミオン」
私はまっすぐにヘミオンを見つめ返して、自然と口元が緩んだ。
「私とあなたも、紛れもなく政略結婚だわ。私たちの運がよかったのは、お互いを好きになれたことよ」
私の言葉を遮ることなく、ヘミオンは耳を傾けている。
こうやって向き合ってくれるあなたが、もし私のことを愛せなかったとしても、邪険に扱うところは想像がつかないわ。
「だから、私もすることは変わらないと思う。それでもあなたを愛しているからこそ、できることがあるのだとしたら、私はそれをこれからも頑張りたいわ」
まあ、具体的には思いついていないんだけどと笑うと、ヘミオンも笑った。
「僕もサティーリアを愛しているからこそ、やれることをしたいな」
「じゃあ、手始めに愛してくれる?」
私がそう言って、彼の手を握ると、ヘミオンは肩を揺らした。
「よく照れないね…、もちろんだよ。今日をどれだけ待ち侘びたことか」
ヘミオンは、私の頬をさらりと触った。
「ねえ、ヘミオン。やっと夫婦になれて嬉しい」
「ああ、僕もだよ」
「私と結婚してくれてありがとう」
「その言葉を、死ぬまで言ってもらえるように頑張りたいかな」
「いいわね、私もそうする」
暗い部屋の中、静かにくっついた唇が嘘みたいに熱くて、泣きそうになるのだった。
了
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