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もしかして茗荷谷

掲載日:2026/07/04

窓から差しこむ夕日があざやかに眩しくて、さっきから延々と聞いてもらっている私の「嫌なこと」が、ひどくちっぽけで、惨めなものに思えてきてしまう。


「それでさ、本当に信じられなくなってさ」


スマホの向こうの友人は、


―はいはい、だねえ


子猫におやつでもあげているみたいな軽い調子で応えてくる。私の深刻な悩みなんて、その程度のものなのだ。なんとなくわかってはいる。でも、続けてしまう。


「なんか、どうにもならなくてね。やんなっちゃうよ」


―そういうときはさ、あれよ、えーと、さ、ほら


「何よ?」


―だから、ほら、クセのある、野菜の


「クセ? 野菜?」


―あんま頻繁に買うもんじゃなくてさ


「わかんないよ」


―ああ、駅名にもなっててさ


「駅名って」


―そうめんのときにさあ


「…もしかして茗荷谷?」


―そうそう、それ、茗荷谷


「茗荷谷がどうしたのよ?」


―茗荷谷というか、みょうがのほう


「それで?」


―食べてみたら?


「え?」


―みょうが食べると忘れっぽくなるとか言うでしょ。食べて嫌なことみいんな忘れちゃいなさいよ


あまりに強引な理屈に、毒気を抜かれ、鼻で笑うしかない。まったくヤレヤレな友人だ。その友人に話を聞いてもらってる私にしても十分アレだけど。


友人との通話を終え、アプリで地図を呼び出す。「茗荷谷」と打ちこんで…


ふうん。思ったより遠くないんだねえ。


さっと支度をして外に出る。気持ちが沈んでいかないうちに、とっととやることやってしまおう。いままで一度も降り立った駅ではないけれど、スーパーくらいはあるだろう。


みょうがを求めてスーパーに。なんなら、せっかくだからとその買いものは茗荷谷で。


我ながらアホっぽい。まったく、ヤレヤレだ。


茗荷谷に向かう電車の車内で、みょうがのみそ汁にあう献立を、ちょっとばかり考える。さっきまでの沈んでいた気持ちがやんわり小さくなって、ほんの少しだけ楽しく思えていた。ほんの少しだけ、だけど。







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― 新着の感想 ―
タイトルから引きこまれました。茗荷谷からの「みょうが」のお話、とても面白かったです。 たしかに、その友人とのやりとり自体によって、沈んだ気持ちも少し気が軽くなったように感じそうですね。読ませていただ…
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