追放ものを見た日本人
「まさか、あんたに誘われるとはね」
「ま、偶には良いだろう?」
中世ヨーロッパの様な街並みを歩く二人の男性。
その街並みには似つかわしくない、現代風のスーツと制服ーー陸上自衛隊第3種夏服を着た二人は、目的地である繁華街へと足を踏み入れる。
この二人はとある共通点があり、それによって仲を深めた。……決してアーー♂ーー!!な間柄ではない。
「サシで飲むのは初めてだな。使節団代表殿?」
「プライベートでその呼び方は止めてくれ……第1空挺団中隊長殿」
「わかったわかった!だから俺もその呼び方は止めてくれ!!」
「……ったく」
そう話しながら彼らは目的地へと足を進めた。
数分後、彼らの目の前には異国情緒溢れるーーまあ、外国なのだから当たり前だがーー居酒屋……と言うより酒場が現れた。
「ここか、お前のオススメの店は」
「ああ。駐屯任務でしばらくこの国に滞在した時に部下に教えてもらったんだよ」
そう言いながら、特徴的な彫刻がされた扉を開くと、ドアベルが鳴るのと同時に料理の良い匂いと、酒場特有の喧騒が彼らを包む。
中隊長は手慣れた様子でスタッフの若い女性に声をかけ、テーブル席へ向かった。
「早く来いよ。ここのチンギアーレエノルミの香草焼きが絶品でなあ〜」
「チンギ……なに?」
「ああ、俺らで言う猪だ」
二人が席に着くと、見計らったようにスタッフが木のジョッキに入ったビールを持ってきた。
中隊長が通い始めた頃は、温いエールしかなかったのだが、日本からのODAにより、冷蔵庫などの電化製品が普及し、食生活も向上、酒類もエールだけではなくラガーも飲めるようになっていた。……ラガーと言ってもピルスナーが主ではあるが。
テーブルに置かれたそれを直ぐ様手に取り、一気に煽る。
「あぁ〜美味ぇ!!」
「ああ。まあ、こちらでも酒類の需要は高いからな。ピルスナーだけじゃなくてデュンケルやシュヴァルツも輸出したいものだ」
「お、黒ビールか!いいねぇ!ドイツに行った時に飲んだケス◯リッツァーが美味くてなぁ……ただ、シュヴァルツはまだしも、デュンケルって日本で作ってたか?」
「地ビールで何種類かあるぞ。サ◯トリーも期間限定で作ってたかな、確か」
「ま、そこら辺は政府の方々にお任せしますかね」
「何言ってる。お前も政府の人間だろうが。特別職国家公務員殿?」
「ん~…俺の場合、防大は出たが生徒出身じゃねえからな。行けて一佐止まりだわ。
幕僚長になるなら、『政治』もするんだろうがね」
「『政治』なんぞやらん方がいい。面倒くさいぞ」
「知ってるよ。今の統幕長は俺の部下の親父さんだからな。色々聞いてるわ」
話しているうちに、チンギアーレエノルレ……噛んだ。チンギャ……チングァ……チンなんたらの香草焼きが到着した。
鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てていて、テーブル周辺には肉と香草ーー恐らく、バジル・オレガノ・ローズマリーあたりだろうーーが焼ける良い匂いが漂っている。
「おっほーー♡これこれ!」
「むさいおっさんのオホ声なんか聞きたくなかった……」
「何か言ったか?」
「いや、何も……」
「我慢できねぇ!食うぞ!」
ナイフとフォークで切り出し、口に運んだ。
「やっぱ美味ぇ!!」
「ほう。これはなかなか」
野性的な味ではあるが、香草がきいているのか、臭みは全く無い。
暫く2人で食事と酒を楽しむ。
「それにしても、勇者召喚制度が国家事業とはね。向こうも大変だ」
使節殿が言う。
この国――アルトリウス王国は、魔王の脅威に対抗するため、選ばれし“勇者”とそのパーティを国費で支援している。
その勇者パーティが、ちょうど斜め後ろのテーブルにいた。
豪奢な剣を背負った青年、神官風の女性、魔術師の少女、そして重装の戦士。
そして、その隣に小柄な猫耳の少女が控えめに座っている。
猫の獣人。年の頃は十六、七。
テーブルに並んだ料理を、せっせと小分けにし、酒の追加を気にかけ、地図や書類を整理している。
そのとき。
背後のテーブルから、わざとらしく大きな声が響いた。
「まったく、愚民どもと同じ席で飲むのも飽きたな」
勇者の青年が、金縁の杯を傾けながら吐き捨てる。
アルトリウス王国公認勇者、レオン。
王都では英雄ともてはやされているが、その態度は鼻持ちならない。
「平民は金も力もない。魔王と戦うのは選ばれた我々だというのに」
神官が頷き、魔術師が嘲笑する。
そして、テーブルの端に控える小柄な猫の獣人の少女。
リーニャ。
彼女は料理を取り分けながら、肩を小さくすくめていた。
「おい、リーニャ」
レオンが声を荒げる。
「宿代が足りなかったのはどういうことだ」
「そ、それは……今月の支給金を新しい剣の前金に……それと魔導書の購入費で……」
「言い訳するな。愚民の商人に足元を見られただけだろう」
店内の空気が重くなる。
使節殿の視線が、静かに動いた。
中隊長は苦笑する。
「相変わらずだな、王国の勇者様は」
次の瞬間、レオンが立ち上がった。
「お前、さっきから聞こえるように言っているな。異邦人」
使節殿は穏やかに振り向く。
「外交官ですので。耳は良いのです」
「ふん。異世界の国が何を偉そうに。我々は王に選ばれた勇者だ」
中隊長が低く口を開く。
「補給担当を追放するつもりか」
レオンが鼻で笑う。
「戦えない者は不要だ。荷物持ちなら平民でも雇える」
リーニャの猫耳が、しゅんと垂れる。
使節殿は静かに言った。
「彼女がいなければ、あなた方は三週間後の北方湿原遠征で詰みますよ」
「口を出すな、愚民国家の役人が!」
レオンは机を叩く。
「我々は勇者だ! 助言など不要!」
中隊長の目が冷える。
「助言ではない。事実だ」
「なんだと?」
中隊長は淡々と続ける。
「湿原地帯は保存食の管理が生命線だ。湿気で乾燥肉は腐る。矢弾は錆びる。回復薬は劣化する」
レオンは嘲笑した。
「だからどうした。戦えば勝つ」
「戦えなければ負ける」
中隊長の声は平坦だった。
「自衛隊ではな。補給を軽視する指揮官は、部下を殺す」
店内が静まり返る。
だがレオンは退かない。
「貴様ごときが、勇者である俺を批判するか!」
神官が小声で言う。
「レオン様、やめましょう……」
「黙れ!」
そして、リーニャへ冷酷な視線を向けた。
「明日で終わりだ。お前は追放だ」
その言葉に、リーニャの瞳が大きく揺れる。
「で、でも……北方湿原の物資は、まだ揃っていません……」
「不要だと言っている!」
沈黙。
使節殿が、ゆっくりと立ち上がった。
「では、正式に申し上げましょう」
その声は、外交官としてのそれだった。
「リーニャさん。あなたを日本国在アルトリウス王国大使館付の補給補佐官候補として招聘します」
店内がざわめく。
レオンが目を見開く。
「なに?」
使節殿が続ける。
「我が国は、後方支援を最重視する。あなたの能力は正当に評価される」
リーニャは呆然としている。
「わ、わたしが……?」
使節殿は優しく微笑む。
「数字を即答できる。予算管理ができる。物資の劣化を把握できる。それは才能です」
中隊長が短く言う。
「空挺団でも欲しい人材だ」
レオンが激昂する。
「ふざけるな! 俺のパーティの人員を引き抜く気か!」
使節殿の笑みが、わずかに冷えた。
「追放するのでしょう?」
言葉が、刃のように落ちる。
レオンは詰まる。
使節殿は静かに続けた。
「日本国は、能力ある者を出自で差別しません。獣人であろうと平民であろうと関係ない」
中隊長がリーニャを見る。
「来るか?」
猫耳が震える。
長い沈黙。
やがて、リーニャは勇者たちを見る。
そこにあるのは、誇りと傲慢。
一度も、感謝されたことはなかった。
彼女は、ぎゅっと拳を握る。
「……行きます」
その声は、小さいが確かだった。
レオンが怒鳴る。
「裏切るのか!」
リーニャは初めて、勇者を真っ直ぐに見た。
「私は……荷物ではありません」
静まり返る店内。
使節殿が軽く一礼する。
「では契約成立ですね」
中隊長はリーニャを自分たちの卓に誘う。
「明日、大使館へ。身辺は我々が保護する」
三人は席へ戻る。
背後で、勇者の苛立った声が聞こえるが、もう関係ない。
使節殿は杯を掲げる。
「新しい人材の門出に」
中隊長も静かに合わせる。
「歓迎する」
ランタンの灯りの下。
猫の獣人の少女は、小さく涙を拭いながら、新しい未来を見つめていた。
勇者の隣ではなく。
日本という、まったく新しい国の方角を。
・その後の使節殿
この後、リーニャを本当に雇うことになり、彼女から感謝される。
…………なんか時々、リーニャの目が獲物を見つめる目になるんですけど?
・その後のリーニャ
世界最先端の日本に来れてラッキー&ハッピー!
国に残してきた家族も日本に呼ぶ予定。
最近好きになった男性がいるようだが、日本の役人らしく、アピールに四苦八苦している。
母親からの『男なんて、ズブっ!といって、きゅぅっ!と締めて、ドバッ!と中に出させれば逃げられないわよ!』との助言を実行しようと虎視眈々と狙っている。
・その後中隊長
何気に昇進している。
……早よあいつ、黒ビールを輸出してくんねぇかな……俺まだ日本に帰れそうにないんだけど。
・その後の勇者パーティ
はい、全滅しました。餓死寸前でモンスターに襲われたそうで……
最後の言葉は『俺様は勇者なんだぞ!』だそうです。……バカだね。
・その後のとある奥様
え?旦那様に懸想をしている猫獣人がいる?
仕方ないですわねぇ……旦那様はあんなに魅力的なのですから。
……側室として迎えるべきかしら?




