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英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


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9/19

第9話  じいじの敗北

毎週金曜更新の予定……です……多分。

「え……⁉ じいじ、またせんそういくの⁉」


 俺は、夕食後に告げられた事実に驚愕する。


「こんどはひがしって、なんで⁉」


 俺は祖父ちゃんのズボンを握りしめ、駄々をこねるように引っぱる。

 だって、この間北の戦場から帰ってきたばかりなのに!


「すまぬな、ロイ。しかし、想定外の事が起こってな……」


 祖父ちゃんは浮かない顔で、俺を膝の上に抱き上げた。

 早く事情を知りたくてせっつく俺に、父上が口を開く。


「子供に言っても分かるかどうか……。いや、ロイには話しておくべきかもしれないな」


 父上は居住まいを正し、俺を見る。


「この国がまた、戦争を仕掛けられたんだよ」


 父上は、息をつめて聞く俺にゆっくりと語る。


「この国の東に、エルンサルドという国があるだろう? エルンサルドは以前から中立を謳って、どの戦争にも加担してこなかったんだ。対帝国を掲げる同盟に勧誘しても、断るばかりでね。しかし、帝国はエルンサルドに圧力をかけ続けていた。それに耐えきれなくなったのか、エルンサルドは突然帝国に宣戦布告したんだよ」


 それは以前にも聞いた。

 不可解な動きをする国だと。

 国力は圧倒的に帝国の方が上。

 それなのに、戦力的に勝ち目がないだろう戦争を、自分から仕掛けるなんて。

 

「しかし、エルンサルドは善戦……いや、一時快勝したらしい」

「どうやって?」


 俺が目を丸くすると、父上は首を横に振る。


「それが、分からないんだ。帝国が奇襲に敗れたとか、エルンサルドが傭兵を雇っただとか、情報が錯綜していてね。しかし、帝国はいくら打撃を受けても、次々に兵を送り込んで攻めの手を緩める気配はない」


 大国らしい物量作戦を取ってるわけだな。


「エルンサルドは、元々それほど豊かな国ではないんだ。兵站にも限りがあるし、長期の戦には耐えられない。そこで、我が国に無茶な要求をしてきたんだ」


 え、何でそこでうちの国が絡むの?

 俺が問うように祖父ちゃんを見上げると、祖父ちゃんが説明を引き取った。


「エルンサルドは、対帝国の同盟に加盟しておらぬくせに、支援物資を要求してきた。それも、同盟加盟国でも要求せんほどの莫大な物資をな」

「……なんで?」

「分からぬ。が、そのような要求呑めるはずもなかろう?」


 そもそも、このモルグーネ王国だって、帝国と戦争中だ。

 余っている物資があるなら、自国に流通させるに決まっている。

 それに、同盟国でもないのに、物資を差し出す義理もない。


 なのに、そんな無茶と分かり切った要求を突き付けて来るなんて。

 まるでこちらを格下と侮っているか、戦争の口実を探しているみたいだ。


 祖父ちゃんも首を横に振り、呆れている。


「当然、その要求は断った。そうしたら、このモルグーネ王国に戦争を仕掛けてきたというわけだ」

「……ぶっしがほしいから?」


 俺は、変わらず首をひねるしかない。


「ううむ……、正直に言って、武力ではこのモルグーネ王国の方がエルンサルドよりも上なのだ」


 エルンサルドが勝てば、敗戦国から物資を巻き上げられるかもしれないが、そもそもエルンサルドの方が弱いのだとすれば、戦争を仕掛けた意味が分からない。

 それに、もし上手くモルグーネ王国に勝利したとして、対帝国同盟の他の国々から敵視されることは避けられないだろう。

 長期的に見て、賢い策とは言えないと思うけど。

 というか、そもそも、帝国との戦でエルンサルド自身が疲弊しているだろうに、さらに戦域を広げるなんて何を考えているのか。


「とにかく、エルンサルドが派兵してきたのだから、この国としても戦わぬわけにはいかぬ。そこで、王家の連中はワシに出ろと言ってきたのだ」

「じいじじゃなきゃだめなの?」


 王弟でも行かせればいいじゃないか。

 と俺が言うと、祖父ちゃんは首を横に振った。


「この機に乗じて帝国がどのような動きを見せるか分からぬ。北の戦力は減らせぬのだ」

「それは、このターセル男爵領の第8魔法師団も同じことだよ。トリスタニアにまた攻め込まれては困るからね」


 父上も、先手を打って俺に説明する。

 どうやら、祖父ちゃんたちの間では、祖父ちゃんが東に行くことは決定事項のようだ。

 

 しかし俺は、また長い間祖父ちゃんと離れ離れになりたくない。


「……おれもいっちゃだめ?」


 俺は、出来るだけ可愛さを意識して、祖父ちゃんを上目遣いに見つめる。


「う、うむ、それも良いかもしれぬ……」

「父上‼」


 絆されかけた祖父ちゃんを、父上が厳しく窘める。


「ロイ。ロイには、このターセル男爵領にいてもらいたいんだ」


 父上は、俺の両手を握り言い聞かせる。


「おれにここをまもってほしいってこと?」


 俺が首を傾げると、父上は強く首を横に振った。


「そうじゃない。ロイには、戦争に参加してもらいたくないんだ」

「でも……」


 俺も重要な戦力なんじゃないのか?

 父上は、もの言いたげな俺の視線に、ふっと笑みを浮かべた。


「ロイはまだ子供だ。本当なら、そんな危険なことをするべきじゃないんだよ」

「……」


 デンジャラスな日常を送っている3歳児の俺としては、そんなの今更なのだけど。

 しかし、父上は俺の言いたいことを見透かしたように、先を続ける。


「今は第8魔法師団もいるし、少ないながらうちの私兵も増やした。だから、ロイが無理をする必要はないんだ。……頼りないかもしれないが、私に父親としての責任を果たさせて欲しいんだよ」


 父親として、子供を守らせて欲しい、と言われては、俺は返す言葉がなかった。


「なぁに、エルンサルドは武力にさほど秀でてはおらぬ国だ。帝国との戦より、楽に勝利できようて」


 祖父ちゃんは俺の頭を撫でて、あえて楽観的に告げる。


「うん……」


 今度の戦は、それほど危険じゃないらしい。

 でも、またしばらく祖父ちゃんが出かけてしまうのか……。

 俺はしょんぼりと肩を落として、小さく頷いた。


 

 数日後、俺は祖父ちゃんの出発を見送り、とぼとぼと冒険者ギルドへと向かった。

 いつものように扉を開けて中に入ると、何やらギルドが騒がしい。

 

「あぁん⁉ 何か文句あるのかよ!」


 あのうるさい声はセクトだな、と思って、俺は人垣に近づく。

 う~ん、人の足しか見えない。


「あ、これは、坊ちゃん」


 この騒ぎに頭をかいて困惑していたギルドマスターは、俺を見てしゃがむ。


「ん」


 俺が両手を上げると、ギルドマスターはきょとんとしたが、すぐに苦笑して俺を抱っこしてくれる。

 身体の大きいギルドマスターに抱き上げられて目線が高くなった俺には、人垣の中が見えた。


 向かい合って身構えているのは、セクトたち3人と黒狼師団。

 その後ろに、ため息混じりのヘレス師団長と、困惑顔のカテリーナがいた。


「貴様らは信用ならん。姫に近づくな」

「はぁ⁉ もう一回言ってみろ!」


 意外にも、黒狼師団の方がセクトたちに因縁をつけているようで、セクトは正面から喧嘩を買うつもりらしい。

 が、取り囲む人々は、どうもセクトたちに棘のある視線を向けている。

 本当に、何事なんだ?


「あー、実はね。あの『灼熱の赤獅子』っていう冒険者たちは、エルンサルドっていう国から来たんだよ。エルンサルドとは今、戦争してるだろう?」


 分かるかな? と、ギルドマスターは俺に説明する。

 つまり、エルンサルド出身だから、カテリーナに近づくなと威嚇されているらしい。

 他の冒険者たちも、ほとんどがこの国出身だから、それに同調してるのか。


 俺は、ギルドマスターの手をポンポンと叩いて、セクトたちを指さす。


「つれてって」

「え、向こうに行くのかい?」


 ギルドマスターは、人垣をかき分けて俺をセクトたちの所に連れて行った。


「あ、兄貴!」


 セクトたちは俺を見て、一瞬気まずそうに口を噤む。

 俺がエルンサルドとの戦争を知らないわけがないと分かっているからだ。

 祖父ちゃんがエルンサルドとの戦に向かったことは、この地の領民なら、もう誰だって知っている。


 俺は、ギルドマスターに降ろしてもらい、セクトたちに向き直った。


「セクト」

「! は、はい!」


 始めて俺に名前を呼ばれ、セクトは緊張したように背筋を伸ばす。


「だれのみかた?」


 俺は、端的に質問した。

 セクトが息をのむのが見える。

 セクトは迷ったあげく、真っすぐに俺を見た。


「お、俺は兄貴の味方っす! 『灼熱の赤獅子』は、兄貴の舎弟っすから!」


 ニールとバルガも、セクトの後ろで頷いている。


「そっか。わかった」

 

 俺はにこっとほほ笑んで、黒狼師団の方を見る。


「セクトたちは、おれのしゃていだから。はなしがあるならおれにいってね?」

「う……」


 黒狼師団は、この間俺の力を見たせいか、怯むように身じろいだ。


「舎弟って……」

 

 ヘレス師団長は苦笑いを浮かべている。

 周囲の冒険者たちは俺の実力なんて知らないから、怪訝そうに成り行きを見守っているだけだけど。


 俺は、安心させるように請け負う。


「だいじょうぶ、セクトたちがなにかしたらね、おれがおとしまえをつけるから」


「「「ひえ……‼」」」


 セクトたちの方から上ずった声が聞こえたが、俺は聞こえないふりをしてカテリーナに目を向ける。


「だから、カテリーナもしんぱいしなくていいよ」

「わ、私は別に心配なんてしてないわよ」


 カテリーナは髪を弄りながらそっぽを向く。


「あ、あと……私の事はカティって呼んでいいわよ? その、長くて呼びにくいだろうし……」


 カテリーナは頬を染めて、小さい声で呟く。

 確かに、この幼児の口では長い名前は面倒だ。


「わかった、カティ」

「ん゛ん゛っ!」


 俺がニコッと名前を呼ぶと、カテリーナはなぜか顔を真っ赤にして、喉に何か詰まったような声を出していた。



 セクトたちは、どうも冒険者ギルド内には居づらいようだ。

 俺はセクトたちを連れて、ギルドの外に出ることにする。


「あ、あの、ロイ!」


 すると、杖を持ったカテリーナが後ろから追いついてきた。


「お、お願いがあるんだけど」

「なに?」

 

 何だか、この間よりずいぶん素直になったカテリーナは、ヘレス師団長に何やら耳打ちされている。


「えっと、魔法の使い方を教えて欲しいの! 私に才能あるって言ったじゃない? だから、もっとうまく使えるようになりたいの!」


 ヘレス師団長は、うんと言え、と、カテリーナの後ろで俺に指示を出す。

 いや、何ポジションなの、あの人。


 でも、祖父ちゃんがいない今、俺はクエスト一直線って気分でもないし、暇つぶしとしてはアリだ。


「いいよ」


 俺が頷くと、カテリーナとヘレス師団長は喜んでいるが、その後ろの黒狼師団はセクトたちを見て苦い顔をしていた。



 俺は、今日は黒の森には向かわず、冒険者ギルドからほど近い森に向かう。

 この先に、丁度いい広場があるのだ。


 そこで、俺はカテリーナに向かい合い、魔法を教えることにした。


「まほうのりろんは、しってるの?」


 俺は、木の棒で地面に魔法の図解を描きながら、カテリーナに尋ねる。

 勉強が得意、と自分で言うだけあって、カテリーナはすらすらと魔法理論を答えた。


「魔法は、火、水、風、土の4大属性と、光、闇、無の希少な3属性によって構成されているわ。身体強化魔法は無属性魔法の一種だけど、習得方法が異なるから普通の魔法とは別枠にされてるわね。一般的には、1人1属性しか持てないけど、稀に2属性、3属性を扱える人もいるわ」

「まぁ、厳密には、威力の低い生活魔法程度なら、4,5属性を扱える人もたまにいますがね」


 ヘレス師団長は、カテリーナの隣で捕捉する。

 そこ、生徒の席なんだけど。まぁいいか。


「実戦で使えなきゃ意味がないわ。私は、戦闘用に3属性が扱えるのよ! 魔法の先生もすごいって褒めてたわ!」

「おぉ……」


 カテリーナは胸を張り、ヘレス師団長が気のない拍手を送る。


「しだんちょうは?」

「え? あ、いや、自分は……その……4属性を」


 俺が尋ねると、ヘレス師団長は視線を逸らして頬をかく。

 

「むうぅ……!」

「あ、いや、属性が多くても、自分が使えるのは中程度の魔法ばかりで……」


 カテリーナは、あっさりと数を抜かされて不機嫌そうだ。

 でも、拗ねてもしょうがない。相手は現役の師団長だぞ。


 しかし、慌てたヘレス師団長は、俺に水を向けてくる。


「ろ、ロイ君は幾つなのかな? 水魔法と、発展形の氷魔法を使ってるのは見たことあるけど。あ、無属性のシールドも使ってたよね?」

「そういえば、風魔法もつかってたわよね?」


 記憶をたどる二人に、俺は何の気なしに答える。


「おれはぜんぞくせいだけど?」

「え、ぜん……全属性⁉」


 ヘレス師団長は身を乗り出し、後ろの方で聞いていた魔導士のニールも、ぐいぐい距離をつめて来た。


「全属性なんて、実在したんですか⁉ そんなの、伝説の勇者ぐらいしか聞いたことないですよ⁉」

「ゆうしゃがいるの?」


 それは興味深い。

 俺が目をキラキラさせると、ヘレス師団長はコホン、と勿体ぶって語る。


「その昔、世界に魔王と呼ばれる邪悪な存在がいたんだよ。人類は魔王軍によって蹂躙され、滅ぼされようとしていた。その時、異世界から勇者と呼ばれる人物が現れ、魔王を倒して世界を平和に導いたんだ」


 ニールは待ちきれないように続きを語る。


「その勇者っていうのはね、何ものにも貫けない異世界の肉体と、強靭な異世界の魂を持っていた。魔法は魂に由来する力だから、勇者の異世界の魂により、勇者の放つ魔法は強力無比で、全属性を自在に扱ったと言われているんだ」


「……そうなんだ……」


 何だか、すごく思い当たる話だな。

 その、異世界の魂って辺り。


 しかし、俺の動揺に気付かないヘレス師団長とニールは、ギラギラした目で俺を見つめる。


「だが、ロイ君がもし本当に全属性なのであれば! この世界の人間でも、魔法の頂に到達できるという証になるぞ!」

「これは、歴史的な発見では⁉ 国を挙げて、ロイ君の魔法を研究すべきですよ!」


「そういうの、いいから!」


 俺は、プイッと顔を背ける。


 いや、こちとら異世界の魂なんで。

 それを下手にばらしたら、勇者だなんだと崇め奉られそうなのは分かったし、研究されるのも困る。

 冒険者をしてられなくなりそうだ。


「ロイがすごいのは、今に始まったことじゃないでしょ」


 カテリーナは肩をすくめ、続きを促す。


「それで、どうやったらロイみたいに強くなれるの?」


 俺を見るカテリーナの目は、真剣そのものだった。

 ここは、俺も真面目に答えるしかない。


「おれ、ずっときになってた。カティ、ひのまほうにがてでしょ?」

「え……! どうしてわかるの?」


 カテリーナは目を丸くするが、俺はどうやら他人の魔力の流れに敏感なようで、滞りや不安定さが感じ取れるのだ。

 先日の『エクスプロージョン』の魔法発動時も、不安定な揺らぎのようなものがあったから、苦手な属性なのではないかと思ったのだ。


「でも、火の魔法ってかっこいいでしょ? お父様も、火魔法が得意だし……」


 カテリーナは拗ねたように髪を弄り始めるが、俺は首を横に振る。


「あつかえないまほうは、あぶない。しっぱいするならかっこよくないよ」

「う……!」

「いちばんとくいなまほうはなに?」


 俺が尋ねると、カテリーナは観念したように呟いた。


「土魔法よ……。地味な魔法でしょ」


 肩を落とすカテリーナだったが、俺は首を横に振る。


「つちまほうは、ぼうけんしゃにとってべんりなまほう」


 俺は手をかざし、地面から小さいかまくらみたいなドームを土魔法で作り上げる。


「ねるときのきょてんもつくれるし」


 次に、俺は地面の土を退け、穴を作る。


「おとしあなもつくれるし」


 俺はセクトにちょいちょいと手招きし、セクトは怪訝な顔をして寄って来る。


「うわ!」


 俺が魔法で足元を泥に変えると、セクトは腰まで泥に浸かり、動きが鈍る。


「こうやってあしどめにもつかえる」

「兄貴ぃ、やるなら言っといてくださいよぉ!」


 セクトが泣きごとを言っているが、気にしない。


「当然のように、杖も使わず無詠唱……しかも、見たことない魔法なんだけど……」


 額を押さえるヘレス師団長の事も、気にしない。


「便利かもしれないけど……やっぱり地味じゃない?」


 これだけ色々見せたというのに、カテリーナはまだ不服そうに口を尖らせている。

 しかたない、とっておきを見せるか。


「じゃあ、あぶないからさがってて」


 俺は両手を前に出し、ちょっと集中する。


 この世界の魔法は、基本的に呪文の詠唱を発動のトリガーにしているから、詠唱が欠かせないし、詠唱の長さに威力が依存してしまう。

 実は、俺だって、 ❝ 詠唱なしに魔法の発動はできない ❞ のだ。


 では、なぜ俺が無詠唱に見える魔法発動ができるかと言うと。


 それは『念話』という魔法を応用しているからだ。

 『念話』は思念を相手に伝える魔法で、『念話』のトリガーの詠唱は短く、口に出さずに脳内で再生するだけでいい。

 当然魔法だから、使用すれば脳内再生でも魔力は消費するが、画期的なトリガーといえる。

 

 俺はそれを応用し、他の魔法の詠唱を ❝ 脳内再生 ❞ で済ませられる術を編み出した。

 口に出すより、思い浮かべる方が一瞬で済むのは自明の理だろう。

 

 幼児の口が回らないので、焦れた俺が編み出した苦肉の策だ。


 だって、呪文の詠唱って死ぬほど舌が疲れるんだ。

 言い間違えると、魔法が発動しない、なんてこともあるし。


 だから本当は一切口に出さず、脳内だけで魔法を発動できるのだが、一応かっこつけに魔法名を口に出しているに過ぎないのだ。


「『あーすにーどる』!」


 俺は脳内で長々とした詠唱を一瞬で終え、魔法を発動させた。

 地面から、1メートルを超える無数の土の針が突き出し、辺り一帯足の踏み場もなくなる。


「うお!」

「エグ……!」

「うわぁ、これは避けられない……!」


 セクトたちは、こわごわと土の針を触っている。

 土で出来ているとはいえ針は結構硬いし、足元から突き上げられれば、まず避けられないだろう。

 線ではなく、面の攻撃だからな。


「これ、対軍隊とかで使う魔法なんじゃ……?」


 ヘレス師団長はげんなりしているし、黒狼師団たちも何か引いている感じだ。

 しかし、カテリーナはお気に召したようで、笑顔で俺に走り寄って来る。


「土魔法って、土の壁で守ったり、土の塊をぶつけるだけかと思ってたけど、こんなこともできるのね!」

「そうだよ」


 俺はちょっと得意になり、腕を組む。


「まほうはつかいかたしだい。って、ガスじいじがいってた」

「レッドラン師団長は、戦術にも優れてるからねぇ……。こういう魔法を組み合わせて、そりゃあ嫌な手を打つんだよ」


 からめ手が得意なんだよね、ガストール祖父ちゃん。

 さすが、当代随一の魔法使いだ。


「ロイは、そのお祖父様に魔法を習ったのよね。英雄様だけじゃなく、氷瀑の大魔導士もすごいのね」


 カテリーナのつぶやきに、俺は大きく頷く。


「おれのじいじ、ふたりともすごいでしょ!」


 俺がニッと満面の笑みで自慢すると、何故かカテリーナは俺を見て赤くなって、プイッと顔を背ける。


「べ、別にロイが得意にならなくてもいいでしょ!」

「だっておれのじいじだもん! おれ、じいじたちをすっごくそんけーしてるの!」


 俺の言葉に、カテリーナは自分の手を見ながら、ぽつりとこぼす。


「私も身体強化とか、戦術を勉強した方がいいかしら……」

「お姫様には、あんまり必要ない能力だと思いますがねぇ」


 努力の方向性を間違っているのでは、と、ヘレス師団長は呆れたように首を横に振った。


 俺はその後、カテリーナに土魔法の詠唱をいくつか教え、発動までの流れを一通りおさらいさせる。

 後は、自主練習あるのみだ。

 

「それとね、まほうはつかいどころもだいじ。つよいまほうは、なんどもうてないでしょ」


 それに、強力な魔法ほど詠唱が長いので、敵に狙われたり、失敗したりするリスクが高い。


「だから、よわいまほうをくみあわせたほうが、すきがないよ。そこは、ヘレスしだんちょうがじょうずだとおもう」

「あ、はは。まぁ、自分はそうでもしないと、大魔法が使えないからねぇ」

 

 ヘレス師団長は照れたように頭をかいて、カテリーナに説明する。


「自分の強みは、短杖で発動までの時間が短いので、魔法を連射できることですねぇ。あと、扱える属性も多いので、応用も効きますし、相手の苦手な属性に合わせられます。カテリーナ様も、まだ大魔法が使えない内は、自分みたいなスタイルでもいいと思いますよ?」

「そうね、考えてみるわ」


 カテリーナは真剣に聞いている。

 この間までのわがままなお姫様と同一人物とは思えないな。

 何か、真剣に強くなりたいと思う目標ができたんだろう。

 いい事だ。


 それから俺は、セクトたちとクエストに行ったり、カテリーナの魔法の練習に顔を出したりして、日々を過ごした。


 カテリーナはひたむきに努力を積み重ね、めきめきと実力を伸ばしていて、ヘレス師団長も驚いていたぐらいだ。

 俺としても、カテリーナにコツを教えればすぐものにするので、教えるのがちょっと楽しくなってきていた。



 そんなある日、俺の平穏な日常をぶち壊す最悪な知らせが届いたのだ。


 夕方、俺はいつものようにセクトたちに送られ、男爵家の屋敷に着いた。

 すると、青い顔の父上と母上、そして、マリアンヌ祖母ちゃんが立っていた。


 俺は嫌な胸騒ぎがして、きゅっと口を引き結ぶ。


 セクトたちも何かを察して、その場に留まった。


「ロイ。落ち着いて聞きなさいね」


 マリアンヌ祖母ちゃんは、俺の前まで来るとしゃがみ込み、静かに告げた。


「ルードルフが、敗れたそうです」

「‼」


 俺はとっさにマリアンヌ祖母ちゃんの服をつかみ、叫ぶ。


「じいじはいきてるの⁉」

「重症を負ったと知らせが来ました。倒れたまま、意識が戻らないそうです」


 淡々と事実を告げる祖母ちゃんに、俺はわなわなと全身が震え、涙がこみあげてくるのを抑えられなかった。

 まさか、あの強い祖父ちゃんがそんなことになるなんて。


「ばあば! はやくいかないと! じいじをなおしてあげて!」


 優秀な回復魔法士の祖母ちゃんなら、どんな怪我でも治せるに違いない。

 一刻も早く祖母ちゃんを連れて行かないと。

 それに、祖父ちゃんはきっと俺を待っているはずだ。


 俺が無理に引っ張ると、祖母ちゃんはよろけて、父上が慌てて止めに入った。


「ロイ、落ち着きなさい‼」


 父上に怒鳴られても、俺の心臓は早鐘のように鳴っていて、全身の血が逆流するみたいだ。

 だって、こうしている間にも、祖父ちゃんが死んでしまうかもしれない!


 俺は祖母ちゃんにすがるように服を引き、祖母ちゃんに怒鳴る。


「いやだ! おれがじいじをたすけにいく! ばあばもいっしょにきて!」


「無茶を言うな!」


 父上は俺の肩をつかんで止めるが、俺は悲しみと怒りがどうしようもなく込み上げてきて、居ても立っても居られない。

 もがく俺を父上は力づくで押さえ込むのだが、俺はそれすらも無性に腹が立って、思わず魔法を放っていた。


「じゃまするな‼」

「うっ‼」


 ザッ、と父上の腕を風の刃がかすめ、血がダラダラと流れ落ちる。


「兄貴!」

「さすがにこれは不味いです!」


 セクトたちは、俺と父上たちを引き離すように間に入り、盾になる。


「う……うぅ……‼」


 俺は肩で息をしながら、感情に引っ張られて暴れる身体の中の魔力を持て余していた。

 心臓の音がさっきからどんどん大きく早くなる。

 興奮に全身の血が駆け巡り、身体が熱い。


 父上を傷つけてしまった事、祖父ちゃんが命の危機にさらされている事、悲しみ、怒り、色んなことがぐるぐると頭を巡り、行き場のない焦燥感ばかりが募って、魔力がどんどん膨れ上がってくる。


 だめだ、落ち着け! と必死に理性で制御しようとしても、暴れる感情を処理できずに、破壊衝動が込み上げる。

 このままでは、自棄になって、この場を全部吹き飛ばすような大魔法でも発動してしまいそうだ。


「フーッ! フーッ!」


 震えるほどに固く胸を掴んで、自分でもどうしていいか分からない混乱に立ち尽くしていると、母上がゆっくりと俺のほうに歩いて来るのが見えた。


「エマ!」


 父上が静止するけど、母上は止まることなく俺の前まで来る。

 そして、ギリギリと歯を噛みしめている俺の前で膝をつき、俺の頬を両手で包む。


「ロイ。我慢しなくていいの。泣きなさい」

「う……」

「辛いときは、泣いていいの。貴方はまだ子供なんだから」

「う……うわああああぁぁっ‼」


 俺は、堰を切ったように大声をあげて泣いた。

 母上は、子供のようにギャン泣きする俺の背中をトントンと撫でて、抱き上げる。


「じいじが……‼ じいじが……っ‼」


 俺は訳も分からないまま叫ぶ。

 とにかく、勝手に感情が溢れて涙が止まらないのだ。

 祖父ちゃんが死んでしまうかもしれないのが、悲しくて、怖くて、どうしようもない。

 俺は、わだかまった感情や魔力を全部吐き出すように、母上の腕の中でめいっぱい泣いた。

 

 そんな俺を見て、父上とセクトたちはあっけに取られていた。


 それからたっぷり1時間ほど泣き喚いた俺は、疲れてそのまま眠ってしまったのだった。


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