第7話 お姫様襲来!
毎週金曜更新の予定……です……多分。
【王弟オレリアス】
ターセル男爵の説得は失敗、親からロイ君を取り込むことは無理そうだ。
ロイ君は相変わらずルードルフ様にべったりで、伸び伸びと育っている。
こうなったら、外堀を埋めることは諦めて、直接ロイ君に声をかけるしかない。
私は後日、それとなくロイ君に尋ねてみた。
「ロイ君? ロイ君は将来、ルードルフ様のような『英雄』になりたくはないかい?」
ルードルフ様は私の尋ね方に、お、と少し興味を引かれたような顔をしている。
やはり、孫に激甘のこのお方は、ロイ君から目標にされたら悪い気はしないようだ。
しかし、ロイ君の口から出てきたのは別の人物。
「おれのもくひょうはね、ぼうけんしゃなの! おれ、シェリばあばみたいなぼうけんしゃになるの!」
「シャルロット殿か……」
ルードルフ様はがっくりとうな垂れ、プルプルと身を震わせている。
ロイ君は、そんなルードルフ様の足をポンポンと叩き、慰めた。
「ルーじいじも、かっこいいよ。おれ、じいじとね、いっしょにぼうけんしゃするの。だって、ぱーてぃだから!」
すると、ルードルフ様はあっという間に復活し、得意げに胸を張る。
「おぉ、そうか、そうだな! シャルロット殿は引退しているが、ワシは現役の冒険者! パーティメンバーとして、ロイと共に活動できるのだからな!」
分かりやすい対抗心を燃やすルードルフ様に、私は苦笑いが抑えられない。
「で、でも、ロイ君は貴族だから、冒険者と言うのはどうなのだろうね? 世間体というものもあるし……」
すると、ロイ君は指を3本立て、私に見せる。
「おれ、さんなんでしょ? だから、しょーらい、へいみんになるの。ぼうけんしゃしても、へいきなの!」
ふふん、と得意げなロイ君に、ルードルフ様もうんうんと頷いている。
「ぼうけんしゃはね、じゆうなんだよ! るーるをまもれば、だれのいうこともきかなくていい! しゃちくにならなくていいの!」
「しゃちく……?」
私はルードルフ様に目で問うが、ルードルフ様も分からないような顔をしていた。
「ぐんにはいったら、だれかころしてこいってめいれいされる。じいじみたいに、かぞくからひきはなされるでしょ。だから、ぐんにははいらない」
「「……!」」
きっぱりと宣言され、私もルードルフ様も口を噤む。
私はそれをロイ君に望んでいるから、ルードルフ様は思い当たることがありすぎるからだった。
とにかく、ロイ君は軍人になる気はさらさらないようだ。
しかし、それではこの国が困る。
そこで、私は兄と相談したあの計画を実行に移すことにした。
【ロイ】
二週間後、王弟はまたターセル男爵領にやってきた。
将軍って言ってたのに、暇なのか、この人。
一応、お題目としては、トリスタニアの侵攻に備え軍備の監督をしている、という理由でこの領地に出入りしているらしいが。
その辺りは魔法師団の方がメインで動いていると聞いてるぞ。
それに、祖父ちゃんがターセル男爵領に帰ってきたのもトリスタニアに備えるためで、その分北の戦線に他の戦力を集中させなきゃいけないはずなのに。
「其方、この所油を売りすぎではないか。この国は今、帝国と戦の最中なのだぞ」
王弟があまりに頻繁にターセル男爵領を訪れるので、祖父ちゃんもじっとりと王弟を睨んでいる。
まぁ、戦争に引きずり出された祖父ちゃんからしたら、現役の将軍が遊んでるように見えたら怒るよね。
王弟は言い訳するように答えた。
「そう仰らず……、北の戦線には、私などよりも頼りになる2将軍が詰めておりますゆえ。それに、ルードルフ様もご承知の通り、ネヴィルディア帝国は、我が国の隣国エルンサルド王国とも戦端を開きましたから」
エルンサルド王国は、ここモルグーネ王国の東隣の国で、あの『灼熱の赤獅子』のセクトたちの出身国でもある。
戦争では中立を謳って、対帝国の同盟にも参加してなかったって言うのに、最近急に帝国に戦争を吹っ掛けた。
何だか不穏な動きをしている国だ。
「帝国がエルンサルド王国との戦にも兵を取られたために、北の戦線は安定したのです」
「うむ。ワシがこのターセルに戻れたのも、そのおかげだが……なぜ今、エルンサルドがあのような動きをするのか」
祖父ちゃんは不可解そうに顎をさすっている。
一同が思い思いに考えこんで、一瞬沈黙が訪れるが、そこに不機嫌そうな声が割って入った。
「おじ様。もうお話はよろしくて?」
高くつんとした声に、大人たちははっとして足元を見る。
と言っても、俺の方じゃない。
俺の向かい、王弟の後ろにいる女の子だ。
年のころは、5歳くらい。
勝気そうなやや釣り目な紫の目と、濃い金髪のツインテールの子だ。
動きにくそうな赤いドレスを着て、紫の宝石がついたネックレスを身に着けている。
「いつまでもご紹介して下さらないから、私を忘れてしまったのかと思ったわ!」
つんとそっぽを向く少女に、王弟はあたふたと紹介を始める。
「こちらは、国王陛下の娘で王女のカテリーナです。カティ、こちらが、ターセル男爵と、男爵夫人、英雄ルードルフ様と、ロイ君だよ」
祖母ちゃんがいないのは、先日の戦の怪我人の治療に奔走しているからだ。
「はじめまして」
まだどこか不機嫌そうに、カテリーナと言う子はちょこんとカーテシーをして見せる。
5歳なのに、おませな感じがする子だな。
それとも、お姫様っていうのは、みんなこんなものなんだろうか。
王弟がどうしてこのお姫様を連れて来たかと言うと、社会勉強の一環だという話だった。
が、それには少し早すぎると思うのだが。
俺は、大人たちが一通り挨拶するのを眺めていたが、どうやら俺の番が来たようだ。
「よろしく」
俺が短く告げると、カテリーナはプイとそっぽを向き、俺にだけ知らん顔をする。
ん? 俺何か嫌われるようなことした?
王弟は取りなすように間に入る。
「じゃ、じゃあ、せっかくだから、子供は子供同士、一緒に遊んではどうかな?」
しかし、それには俺が思わず不満を漏らす。
「おれ、じいじといっしょに、くえすとにいくはずだったのに」
最近ではほぼ日課になっている午前中の冒険者活動だ。
俺が冒険者としてやっていくための独立資金を稼ぐ、重要な活動である。
その後、ご飯を食べて少しお昼寝をして、また祖父ちゃんと一緒に遊ぶのがルーティーンなのだ。
しかも今は、日向草という季節限定の植物採取依頼があって、なかなか稼ぎがいいから逃したくない。
そもそも、お姫様が訪ねて来るなんて、俺は全く知らされてなかったし。
しかし、カテリーナはそんな不満たらたらな俺をキッと睨み、腰に手を当てる。
「私と一緒に遊ぶのは嫌だっていうの⁉」
お姫様だから、周囲にノーと言われたことがないのか、居丈高な態度だ。
王弟はカテリーナをなだめようと膝をついて話すが、それも聞き入れる様子はない。
怒るカテリーナに、母上は少し困惑した風に俺に声をかける。
「ロイ、たまにはクエストをお休みしてもいいでしょう? カテリーナ様がいる間だけでも、一緒に遊んではどう?」
「うーん……」
どうやら、この小さなお姫様に大人たちは手を焼いているようだ。
ここは俺が妥協してあげるしかないか。
「じゃあ、いいよ。いっしょにあそんであげる」
「それはよかった」
王弟はほっとしたように胸に手を当てるが、カテリーナはまだどこか気に入らなさそうな顔をしていた。
俺とカテリーナは子供部屋に移り、付き添いに母上が一緒に居てくれる。
カテリーナの身の回りの世話をする侍女も、壁際で待機して見守っていた。
「なにしてあそぶ?」
俺は室内で出来る遊びをあんまり知らない。
せいぜい、魔物の絵を描くか、本を読むかぐらいだ。
それに、本来の3歳児とか5歳児がどんな遊びをするものなのか、正直あまりよく分からない。
「あら、何のおもちゃもないのね」
カテリーナは、物があまりない子供部屋を見回し、少し不思議そうにつぶやいた。
嫌味っていうより、本当に不思議そうだ。
お姫様だから、溢れるほどのおもちゃに囲まれて生活しているのかもしれない。
「上の子の物が残っていないか、探してきますわね」
母上は、今気が付いた、と言うように、慌てて屋根裏へと去ってしまう。
侍女も一瞬迷うそぶりを見せたが、母上の後に続いて行ってしまった。
この子と二人きりにしないで欲しいんだけど……。
俺は何を話したらいいのかよく分からなくて、とりあえず黙っている。
すると、カテリーナは他に誰もいなくなったのを見計らい、フンと鼻を鳴らし、俺を睨んだ。
「どうして私が、こんな子と結婚しなくちゃいけないのかしら!」
「?」
突然何を言い出すのかと思い、俺は首を傾げる。
カテリーナは、俺が無反応なのに更に苛立ち、腕を組んだ。
「私のはんりょがこんなびんぼう男爵家の出なんていやだわ! それも、黒髪黒目で地味だし!」
ずいぶんな言われ様に、俺もちょっとムッとする。
「おれ、けっこんしてほしいなんていってない」
中身が大人のはずなのに、どうも俺は感情の制御が苦手になっているらしい。
っていうか、結婚ってなんだ? 全然聞いてないぞ?
反論されると思っていなかったのか、カテリーナは、まぁ! と口を押さえたが、すぐに口撃態勢に入った。
【王弟オレリアス】
「で、ですから、ルードルフ様……」
私は冷や汗をかきながら、ターセル男爵屋敷の客室で、ルードルフ様から尋問を受けていた。
それを黙って聞いているのは、ロイ君の父のターセル男爵だ。
「カテリーナを連れてきたのは、ただの社会見学でして……この後で、魔法師団の駐屯地を見せに行こうと……」
「白々しい。どうせ、ロイとの縁談の下準備であろう」
ズバリ切り返され、私は視線を逸らす。
まったくもってその通りだからだ。
どうやってロイ君を王家に取り込もうか兄と話し合い、ロイ君と歳の近い、兄の娘カテリーナとロイ君を結婚させればいいのでは、という話になったのだ。
ロイ君は家族想いだから、カテリーナと結婚すれば、妻の実家の王家を見捨てはしないだろうと。
「それは、身分や派閥の問題で、現実的ではないかと」
真面目に検討し、その上で無理だと判断するのはターセル男爵。
確かに、王家派と貴族派が対立する中、中立派のターセル男爵からすれば、無為に王家に近づくような策は取りたくないだろうし、王家派の貴族からすれば外野に出し抜かれたようで気に入らないだろう。
男爵家と王家と言う身分差も、周囲の貴族からはこぞって反対されるに違いない。
しかし意外にも、ルードルフ様の方は考えるそぶりを見せる。
「ふむ……。まぁ、今の立場の弱い王家なら、そうしてロイを取り込むのに躍起になる理由は分かる」
ルードルフ様の言葉通り、今の王家の威信は弱い。
それもこれも、先王、我々の父が、政治力も武力も持たぬ日和見主義の愚王だったからだ。
当時からあった帝国の脅威に対しろくな策も出せず、権力闘争に明け暮れ利権を欲しいままにする高位貴族たちの顔色を窺い、連中のしたい様に政治の舵を取らせた。
そのせいで、一時は帝国に国の一部を奪われかけたこともある。
その時は、ルードルフ様の活躍で、何とか事なきを得たのだが。
とにかく、先王の統治において、賞賛すべき点は皆無だったのだ。
と、少々厳しい物言いをしてしまったのも、その先王を無理やり廃し、その後私と兄で王家を支えてきたからに他ならない。
その時に、先王派の利権に凝り固まった家臣たちを一斉に表舞台から排除したため、兄と私は上位貴族たちから恨まれている。
そのため、心を許せる手勢もいまだに少なく、王家を名乗りながらも実権は弱い。
先王派の貴族たちに睨まれ冷遇されながらも、モルグーネ王国のために身を粉にして実務をこなしてきた、中立派のルードルフ様や他の低位貴族たちがいなければ、この国は未だに混乱のさなかに在っただろう。
当時と現在の両方を知るルードルフ様は、そうした王家の弱い立場を理解している。
しかし、ルードルフ様は、王家の心配などをなさる方だっただろうか?
「ワシは王家などどうでもよいが」
案の定、ルードルフ様はそう前置きし、続ける。
「ロイに同年代の友人ができるのは良い事だ。ロイが好いた相手ならば、ワシは相手が誰であろうと応援しよう」
孫第一のルードルフ様は、本当にロイ君以外の事など眼中にないようだ。
ロイ君の気持ちさえ伴うならば、 ❝ 例え王家であっても ❞ 許容してくれるという事らしい。
だが、これはチャンスだ。
私はなにも、可愛い姪を無理やり縁繋ぎに利用しようと考えているわけではない。
本人の意思を曲げてまで、政治の道具にしようとしているわけではないのだ。
ただ、そう、カテリーナが偶然、上手く、ロイ君と仲良くなってくれれば、と、期待をしているだけで。
しかし、事はそううまく運ぶはずもなかったのだ……。
【ロイ】
「あんな子、大っ嫌い!」
言い争いになってすぐ、カテリーナは父上たちがいる客室に走り込み、王弟に俺の文句を言う。
「男爵家の3男のくせに、生意気よ! 私は王女なんだから!」
カテリーナはプンプン怒り、乱暴に椅子に座った。
俺は後から部屋に入って、祖父ちゃんたちを見回す。
「おれ、こんなしつれいなことけっこんしない」
結婚話だなんて一体誰の企みだ、と、俺は父上や祖父ちゃん、王弟の顔を見比べる。
すると、部屋の奥のソファで、王弟が頭を抱えた。
「カティに婚約のことを先に話すのではなかった……」
「まったく、柄にもないことを企むからだ」
祖父ちゃんは、俺の意思に反してまで婚約を推す気はないようで、王弟を呆れたように眺めている。
父上は困ったように俺とカテリーナを見比べていた。
「ま、まぁ、とにかく、皆一旦落ち着いて……」
父上の指示で全員席につき、淹れ直された紅茶に口をつける。
「カティ? 別に無理に婚約しろだなんて言わないよ? だから、ロイ君とはお友達から始めたらいいんじゃないかな?」
「い・や! 私より年下で身分も低いくせに、口答えするんだもの!」
カテリーナの言葉に、俺はプイッとそっぽを向く。
「おれだって、こんなこきらいだもん」
「ロイ、こちらは王女様だ。口の利き方には気をつけなさい」
父上は俺を窘めるが、王弟はハラハラした様子で仲を取り持とうとする。
「まぁまぁ、ターセル男爵。ロイ君はまだ3歳なのですから。それに、カティも褒められた態度ではありませんので。カティ、王女だからと、権力を振りかざしていい訳ではないんだよ?」
しかし、カテリーナは不遜に腕を組み、俺を睨む。
「お父様が言ってたわ! 王族に無礼をはたらいたら、ふけい罪に問われるんでしょう? だから、お父様に言って、この子を罰してもらうわ!」
「む……」
祖父ちゃんの眉がピクリと動き、王弟に視線が向かう。
すると、王弟はさっと顔を青くして、ぶんぶんと首を横に振った。
「こ、子供の言う事ですから! 罰などとんでもない! あくまで子供同士の口喧嘩で……」
「おじ様はどっちの味方なの!」
カテリーナはギロリと王弟を見て、次にまた俺を睨んだ。
「あなたなんか、お父様に言って追放してもらうんだから!」
俺に指を突きつけて、カテリーナが宣言する。
シーン、と一瞬沈黙が訪れ、王弟は額を押さえた。
(むしろ、それを一番避けたいんだよ……!)
ぶつぶつと王弟が何かつぶやいているが、俺は意外と悪くないな、と思案する。
冒険者になっても、ターセル男爵領に拠点を構えようと思っていたが、セクトたちみたいに他国に出るのもありだ。
むしろ、その方が自由でアウトローな冒険者と言えるかもしれない。
「ついほう、おもしろそう」
俺がぽつりとつぶやくと、祖父ちゃんは憮然とした顔で腕を組む。
「ロイが追放ならば、ワシも共に国を出る」
「お、お待ちを! そのようなことは絶対にさせませんから‼」
王弟は顔色を変え、俺の前に膝をついて肩を押さえてくる。
「ダメだよ、ロイ君! 追放されたら、ターセル男爵領に戻ってこられなくなるからね? ね?」
「それはこまる」
「そうだよね! だから、出来るだけこの国に居てくれると嬉しいなぁ!」
王弟が必死に説得してくるので、俺は頷いて見せる。
王弟はほっとしたように胸を撫で下ろしていた。
「カティ、ロイ君と友達になったらきっと楽しいよ。ロイ君は凄い子だからね」
王弟は、不機嫌なカテリーナを宥めつつ俺を売り込み始める。
「こんな子の何がすごいっていうの?」
「ロイ君は、この歳でもう冒険者登録をしているんだよ」
戦功の事は秘されているため、王弟は最近の俺の活動を持ち出す。
しかし、カテリーナはそれも気に入らなかったようだ。
「フン! 冒険者なんてやばんだわ!」
カテリーナの馬鹿にしたような態度に、俺は口を尖らせた。
「ぼうけんしゃはかっこいいもん!」
自由で何にも縛られず、危険を恐れない勇敢な冒険者。
未知に自ら足を踏み込み、世界を広げるその背中。
前人未到の絶景を発見したり、新たな生物を発見したりして、歴史に名を残す者も少ないながら実在するのだ。
俺はつたない言葉で冒険者のロマンを熱く語る。
「ぼうけんしゃは、せんくしゃなの! だれもみたことのないものをみつけるんだよ! ここうで、いだいなの!」
「うむ、うむ。冒険者とは奥深いものだな」
祖父ちゃんは感心して頷いているが、王弟や父上は微妙な顔だ。
どうやらこの二人は、街の便利屋程度の、もっと身近な冒険者像を思い浮かべているらしい。
確かに、一般的な冒険者はほとんどがそっちなのかもしれないけれども。
そして、それすら知識として持ち合わせていないカテリーナは、腰に手を当て、上から目線で言う。
「じゃあ、見せてみなさいよ!」
「う……」
俺は言葉に詰まった。
なにせ、俺はまだFランクで、そんな心躍る冒険の予定はまだない。
王弟は苦笑しながら、カテリーナを窘めた。
「冒険者登録をしていないカティが、クエストについて行くのは無理だよ」
「いや、良いのではないか?」
すると、祖父ちゃんが意外にも肯定的な返事をする。
「其方も同行すればよい。保護者同伴であれば、低ランクのクエスト程度、散歩も同然であろう」
「ほら、おじ様! 英雄様もこうおっしゃってるわ」
カテリーナは祖父ちゃんの援護に気を良くし、王弟は仕方がなさそうにため息を吐く。
「ルードルフ様がそう仰るなら、同行させていただきます」
「うーん……」
俺は、植物採取と言う地味なクエストを見せて、カテリーナに冒険者を小馬鹿にされたくなかったのだが。
それでも、今日もクエストを受けられるというなら、別にいいか。
カテリーナが冒険者に否定的である方が、つまらない婚約話を回避する理由にもなるだろうし。
渋々承諾した俺は、カテリーナと王弟を伴い、祖父ちゃんと一緒に黒の森へと出発した。
白竜のディアナに乗って黒の森に来たのは、俺と祖父ちゃん、王弟とカテリーナと、カテリーナの侍女だ。
ディアナから降りると、辺りを見回した王弟は顔を引きつらせ、俺と祖父ちゃんを呼び止めた。
「ルードルフ様⁉ ここは黒の森ではないですか! ロイ君と受注したのは低ランクのクエストだったのでは⁉」
「そうだが?」
祖父ちゃんも俺も、慌てる王弟に首を傾げる。
俺たちが探しに来たのは日向草。
日向草の採取は実入りがいいが、Eランクでも受注できる低ランククエストだ。
この黒の森に日向草の丁度いい群生地があって、品質も普通のよりいいから追加報酬が得られる。
この季節は常設依頼となっている日向草の採取クエストは、冒険者ギルドでいちいち依頼受付申請をしなくても、現物採取して持っていけば依頼達成として報酬を支払ってくれるのだ。
「ていらんくくえすとだよ?」
俺が説明しても、王弟は頭を抱えるばかり。
「場所が低ランクのそれではないのですよ‼ 黒の森と言えば、わが国有数の危険地帯! こんな場所でEランクの植物採取をする冒険者はいません!」
ここにいるが?
俺と祖父ちゃんは顔を見合わせ、一緒に肩をすくめる。
カテリーナの侍女は守るようにカテリーナの背後に回り、辺りを警戒し始めた。
「だいじょうぶだよ。じいじがいれば、まものよってこないよ」
俺が説明すると、カテリーナは俺の前で弱い姿を見せたくないのか、腰に手を当て強気に構える。
「3歳の子が怖くないっていうんだから、私はへいきよ! さっさと行きましょう!」
しかし、侍女も王弟も安全だと信じてはいないようで、王弟は魔物に備えて腰の剣に手をかけている。
まぁ、そのうち慣れるだろう。
俺と祖父ちゃんは、少し森に入った所の日向草を採取するため、ディアナを待たせ、王弟たちを引き連れて森に入った。
森に入って少しして、日向草が群生する場所に出る。
「うわぁ、きれい!」
カテリーナは、一面の日向草を見て目を輝かせる。
太陽光を受け、淡い黄色に発光する可憐な花々は圧巻だ。
採取依頼は地味で馬鹿にされるかと思ったけど、意外と気に入ってそうでよかった。
俺と祖父ちゃんは畳んでポケットにしまっておいた袋に日向草を採取していく。
「こうやって、ねもとのちょっとうえをつむの」
「なるほど……」
俺は、近くにいた王弟に説明しながら採取を続ける。
少しでも早く帰りたそうな王弟も巻き込んで、一緒に採取をしてもらいながら、半刻ほどが過ぎた。
飽きが来たのか、カテリーナはじりじりとディアナの方に寄っている。
「もう十分でしょう? 戻らないの?」
カテリーナの言葉に、俺は首を横に振った。
「このはな、いましかとれないから」
「なによ、別にどうでもいいじゃない、こんな花」
さっきまで感動していたくせに、カテリーナはわがままなことを言い出す。
そもそも、採取クエストに勝手についてきたくせに。
「このはなをのうひんして、おかねをかせぐ。おれのどくりつしきんにするの」
「どくりつ……? あぁ、独立資金ね」
カテリーナは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「びんぼう男爵家だから、子供の独立資金も出してもらえないのね!」
「ちがう。じりつするために、しきんをじぶんでかせぐの」
そこで親を頼ってしまえば、自立も何もない。
自由気ままな冒険者としてやっていくなら、親のすねをかじるわけにはいかないのだ。
まぁ、5歳の甘やかされたお姫様には分かるまい。
俺がじっとカテリーナを見つめると、カテリーナはプイッと視線を逸らし、背を向ける。
「もういいわ、私、つまらないから帰る!」
「あ、カティ⁉」
勝手にディアナの方に歩き出したカテリーナに、王弟は慌てて腰を浮かした。
「はぁ……困った姪っ子だなぁ……」
王弟と侍女がカテリーナを追っていく。
「やれやれ。ロイと友達にはなれそうにないか」
祖父ちゃんは俺の肩に手を置き、王弟たちの背を見送った。
祖父ちゃんがいなくてはディアナは飛び立ちはしない。置いて帰られることはないが。
「残念だな、せっかく年の近い友人ができると思ったのだが」
別に俺は気にしていないが、祖父ちゃんは残念そうに眉を下げる。
俺に同年代の友達がいないことを、祖父ちゃんは結構気にしていたみたいだ。
俺からすれば、子供の相手をする方が気詰まりなのだが。
「おれ、べつにいらないよ。じいじがいるもん」
俺がきゅっと祖父ちゃんの手を握ると、祖父ちゃんはにっこりと破顔して、俺の頭を撫でた。
「今はそう思うだろうが、いずれ寂しく思う時が来るやもしれん。まぁ、ロイならばそのうち友達もできるだろう」
俺と祖父ちゃんが、もう少し日向草を摘んで帰ろうか、と足元に視線を戻した時。
「カティー‼」
「きゃあぁぁぁっ‼」
「「!」」
王弟とカテリーナの叫び声が聞こえ、俺と祖父ちゃんはバッと王弟たちの方に走り出す。
すぐに駆け付けると、地面から3メートルほどの空中に浮かんだカテリーナと、剣を抜いて動揺する王弟、腰を抜かして座り込む侍女の姿があった。
「助けてっ! いやぁぁっ!」
カテリーナは空中で手足をバタバタさせて暴れているが、一向に降りてくる気配がない。
俺はすぐ原因に検討をつけ、手に風魔法を集める。
「じいじ! みらーじゅふろっぐ!」
「うむ!」
祖父ちゃんは戦闘の構えを取り、俺は風魔法で土を巻き上げ、辺りに拡散させた。
その土煙で、透明になって姿を隠していた巨大なカメレオンのような魔物の姿が浮かび上がる。
「2たいいる!」
「よし!」
祖父ちゃんは、自分に近い方の魔物をめいっぱい殴り付け、フッ飛ばす。
俺はカテリーナを舌で巻き込み捕まえている魔物の方に、氷柱を叩き込んだ。
「『あいすじゃべりん』!」
『ギアアァァァ‼』
魔物の頭を氷柱が貫き、カテリーナは舌から投げ出された。
「きゃあぁぁぁっ!」
「よっと」
俺はカテリーナを空中で抱き留め、スタッと地面に着地する。
ストンと地面に降ろしてやると、カテリーナは放心したように俺を見つめていた。
「あ……!」
しかし、一瞬して、わあわあと大声で泣き始める。
「こっ、こわかったぁぁぁっ! おじ様ぁぁぁぁっ‼」
王弟に縋り付き、背中をポンポンされて宥められているカテリーナ。
うん、こうしてると、年相応って感じだな。
「よくやったな、ロイ」
俺は祖父ちゃんに褒めてもらう。
そして、カテリーナが泣き止むまでしばらくその場で待機になった。
ようやくカテリーナが泣き止んだ頃、王弟は疲れたように俺に頭を下げた。
「助かったよ、ロイ君。ありがとう」
「べつにいいよ」
俺は適当に手を振って応える。
「しかし、ルードルフ様がいるのに、こんな魔物が襲ってくるんだね」
王弟は気味悪そうに、カメレオンみたいな魔物の死体を眺めている。
「それはね、きらきらがみえたせい」
俺は、カテリーナの首の紫の宝石を指さす。
「ほかのまもの、じいじこわがってよってこない。でも、こいつはきらきらにめがないの」
カメレオンのようなこの魔物、ミラージュフロッグは、この黒の森では3メートルを超える巨体をしている。
そしてキラキラする物に目がなく、光り物を盗んでは巣に持ち帰るという、面倒な習性がある。
しかも、こいつは姿が隠せるのをいいことに、強敵相手でも近くまで寄って来る図太さがあり、俺はこいつを狩るつもりがないときは光り物を持ち歩かないようにしている。
「すまぬな、最初に言うべきであった」
祖父ちゃんは申し訳なさそうに頭をかく。
「いえ、装備も整えずクエストについてきた我々も不注意でした」
王弟も謝り、涙の跡が残るカテリーナにハンカチを差し出している。
カテリーナはまだショックを引きずっているようだが、素直にハンカチを受け取って目元を拭った。
「でも、こいつがここにいるの、おかしいよ。もっとみなみにいるはずなのに」
俺はざっと死体を検分し、祖父ちゃんを振り返った。
本来は黒の森南にいるはずのミラージュフロッグが、こんな場所にいる方が異常なのだ。
この襲撃は、祖父ちゃんであっても予想できなかったと思う。
俺があれこれと理由を考察していると、俺の傍にカテリーナがやってきた。
「なに?」
恨み言でも言うつもりかな、と俺が振り返ると、カテリーナは少し躊躇った挙句、口を開く。
「あなた、意外とやるじゃない……」
「うん。おれ、じいじとくんれんしてるから」
何だ、恨み言じゃないのか。
俺がほっとして、ちょっと笑顔になると、カテリーナは照れ隠しのようにプイッと視線を逸らした。
「少しだけ見直したわ。だから、その……」
カテリーナは窺うように俺を見て、わずかに頬を染める。
「こ、婚約してあげないこともないわよ……!」
王弟がなんだか、おっ! って喜ぶ顔になってるけど、俺からしたら迷惑この上ない。
「ごめんなさい」
俺はすぐに頭を下げ、お断りする。
「ちょ……あなたが断るんじゃないわよ! せっかく私が結婚してあげるって言ってるのに!」
さっきまで殊勝だったカテリーナは、腰に手を当てて威圧するように上半身を乗り出してきた。
いや、5歳の幼女と婚約なんてできるわけないだろう。
こちとら前世30代の記憶持ちなんだぞ。
大体、お姫様となんて結婚したら、俺の輝かしい冒険者生活に支障が出る。
「ぼうけんしゃは、じゆうがしんじょうだから」
国を出られなくなるような、妙な拘束力が生まれては困るのだ。
手を突き出し、あくまでお断り姿勢の俺に、カテリーナは顔を真っ赤にしてプルプルと震えた。
「やっぱり、こんな生意気な子なんて大っ嫌い!」
その後、へそを曲げたカテリーナは腫物のように扱われながら、ディアナに乗って皆で帰宅。
王弟とカテリーナ達は、別れの挨拶をかわすと早々に王都へと帰って行った。
「へんなこだったね」
「うむ……しかし、あの断り方は気の毒であった……、ロイにも女性の扱いを学ばせ……、いや、まだ3歳で……」
祖父ちゃんは何やらぶつぶつ考えこんでいる。
まぁ、俺だって、冷たい対応だった自覚はある。
でも王家相手に中途半端な態度を見せたら、付け込まれそうな気がしたんだよ。
なにせ、押しの強そうな子だったし。
「もうこないとおもうし、べつにいいの」
この時、俺は本気でそう思っていたのだが。
そう時間も経たないうちに、カテリーナの行動力を見せつけられることになるのだった。
【ディミトリ(ロイの父)】
先の戦以来、王弟殿下がターセル男爵領を度々訪れるようになった。
王弟殿下の狙いは、ロイを軍に入れることだ。
酷い父親かもしれないが、私には、その王弟殿下の望みは真っ当に思えた。
この国は今、同時に2国と戦をするという、未曽有の戦乱状態に陥っている。
モルグーネ王国の命運、ひいてはターセル男爵領の命運が関わるこの戦況に、力ある者を遊ばせておいていいのか、と考えてしまう。
ロイの鬼神のごとき戦いをこの目で見たからこそ、今こそあの力を活かすべきなのでは、と思えてならないのだ。
しかしそれは同時に、まだ3歳の可愛い息子を戦場に送り出すという非情な決断でもある。
ロイも妻も就寝した深夜、私は酒を持ち、父上の部屋を訪ねた。
鷹揚に部屋に入れてくれた父上と酒を酌み交わしながら、私は父上に悩みを相談する。
父上は元将軍であり、今も軍から頼りにされている武人だ。
私などよりも、状況を正しく判断できるだろう。
私は、ロイを軍に入れたいという王家の打診にも一理あるのでは、と、父上に切り出した。
「今の情勢や国防の事を考えれば、王弟殿下の期待も理解できます」
私の窺うような視線に、父上は落胆したような溜息を吐いた。
「ロイの力は強大だ。それゆえに、周りの人間はロイの力でしかあの子を見ぬだろう。……父であるお前までそうなってどうするのだ」
「!」
父上の指摘に、私ははっと顔を強張らせる。
父上は立ち上がり、私に背を向けて腕を組む。
「連中はロイを『どのように自らの役に立てるか』しか興味がないのだ。ロイ自身の望みなど考慮しておらぬ」
「……」
私は息をつめ、その言葉に頷くしかなかった。
私も、ロイに対しそうなっていたという事だ。
「それに、力ある個人に責任を負わせる今の在り方では、いずれ立ち行かぬ時が来る。国全体が強くならねば、英雄がいなくなった時にあっという間に崩壊するぞ」
「そうですね……」
私は、ロイが戦う姿を見守ることしかできなかった、あの時の無力感を噛みしめる。
確かに、もしロイが力を貸してくれなければ、私達は全滅していたかもしれないのだ。
「王家の連中はことあるごとにワシを頼るが、ワシはとうに公の場から退いたのだ。これ以上ワシが力を貸し続ければ、下の者が育たぬ」
父上はゆるく首を振り、壁にもたれた。
「それでは、ロイの時代が来た時に、あの子だけが重責を負わされかねん」
「……!」
父上に指摘されるまで、その未来を私は想像すらしていなかった。
しかし、考えてみれば、ロイが成人した時同じように兵力不足に迫られれば、国は全力でロイを取り込み戦場へと送り込むだろう。
そこでロイが孤独な戦いを強いられるのは間違いない。
なにせ今のままでは、ロイに並び、共に戦える相手などいないのだから。
「ディミトリよ。力を持って生まれたというだけで、ロイに何の責任がある。ロイにはロイの望む未来があるのだ。ワシはそれを自由に選ばせてやりたい」
そうつぶやいた父上の横顔は、どこか寂しそうだった。
私は少し考え、ぽつりとこぼす。
「父上にも、望む未来があったのですか」
父上も、幼いころから才能を発揮し、将来を嘱望されてきた人だ。
周りの期待を裏切らず、望まれるままに軍に入り、英雄にまで上り詰めた。
しかし、そこには周囲が知らぬ葛藤があったのかもしれない。
「……うむ」
父上は組んでいた腕をほどき、私の肩に手を置く。
「実の子と過ごす時間がもっと取れていたら、と、今になって後悔しておる」
「……!」
すぐに手を放した父上だったが、私は照れくさくなって俯く。
私が生まれてからも、父上はこの領地にいる方が稀で、会えないことをいつも寂しく思っていた。
でも同時に、父上が国を守る英雄であることが誇らしくて、その大きな背中を追い続けていた昔の自分を思い出す。
その父上が、こうして私との時間を惜しんでくれていたのかと思うと、胸が温かくなった。
「戦に行ったことを間違っていたとは思わぬが、それでも思うところはある」
「……私たちを守るためだったのでしょう?」
「うむ、そうなのだがな……」
父上は、一瞬迷うそぶりを見せ、ため息をついて口を開く。
「軍から戻ったワシは、このターセル男爵領に居場所がなかったのだ」
「そんな……」
意外な告白に、私は否定しようとしたが、何も言えなかった。
軍を退役してすぐの父上は、確かに周囲との距離を測りかねているようにも見えた。
私も、久しぶりに会う父上とどんな会話をしていいか、最初は戸惑ったものだった。
平穏な日常の過ごし方も知らなかったのか、父上は時間が空けばひたすら鍛錬に打ち込んでいたように思う。
しかし、ロイが生まれてからというもの、父上は毎日楽しそうにロイを構って遊ぶようになった。
父上にとっても、ロイは居場所を作ってくれた、特別な子なのかもしれない。
「どの道を選んでも後悔は付きまとうのかもしれぬ。なればこそ、可愛い孫には好きな道を選ばせてやりたいのだ。それが大人の仕事であろう」
父上は手の平を見下ろし、グッと拳を握る。
「そのためならば、ワシは何を敵に回すことも厭わぬ。例えそれが、王家だろうと帝国だろうとな」
「は……」
父上の言葉に、私は先ほどまでの自分が恥ずかしくなる。
自分の力が足りない代わりにと、容易にロイに責任を押し付けようとしていたのだ。
しかし、父上は何よりもロイの自由を守ろうとしてくれている。
「……ありがとうございます、父上」
私は深く頭を下げて、笑みをこぼした。
(父上にロイを託したのは間違っていなかった)
父上は誰よりもロイを理解している。
同じように力があるからこそ、ロイの苦悩にいち早く気づくことができるのだ。
「私は、ダメな父親ですね……」
私はロイのことを何も分かっていないのではないか。
父上のように、ロイのためにしてやれることもないのでは。
私がしょんぼりと肩を落とすと、父上はかかと声を上げて笑う。
「何を言うか。ちゃんと側にいてやれば、それでよいのだ」
バシン、と背中を叩かれ、私は痛みに顔をしかめながらも、父上の頼もしさと優しさに頬を緩めるのだった。




