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英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


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第5話  氷瀑の魔法師団長

毎週金曜更新の予定……です……多分。

【第8魔法師団長ヘレス】


 ネヴィルディア帝国との戦が膠着状態に入り、軍とそれに属する我々魔法師団も編成を改める事となった。

 

 今まで第2魔法師団の副師団長を務めてきた自分は、新設される第8魔法師団の師団長を任された。

 その駐屯地は、ターセル男爵領という僻地らしい。


 というのも、隣国トリスタニアが同盟を破棄し攻め込んだのがこのターセル男爵領であり、いつまたトリスタニアが侵攻してくるか分からないため、その脅威に対抗し第8魔法師団を据えるらしいのだ。


「はぁ……とんだ貧乏くじですねぇ、ヘレス師団長。こんなド田舎に左遷されるなんて」


 揺れる馬車の中で自分に声をかけてくるのは、副師団長に任命されたアメリアだ。

 自分の数年来の部下であり、まぁ右腕と言えなくもないぐらいの仲だ。


「しっ。聞こえるぞ」


 自分は口に指を当て、御者台の方を盗み見た。

 ……大丈夫、聞かれていないようだ。


 まぁ、左遷同然なのは自分も想像がついてる。けど、自分はもう40代だし、この歳でキャリアが~とか言いだす気もないから諦めているのだが。

 まだ若いアメリアには不満なんだろう。


「でも、いくらトリスタニアが裏切ったからって、わざわざ魔法師団常駐させます? そもそも、ドミニア将軍でしたっけ? 首謀者はもう捕らえたんですよね? なら、後は国同士の交渉に入るんじゃないんですか?」

「いや、そうとも限らない」


 自分はアメリアに状況を正しく伝える。


「確かにドミニア将軍は謀反の首謀者だった。だが、一将軍だけで国を転覆させるのは難しい。その後軍を率いることができたことも含め、それなりの支持基盤があったと考えるのが妥当だ。英雄ルードルフ様の不在を見越して侵略してきたこともあるし、帝国が陰から操っていた可能性は高い」


 また別の傀儡を担ぎ出して戦争を吹っ掛けてくるかもしれない、と自分が告げると、アメリアはさらに嫌そうな顔になった。


「えぇ……、僻地への左遷か、帝国との最前線か……どっちにしても最悪じゃないですか~」


 弱音を吐き始めるアメリアを放っておいて、自分はさらなる疑問を付け加える。


「そもそも、トリスタニアとの戦いには疑問が多いんだ。ターセル男爵領は立地が帝国から離れていて、税収も豊かとはいえない。最低限しか軍備を整えていなかったはず。そして、ルードルフ様は確かに不在だった。では、一体誰がドミニア将軍を撃破したのか……。ドミニア将軍含め、捕虜たちには口外法度の魔術がかけられて厳重に管理されているし、自分はそのあたりがどうにもきな臭いと――」


「お喋りはそこまでですよ」


 御者台から聞こえてきた静かな声に、自分とアメリアはビクリと身をはねさせる。


「もうすぐ駐屯地につきます。部下に無用な不安を抱かせぬように、ヘレス師団長」

「は……はいっ‼」


 自分は慌ててビシッと敬礼する。

 隣のアメリアも顔が真っ青だ。

 どうやら御者台まで会話が聞こえてしまっていたらしい。


(ししし、師団長……! どうしてあのお方が、こんなド田舎まで一緒に来るんですかっ‼)

(自分は何も知らん! とにかく、これ以上叱られるようなことはよそう、後が怖い……!)

(はいぃ……!)


 自分はちらりと御者台の方を盗み見る。


 長い紺の髪を後ろで結わえ、金縁の片眼鏡と黒いローブ、金色の長杖を持った、「氷瀑の大魔導士」。

 第1魔法師団長「ガストール・グリンガム・レッドラン」。

 一見穏やかな笑みを浮かべる老年の紳士だが、その魔法の実力は当代随一。

 魔法師団全てを束ねる長であり、歯向かう師団員には悪魔のごとく演習で規律を叩き込むという。


 しかし、いつも軍務で忙しくしているはずのレッドラン師団長が、新しい駐屯地を視察するためだけにこんな僻地に来るだろうか……。

 疑問は何も解消しないまま、自分たちはターセル男爵領の駐屯地へと馬車を乗り入れた。



 第8魔法師団の駐屯地は、男爵領の西、トリスタニア王国との国境から目視できるほど近い場所にあった。

 土魔法でほとんど建設が終わっている第8魔法師団の施設は、今は内装工事を行っているらしい。

 兵舎はまだだが、師団長や副師団長の部屋ぐらいは整備が終わっているようだ。


「ふむ、これならば、トリスタニア軍が攻めてきてもすぐに対処できるでしょう」


 レッドラン師団長は、馬車から降りるとさっそく視察を始める。

 自分たちも慌ててレッドラン師団長の後に続く。


 ターセル男爵領の私兵が案内に立ち、先日の侵攻の被害の程度や、ターセル男爵から第8魔法師団への建築物資の提供など、様々な説明をしてくれる。

 しかし、その説明は、どうも自分が知りたいことが隠されているような歯がゆいもので、自分はついつい手を上げる。


「あの……」


 自分はレッドラン師団長の視線を感じながら、ずっと気になっていたことを尋ねた。


「ドミニア将軍を倒したのはターセル男爵領の私兵の方々なのですよね? その指揮はターセル男爵ご自身が?」

「は、はい……そうですね……」


 私兵の男は視線を彷徨わせ、明らかに何かを隠している様子だ。


「トリスタニア軍との兵力差はどうやって埋められたのですか? 失礼ですが、この領はさほど私兵を抱えていなかったはず。トリスタニア軍を打ち破るだけの戦闘力はどこから――」


 自分が言葉を続ける前に、レッドラン師団長が口を挟んだ。


「ヘレス師団長」

「は、はい!」

「それは、今ここで話すような事ではありません。いいですね?」


 有無を言わせないレッドラン師団長の冷たい視線に、空気まで凍り付きそう……いや、実際に魔法の冷気が漏れている。


「も、申し訳ございませんでした……!」


 自分は冷や汗をかきながら、余計なことを言わなければよかった、と俯く。

 そして、自分たちは私兵の男に引き続き案内を受けながら、一通り駐屯地の見回りを終えた。


「やっと終わりましたね……緊張したぁ……!」


 アメリアはレッドラン師団長をチラチラ見ながら小声で話しかけてくる。


「いつまでいるんでしょうか? さすがにもう帰りますよね?」


 気まずいのは分かるが、聞こえたら叱られるぞ。


 しかし、レッドラン師団長は、先ほどからこちらを見もしない。

 何かを待っているのか、辺りを見回して落ち着かなげだ。

 常に微笑という名の鉄面皮を被っているレッドラン師団長にしては珍しい。


「おや」


 やがて、東の空に白竜を見つけ、レッドラン師団長は口角を上げた。

 自分たちもつられてそちらを見ていると、白竜はぐんぐん近づいてきて、レッドラン師団長の眼前に降り立った。


 そして、白竜の背から黒髪の子供がぴょこんと顔をのぞかせ、笑顔いっぱいに叫ぶ。


「ガスじいじー!」


 その途端、見たこともないほどの満面の笑みを浮かべ、レッドラン師団長が両手を上げた。


「ロイく~ん! じいじが来ましたよ~‼」

「「は……?」」


 じいじ?

 え、あの「氷瀑の大魔導士」と恐れられるレッドラン師団長が? じいじ?


 自分とアメリアは思わず顔を見合わせる。


「さ、何をぼさっとしているのですか! ロイ君を中に案内しますよ!」


 レッドラン師団長は、黒髪の子供が白竜から降りると、いそいそと手を繋いで歩き出す。


「あぁ! ガストール貴様! ロイと手を繋ぐのはこのワシだ!」


 遅れて白竜から降りて来た「紅の英雄」ルードルフ様に押しのけられつつも、自分たちはのろのろと後に続いた。


 師団長室にはテーブルや椅子、ソファぐらいしか用意されていなかったが、一応客を迎えることはできる。

 大きいソファには、黒髪の子供を挟んで、レッドラン師団長、ルードルフ様が座る。

 自分とアメリアはその向かいの椅子2脚に並んで座った。


「あの、それで……じいじと言うのは……?」


 自分は恐る恐る尋ねる。

 レッドラン師団長は、いつにも増してニコニコしながら黒髪の子供を紹介した。


「この子は私の孫のロイ君です。ターセル男爵家の3男に当たります」

「レッドラン師団長のお孫さん……」


 そういえば結構前に、レッドラン師団長の娘さんがド田舎の男爵に嫁いだとか聞いたが、それがこのターセル男爵家だったのか。


「そして、ロイはワシの孫でもある」


 ルードルフ様は腕組みをして、フフンと笑う。

 待てよ、ということは、この子は大魔導士と英雄の血を引くサラブレットってことか。

 自分が思わずまじまじとロイ君を見つめると、ロイ君はニッと笑い返してくれる。


「か、かわいい~っ!」


 そう言って頬を押さえたのはアメリアだ。


「あ、そっか、レッドラン師団長はお孫さんに会いにこの駐屯地まで来たんですね?」

「あ~、ゴホン。もちろん、仕事で来ましたとも」


 表情を取り繕うレッドラン師団長に、ロイ君は首を傾げる。


「おれにあいにきたんじゃないの? ガスじいじ、いそがしい?」


 一緒に遊べないのか、としょんぼりするロイ君に、レッドラン師団長は慌てて首を横に振る。


「全然! 全く! 忙しくありませんよ! ロイ君と一緒に遊びますとも‼」

「ほんと⁉」


 パッと笑顔になるロイ君に、レッドラン師団長の頬もゆるゆるだ。

 しかし、ルードルフ様は不機嫌そうに唸り、レッドラン師団長を押しのける。


「無理をするでない、ガストール。貴様は北の戦線に戻らねばならぬのであろう? ワシがロイと遊ぶから、貴様は帝国兵でも相手にしているがいい!」

「ルードルフ! 貴方は毎日ロイ君と遊んでいるのでしょう! ここは遠慮して私に譲りなさい! 北の戦線で活躍したのですから、そのまま将軍に復帰すればいいでしょう!」

「何だと‼」

「やる気ですか‼」


 ぐぬぬぬぬ、と幼稚な睨み合いを始める大魔導士と英雄に、自分とアメリアは身をすくませる。


 しかし、ロイ君は祖父二人の手をポンポンと叩いて、にっこり笑った。


「おれね、ルーじいじと、ガスじいじと、3にんであそびたいの」


 その効果はすさまじく、レッドラン師団長とルードルフ様は、途端にコロッと笑顔になって、ソファに戻る。


「そうかそうか。では、一緒に遊ぼうな」

「ロイ君が一緒がいいというのなら、仕方がありませんね」

「うん!」


 恐るべし孫パワー。


 しかし、自分はまだこのロイ君の本当のすごさを知らなかった。



「え、冒険者登録ですか……?」


 レッドラン師団長は、きょとんとした顔でロイ君を見つめる。


「うん! いまからね、とうろくにいくの!」


 レッドラン師団長は困惑したように顎に手をやった。


「ロイ君、冒険者になれるのは12歳からなのですよ。3歳のロイ君では、まだ無理だと思いますが……」


 すると、ルードルフ様が二人の間に割り込んだ。


「馬鹿め、ガストール! 仮登録を知らんのか?」

「ぐぬ……!」

「12歳までの子供は仮登録申請をすることで、Fランク冒険者になれる。仮登録ではランクは上げられんし、一人でクエストを受注することもできん。が、しかし、本登録済みの冒険者とパーティを組めばクエストを受けることもできるのだ!」

「ま、まさか貴方……!」


 レッドラン師団長がわなわなと震える前で、ルードルフ様は勝ち誇ったように笑った。


「ワシが冒険者になり、ロイとパーティを組む! そうすれば、3歳のロイでも一緒に冒険に行けるというわけだ!」

「なんですってぇぇっ‼」


 レッドラン師団長は怒声を上げ、ルードルフ様の胸ぐらをつかむ。


「パーティを組むなんて貴方だけずるいでしょう! いつもいつもロイ君と遊んでいるくせに! 私だってロイ君とパーティを組みたいのにーっ!」


 ガクガクと揺さぶるレッドラン師団長をものともせず、ルードルフ様は高笑っている。


 あぁ、氷瀑の大魔導士が、見たこともないような醜態を……。

 しかし、その奇行を見かねたのは、自分だけではなかったようだ。


「あのね、ガスじいじ。ガスじいじもいっしょにぼうけんしゃになる?」


 ロイ君、ナイスフォローだ。


「そ、そうですね! なりましょう、冒険者! そしてパーティを組みましょう!」

「何ぃっ!」

「ルーじいじ、ガスじいじをなかまはずれにしたらかわいそう。みんなでいっしょにぼうけんしゃしよう?」

「う……うむむ……!」


 3歳児の正論に、いい歳した大人が返す言葉もないようだ。


「さすが、ロイ君は優しいですねぇ~!」


 いい子いい子、と頭を撫でるレッドラン師団長に、ロイ君はニコニコしている。


「では、早速登録に行きましょうか! あ、ヘレス師団長、ついでに貴方もついて来なさい」

「え⁉ あ、はい……」


 なぜか自分も呼ばれてしまった……。


 自分は、同情の目を向けてくるアメリアに見送られながら、ターセル男爵領の冒険者ギルドへと連行されていくのだった。



 ターセル男爵領の中心街から西に少し行くと、冒険者ギルドが見えてくる。

 他の都市のギルドと比べるととても小ぢんまりとしているが、一応の機能は備えているようだ。


「る、ルードルフ様⁉ 冒険者ギルドに何用ですか⁉」


 姿を見るなり飛び出してきたのは、ここのギルドマスターだ。

 まぁ、前男爵で戦争の英雄のルードルフ様を放っておく訳にはいかないのだろうな。


「うむ。冒険者登録をしに来たのだ」

「はぇ⁉」


 ギルドマスターは、驚愕に口をぽかんと開ける。


 無理もない。


 貴族が冒険者登録をすることは稀だし、何より、軍と冒険者は仲が悪い。

 半ば軍に復帰しているルードルフ様が、今更冒険者登録だなんて、誰も想像しないだろう。

 自分だってまだビックリしているくらいだ。


「あ……その……何故、冒険者になど?」

「それはな」


 ルードルフ様は足元のロイ君を抱き上げ、自慢する。


「この可愛らしい我が孫ロイと一緒に、冒険者パーティを組むためなのだ!」

「この氷瀑の大魔導士ガストールも、同じくパーティを組む予定なのです!」

「……は、はぁ……」


 ギルドマスターはぽかんとして、まだ事態がよく呑み込めていないようだが、とりあえずカウンターに案内してくれる。


「で、では、こちらの書類にサインをお願いします」

「うむ。ロイの分はワシが書こう」

「じいじ! おれじぶんでかける!」


 ロイ君は、ぴょんぴょんと飛び上がりながら手を上げてアピールする。


「おぉ、ロイはもう文字が書けるのか?」


 いやいや、まだ3歳でそれは無理だろう……。

 しかし、ロイ君は椅子の上に立ち、羽ペンを握って文字を書き始める。


「おやおや、ロイ君はちゃんと自分の名前が書けていますね。さすが、私の孫です!」


 レッドラン師団長がロイ君を褒めると、ロイ君は照れたようにふふっ、と笑った。

 ロイ君、優秀な子なんだな。英才教育というやつだろうか。


「さぁ、貴方も冒険者登録してしまいなさい、ヘレス師団長」

「えぇっ⁉ 自分もですか⁉」


 レッドラン師団長の指示(命令)で、自分まで冒険者登録をする破目になった。

 まさか、この歳でFランク冒険者になるとは……。

 人生何があるか分からない。


「はい、パーティ申請も終わりました。これで、ルードルフ様、ガストール様、ロイ君で、冒険者パーティ『じいじと孫』の結成です」


 ちょ……もうちょっといいパーティ名あったでしょうに……。


「やったぁ! じいじ、おれぼうけんしゃ!」


 ロイ君はウキウキと足踏みしている。


「よかったなぁ、ロイ! さぁ、早速クエストを見に行くぞ!」

「ロイ君との初クエスト、どうせならドラゴンでも倒したいものです!」

「あ、あのぅ……」


 自分は手を上げ、発言の許可を取る。


「何だ?」


 ルードルフ様が自分を見下ろすので、自分はおどおどと注意事項を伝えた。


「じ、自分たちは登録したばかりのFランクですから、受注できるのは最も難易度が低い依頼だけですよ? たとえば、薬草採取やゴブリン討伐などの……」

「薬草……」

「ゴブリン……」


 ルードルフ様も、レッドラン師団長も、途端に半目になり顔を見合わせる。


「もっとマシな依頼はないのか? スカルドラゴンとか、サラマンダーとか」

「いやいや、そんな討伐こなせるFランクなんて普通いませんから……!」


 不満そうな二人はギルドマスターをちらりと見るが、ギルドマスターも青くなってうんうんと頷いている。

 さすがに、ギルドマスターの立場からいっても、登録したてのFランクに上位のクエストを任せるわけにはいかないのだろう。

 ギルドにも規律があるのだから。


「ねぇ、じいじ。おれごぶりんでもいいよ? ぼうけんしゃはね、つみかさねがだいじなの!」


 ロイ君は得意げに講釈を垂れる。


「ちょっとずつてんすうをかせいで、らんくをあげていくの! それがぼうけんしゃのだいごみだから!」


 ロイ君、大人だな……。

 ギルドマスターは、助かった、というようにうんうんと頷いている。


「おぉ、ロイ! その歳で冒険者の何たるかを知っているとは!」

「さすがロイ君! じいじたちが間違っていました! では、ゴブリン狩りに行きましょう!」


 そして結局、自分たちは常設依頼のゴブリン討伐のため、近くの森まで向かうことになった。



 しかし、やってきた近くの森では、ゴブリンどころか角ウサギやスライムの一匹も見当たらなかった。


「妙だな」


 ルードルフ様は顎髭を撫で、首を傾げる。


「いくら何でも、魔物が少なすぎる」

「もう少し奥まで行きますか」


 自分たちは森の奥へと足を向ける。

 幼児のロイ君がいるとはいえ、こっちには英雄と大魔導士がいるのだ。

 今ならドラゴンが出て来たって怖くない。


「ごぶりんいないねー」


 ロイ君は、キョロキョロと辺りを見回し、ちょっと口をとがらせている。


「せっかくぼうけんしゃになったのに」

「ロイ君がご機嫌斜めに……! ヘレス師団長! 早く探知魔法を使いなさい!」

「えっ、自分ですか⁉」


 思わぬお鉢が回ってきて、自分は慌てて腰の短杖を構える。

 自分は器用貧乏タイプで、色んな属性の魔法が使える分、大魔法への適性は低い。

 なので、威力は下がるものの、この短杖の方が発動時間を短縮でき、相性がいい。


「『探知』!」


 魔法を使うと、魔力の反響が返ってきて、前方2キロ先に何らかの魔物がいることが分かった。


「では行ってみるか」


 先頭に立つのはルードルフ様だ。

 この中で一番耐久力が高いため、前衛を担当するらしい。

 中衛にはロイ君とレッドラン師団長。

 後衛が自分だ。


 そして、全員でその場所まで行ってみると、運のいいことに探していたゴブリンがいた。

 ゴブリンたちは3匹ほどで、こちらにはまだ気づいていない。


「ワシがやっても構わぬか?」


 ルードルフ様がワクワクしながら振り返ると、ロイ君はぷくっと頬を膨らませた。


「おれもたたかいたいのに!」

「そうですよ、ルードルフ! 手柄を独り占めしようだなんて、大人げない!」

「む……!」

「いやいや、ロイ君を戦闘に出すなんて論外ですよ! 危険すぎます!」


 自分たちが軽い言い争いをしていると、それに気づいたゴブリンたちが、奥の洞窟へと走り込んでしまう。


「あっ! ゴブリンが逃げます‼」


 自分が草むらから飛び出すと、レッドラン師団長も続いて出てくる。


「洞窟ですか。すると、今の連中は見張りだったのかもしれませんね」

「奴らの巣があるという事か」


 ルードルフ様はロイ君の後に続いて出てきて、洞窟をのぞき込む。


「ガスじいじ、おれがたんちまほうつかう?」


 ロイ君は、無邪気なニコニコ笑顔でレッドラン師団長を見上げた。


「そうですね、やってみましょうか。ついでに、ヘレス師団長にも使ってもらって、答え合わせもしましょうね」


 レッドラン師団長、自分を教材にする気満々だな……。


 というより、ロイ君は3歳で探知魔法が使えるのか?

 普通、本格的に魔法を習うのは13歳を過ぎてからだ。

 10歳に満たなくても家庭教師から基礎を習うこともあるが、3歳は早すぎる。

 どれだけ英才教育を詰め込んでるんだよ!


「さぁ、やってごらんなさい」


 レッドラン師団長は、それが当たり前、とでも言うように、ニコニコしながらロイ君に勧める。

 おいおい、初級魔法とはいえ、ロイ君に杖も無しに魔法を使わせる気か?


 杖が無くとも魔法が発動できないわけではないが、杖の有無は魔法の威力や精度を大きく左右する。

 普通の魔法使いなら、杖を持たずに魔法を使うことはまずないのだが。


 えぇい、好きにさせておくか!


「「『探知(たんち)』!」」


 洞窟内から魔力が反響して来た結果に、自分は瞠目した。


「これは……ゴブリンの群れ⁉ それも、何という規模だ‼」


 洞窟は見た目よりもかなり深くて、上下に続いているうえに、他の出入り口もあるようだ。

 奥の広間には、ゴブリンがうじゃうじゃいるのが気配で分かる。

 一般的なゴブリンの集落の100倍はありそうだ。

 その数、2000匹ほど。


「うーん、にせんくらいいる?」


 ロイ君が上げた数字に、自分も深く頷く。


「ふむ、2000匹というと、ダンジョンになりかけているかもしれぬな」


 魔物の死骸などが堆積しその場の魔力が濃くなると、ダンジョンという人を惑わす迷宮が現れる。

 ダンジョンの管理を怠ると『スタンピード』(魔物氾濫)などが起き、近隣の村や町が襲撃されてしまうのだ。


 ゴブリンなどの群れを作る魔物は、食料にした後の死体の残骸を一か所に廃棄するので、ダンジョンを生み出しかねない。

 そのため、定期的な間引きが必要になるのだが、洞窟に巣食っていたためにこの群れを見逃してしまっていたのだろう。


「今まで魔物に遭遇しなかったのも、周囲の魔物が食い尽くされていたからでしょう」

「ゴブリンは繁殖の周期が早い。巣を放置すればあっという間に数が増える。その上ダンジョン化まですれば、罠なども派生するし、ゴブリンの駆除も厄介になるぞ」

「どうしますか? 一旦冒険者ギルドに戻りますか?」


 自分は、ロイ君の身に何かあっては、と提案するが、ルードルフ様はおかしそうに笑った。


「何を言う。せっかく冒険のチャンスなのだぞ。まぁ、少々物足りぬがな」


 いやいや、いくらゴブリンとはいえ、2000匹ってのは馬鹿にできないだろう。

 魔法使いみたいな後衛職は、囲まれでもしたら命取りなのに。


 しかし、そんな自分の気も知らず、レッドラン師団長はあり得ないことを言い出した。


「敵の数が多いならば、魔法の出番ですね。では、ロイ君にやってもらいましょうか」


 はい? 何を言っているんだ、この祖父さんは。

 自分の動揺をよそに、レッドラン師団長はロイ君の前にしゃがみ込んで教える。


「いいですか、ロイ君。この個人戦に特化した筋肉馬鹿と違って、私の魔法は対多数に有効なのです。魔法というものは使い方によって、一撃で多くの敵を足止めしたり、屠ることができるのですよ。もちろん、からめ手にも優れています」

「やかましいわ! 一対一なら貴様になど負けやせんぞ! ガストール‼」

「はっ。戦場で一対一などほぼ起こり得ませんね。突っ込んでいくだけしか能のない貴方より、私の方がよほど有用なのですよ!」


 個人戦だと敵無しのルードルフ様に対し、レッドラン師団長は大規模上位魔法が得意だ。

 かつて手合わせした時にはルードルフ様が勝利したらしいのだが、もし短時間で大勢の敵を撃破した数を競うなら、レッドラン師団長が勝つだろう。


「接近戦だと何の役にも立たぬくせに、よく言うわ‼」

「何ですと……‼」


 ジャンルが違うものを並べて競っても意味がないだろうに、ルードルフ様もレッドラン師団長も、飽きもせずにいがみ合っている。

 因縁のライバルという事なのかもしれないな。


「とにかく、ロイ君! ゴブリンを倒してみましょう!」


 レッドラン師団長はロイ君に向き直り、金の長杖を差し出す。


「えっ、レッドラン師団長⁉」


 おいおい、その金杖はレッドラン師団長以外には扱えない危険物だろう⁉

 あの金杖の頂点にはめられた青魔石は、齢1000年を超える氷竜から採れたもので、使用者の魔力をガンガン吸ってしまう。

 その分、発動魔法の威力が跳ね上がる優れものだが、レッドラン師団長以外が使うと、一発の魔法も発動できないまま魔力欠乏で卒倒する。


 自分がわたわたしている間にも、レッドラン師団長はロイ君に金杖を持たせ、洞窟に向き直った。


「ロイ君。2歳の時にじいじが教えた魔法、覚えていますか?」

「うん! 『あいすすとーむ』でしょ?」

「はい、それです」


 は⁉ 2歳児に何教えてんだ、この祖父さん‼


 いや、そもそも、2歳児が『アイスストーム』なんて上位魔法を扱えるわけが……。

 あれって、呪文も複雑だし長いから、詠唱を覚えるだけでも大変なのに。


「じゃあ、やってみましょうか」

「うん!」

「まっ、危な……!」


 自分の静止は間に合わず、ロイ君は杖に魔力を込めていく。

 今にも倒れるのでは、とハラハラする自分をよそに、杖の魔力がどんどんと高まっていくのが分かった。


「な……⁉」


 この魔力……レッドラン師団長を超えてないか……⁉


「ろ、ロイ君、魔力はもうそれぐらいでいいかな?」


 レッドラン師団長も、これ以上魔力を溜めるのは不味いと思ったのか、慌てて止めに入る。


「じゃあ、呪文を詠唱しようね?」

「ううん、いいの」


 ロイ君は杖を片手でかざし、首を横に振る。


「えいしょう、しょうりゃくするから」


「「え……?」」


 レッドラン師団長と自分の声が重なった時、ロイ君は無造作に杖を振り下ろした。


 目の前に突き出された杖の先から、『アイスストーム』が放出され、うねる氷雪が洞窟の中へと雪崩れ込んでいく。

 氷雪は洞窟を瞬く間に満たし、入り口の外側にも風が反射してきた。


「「「うっ‼」」」


 自分、レッドラン師団長、ルードルフ様は、身を低くして氷雪に耐える。

 レッドラン師団長は己の魔力でロイ君ごと覆い、一種の結界のようにして身を守った。

 しかし、氷雪の奔流は収まらず、ついには洞窟の上部のあちこちから氷が突き上げてきて、岩盤がバキバキに壊れていく。


「……ふぅ」


 『アイスストーム』の魔法が切れる頃には、洞窟の中はもちろん、洞窟の外まで氷雪が覆い、巨大な氷柱が乱立していた。


「ま……まさか……! こ、こんなことが……!」


 これじゃ、中のゴブリンが生きていないのは明白だな……。


「ガスじいじ、どうくつこわれちゃった」


 ロイ君はレッドラン師団長の腕の中で辺りを見回し、困ったように首を傾げている。


「さすがロイ君! 私のアイスストームよりも強力ですよ!」


 レッドラン師団長は、孫の魔法の威力にご満悦だ。


「こわしちゃったのおこってない?」

「えぇ、えぇ、ゴブリンの巣穴になるようなあの洞窟が悪いのです!」


 どんな理屈だ! と自分は思わず突っ込みそうになった。


「そんなことより、先ほどの無詠唱魔法はすごかったですね!」


 レッドラン師団長が嬉しそうなので、ロイ君も気を取り直したようでふふんと胸を張る。


「おれ、れんしゅうしたから!」


 いや、練習してできるようなレベルじゃないから‼ これ‼


「じいじにも教えてくれますか?」

「うん! いいよ! あのね、『ねんわ』ってあるでしょ? あれをつかってね」


 ロイ君の説明をうんうんと聞いているレッドラン師団長に、何故か自分まで得意げに頷くルードルフ様。


(これ、討伐証明の耳、どうやって持って帰るんだろ……)


 自分は疲れた顔で、空を見上げながら現実逃避をするのだった。



 冒険者ギルドに戻ると、ギルドマスターにゴブリンの巣のことを報告し、改めて冒険者を派遣して確認を取ってもらうことになった。

 それが済めば、依頼達成ということで、報酬が振り込まれるらしい。


「おれね、おかねがはいったらね、ルーじいじとガスじいじに、おかしかってあげるの!」

「おぉ……なんて優しい子なんだ……‼」

「ロイ君が買ってくれたものなら、じいじはどんなお菓子でも嬉しいですっ‼」


 感動にむせび泣く祖父二人。


 しかし、結局この日は確認が終わらず、お菓子はまた今度に持ち越しになった。

 晩ご飯に遅れるといけないから、と、ロイ君はルードルフ様と一緒に帰ってしまい、帰りの馬車の前でレッドラン師団長はいじけている。


「ミランダちゃんのお店で、ロイ君にお菓子を買ってもらうはずが……冒険者ギルドの仕事が遅いのがいけないのです……」


 本当に、今日はレッドラン師団長のいろんな顔を見たな……。

 別に見たくはなかったが。


 自分が、さすがにそろそろ帰ってくれないかな、と面倒に思い始めた時、レッドラン師団長は顔を上げた。


「ヘレス師団長」


 思いがけない真面目な声と表情に、自分の顔も引き締まる。


「は、はい」

「今日の戦いでロイ君の実力は見ましたね?」

「……はい……!」


 レッドラン師団長は、にこりともせず続ける。


「貴方がずっと気にしていた、ドミニア将軍を打ち破った戦力。それがロイ君です」

「は……」

「ロイ君は、ルードルフのごとき戦いぶりで、単身でドミニア将軍を倒したそうです。まだ身体が出来上がっていないというのに、ロイ君は身体強化魔法だけでルードルフを凌駕している。そして、魔法に関しても、この私を超え始めている」

「そのようなことが……」


 いや、あり得なくはない。

 3歳にして上級魔法を使い、疲れたそぶり一つ見せないあの子なら。


「いいですか、これは最重要機密です。もしロイ君の存在を知られてしまえば、ロイ君の身が危険に晒されます。利用しようという輩がごまんと押し寄せるでしょうからね」


 それはもっともだ。

 そういう連中からすれば、3歳という年齢なら洗脳や懐柔はいくらでもできると考えるだろう。

 いつ攫われたって、おかしくはない。


「ですので、もし貴方が不用意にばらすようなことがあれば……」


 レッドラン師団長は少しの溜めを作った後、にこりとほほ笑んだ。


「私が貴方を『消します』から、覚悟しなさい」


 ひいっ! これ本気のやつだ!

 俺は冷や汗をダラダラ流しながら、ガクガクと必死に頷いた。


「よろしい」


 レッドラン師団長は一つ頷き、漏れ出ていた冷気を抑える。


「……わざと自分に見せたんですね? ロイ君の力を」


 自分を逃さないように、無理やり秘密を共有したわけだ。

 レッドラン師団長は答えずにほほ笑むだけだが、否定はしない。


「貴方を第8魔法師団長に据えたのはこの私です。人柄、素行共に申し分なく、平民の出身で誰とでも気安く打ち解けられる貴方なら、ロイ君に警戒されることなく状況を推察できると思ったからです」


 つまり、自分に手駒になれ、と言っているのか?


 何か、このターセル男爵領をスパイしなければならないような、深い事情があるとでも?

 自分が怪訝そうな目を向けると、レッドラン師団長はふっ、と息を吐いた。


「いいですか……! ルードルフだけがロイ君とイチャイチャするなど許せません! 少々予定は変わりましたが、今後冒険者として活躍するロイ君の情報を逐一報告しなさい! そしてあわよくば、ロイ君が困った時に駆け付けていいところを見せ、「ガスじいじすごい!」と褒められるのです‼」


 …………思いっきり私情だった。


 必ず、逐一、報告するのですよ! と何度も念を押して帰っていくレッドラン師団長の馬車を見送り、自分は深いため息を吐く。


 面倒臭い。

 だが、この任務に否やはない。


 ロイ君の力を知った今、その監視が何より重要であることは理解した。

 なにせ、そのロイ君は、ただ強いだけの子供ではない。

 あの子はルードルフ様とレッドラン師団長の手綱を握っているのだ。

 まぁ、本人にはその自覚はないかもしれないが。


「何の冗談だよ……」


 自分は腕を組んだまましゃがみ込む。


「この国で2番目に強いルードルフ様と、この国で3番目に強いレッドラン師団長、そして、そのお二方の孫であり両方の強みを併せ持つ最強のロイ君……。なるほど、考えてみれば、彼の強さは当然か……」


 血は争えない、というわけだ。


 性格は素直で優しそうな子であることだけは、何より救いだが。


「決して敵には渡せないな。もし渡せば、この国は終わりだ」


 あと、ロイ君に何かあれば、爺馬鹿全開の二人の暴走が恐ろしい。

 ちょっと想像した自分は、ぶるるっと身を震わせ、そそくさと駐屯地の中に入った。


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