第26話 『対帝国同盟国会議』と『金獅子同盟』
毎週金曜更新の予定……です……多分。
翌朝。
俺たちはついに同盟国会議当日を迎えた。
父上が母上たちに報告をしたところ、「後見人の件を受けた方が良いのではないか」と言う旨の手紙が返って来たようだ。
しかし同時に、「オーフェンの思惑については良く調べるように」、「きちんと契約を交わし、内容は精査するように」と、お達しがあったらしい。
まぁ、その辺りの話し合いは、大人に任せておこう。
後見人なんて、いざ不要となればその時に断ればいいのだし、そもそも、身の振り方としては、俺は最初から冒険者になる以外の選択肢など考えていなかった。
貴族に囲い込まれるなどという不本意な状況ではないのだから、俺が躊躇う理由がない。
そして、王弟や父上が朝一でオーフェンと話し合い、何とか話がまとまった結果、オーフェンも俺たちと一緒に同盟国会議に向かうこととなった。
オーフェンの席は、昨晩アロニア王国側に用意をしてもらっているらしい。
周到なことだ。
同盟国会議の会議室は、このアロニア王城の会議室で一番広く格が高い部屋らしかった。
講堂のように円形に席がたくさん並ぶ中央には、議題を読み上げる壇上がある。
各国の使節団が厳めしい顔をしてぐるりと座る中、俺もモルグーネ王国の席の一つにちょこんと座り、キョロキョロと辺りの様子を窺っていた。
そして、会議が始まると、すぐにアロニア王国側が議題の説明を始める。
もちろん、俺に関することだ。
俺は早々に壇上に呼ばれ、父上と王弟と、オーフェンも一緒に壇上に上がる。
俺は用意された台の上に乗せられ、場違いに見える俺に注目が集まった。
そして王弟が、俺がギネビア領で勇者を退けたことや、帝都でア―スドラゴンを討伐したこと、アロニア王国のスタンピードを終息したことなどを語る。
俺の功績を聞いている各国の使節の反応は様々で、情報収集に余念がない国は平然としていたが、事情を詳しく知らない国々からは、ざわめきや疑惑の視線が飛んでくる。
俺はあくびを噛み殺しながら、このつまらない話を我慢して聞いていた。
まるで、夏休み明けの校長先生の長話を聞いている気分だ。
「以上が、このロイ・フィリポス・ターセルの功績です。彼は今後も冒険者ギルドに所属し、グランドマスターのオーフェン殿を後見人とします。彼への依頼は、今後例外なく冒険者ギルドを介することとなります」
その王弟の発言には、平然としていたアロニア王国側や、情報収集に長けている他の国々までどよめき立つ。
「少しよろしいか?」
アロニア王国代表として会議に参加しているアロニア王国の宰相が手を上げ、王弟に尋ねる。
「冒険者ギルドを介するというのは、まさかモルグーネ王国までも?」
「そうです。我が国とて、直接彼に依頼を出すことはできません」
王弟の発言に一層ざわめきが増し、議長が静粛にするよう訴えるが、使節団の一人が聞こえるようにぼやく。
「冒険者ギルドのグランドマスターとはいえ、所詮は平民。力を手に入れた時、どのような振る舞いをするか想像もつかん。あの子供の力が本物であるかはさておき、勇者に対抗するための戦力ならば、同盟国が手綱を握るべきであろう」
他の国もいくらかがそれに賛同するが、王弟は厳しい目を向ける。
「これはすでに決定した事です。貴方がたに意見は求めていない」
「……」
黙り込む使節団の男に、王弟は静かだが威厳のある口調で宣言する。
「彼は我が国の貴族に連なる者ですが、将来は爵位を継がず平民になる予定です。爵位を理由に束縛することはできませんし、爵位ごときでは何の枷にもなりません」
そして、その言葉を引き継ぐように、オーフェンが一歩進み出て笑みを浮かべる。
「僕が彼の後見人です。僕の身分や判断に文句があるなら、僕が別室でお伺いしますよ?」
「く……」
使節団の男はオーフェンを睨んだが、やがて分が悪いと見て視線を逸らす。
各国の冒険者ギルドは、商人ギルドの次に流通に関わり、しかも貴重な資源を供給する存在でもある。
また、800年の歴史がある冒険者ギルドには各国に上顧客も多く、彼らの事業に深く根差している所も少なくない。
それに、魔物や魔獣に対抗する防衛組織として、民間レベルで欠かせない存在となっているのだ。
それが、もしこの件で下手に揉めようものなら、敵に回る可能性がある。
仮に国からまるごと撤退するとなれば、経済的な損失は計り知れない。
相手が引いたのを見て、オーフェンは口を開く。
「今後、『英雄』ロイへの依頼は全て僕の目を通す事になります。また、無条件で彼を派遣するのは、『勇者』に対抗する場合のみ。これは、同盟加入国でも未加入国でも同じです」
対帝国同盟に加入していようがいまいが、冷遇も厚遇もしない、と、オーフェンは断言する。
「彼は『勇者に対する切り札である』とご理解いただきたい。他の雑事で彼を煩わせて、その間に勇者に国を滅ぼされては本末転倒でしょう?」
だから雑用の依頼は一切受け付けない、と、オーフェンはにこやかに言い切った。
でも、俺はあちこちのダンジョンに潜ったりとか、旅をしたりとかしたいんだけど……?
そう言う依頼なら大歓迎なのに。
俺がちょっともの言いたげな視線をオーフェンに向けていると、父上が俺の肩に手を置き、耳打ちしてくる。
「ロイ、これから帝国の皇子の話をするから、ロイはもう退出していなさい」
「そうだね。この頭の固い連中がロイ君を不用意に刺激しないよう、出ていた方がいいかもね」
「? うん、わかった」
出て行っていいのならそれは嬉しいが、帝国の皇子関係で何故俺が怒られるかもしれないのか?
よくわからないが、このつまらない会議を抜けられるならどうでもいいか。
「こちらへどうぞ」
俺はアロニアの騎士に付き添われながら、同盟国の使節団たちの注目の中、会議室を後にしたのだった。
会議室を出た俺は、父上が会議から解放されるまで、控室で待たされることになる。
俺が控室に入ると、そこにはカテリーナと、何故かカテリーナと同い年ぐらいの見知らぬ少年がいた。
何か言い争っているようだ。
カテリーナがこの部屋にいるのは分かる。
王弟や俺が城に来るので、一人で宿で待つのはつまらないからと、控室までならついて来る許可を貰っていたのだ。
帰りに一緒に買い物をしようと言う話になっていた。
しかし、もう1人の身なりの良さそうな少年は、一体どこから来たのか?
俺が入り口で様子を窺っていると、俺を部屋に連れて来た騎士が声をかける。
「カルロス殿下! 何故ここに居られるのです⁉」
殿下? ということは、アロニア王国の王子か?
「あっ、ロイ! ようやく戻ってきたのね!」
カテリーナは俺を見て、満面の笑みで駆け寄ってくる。
そして、背後の少年を振り返り、つんとした声で言い放った。
「私はこのロイと結婚するのよ! 貴方とは結婚できないわ、カルロス!」
「なっ‼」
カルロスと呼ばれた少年はキッと俺を睨む。
いや待て、何の話だ。
「おれ、けっこんするっていってない」
俺はちゃんと訂正するが、当の二人は聞いていないようで、結婚する、させない、でまた言い争っている。
俺は後ろの騎士に目配せし、止めてくれるように促すが、騎士も身分が上の子供に対し、どう口を挟んでいいか困惑しているらしい。
やがて、カルロスが俺を指さし、喧嘩腰で迫る。
「おい、お前! カテリーナをかけて決闘だ! 勝ったほうがカテリーナと結婚するのだ!」
「殿下! おやめください!」
俺の後ろにいた騎士が悲鳴を上げ、慌てて止めに入る。
まぁ、この国の騎士なら、俺の実力はもう聞き知っているだろうからな。
しかし、この王子様は俺の能力などつゆほども知らないらしい。
「ロイと決闘したって、絶対に勝てないわよ?」
カテリーナは、何故か自分のことのように得意げに、ふふんと鼻を鳴らす。
それにカルロスは一層激昂して、俺を睨んだ。
いやいや、俺は何も言ってないぞ。
あまり面倒になるなら、ちょっとぐらい手合わせしてやって適当にあしらおうかな、と思っていると、カテリーナがとんでもないことを言い出す。
「私、自分より強い相手としか結婚しないって決めてるの。だから、私がカルロスと決闘して、分からせてあげるわ!」
「カテリーナ様⁉」
壁際に控えていたカテリーナの侍女が、思わず声を上げる。
「ダメだ! 婦女子に剣を向けるなど、騎士の名折れだ! ……と、父上が言っていた!」
カルロスは応じない構えだが、カテリーナは王族仕込みの嘲笑でカルロスを挑発する。
「あら、怖いのかしら? 私に勝てないからって逃げるの?」
「何⁉ 俺はカテリーナより強いぞ!」
「なら、証明してみなさいよ!」
「ぐぬぬ……!」
今度はいがみ合いが始まり、結局、何故かカルロスとカテリーナが決闘をする、と言うことになってしまった。
同盟国同士の王太子と王女の決闘だ。
しかも、子供同士の話ながら、結婚を賭けにしている。
明らかに大人が止めるべき案件なのだが、それを分かっているカルロスとカテリーナは、騎士と侍女に口止めをして、勝手に鍛錬場へと向かう。
そもそも、何でこんな面倒臭い事になったんだ?
俺はカテリーナ付きの侍女から事情を聞く。
「カルロス殿下は、先日カテリーナ様とアロニア王妃様のお茶会に同席され、その時にカテリーナ様を見初められたようなのです。しかし、だからと言って、いきなり結婚などと……」
「申し訳ありません。カルロス殿下は、こうと決めると頑固で……。その、王家唯一の男児で王太子でもあり、甘やかされている所がありますから……」
俺について来た騎士は、頭を下げて謝罪する。
聞けば、この騎士はガレアスの従兄で、王家とも近しいらしい。
そんなことよりも。
カテリーナ達は鍛錬場の真ん中で、審判の騎士を挟み、向かい合っていた。
鍛錬場にいた騎士たちは、王太子と王女の決闘に巻き込まれ、万が一二人が大怪我をすることがない様に、厳重な見守り態勢に入っている。
カルロスは剣を正眼に構え、開始の合図を待つ。
6歳ぐらいの年齢にしてはちゃんとした構えだな。
アロニア王国の王太子と言うだけあって、騎士の剣技の基本をしっかり教わっているのだろう。
それに対して、カテリーナは完全に舐めた態度で髪を弄りながら杖を小脇に抱えている。
舐めプかよ。
「カテリーナ! 俺が勝ったら、絶対結婚しろよ!」
「はいはい、勝ったらね」
カテリーナの適当な態度にカルロスはカチンときたようで、目つきが鋭くなる。
これは、本気で打ち込んでいきそうだな。
「カルロス殿下! くれぐれもカテリーナ王女に怪我をさせぬようにお願いします!」
「わかっている! 実力の差を見せるだけだ!」
カルロスは怒鳴り返し、審判の騎士は観念したようにため息を吐く。
そして、ついに開始の合図が切られた。
次の瞬間、カルロスは地を蹴って駆けだそうとして……!
首まで泥に埋まり、悲鳴を上げた。
「わっ⁉ なっ……何だこれっ⁉ 魔法か⁉」
カルロスは泥の中でもがくが、足がつかなければ踏ん張りようもない。
このままでは、頭の先まで泥に埋まってしまいそうだ。
「そ、それまでっ! 勝者、カテリーナ王女殿下!」
審判の騎士は慌てて勝敗を言い渡し、カルロスを救出に向かう。
カテリーナは、泥の中から救出されて座り込み悔し気に歯噛みするカルロスに歩み寄った。
「私の勝ちね!」
「っ……卑怯だろ! あんな戦い方! 騎士らしくない!」
「何言ってるの? 戦いは生きるか死ぬかでしょ。卑怯も何もないわ」
取り付く島もないカテリーナにカルロスが反論しようとすると、見かねた騎士がそれを止める。
「カルロス殿下。お気持ちはわかりますが、カテリーナ王女の言うとおりです。この度の勝負は殿下の負けです」
「うぅ……!」
カルロスは涙目になり、俯いている。
カテリーナは優雅に髪をかき上げ、くるりと踵を返す。
「これで分かったでしょ? 私に求婚したいなら、私より強くなる事ね」
そして、カテリーナは俺の所に歩いてきて、俺の隣で腕を組んだ。
「まぁ、私はロイと結婚するから、求婚されても意味ないけど!」
「おれ、けっこんするっていってない」
大事なことなので、何度でも言っておく。
だって、俺は貴族や王族になる気なんてこれっぽっちもないんだからな。
さっきも、同盟国会議でそう言う話をしてきたばかりだし。
しかし、カルロスはまだ納得がいかないようで、俺を非難してくる。
「自分より強い奴と結婚するなら、そんなちびじゃ相応しくないだろ!」
すると、カテリーナは腕を組んだまま胸を逸らし、得意げに説明する。
「あら、私の技は全部ロイに習ったものよ? ロイは私の師匠でもあるの。ロイの方が、私よりずっと強いんだから」
「そ、そうなのか……⁉」
カルロスが俺に確認してくるので、俺はひとつ頷いた。
まぁ、魔法を教えているのは事実なので、師匠と言えなくもないかもしれない。
「く……! で、でも、俺だってまだ子供だし、大きくなれば強くなるし……!」
カルロスはもごもごと呟き、やがて決意を秘めた顔で俺に指を突きつける。
「俺はカテリーナの事をあきらめたわけじゃないぞ! その内お前より強くなって、俺がカテリーナと結婚するんだからな!」
「ふぅん。がんばってね」
俺は気のない応援を送る。
決闘で負ける気はないが、結婚は好きにしてくれ。
ようやく決闘騒動が終わり、俺とカテリーナは、鍛錬場に来たついでに、ちょっと寄り道をして城を見て部屋に戻ることにした。
お供のアロニア騎士が先導する場所にしか行かないので、後で叱られることもないだろう。
「そっちの廊下に行っても、絵ばかりでつまらないぞ」
そして、何故か後をついて来るカルロス王子。
カテリーナのストーカーだろうか。
「まだ何か用があるの?」
カテリーナがムッとして振り返ると、カルロスは気まずそうにもじもじと俯く。
「こ、この城は俺の方が詳しい。行きたいところがあるなら、俺が案内してやってもいいんだぞ」
「勝手に散策するからいいわ」
カテリーナがツンとそっぽを向くと、カルロスは悲し気に顔を歪め、拳を震わせている。
「カルロス殿下……」
騎士まで悲しそうな顔をして、俺の方をチラチラ見て来るので、俺は仕方なくカルロスに声をかける。
「カルロスでんか、おれたちとなかよくなりたいの?」
「べ、別にそう言うわけではない! ただ、その、同年代の子供と過ごすのが珍しいから……!」
カルロスは、俺には強がってそんなことを言うが、徐々に寂しさが滲んでくる。
「……昔俺の兄上が亡くなられて、今は俺が王太子だから、みんなちょっと過保護なんだ。だから、俺は城から出してもらえない。友達もいたことがないのだ」
「私も王女だから、それは分かるわ」
似たような境遇のカテリーナは同情する。
「私にはロイがいるけど、カルロスには誰もいないのね」
「……俺だって、同年代の子供と遊んでみたい」
カルロスが拗ねたように呟くので、カテリーナの後押しもあり、カルロスも一緒に城を散策することになった。
カルロスは、決闘の確執など微塵も感じさせないはしゃぎぶりで、城の名所を案内してくれる。
それも、どこか秘密基地のような、絶妙に子供心をくすぐるスポットばかりだ。
「この小さい部屋はキッチンに続いていて、紐と滑車で料理を二階に運んでくるのだ!」
と、小さい手動エレベーターのようなところを見せてくれたり、
「この隠し通路は部屋と部屋の間にあって、どんな小さい話し声も聞こえるのだぞ!」
と、壁の裏の隠し通路を案内してくれたり。
そして城中を散策した後、塔の上にある小部屋におやつを運ばせ、そこでおやつを食べることになった。
天井が低く、大人では立ち上がれないほどのその部屋は、窓から見える景色が絶景で、最高に秘密基地感がある。
「私、モルグーネのお城でも、こんなところに来たことはないわ!」
カテリーナは、珍しい体験の連続に感動して、目を輝かせている。
かくいう俺も、ワクワクスポット巡りができて、大満足だ。
カルロスは得意げに鼻を膨らませ、胸を張る。
「そうだろう! 俺の自慢の隠れ家なのだ!」
俺たちはおやつを囲み、あれこれと他愛ない話をたくさんした。
そして、そろそろ帰る時間が近づいてきて、騎士が声をかけてくると、カルロスの顔が曇る。
「そうか……、もう帰ってしまうのだな……」
同盟国会議が終われば、俺もカテリーナも、モルグーネ王国に帰国する。
そうなれば、カテリーナにもカルロスにも身分というものがあるから、今後もう一生会わずに過ごす可能性だってあるのだ。
あからさまにしょんぼりするカルロスを見て、カテリーナと俺は目配せし合う。
「だったら、私たちの時代同盟に入れてあげてもいいわよ?」
カテリーナが提案すると、カルロスは首を傾げる。
「何だ? それは」
「私達みたいな子供が大きくなった時に、一緒に新しい世界のルールを決めるっていう同盟よ」
「ほう?」
カテリーナが説明すると、カルロスは興味を惹かれたように身を乗り出す。
俺も、すかさず説明を挟んだ。
「せんそうはきんし。ぼうけんはしほうだいね!」
あと、おやつも食べ放題。
もしそんな世界が来れば、この間みたいにダンジョンに行くのを禁止されたりしないし!
「いいな、それ! 俺も冒険したい!」
周りの過保護さにうんざりしているらしいカルロスは、一も二もなく賛成する。
カテリーナは、決まりね、と手を打ち、どうせなら、と斜め上を見る。
「私たちの時代同盟じゃ言いにくいし、何かかっこいい名前を決めましょうよ。いい案はない?」
「かっこいいと言えば、ライオンだろ!」
「私は、何かキラキラした感じの名前がいいわね」
「きらきら……? きんとか?」
カテリーナがそれぞれの意見を聞いて頷き、まとめる。
「いいわね。じゃあ、両方を合わせて、『金獅子同盟』っていうのはどう?」
「おぉ、かっこいいな! いいだろ、ロイ?」
「うん。それでいいよ」
こうして俺たちの同盟の名前が決まった。
なかなかカッコイイんじゃないかと思う。
「初期メンバーは、ロイと私とカルロスと、ロイの言ってたリーバスっていう子ね!」
「俺もメンバーか……!」
「そうよ! 金獅子同盟の仲間ね!」
「それに、もうともだちでしょ」
俺たちが頷くと、カルロスは嬉しそうな照れ笑いを浮かべる。
「仲間で、友達か! 初めてだ!」
俺とカテリーナは、元気を取り戻したカルロスと談笑しながら部屋に戻り、会議を終えた父上や王弟と合流する。
そして、アロニア王城から帰る間、カルロスは城壁の上からずっと手を振り、俺たちを見送ってくれたのだった。
【王弟オレリアス】
ロイ君が会議室から退出した後も、同盟国会議は続く。
議題は帝国の皇子リーヴァスの件に移った。
ロイ君がリーヴァス皇子を救援した件は、会議室に多大なる騒乱を引き起こした。
というのも、先日帝国が公表した、新皇帝即位の触れがあったからだ。
「帝国の告示では、前皇帝もその弟の皇子も ❝ 事故死 ❞ し、叔父が新たな皇帝になったと聞いたが?」
「誰がそんな与太話を信じる。その叔父が甥二人を殺したに決まっている!」
「帝位を簒奪したのだろう。帝国は帝位継承争いが苛烈だからな」
使節団たちは、口々に新皇帝の暗躍を推論している。
「しかし、その甥の一人、リーヴァス皇子が生きていたとあっては、帝国が二分するであろう」
「順当に行けば、リーヴァス皇子の方が帝位継承権が高かったわけですからな。しかも、祖父はあの名門のミルバートン公爵です」
「リーヴァス皇子を擁立し、帝位を巡って帝国内部で覇権争いが起きるでしょうな」
アロニア王国宰相は頷き、話を進める。
「問題は、モルグーネ王国がリーヴァス皇子を後押ししたこと。帝国がそれに対しどう出るかですな」
ロイ君がしでかしたのは、オーフェンが後見人になる前の事。
であれば、当然その間の責任はモルグーネ王国にある。
私は頷き、その点は受け入れる。
しかし、私はロイ君の行動がそこまで悪手であったとは捉えていなかった。
「ミルバートン公爵は、帝国貴族の中でも有数の権力者です。しかも、我々対帝国同盟との戦争には反対の立場。力をつけてもらって困ることはないでしょう。さらに、帝国政府が内乱の火消しに追われるのなら、我々に対する攻撃にも兵を割けないはずです」
「確かにそれはそうだ。が、帝国には、単騎で一国を滅ぼしかねないという勇者がいるのだろう? 内政干渉の報復に、勇者を前線に出してくる可能性があるのでは?」
「ですから、その勇者に対抗するために、『英雄』ロイを冒険者ギルドに託したのです」
私は会議室の面々を見回す。
使節団の半分以上が、私の言葉に半信半疑と言ったところ。
ロイ君の実力を知らないか、聞いてはいても信用していないかだ。
「ロイ殿の実力は、我がアロニア王国でも確かめさせていただきました。確かに、勇者に対抗しうる逸材でしょう」
アロニア王国宰相が請け負い、しかし、と、私の隣のオーフェンを横目で見る。
「私は彼の後見人の冒険者ギルドを詳しく存ぜぬので。本当にロイ殿を各国に派遣して頂けるのか、いささか危惧しておりますがな」
オーフェンは薄く笑い、首を傾げる。
「そうでしょうか? 冒険者ギルドは、この同盟のどの国よりも中立だと自負していますよ」
オーフェンの言うことはもっともで、対帝国同盟の国々は、帝国の脅威の前に仕方なく寄り集まってはいるが、結局のところ、我の強い国々の寄せ集めに過ぎない。
どの国も自国の利益は犠牲にできないし、不利益は被りたくない。
隣国の事も帝国との緩衝地帯ぐらいに考えている国だってある。
自国が身を切らずに済めば越したことはないと考えているし、隣国に恩を着せられるチャンスがあれば、最大限に利用する気でいるだろう。
つまるところ、同盟国と言ってはいても、政治的な駆け引きや打算なしに付き合うのは不可能だという事だ。
オーフェンがそんな国々にロイ君の手綱を握らせたくないと考えるのも、ある意味当然のことだろう。
あと私の考えとしては、ルードルフ様に似た性質のロイ君が、そんな連中の指図に素直に従うとは思えないし、重大な軋轢が生まれるであろうことは目に見えている。
ルードルフ様と付き合いの長い私が言うのだから、間違いない。
「疑念があるにせよ、僕はもう彼の後見人であり、当人もモルグーネ王国もそれを認めている。これ以上の口出しは不要です」
オーフェンが縦長の瞳孔で一瞥すると、アロニア王国宰相はグッと不満げに口を引き結んだ。
私は、むしろここからが本題と、ある提案をする。
「帝国政府に反乱勢力が生じたのは好機です。モルグーネ王国としては、秘密裏にミルバートン公爵側を支援できないかと考えております」
そのために、同盟国同士で資金を出し合えないか、と私が告げると、使節団たちのほとんどはあからさまに苦い顔をした。
「それはどれほどの効果が見込める策なのですかな……」
「大体、支援すると言ったって、いかほどの額を……」
「ミルバートン公爵側だって、どう考えるか。仮にそちらを勝たせたとして、本当に帝国がおとなしくなるとは限るまい」
口々に不満が出る中、先ほどから小馬鹿にしたような笑みで私を眺めていた向かいの席の男が、嘲笑混じりに口を開く。
「モルグーネ王国は、随分と帝国内の政争に熱心ですな? もしや、帝国に我々の資金をつぎ込ませるのが最初から狙いなのでは?」
「は……?」
「トリスタニアの裏切りの例もある。我らを裏切っているか、帝国と密約でも交わしているのでは?」
私が意味をつかみきれずに目を瞬かせると、その男はいやらしく口角を上げる。
「あのロイとか言う子供。あれも、モルグーネ王国の仕込みなのでしょう? 大体、子供一人で異国に放り出され、生き延びられるわけがないでしょう。もっとマシな嘘を吐けばよいのに」
「……我が国が虚偽を申していると?」
私はその男を睨むが、男は肩をすくめて首を横に振る。
「何を白々しい。真実なわけがないでしょう。あんな子供が強いはずがない」
そもそも、と、男は他の使節団に聞かせるように、芝居がかった様子で会議室を見回した。
「もしその話が本当だとすれば、何故わざわざア―スドラゴンを討伐すると言うのか。帝国内でア―スドラゴンが暴れてくれるなら、結構なことではないですか。帝都が崩壊すれば、得をするのは我々同盟国だ。祖国のことを想うなら、討伐などせず見逃せばいい」
ターセル子爵は男の言葉に立ち上がり、私の隣に並ぶ。
「聞き捨てなりません。息子は自分が命を狙われると知っていて、民を助けるために危険に身を投じたのです。私は息子を誇りに思います」
ターセル子爵が男を睨むと、男は鼻を鳴らし、頬上をつく。
「とにかく、私は帝国に金を渡すのは反対ですな。その資金が何に使われるか、分かったものではない!」
「……どちらの言い分にも一理ありますな。しかし、現時点では判断するための情報が足りぬでしょう」
アロニア王国宰相は、あえてどちらの側にも偏らないよう間に入り、諍いを収めた。
今の男は特別挑発的だったが、他の国々も、幾らか同様の考え方をしているように見受けられる。
少なくとも、半数程度の国々がロイ君の事を正しく理解しているとは言えない様子だ。
同盟国のはずが、これほどまでに足並みがそろわないとは、頭が痛い。
そしてその後も、同盟国間での食料品の不足や高騰に関する話し合いが行われたが、帝国の勇者の件もあって、どの国も戦況の悪化を恐れ、食料の供出を渋ってばかりで進展しなかった。
このままでは、同盟国以外から食料を買い付けられなければ、帝国に隣接した国々は遠からず戦争を続けられない事態に陥るだろう。
そして、モルグーネ王国もその当事者なのだ。
しかし、画期的な解決策など得られず、消化不良ぎみの同盟国会議は幕を閉じたのだった。




