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英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


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第23話  スタンピード!

毎週金曜更新の予定……です……多分。

 俺たちモルグーネ王国の使節団は、馬車でアロニア王国に到着した。

 王城がある城下町の、アロニア王家が用意していた広々とした高級宿に向かい、受付を済ませる。

 その間、馬車の周りも、宿の周りも、宿の中までアロニアの騎士たちがガッチリと護衛をしてくれていた。


「すごい、騎士がいっぱいいるのね!」


 カテリーナは、感心したように指を胸の前で組む。

 女子って、騎士とか好きだよな。

 まぁ、男子も憧れるだろうけど。


「このアロニア王国は、武で鳴らした国だからね」


 受付から歩いて来る王弟の説明によると、アロニア王国は別名『騎士の国』とも呼ばれるほど騎士団が精強なことで有名で、国土や人口でモルグーネ王国に劣っているにもかかわらず、武力では互角に近いらしい。

 え、うちの国には祖父ちゃんたちや、何より俺がいるのに?

 それってヤバくない?


「あぁ、ロイ君を戦力に数えるなら……話は変わって来るけどね? 今は魔法師団たちだって強くなっているし」


 王弟は俺の顔を見て苦笑し、俺は胸を撫で下ろした。

 うんうん、アロニア王国が勇者の召喚に手を染めてなきゃ、今のモルグーネ王国と同じにはならないもんな。


「とにかく、うちの国とは、ライバル……とまでは言わないけど、ちょっとお互いに意識するぐらいの仲かな」

「へぇ」


 俺は適当に頷き、辺りを見回す。

 見た所、この宿にはいろんな国の服装の人が居て、他の同盟国の人たちもこの宿に泊まってるっぽい。

 しかし、ロビーだけでこれだけ広い宿だと、ちょっと探検したくなってしまうな。


「ロイ、勝手にどこかに行かないようにな?」


 うずうずしている俺に気付いて、父上が待ったをかける。

 仕方ない、今は諦めよう。


「しかし……使節団に同行するのが本物の王弟殿下でよかったよ……。もし陛下が一緒だったらと思うと……考えただけで胃が痛くなりそうだ……」

「?」


 お腹をさする父上を見て、俺は首を傾げる。

 何の話だ?

 うぅん、まぁいいか。


 それよりも、アロニア王国に着いて、大事なことは一つだ。


「ちちうえ、だんじょんはいついく?」


 俺が目をキラキラさせて尋ねると、父上は苦笑した。


「同盟国会議が終わってからだな。その日程で予定を組んでるから……」

「いや、予定が変更になるかもしれないね」


 王弟がちょっと思案するように俺と父上の会話に入ってくる。


「実は、トリスタニアの西にあるカルコテリア王国の使節団が、結構遅れているらしくてね。トリスタニアのせいで道程が南下しているから、慣れない道に手間取っているのかもしれない。このままじゃ、何もせずに数日待つことになりそうだ。勇者の存在もあるし、我々の帰国の時期をあまりずらさないためには、先にダンジョンに向かった方がいいかもしれないと思ってね」

「やったぁ!」


 俺は両こぶしを握り、ぴょんぴょん跳ねる。

 父上は苦笑して、王弟に確認を取った。


「では、我々は別行動と言うことでよろしいでしょうか?」

「あぁ、そうなるね。私とカティは、会議が始まる前に各国の使節団へ非公式に挨拶を済ませておくから」

「そんな! 私もロイとダンジョンに行きたかったのに!」


 カテリーナは頬を膨らませてむくれるが、こればっかりはどうしようもない。

 今回カテリーナが同行を許されたのは、カテリーナが第一王女として他国に顔を売るためっていうのが大きいらしい。

 カテリーナは王弟と違って本命の会議自体には参加できないから、事前に顔見せをやっておかなければならない。


 本来の日程なら、会議後にダンジョンだったから、カテリーナも一緒にダンジョンに行けたはずなんだけど。

 行けなくなってしまうなんて、ものすごく同情する。


「カティ、おれおみやげみつけてくるから。げんきだしてね」


 俺は同情を込め、ぽん、とカテリーナの肩を叩く。


「ろ、ロイが私にお土産を⁉ じゃあ、いいわ! おじ様についててあげる!」


 カテリーナは途端に機嫌を直して胸を張った。

 そんなに強がらなくてもいいのに。


 そして、俺と父上は使節団の馬車を一台借り、護衛の騎士たちに囲まれつつ、アロニアダンジョンへと向かった。



 アロニアダンジョン入り口前には、エルンサルドのダンジョンのように冒険者ギルドが併設されていた。

 ここは、『勇壮なる獣』ダンジョンと呼ばれ、その名の通り、獣系のモンスターの出現率が高いらしい。


「なんだか、やけに騎士の数が多いような気がするが。ダンジョンと言うのは、こういうものなのかい? ロイ」


 父上が言う通り、冒険者ギルドの前を騎士たちが行き交っている。

 もちろん、冒険者たちも沢山いるが、それに負けないぐらいに騎士の数が多い。

 それに、なんだかピリついている。


「ダンジョンに入る許可は取ってあるんだが……。とりあえず、行ってみるか」


 父上に促され、俺は馬車を降りて冒険者ギルドへと足を向けた。


 冒険者ギルドの中には、さすがに騎士はいない。

 やっぱり、国お抱えの軍や騎士と、冒険者っていうのは仲が悪いのかもしれない。


「すまないが、護衛依頼を出したいのだが」


 父上は、空いている受付カウンターに近づき、声をかける。

 受付のお姉さんは、貴族らしい服装の父上にちょっと緊張したように背筋を伸ばした。


「は、はい。承ります」

「ダンジョン下層に潜れる冒険者に、うちの子の護衛を依頼したい。目的地は……」

「ぼす! ぼすをたおすところまで!」


 俺はすかさず声を上げる。

 受付のお姉さんはぽかんとして、すぐに難しい顔になって悩み始めた。


「あの、申し訳ございませんが……ダンジョンに入れるのは、Eランクの冒険者からとなっておりまして。それに、お子様のご年齢的にも無理があるかと。そもそも、こちらのダンジョンには現在少々問題がございまして……」

「ちちうえ! あのかみ! かみだして!」


 お断りムードの受付嬢に、俺は父上をせっついて許可証を出させる。

 そして、自分の冒険者ライセンスを取り出し、それも渡してもらった。


「これは、確かにダンジョンへの入場許可証ですね……」

「おれ、『えいゆう』だからだいじょうぶだよ!」


 俺は必死にアピールする。

 こんなところで入場拒否なんて御免だ。

 しかし、受付嬢は困惑したように許可証と俺のライセンスカードを見比べる。


「しかし、お子様がFランクであるのは事実ですし……」

「そのためにぱーてぃくむんだよ!」

「でも今は問題が……」


 煮え切らない受付嬢の態度に俺がやきもきしていると、俺たちの後ろから声をかけてくる大男がいた。


「なんだ? 嬢ちゃん、もめ事か?」

「あっ、ヴィンスさん!」


 受付嬢はほっと安堵したように顔をほころばせる。


「あの、こちらの方々が、ダンジョンに入りたいと仰られて……」


 受付嬢が言い終わらない内に、大男はチラリと俺を見て、いきなり殺気を飛ばしてきた。


「!」


 俺は瞬時に父上ごと守るようシールドを張る。


「? な、何だ? ロイ?」

「はっはっはっ! こいつは本物だ!」


 殺気に気付かない父上が戸惑い俺を見るが、大男は腹を抱え、豪快に笑った。


「お前が例の『英雄』か! ほんとにちっせぇな!」

「……そう言うお前は何者だ?」


 父上は俺を庇うように前に出る。

 その気持ちは嬉しいけど、目の前の男は結構強いから、危ないことはしないで欲しい。


「いやぁ、悪い悪い。黒目黒髪の小僧がいるから、もしかして、と思ってつい試しちまった」


 大男は悪びれずにそう言って、俺と目を合わせるためか、その場にドカリと腰を下ろす。


「俺はAランク冒険者のヴィンスだ。『ラピスラズリ』っていうパーティに入ってる」

「おれは『えいゆう』ロイ。えふらんくだよ」

「お前がFランクってのは、もう詐欺だよなぁ」


 大男、ヴィンスは髭の生えた顎を撫でながら、しみじみとそう呟いた。


「お前、俺より強いだろう」

「うん」


 俺が迷いなく頷くと、ヴィンスはギルドが揺れそうなほど豪快に爆笑した。


「あははははっ! 遠慮がねぇなぁ!」

「ほんとうのことだし」


 俺が真顔で答えると、ヴィンスはようやく笑うのをやめ、しかし、ニヤニヤ顔のままで受付嬢に声をかける。


「嬢ちゃん。ロイの護衛依頼は『ラピスラズリ』が引き受けるぜ。こんな面白い依頼、他のパーティには譲れねぇ」

「は、はぁ……、でも今は……」


 受付嬢が目を白黒させていると、父上が話に割り込んだ。


「ちょっと待て! 誰を護衛に選ぶかはこちらが決める!」


 父上は、不信感を露わにヴィンスを睨む。

 まぁ、いきなり現れて、殺気を向けて挑発してきて、勝手に護衛を引き受けます、じゃあ怪しさ満点だよな。


「ロイ、こんな男じゃなく、もっとまともなパーティに護衛を頼もう」

「おいおい、失礼だなぁ。俺たちは、このアロニア王国で一番の冒険者パーティだぜ?」


 ヴィンスはつまらなそうに父上を眺めて、父上はヴィンスを睨み返す。


「お前達の強さが一番だろうが、私はまともな冒険者に息子を託したいんだ!」


 おぉ、父上がいつになく頼もしい。

 でも、俺にはなんとなくわかるのだが、このヴィンスと言う男は悪い奴ではない。


「ちちうえ、おれビンスでもだいじょうぶだよ」

「ロイ、そんなに簡単に信用しては……」

「ビンスね、ルーじいじとシェリばあばににてるから」

「あ~……」


 父上は俺が言いたいことを察して、口をパクパクさせる。

 ヴィンスは、ルードルフ祖父ちゃんの無頓着ぶりと、シャルロット祖母ちゃんの豪快さを合わせた感じの人物だと思う。

 祖父ちゃんたちに比べてちょっと好戦的ではあるけど、現役冒険者なら、そんなもんだろう。

 なにより、殺気は感じたけど、邪気を感じなかったから、純粋に俺の力を確かめたくて仕方がなかったんだろう。


「じつりょくは、あるとおもうし」


 なんとなくだが、俺には相手の力量が分かる。

 それで言うと、ルードルフ祖父ちゃんやガストール祖父ちゃんには当然及ばないが、かなりの実力者なのは間違いない。


「いいねぇ、お前は話が分かる」


 ヴィンスは腕を組み満足そうに笑っているが、受付嬢はヴィンスに駆け寄り、ひそひそと何か耳打ちした。


「あぁ、その件は、俺がギルドマスターに話を通すから心配すんなって」


 ヴィンスは立ち上がり、俺に目を向ける。


「じゃあ、護衛は『ラピスラズリ』が務めるってことでいいな?」

「いいよ」

「ロイ……」


 父上は勝手に話を進める俺たちに、眉間を揉んでいる。


「ロイの親父さんよ。安心しな、ロイは必ず無事に帰すからよ」

「……仕方がない。ロイを信じてお前たちに任せよう」


 じゃあ詳しい依頼内容は受付嬢と話してくれ、と、ヴィンスは仲間を呼びにギルドから出て行く。


「まったく……。あまり心配させないでくれ」

「ごめんなさい」


 俺は父上に謝り、でもね、と付け加える。


「おれのほうがつよいし、なにかしてきたらたおすから、へいきだよ」

「ん……そうだな。その時は全力で反撃しなさい」


 父上は俺の頭をくしゃりと撫で、許可を出す。

 ターセル子爵家の良心と目されている父上も、息子に危害を加える敵には容赦はないようだった。



 父上が依頼の受付を済ませ、俺たちはダンジョン前の入り口でヴィンスたちの到着を待つ。

 といっても、父上は戦闘力に自信がないので、ダンジョンに入るのは俺だけ。

 父上は俺の見送りだ。


 このダンジョンは、順調に進めば3日の内に攻略できる程度の距離らしい。

 問題は、道中の魔獣が強くなかなか前に進めない事らしいが、その点俺には自信がある。

 俺なら、同盟国会議が始まる前に行って帰って来られるだろう。


「いいか、ロイ。少しでも危ないと思ったら、すぐに引き返してくるんだぞ? シャルロットお義母様が言っていたが、ダンジョン内で怖いのは、魔獣よりも仲間の裏切りだそうだ。『ラピスラズリ』の連中にもよくよく注意しろ? いざとなれば、盾にしてでも生き延びるんだ、いいな?」


 父上が、心配のあまり母上みたいになってる。

 俺が、長々しい注意事項にうん、うんと、頷いていると、冷たい女性の声がした。


「仰ることはごもっともですが、わたくしたちのプロ意識を侮りすぎではございませんの?」


 俺と父上が振り返ると、魔導士らしいローブをきっちりと着こなした、凛とした女性が立っていた。


「わたくし、『ラピスラズリ』の副リーダー、マリーカと申します。魔導士を務めております」

「私は『ラピスラズリ』の弓士、コルトです。お見知りおきを」


 存在感が薄くて気付きにくかったが、柔和な笑顔の男が女性の後ろに立っていて、丁寧に頭を下げた。

 マリーカと名乗った女性は、父上を真っすぐに見つめ、自分の胸に手を当てる。


「ご依頼をお受けした以上、我々はこの身に代えても、最優先でご子息をお守りいたします」

「そ、そう……ですか……」


 父上は気圧され、思わず頷いている。


「まぁ、ヴィンスを見て不安になるのは分かりますが。あれでも実力は折り紙付きです。ご子息の安全は保証しますよ」


 コルトと名乗った男は、オーフェンなんかとは違う誠実そうな笑顔で頷いた。


「う、うむ……この二人もいるなら、大丈夫かもしれないな……」


 父上は顎に手をやり、ぶつぶつと呟いている。

 確かに、この二人はちゃんとしてる感じがする。

 豪放磊落を地で行きそうなヴィンスと組んでいるだけあって、バランスが取れているのかもしれない。


 俺も、父上に同意してうんうんと頷いていると、ヴィンスが呆れたように声をかけてくる。


「ひでぇな。俺だって頼りになるんだぜ?」

「頼りになるのは認めますが、そう見えるかどうかは別問題ですね」


 コルトがニコニコと毒を吐いて、ヴィンスは決まり悪そうに頭をかく。

 そのヴィンスの後ろから、ガチャガチャと大仰な音を立てて、騎士が二人姿を現した。


「そちらは?」


 父上は怪訝そうに眉を寄せ、ヴィンスはどこか不満そうに半身だけ振り返る。


「この二人はアロニアの騎士団長と、その孫だ。今回のダンジョン攻略について来るらしい」

「紹介に預かった騎士団長のダン・イスカリオンと申す。よろしく頼む」

「ガレアス・イスカリオンと申します」


 ダンと名乗った慇懃な老練の騎士団長と、ガレアスと名乗った孫らしい騎士。

 騎士団長は結構強そうで、ガレアスっていう騎士はレオナルド兄ちゃんと同じぐらいの年齢、強さはそこそこって感じだ。

 何で、ダンジョン攻略に騎士なんかがついて来るんだ?


 俺が首を傾げていると、騎士団長はじっと俺を見据えてくる。


「……」


 騎士団長と言う立場もあり、さすがに殺気を飛ばすようなことはしないが、俺の実力を値踏みしていることは明らかだ。

 俺は真っすぐに見つめ返し、互いの間の空気がビリビリと揺らぐ。


「なるほど。これはこれは」


 やがて、騎士団長はニヤリと笑い、俺はフンと鼻を鳴らした。


「おじい……騎士団長?」


 ガレアスと言う騎士が問うような視線を向け、ヴィンスはがははっ、と大口を開けて笑う。


「騎士団長、だから言っただろうが!」

「信じていないわけではなかったのだがな。しかし、想像以上であった」

「? ……?」


 意味が分からなそうな父上は置いておいて、俺は不機嫌そうに腕を組む。

 このアロニアっていう国の連中は、あからさまに俺を値踏みしてくるな。

 有名税って奴だろうか。


「そうむくれるな、ロイ殿よ。あの名高いルードルフ殿の孫、それも『英雄』を継ぐ者ともなれば、試してみたくなるのは必定であろう?」


 いや、迷惑なんですけど。

 騎士団長は、まだつんとしている俺に構わず、父上に向き直る。


「ターセル子爵。何故某とガレアスがダンジョンに同行するか、説明しておこう」

「! はい」


 父上は居住まいを正し、頷く。

 騎士団長も頷き、言葉を続けた。


「ターセル子爵、そのご子息ロイ殿。端的に申し上げるが、このダンジョンにはスタンピードの予兆が見られる」

「!」

「すたんぴーど!」


 俺は思わず振り返り、目を輝かせる。

 『スタンピード』(魔物氾濫)といえば、転生物のお約束イベントの一つ!


「あくまでまだ予兆に過ぎぬが、冒険者と共に近々にダンジョンに潜り、真相を確かめる所であった。そこに、今回の話が出て、某が同行することと相成った」


 騎士団長は目を輝かせる俺に視線を向ける。


「某は腹芸は好かぬゆえ、直接申し上げる。アロニア国王陛下より、同行の際に、ロイ殿の実力を見極めてくるよう申し付かっておる」

「! それは……!」


 父上は困惑したように俺と騎士団長を見て、眉を寄せる。

 ア―スドラゴンの件が大々的に広められたこともあり、俺がすでにアロニア国王から目を付けられていてもおかしくはない。

 しかし、俺の実力の話は会議の場で、と言うことになっている。

 それに、勝手に実力を確かめられる話になっている、と言うのも反応に困ってしまう。


「いやなに、ロイ殿の実力が尋常でないことはすでに察しておる。見極めると言っても、同行して一部始終を見せて頂くだけだ、邪魔はせぬ」


 騎士団長の言葉に、ヴィンスは面倒臭そうに応じる。


「まぁ、ダン騎士団長の同行なら、『ラピスラズリ』としては異論はねぇぜ? 騎士団長は冒険者にも理解があるからよぉ」

「そうですね。わたくしにも異論はありません。ただ、スタンピードの調査に赴くわけではないのですから、道々調査をするのみに止めて、ボス部屋まで直行することを前提とさせて頂きますが」

「もし本当にスタンピードが起こり得るのなら、騎士団長様の同行は心強いですからね。私も賛成です」


 『ラピスラズリ』の面々は賛成し、ヴィンスがちらりと俺に視線を向けて来るので、俺は父上を見て頷く。


「……分かりました。ですが、くれぐれもロイに対して不用意なことはしないで頂きたい」

「もちろん。他国からの客人に害が及ぶような事など、騎士団長の某が許しませぬ。ご子息は無事に送り届けると約束いたす」


 父上と騎士団長は握手を交わしている。

 んー、とりあえず、護衛が増えたってぐらいに思えばいいのかな?

 緊張感のない俺に、父上は不安そうにしゃがみ込んで目を合わせる。

 

「ロイ、皆さんの言う事をちゃんと聞いて、いい子にするんだぞ。無茶なことは絶対にしないように。いいな?」

「わかってるよ、ちちうえ! おれ、いつもいいこでしょ!」

「え? あ~……そ、そうだな……。うん、大体……いい子だな……」


 父上は曖昧に頷いて、俺の頭をくしゃりと撫でて、送り出した。

 そして、俺は念願のアロニアダンジョン『勇壮なる獣』へと足を踏み入れたのだ。



 この『勇壮なる獣』ダンジョンは、他とは少し違い、階層と言うものがないらしい。

 便宜上、深層とか下層と表現するものの、それらは距離で区分けられていて、ダンジョンの中は全て1階で、ただ奥行きがとても広いのだとか。

 さすが、ダンジョンってやつは空間の法則を無視しているな。


 しかも、ここは広い空間ながらに迷路のように壁が入り組んでいる。

 攻略するためには、結構な距離を歩かなければならないらしい。

 俺は、前衛のヴィンスとその後に続くコルトの後ろを歩き、俺の後ろにはマリーカと騎士団長とその孫が続く。


「ロイ様。その竜騎の卵を背負ったまま行くのですか?」


 マリーカは、俺の背中に背負われた自慢の卵を見て、ちょっと困惑した風に尋ねて来た。


「うん。そうだよ」

「危険では? 私のアイテムバッグに入れておきましょうか?」


 マリーカは、腰のアイテムバッグに手をやって俺に見せるが、俺は首を横に振る。


「いいの。たまごのときから、いっしょにぼうけんするの!」


 きっと、卵の時から愛情をかければかけるほど、生まれてくる竜も俺に懐いてくれるはず。

 強くてカッコいい、最高の相棒になるに違いない!


「まるで遠足気分だな」


 チクリと呟いたのは、騎士団長の孫。

 ガレアスとか言う奴だ。


「もんくがあるなら、ちょくせついえば?」


 俺がちらりと睨むと、ガレアスは睨み返してくる。


「では言うが、同盟国会議を行う重要な時期に、子供のわがままで騎士団長がダンジョンに同行させられているのだぞ」

「おれたのんでないけど?」


 俺が言い返すと、ガレアスがグッと鼻白む。


「いやならかえればいいでしょ」

「なにを……!」

「ガレアス。お前は黙っておれ。ロイ殿の言う通り、無理を言って同行しているのは某の方だ」


 それに、と、騎士団長は髭を撫でる。


「外の事は、副騎士団長である息子に一任しておる。あ奴がおれば、会議の警備は恙ないであろう」

「それは……父上がいれば問題はないでしょうが」

「某でなくとも、騎士の誰かがスタンピードの有無を確認せねばならなかったのだ。同盟国会議の間に、スタンピードが起こるなど大事であるからな」

「は、ですが……、はい……」


 ガレアスはムスッとしたまま引き下がる。

 やれやれ、なんだか空気が悪くなってしまった。


「うるさいことは言いっこなしだぜ? ここはダンジョンだ。油断してると死人が出るぞ」


 ヴィンスは、空気を引き締めるようにそう言って、ずんずん歩いて行く。

 子供連れとか、そう言った概念はヴィンスにはないらしい。

 が、俺も早く先に進みたいので、その方がいい。

 俺は身体強化で歩行を補助しながら、遅れることなく一行について歩いた。


 スタンピードがあるかもしれない、と警戒していた半面、ダンジョンではほとんど魔物に遭遇しなかった。

 いたとしても、角ウサギか弱いウルフ系の魔獣ぐらいだ。

 それも、前衛のヴィンスが大剣でさっさと狩ってしまう。


 そうして、俺たちは特に問題にぶつかることもなく半日進み、小休憩を取ることになった。

 ダンジョンの角に背を預け思い思いに座り込み、飲み物や食べ物を補給する。

 俺は、荷物持ちも兼ねているらしいコルトから乾パンのような菓子とカップの水を貰い、その場に座ってかじり始めた。

 騎士団長たちは、ガレアスがアイテムバッグから食料を出している。


「体力あるじゃねぇか、ロイ。へばったら俺が担いでやろうと思ってたのによ」


 ヴィンスは俺の隣にドカリと座り、乾パンを一口で頬張る。


「ロイはあの『炎槌の戦乙女』の孫なんだよな?」

「そうだよ」


 ヴィンスの問いに、俺は頷く。


「俺はな、むかーし『炎槌の戦乙女』と死合った事があるんだぜ。当時はボッコボコにされたけどな。だが、今なら俺が勝つ自信がある」

「ふぅん」


 ヴィンスが力こぶを見せるのを、俺は気のない返事で眺める。


「何だよ、信じてねぇな?」


 ヴィンスは俺の肩をつんつんつついてからかってくるが、それをパシリと払いのけるのはマリーカだ。


「小さい子供に絡むんじゃないわよ。ただでさえあなたは強面なんですからね」


 それより、と、今度はマリーカが俺に尋ねる。


「ロイ様のお祖父様、氷瀑の大魔導士はご健在ですの? わたくし、大ファンですの」

「ガスじいじはげんきだよ。まえよりすごいつよくなった」


 ガストール祖父ちゃんは、俺に触発されて、色々と開発したりしているからなぁ。


「さすが、氷瀑の大魔導士ですわね、幾つになっても研鑽を忘れない……。あの怜悧な横顔……隙のない物腰……素敵」


 うっとりするマリーカに、俺は首を傾げる。

 俺の脳裏に浮かぶのは、顔面一杯に笑顔を浮かべて飛びついてきたり、涙まみれで俺に抱き付いて来るガストール祖父ちゃんなのだが。

 もしかして、別の人の話をしてるのか……?


「ははは。ロイ様の顔を見るに、外向きの顔と内向きの顔は別って所ですかね」


 コルトは笑い、俺に水のお代わりを差し出す。

 俺はそれを受け取りながら、気になっていたことを尋ねた。


「すたんぴーどっていってたのに、まじゅういないね」

「そうですね」


 コルトはダンジョンの奥の方に目をやり、目を細める。


「この辺りまで影響が出ていれば、もうスタンピードは確定と言っていいでしょう。が、これから起こるのだとすれば、まだ影響は深部に留まっているのかもしれません」

「そうだな。どうせボスまで行くんだ、どこまで影響が出てるかは確かめられるだろう」

「すたんぴーどって、どうしておこるの?」


 俺は、そもそもの疑問を口にする。

 魔物が増えて近隣を襲撃する、という概要は知っているが、そのメカニズムは知らない。

 俺の質問に、ヴィンスもはたと宙を仰いだ。


「あ~、確かに。何でいきなり魔物が増えるんだ?」

「ダンジョンコアが魔物を生む、と言われていますわね」


 マリーカは、そつなく説明する。


「ダンジョンコアに溜まりすぎた魔力が、魔物に変換されると言われています。魔物は、そのダンジョンのレベルに合った者が現れますが、その数は蓄積された魔力量次第で変わります」

「じゃあ、だんじょんこあをこわせばいいの?」


 俺が何気なくそう言うと、大人たちが全員ギョッとした顔になった。


「とんでもない! 絶対に壊してはダメです!」

「そうだぜ、ロイ。ダンジョンコアを壊したら、ダンジョンが消えちまうんだぞ」

「え……!」


 それは知らなかった。


「ダンジョンはその国の資源ですから、ダンジョンコアを破壊なんてしたら、国際問題になってしまいますわ」


 マリーカは苦笑して、知らなかったのですよね、と俺を庇ってくれる。

 俺もうんうんと頷いて、先に聞いておいてよかったと胸を撫で下ろした。


「あれ? でも、えるんさるどのだんじょんくりあしたのに、だんじょんこあなかったよ?」

「ダンジョンコアがあるのは、ボス部屋とは別の所なんですよ」


 コルトの説明によると、ダンジョンコアはダンジョンの奥に隠された別の部屋で、普通に歩いていても見つからないらしい。


「ではどうやってスタンピードを止めればいいのか、と思うでしょう? スタンピードには、最も強力なボスが現れます。これは、ダンジョンボスと違って階層を移動しますし、ダンジョン外にも出てきます」

「そいつを倒さないと、スタンピードは終わらない。ダンジョンコアは魔物を生み出し続けるんだ」

「へぇぇ」


 スタンピード、面白そうだな!

 と言う俺のワクワクが顔に出ていたのか、ガレアスが渋い顔をして俺を睨んでくる。


「スタンピードは国の一大事だ。面白がるようなものではない」

「べつにおもしろがってないもん。たのしそうなだけ」

「同じだろう!」


 これだから子供は、とガレアスは俺に背を向ける。

 言いはしないが、これでも俺は前世30代なんだからな!

 少し精神が幼児退行しているかもしれないが!


 というわけで、俺は大人なので、ガレアスの失礼な態度も許してやることにした。



 それから、時々休憩を挟みながら、俺たちはさらにダンジョンの奥へと進んで行った。

 前衛がヴィンスぐらい強いと、サクサク進むなぁ。

 ほんと、やることがない。

 この日は、そのまま野営予定地へと着いてしまい、俺は夕飯の支度をするコルトを眺めながら、膝の上の卵を撫でていた。


「つまんない……」


 明日からはダンジョンも中層だというのに、まだ俺は一度も戦闘をしていないのだが?

 これじゃあ、冒険と言うより、ダンジョン巡りツアーだ。

 しかも、父上が『ラピスラズリ』と交わした契約は、「宝箱の入手物は発見者の所有とする」、「倒した魔物は止めを刺した者の所有とする」というものだ。

 今の俺のポジションじゃ、何も手に入らないんですけど?


「おれもぜんえいがいい!」


 俺はヴィンスに直談判する。


「あぁ、じゃあいっしょに前衛やるか?」

「ヴィンス」

「護衛対象を盾にしてどうするんです?」


 他の二人がヴィンスを窘め、ヴィンスは口を尖らせる。


「けどよぉ。ロイは強いんだぜ? せっかくダンジョンまで来て、戦えないと可哀そうだろうが」

「そうだそうだー!」


 俺は激しく同意し、騎士団長を見る。


「おれのじつりょく、みたいっていったよね!」

「うむ、言いはしたが……」


 騎士団長は目を瞑って考えている。

 ガレアスはフンと鼻で笑い、俺を見下した。


「よいではありませんか、騎士団長。王命も果たさねばなりませんし」


 何かムカつくな。

 でも、俺にとって有利なことを言っているから、まぁいい。


「ガレアスも、たまにはいいこという」

「失敬だぞ!」


 せっかく褒めたのに、ガレアスは何故か文句を言った。

 騎士団長は、うむ、と頷き、膝を打つ。


「では、某も前衛に出よう」

「ほぉ。俺とロイと騎士団長で前衛か? そりゃ、豪華だなぁ」

「まぁ、それなら……危険はないと思いますが」


 『ラピスラズリ』の他の二人も、渋々頷いた。

 やった!

 これで明日はダンジョンを楽しめる!


 俺は、コルトから渡されたスープを上機嫌で飲みながら、手に入るであろう魔石や宝箱に想像を膨らませた。



 翌朝、俺はぱっちりと早く目を覚まし、水魔法で顔を洗って身支度を整える。

 

「ロイ様、もう起きていたのですか?」

「タフですね……」


 朝食の支度をしようとアイテムバッグに手を突っ込むコルト、朝が弱そうなマリーカに挨拶をし、俺は卵を背中に背負ったままで準備運動をする。

 見張りをしていたヴィンスも呼んで朝食を食べ、手短に今日の予定を話し合った。


「とりあえず、今日は下層の入り口まで行こうと思ってんだが」

「そうですね。ただ、ここからはスタンピードの可能性も含め、十分に警戒が必要です」

「ロイ様、敵が出ても深追いせず、後ろに下がるよう言われたらすぐに撤退をお願いします」

「わかってる」


 俺がちょっと不満そうなのを見て、ヴィンスは俺の頭をガシガシと撫でる。


「なぁに、俺と騎士団長がついてるんだぜ? 危ない時でもちゃんとフォローしてやるからよ」


 そして、俺達一行はダンジョンの奥に向けて出発した。


「たっからばこっ♪ たっからばこっ♪」


 俺は、背中に卵を背負い、ルンルンと前を歩く。

 あぁ、俺の前に誰もない。

 今魔獣が出れば、そいつの魔石は俺の物。

 宝箱を見つけても、それも俺の物だ。

 前衛っていいなぁ!


「はははっ、ほんとに遠足みてぇだな!」


 ヴィンスは笑い、騎士団長は咳払いする。


「ロイ殿。某らが付いているとはいえ、油断せぬようにな」

「うん!」


 それでもスキップ混じりな俺の様子に、騎士団長は小さく頭を振った。


 しかし、この日は俺のご機嫌さとは裏腹に、魔獣の襲撃が多かった。

 いや、俺はますますご機嫌だが!


「サーベルウルフの群れかよ」


 前方に見える魔獣に、ヴィンスは頭をかく。


「ざっと30頭か。数が多いな。まず、某とヴィンスで数を減らすか」

「えっ、おれは⁉」


 話が違うぞ、と、俺はアピールする。


「しかし、どうする気なんだ? 見たところ、ロイは得物を持ってないだろう」

「そう言えば、ロイ様は杖も持っておりませんね」


 マリーカも心配そうに俺を見るので、俺はちょっと胸を張り、自慢の杖、もとい腕輪を見せる。


「おれ、これがある!」

「すごい魔石ですね……杖……なのですか?」

「そうだよ! だから、おれがやってもいいよね?」


 ここで手柄を、というか魔石を奪われては、昨日直談判した意味がない。


「ま、お手並み拝見ってことでいいんじゃねぇか? ロイの戦い方には、興味があるしな。騎士団長だって、そのために来てんだろ?」

「うむ。そうだな。ロイ殿、任せてよいか?」

「うん!」


 よし、これで連中の魔石は俺の物だ!

 俺が前に進み出る頃には、サーベルウルフたちもこちらに気付いていて、睨み合いが始まっている。

 しかし、これだけ距離があれば、魔法が使える俺の独壇場だ。


 俺はニコニコしたままサーベルウルフに歩いて行き、右手をかざす。


(『黒槍(こくそう)』)


『ギャインッ⁉』 


 俺が無詠唱魔法を発動すると、闇属性の黒い槍が一斉に地面から突き出し、30頭のサーベルウルフたちを串刺しにする。

 そして、俺が魔法を消すと、カラカラと魔石が地面に転がった。

 ダンジョンの魔獣って、倒すと魔石やドロップアイテムしか残らないから、解体の手間が無くて便利なんだよな。

 肉や毛皮は取れないんだけどね。


「やったぁ! ませきだ!」


 カテリーナへのお土産にしようかな。


「これ、おれのでいいんだよね?」


 俺が振り向いて確認すると、ぽかんと口を空けて動かないヴィンスたちがいる。

 全員見事にフリーズしているな。


「ビンス、これおれのでいいの?」


 俺が魔石をかざしてもう一度尋ねると、ヴィンスは正気に返り、あぁ、と頭をかいて頷いた。

 硬直する人間を見慣れている俺は、特に構うことなく、クラウスのおじさんから貰ったアイテムバッグに魔石を拾って回収していった。


 その後も、ウルフ、ボア、ベアなどの、中型から大型の魔獣が数多く出て、俺は魔石がザクザクでご機嫌だったが、『ラピスラズリ』や騎士団長たちの顔は曇っていく。


「これは……」

「スタンピードが発生しているようですね」

「つーか、今まさに、スタンピードのど真ん中を進んでねぇか? これ」


 ヴィンスは腕を組んで唸り、騎士団長は重々しく頷いた。


「そうであろうな。エルダーボアなど、今までこの国で見かけたことはない」

「希少な魔獣ですからね」

「そうなの?」


 黒の森にはあれよりデカいのがよく出るけどなぁ。

 相変わらず緊張感のない俺を見て、騎士団長は思案する。


「ロイ殿、まだ魔力に余裕はおありか?」

「うん。ぜんぜんへいきだよ」

「あ、あれだけ魔法を撃っておいてですか……?」


 マリーカはこめかみを押さえ、コルトは首を横に振っている。

 騎士団長は、俺に頭を下げ、頼み込む。


「では、このままスタンピードの終息にお力をお貸しいただきたい」

「お祖父様!」


 ガレアスはぎょっとするが、騎士団長は微動だにしない。


「すたんぴーどのぼすをたおすってこと?」

「はい。このままでは、同盟国会議に支障が出るやもしれませぬ。それに、騎士100人を連れて戻っても後手に回る可能性が高く、ロイ殿にお頼みする方が確実で被害もないでしょうからな」

「……お祖父様」


 騎士団長の背中を見ていたガレアスは、騎士団長の横に進み出ると、同じく頭を下げる。


「私からもお願いします、ロイ殿」


 何だか、決死の覚悟で頼んでいるような調子だが、俺は簡単にOKを出す。


「べつにいいよ?」


 わざわざ頭なんて下げなくても、俺は最初からそのつもりだったし。

 だって、スタンピードのボスってことは、大物だろうし、どんな魔石やドロップ品を落とすかと想像しただけでニヤニヤしてしまう。

 だから、倒すなと言われた方が困ってしまう。


「ませきはおれのでいいよね? どろっぷひんも、おれのだよね?」

「心配するのはそこかよ。お前、根っからの冒険者だなぁ、ロイ!」


 ヴィンスが俺を高い高いして豪快に笑い、俺も思わずきゃっきゃと笑ってしまう。


「おれしょうらい、シェリばあばみたいに、えすらんくになるからね!」

「すでにSランククラスなのでは……?」

「Fランク詐欺ですよね……」


 コルトとマリーカはチラリと目を見交わし、騎士団長たちは安堵したように笑みを浮かべていた。



 この日は、下層直前の野営予定地付近にまで魔獣がたむろしており、まず魔獣たちを排除してからの野営となった。

 魔石がザクザク。

 換金したらどれだけのお小遣いになるか。

 笑いが止まらないな。


 俺は下層の出入り口に土魔法で巨大な壁を作り、休んでいる間に魔獣が下層から出ないように閉じ込める。


「すでに、ダンジョンの中層より外に出ている魔獣に関しては、数も多くないようであるし、ダンジョン外の騎士と冒険者に対処させる」


 通信の魔道具で外部と連絡を取ったらしい騎士団長は、皆に報告をした。

 うん、それなら父上は大丈夫だろう。


「にしても、段々と魔獣が強くなってきましたね」


 見たことのない種類が増えました、と、コルトは顔を顰める。

 マリーカは気遣うように俺を見て、顔色を確認する。


「ロイ様が全て倒されていますから、わたくしたちに負担はありませんが。ロイ様の魔力は大丈夫なのですか? 無理はなさっていませんか?」

「ぜんぜんへいき」


 黒の森での戦闘訓練に比べたら、魔獣の一体一体が弱いし、魔力の消費も、寝れば回復するし。


「か~っ! お前本当に4歳かよ! 場慣れしすぎてんだろ!」


 ヴィンスはまた乱暴に俺の頭を撫でて、豪快に笑う。


「でもなぁ、本当に危なくなったら俺たちを頼れよ! 臨時とはいえ、パーティなんだからよ!」

「じゃあ、あしたてつだってほしい!」

「おう、任せておけよ!」


 俺に頼られて嬉しいのか、ヴィンスはドンと胸を叩いた。


 そして、翌朝、俺たちはついにダンジョン下層へと足を踏み入れる。

 道自体は変わり映えしないが、出てくる魔獣たちがかなり強くなっていた。

 しかも、数も多い。


 雑魚モンスターのようにわらわら湧いてくるのが、エルダーボアクラス、と言えば分かりやすいだろうか。

 しかし、黒の森では、この程度の雑魚が湧くのは普通だ。

 いや、黒の森の奴よりもちっちゃいか。


「『ふぁいあらんす』『ふぁいあらんす』『あいすらんす』」


 俺は敵に合わせて放つ魔法の属性を変えながら、ズンズン進んで行く。


「おい、手伝いってこれかよ……。俺たちAランクだぜ?」


 俺の後ろに続く『ラピスラズリ』の面々は、俺の代わりに黙々と落ちた魔石とドロップ品を拾って回収している。


「はぁ……使える属性の数がおかしいのですけれど……」

「戦闘って、こんな作業みたいな物でしたっけ……」

「なんつーか……今ってほんとにスタンピード起きてんだよな?」


 もう無表情で俺の後をついて来るヴィンスたちの後ろを、何とも言えない顔で騎士団長たちもついて来る。


「ロイ様、そこを右です。その後は直進でお願いします」


 このダンジョンのマッピングを終えているコルトは、順調に俺の案内をする。

 結局、俺たちは一度も止まることなく、ダンジョンのボス部屋まで辿り着いてしまった。


「なんか、このだんじょん、なにもなかったね」

「いや、魔獣が沢山出ておりましたが⁉」

「でも、ずっとけしきかわらないし……」

「ここはそう言うダンジョンだからよ」


 ヴィンスは呆れたように頭をかく。


「しっかし、スタンピードボスには会わなかったな」

「そこが不可解なのです。ここまでの分岐からいっても、スタンピードボスを見逃したはずはありませんし」


 コルトは顎に手をやり、ぶつぶつ考えこんでいる。

 マリーカも眉を顰め、可能性を検討しているようだ。


「このダンジョンのダンジョンコアの場所がどこであれ、ダンジョン奥にあることは間違いありません。ですが、道すがらスタンピードボスには会わなかった。つまり、スタンピードボスはまだ先にいる――?」

「ぼすべやのおくってこと?」


 俺が首を傾げると、騎士団長は小さく唸った。


「今までのスタンピードで、これほどまでに早くボスに迫った例はないであろう。ということは、まだスタンピードボスは移動を開始しておらぬ可能性もある、か」

「その初期位置が、このダンジョンボスの部屋の奥にあると?」


 ガレアスの言葉に、俺はにっこり笑う。


「とりあえず、たおしてみたらわかるよ」

「簡単に言いやがって! よし、俺はロイに乗るぜ!」


 ヴィンスは俺を抱き上げ、がははと笑う。


「ここまで来たら、ボスを倒さねぇで帰るなんてあり得ないからな!」

「そうだよ!」


 俺とヴィンスが乗り気なのを見て、『ラピスラズリ』の二人も観念する。


「まぁ、スタンピードボスの手掛かりを掴むためにもしょうがないですわね」

「ロイ様がいるのなら、ボス戦でも問題はないでしょう」

「某も力を貸そう」

「私も、及ばずながら!」


 皆の総意で、とりあえずダンジョンボスに挑むことになった。


「ここに出るのは、レッサーフェンリルっていう、フェンリルの亜種だ」

「ぼすはこていなの?」

「あぁ。だが、相手が使ってくる魔法属性が周回によってランダムでな。どんな個体に当たるかで、魔法耐性を変えなきゃらならん厄介な相手なんだ」

「へぇ」


 俺はダンジョンボスの対策を聞きながら、ボス部屋の扉をくぐる。


 そして、そこにいたのは―――。


「何だ……あれは……⁉」

「あれがボスだと……⁉」

「ドラゴン……なのか……⁉」


 ダンジョンを周回しているはずの『ラピスラズリ』でさえ驚愕する、異形のドラゴン。

 黒い身体に、赤い瞳。

 そして、ダンジョンボスであろうレッサーフェンリルの頭が、ドラゴンの首の隣に生えていた。

 ドラゴンとフェンリルの双頭の、なりそこないのようなその異形の合成獣は、俺たちの姿を見るなり咆哮する。


『ガアアアァァァァァッ‼』


「くぅっ!」


 咆哮だけでピリピリと頬が痺れて、俺は歯を食いしばる。

 明らかに不測の事態に、コルトが退路を確保しようと入り口に向かうが、扉は開いたままなのに不可視の壁が出現していて、撤退できなくなっていた。


「倒すしかねぇ、やるぞ! ロイ!」

「うん!」


 俺は右手を合成獣に向かってかざし、ヴィンスは大剣を構えようとして……。


「おい、この大剣、こんなクソ重かったかよ……⁉」

「まほうが……」


 俺は、サァァ、と自分の血の気が引いて行くのが分かった。


「まほうがはつどうできない……」

「身体強化も使えねぇだとぉ……⁉」


『ガアアァァァァァァッ‼』


 ドラゴンの咆哮がまた響く。

 何の仕組みかは分からないが、恐らく、『魔法無効化』のデバフをかけられたのだ。


「どうする、ヴィンス⁉」

「撤退もできませんよ⁉」


 さすがの『ラピスラズリ』も、動揺を隠せずに青い顔だ。

 

 俺も、頭が真っ白になる。

 魔法が使えない俺は、ただの4歳児だ。


 目の前の凶悪な合成獣に対して、俺たちは戦う術を封じられたのだった。

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