第20話 英雄の誕生と、最高の誕生日プレゼント
毎週金曜更新の予定……です……多分。
「う~ん……どうしよう……」
俺は、冒険者ギルド本部の地下で、腕を組んで唸っていた。
シャルロット祖母ちゃんへの報告、どう書けば叱られないで済むか……。
いや、無理じゃね……?
「めだちすぎた……」
いくら人助けのためとはいえ、完ッ全に帝国から目を付けられている。
この建物から一歩も出られないぐらいに。
「つんだ……」
誕生日プレゼントを貰うのは絶望的かもしれない。
しかし、報告をしないというわけにはいかないので、俺はのろのろとペンを手に取った。
ア―スドラゴンが出た事、帝都のために討伐に向かった事、帝国兵に目を付けられ、冒険者ギルド本部に匿われている事……あ、ダメだこれ。
完全に叱られる。
しかし、俺は観念して郵便のアイテムバッグに手紙を丸めて差し込んだ。
今日はすでにシャルロット祖母ちゃんから手紙を貰っているので、明日までお叱りがないのだけが救いだな……。
そして、俺は冒険者ギルドの地下室で一夜を過ごした。
翌朝、俺は少し寝坊して、目をこすりながら1階に向かった。
オーフェンは客室っぽいところで紅茶を飲んでいて、俺の分の朝食を運ばせてくれる。
俺は目玉焼きが乗ったトーストと言う軽めの朝食にかじりつきながら、今後の事を話そうとしていた。
「グランドマスターはいるかい⁉」
その時、本部の玄関口の方から怒鳴り声が聞こえて、俺は思わず立ち上がる。
「シェリばあばのこえだ!」
「え? あ、ロイ君⁉」
俺はトーストを慌てて置くと、急いで玄関口に走り込む。
「ロイ!」
「シェリばあば!」
シャルロット祖母ちゃんは俺を見て両手を広げた、俺は真っすぐにその腕に飛びこむ。
「無事だったかい……! まったく、ハラハラさせてくれるよ、この子は!」
俺は祖母ちゃんにぎゅうっとされて、思わず祖母ちゃんに頭を擦り付ける。
あれ、気が付いていなかったけど、俺は意外と寂しかったのかもしれない。
久々に人肌の体温を感じると、自分の身体から少し力が抜けたのが分かった。
でも、シャルロット祖母ちゃんが帝都につくのは、確か明日だったはずだけど?
「手紙を読んでから、セクトたちを置いて夜通し走ってきたんだよ。それよりも……」
シャルロット祖母ちゃんは俺の脇の下を押さえて持ち上げ、俺が逃げられないようにしてから、俺を鋭く睨む。
「どういう事だい、ロイ? あたしは、大人しくしているようにって、口を酸っぱくして言ったはずだけどねぇ?」
「え……えっと……」
俺は精一杯視線を逸らし、言い淀む。
確かに、めちゃめちゃ目立ってしまったのは事実だ。
帝国から思いっきり目を付けられてしまった。
でも、決して悪気があってやったわけじゃないんだし、人助けのためで……。
俺がなんとか言い訳を考えようとしていると、ようやく部屋から出てきたオーフェンが軽い感じで仲裁に入った。
「まぁまぁ、シャルロッテ。ロイ君を許してやってよ。今回の事は、人命救助を優先した結果なんだし」
いいぞ、その調子で擁護してくれ!
俺はうんうんとオーフェンに同意しながら祖母ちゃんを見る。
しかし、祖母ちゃんはオーフェンの事も鋭く睨んで、鼻を鳴らした。
「グランドマスター。そもそも、ここにロイがいなかったらどうする気だったんだい? 老獪なあんたなら、ロイが飛び出さなくたって、何らかの手を打ったんだろう?」
「さぁ、どうだろうね」
ニコニコとはぐらかすオーフェンに、祖母ちゃんはまた鼻を鳴らす。
親子ほど年の差があるように見えるのに、オーフェンは元Sランクの祖母ちゃんに全然遠慮がないし、祖母ちゃんもそんなオーフェンの態度を当たり前に思っているようだ。
もしかして、オーフェンって亜人種かなんかで、見た目通りの年じゃないのかな。
祖母ちゃんは、暖簾に腕押しのオーフェンの態度に、不満そうにため息をついた。
「そっちで勝手に始末をつけてくれてりゃあ、ロイが目立たずに済んだんだ。まぁ、帝国から匿ってくれたのには礼を言うけどね」
「当然じゃないか。ロイ君は我が冒険者ギルドの英雄だからねぇ」
オーフェンは胡散臭い笑みを浮かべ、祖母ちゃんはようやく俺を下ろしてくれる。
「何にせよ、あたしが迎えに来たからには、セクトたちと合流し次第、すぐにモルグーネに帰るよ。いいね、ロイ?」
「うん、それはいいけど……えっとね……」
俺は、祖母ちゃんにどう言い出そうかと視線を彷徨わせ、オーフェンに目を止めた。
「おれ、ていとのひとをまもったし、いいこだったよね? いっぱいたすかったひとがいたし」
「え? あ~、そうだね……? いいこだね……?」
何を突然言い出すんだ、と言いたげなオーフェンは放っておいて、俺は祖母ちゃんを見上げる。
「だからね、たんじょうびぷれぜんと、くれるよね?」
きゅるん、と俺は目をぱちぱちさせておねだりする。
祖父ちゃんたちなら、これでプレゼントの10個は固いところだ。
しかし、シャルロット祖母ちゃんは、はぁ、と手で額を覆い、首を横に振った。
「こんな時にプレゼントだって? 帝国から命を狙われているっていう自覚はないのかねぇ……」
祖母ちゃんは何かぶつぶつ言っていたけど、腰に手を当てて苦笑いを浮かべた。
「まぁ、帝都を救ったのは本当だし、冒険者としては100点だからね。言いつけ通りじゃなかったけど、ギリギリ及第点にしようかねぇ」
かわいい孫に誕生日プレゼントをあげるのは私も楽しみだったからね、と、シャルロット祖母ちゃんは俺の前にしゃがみ込む。
そして、腰のアイテムバッグから、つやつやした丸い30センチぐらいの物を取り出した。
「気を付けて持つんだよ」
「うん。シェリばあば、これは……たまご?」
「竜の卵だね」
オーフェンは、身を乗り出して笑みを浮かべる。
「竜騎の卵だ。魔力をあげて育てると、人間でも親だと思って懐くんだよ。だから、なるべく飼い主以外が手を触れない方がいいんだよね」
「へぇ~!」
俺は両手で卵を抱えたまま、はっと目を見開く。
「じゃあ、このたまごがかえったら、おれのりゅうになるの⁉」
「あぁ、そうさ。ちょっと早いかと思ったけど、ロイなら大丈夫だろう?」
魔力放出ができる年齢にならないと卵を育てられないらしいが、その点俺なら何の問題もない。
「やったぁ! ルーじいじのディアナみたいな、おれだけのりゅうだ!」
最高の誕生日プレゼントだ!
さすがシャルロット祖母ちゃん!
俺は、自分だけの竜が生まれたら、どんなことをして一緒に遊ぼうか、と、ウキウキしながら卵を撫でる。
背中に乗って空を飛ぶのはもちろんだが、水浴びをしたり、魔獣狩りをしたり、色々と一緒にできそうだ。
俺が、卵に手を当ててそっと魔力を注いでみたり、ほっぺたをくっつけて冷たい感触を味わっていると、オーフェンが呆れたように頭をかいた。
「こうしてたら、ロイ君も普通の子供に見えるんだけどねぇ……」
祖母ちゃんとオーフェンは、俺が卵をひとしきり堪能するのを見守っていた。
そこに、慌てたような足音と共にクラウスのおじさんが駆け込んでくる。
「グランドマスター! シャルロットさんが来たと言うのは本当……」
「ん?」
クラウスのおじさんと祖母ちゃんははたと顔を見合わせ、お互いに目を丸くする。
そして、先に声をあげたのは祖母ちゃんだった。
「あんた、クー坊かい? 大きくなったねぇ!」
「シャルロットさん……⁉ い、いえ、あの……! もうこんな年ですし、クー坊というのは……!」
クラウスのおじさんは、普段のきびきびした物腰が嘘のように、真っ赤になって口ごもっている。
不思議そうな俺を見て、シャルロット祖母ちゃんはクラウスのおじさんの背中をバンバン叩きながら、ニッと笑った。
「このクー坊とあたしは同郷でさ! あたしがAランクぐらいの頃に、新人のクー坊をちょっと世話してやったことがあったのさ」
「は……その、シャルロットさんには、大変お世話に……」
クラウスのおじさんは、祖母ちゃんより背が高いはずなのに、すっかり縮こまっている。
祖母ちゃんに頭が上がらないみたいだけど、なんだかうれしそうだ。
もしかしてクラウスのおじさんは、昔シャルロット祖母ちゃんの事が好きだったりしたのかな……?
「シャルロットさんは変わりませんな……」
クラウスのおじさんは照れ笑いを浮かべていたが、ゴホン、と咳払いをする。
「えー、私は少年の……そこのロイ君の事でグランドマスターに相談がありまして」
気を取り直し、クラウスのおじさんは本題に入る。
クラウスのおじさんは、今回のア―スドラゴンの討伐者を、俺の名前で大々的に発表しようと考えているらしい。
「帝都を守った功労者を明らかにすることで、民衆はこちらの味方になるでしょう。帝国も少年を攻撃しづらくなるでしょうからな」
オーフェンは顎に手をやり頷いた。
「そうだね、その線で進めてくれて構わないよ。ただし、発表はロイ君たちがここを出発してからにしてくれるかな?」
「は? ……現在、この冒険者ギルド本部は帝国兵に囲まれておりますぞ。一歩外に出れば、交戦は必至。ですから、その前に民衆を味方に付けようと……」
「そんなことをしたら、街の名士たちがここにロイ君を訪ねて来ちゃうでしょ? 面倒じゃない」
オーフェンはいつもの胡散臭げな笑みを見せる。
「ロイ君たちが無事に帰れるよう僕が手を打つから、心配いらないさ。君は発表の下準備だけ進めておいてくれればいい」
「は……。畏まりました」
クラウスのおじさんは、渋々と言った風だが、すぐに引き下がる。
一見胡散臭そうに見えても、オーフェンはグランドマスターとして信頼されているのだろう。
大人たちはまだ色々と話がありそうだったのだが、俺は朝食を食べ損ねてお腹が空いてきたので、客室に戻って朝ご飯を食べることにした。
シャルロット祖母ちゃんと俺は、そのままこの冒険者ギルド本部に泊まった。
もちろん、大事な竜の卵も一緒だ。
シャルロット祖母ちゃんは、俺が肌身離さず竜の卵を持ち運べるよう、背負い紐のようなものを作ってくれ、俺はリュックのように卵を背負って行動することにした。
そして翌日の昼になって、ようやくセクトたちがこの冒険者ギルドに辿り着く。
「あっ、兄貴! ご無事で……っ!」
「ロイ君、心配したんですよ!」
「うんうん」
ボロボロのセクトたちは、俺の顔を見るなりほっとしたようにロビーに膝をつく。
ずいぶんと、俺の事で気を揉ませてしまっていたらしい。
「敵国で独りぼっちだって言うから、どんな気持ちでいるかと思えば……」
「しっかり金を稼いで、食事も摂っていたようだし……」
「僕たち、完全な骨折り損でしたねぇ……」
しょんぼりするセクトたちに、俺は歩み寄ってポンポンと肩を叩く。
「おれはだいじょうぶだったけど、きてくれたのはうれしいよ。ありがとう」
「兄貴……!」
セクトが目をうるうるさせて鼻をすすっているが、その顔を近づけるのはやめてほしい。
「さて、じゃあ、帰るかねぇ」
シャルロット祖母ちゃんは伸びをし、のんきに告げる。
が、それを聞いたセクトたちは絶望の表情を浮かべている。
「お、俺たち今来たばかりですよ⁉」
「少し休憩を……っ!」
慌てるセクトたちに、オーフェンが笑って説明した。
「大丈夫、帰りは転移魔法でパパーッと送っちゃうからねぇ」
なるほど。
オーフェンが昨日自信ありげだったのは、この事か。
しかし、転移魔法、欲しいなぁ。
今回のことだって、もし転移魔法を習得できてたら、帝都からモルグーネ王国まで一瞬で帰れたんだし。
「てんい、どうやるの?」
俺がちょっと目を輝かせながら尋ねると、オーフェンははぐらかすように視線をそらして笑う。
「あ~、今のロイ君には無理かなぁ。転移魔法はちょっと特殊だから、この『冒険者ギルド本部の特別な力』を使わないと成功しないんだよねぇ」
「ふぅん……?」
『賢者トウヤ』関連の力だろうか?
でもいずれは習得したい。
いや、絶対に習得する!
俺が密かに魔法開発を誓っていると、今日もクラウスのおじさんがやってきた。
「もう発つのですかな?」
昨日の取り乱しようが嘘のように、クラウスのおじさんはしゃきっとしている。
俺は、この時のために書き溜めて置いたいくつもの手紙をアイテムバッグから取り出し、クラウスのおじさんに差し出した。
「クラウスのおじさん。このてがみ、まちのひとにわたして」
商店街の人たちには色々とお世話になったから、直接会うことはできなくても、何らかの形でお別れができるのならしておきたい。
特に、魚屋のベックたちがいなかったら、俺は帝都でここまで順風に生活はできなかっただろうし。
その内、俺がア―スドラゴンを倒したこともみんなの耳に入ってしまうんだろうから、何か変な誤解をされるのも嫌だからな。
「こっちはさかなやのベックで、こっちはくだものやのおばさんで、こっちはやおやのおじさんで、こっちははなやの……」
「う、うむ、たくさん知り合いができたのだな……」
クラウスのおじさんはお手紙セットを受け取り、必ず渡しておく、と請け負ってくれた。
そして、すっかりアイテムバッグを活用している俺の様子に、フフと小さく笑みをこぼす。
「少年。君に渡したそのアイテムバッグは、私が新人冒険者時代にシャルロットさんから頂いた物なのだよ」
「えっ! シェリばあば、そうなの⁉」
俺が驚いてシャルロット祖母ちゃんを振り返ると、祖母ちゃんは思い出すように斜め上を見上げている。
「あぁ、そんなこともあったねぇ」
「駆け出しで、ろくな装備もなく困っていた私を見かねて、こっそりくれたのだ。そのシャルロットさんから受け継いだアイテムバッグが、孫の少年の元にまた受け継がれるとは。不思議な巡り合わせだな」
「そうだね!」
俺はまじまじと肩から掛けているアイテムバッグを見つめる。
そんな縁のあるアイテムバッグなら、たくさん活用しないとな。
「おれ、だいじにつかうからね!」
「うむ」
クラウスのおじさんはニコニコして、俺の頭を撫でてくれた。
「それともう一つ、私からの餞別に、二つ名を送ろう」
「ふたつな?」
「冒険者の二つ名は、冒険者ギルドから与えられるのだ」
それって、シャルロット祖母ちゃんの『炎槌の戦乙女』とか、セクトたちの『灼熱の赤獅子』みたいな、ちょっと恥ずかしい名前だよな?
う~ん……。
悩んでいる俺に構わず、クラウスのおじさんは俺の二つ名を公表する。
「少年には、『英雄』の二つ名が良いだろう」
「『えいゆう』! ルーじいじといっしょだ!」
よかった! そんなに恥ずかしい名前じゃなかった!
しかも、ルードルフ祖父ちゃんが死ぬほど喜びそうだ。
「良かったじゃないか、ロイ。ガスは死ぬほど悔しがりそうだけどね」
シャルロット祖母ちゃんがボソッと呟いた後半部分は、聞かなかったことにしよう。
「なんだ、もう餞別を貰ったのかい? 僕が最初にあげようと思ったのに」
オーフェンは、何やら手の中でチャラチャラ言わせながら近づいてきて、俺に片手を差し出す。
手の中には細くて軽いイヤーカフのようなものが転がっていて、俺はそれを手に取った。
「これ、『伝心の耳飾り』っていう通信の魔道具なんだけどね。これを着けてれば、いつでも僕と連絡が取れるから」
「⁉ グランドマスター、そんな高価な物を……」
「ロイと連絡をつけてどうしようってんだい? 何か厄介ごとに巻き込むつもりじゃないだろうね?」
クラウスのおじさんやシャルロット祖母ちゃんはオーフェンを睨むけど、これは俺にも必要なものだ。
「そう硬いこと言わなくていいじゃないか。ロイ君みたいな優秀な冒険者とは、友達になっておきたいだけだよ。ね? ロイ君」
「うん」
俺が頷いて見せると、大人二人は呆れたようにオーフェンを白い目で見ていたが、やがて諦めて首を横に振る。
「じゃ、もうモルグーネ王国に送るけど、いいかな?」
オーフェンは、さっきからチョークで足元に描いていた魔法陣の上に俺たちを誘導する。
「帝都土産も買えなかったなぁ」
「セクト、のんきすぎますよ!」
と、セクトたちがコソコソ後ろでじゃれているのを聞きつつ、俺は帝都での出来事を反芻する。
強制転移させられて最初は不安だったけど、クラウスのおじさんや、ベックや商店街の人々、リーヴァスたちなど、色んな出会いがあって、結構楽しく過ごすことができた。
帝都に来てみてよかったな。
「ありがとう」
俺は、クラウスのおじさんとオーフェンに頭を下げる。
オーフェンは相変わらずへらへら笑って手を振り、クラウスのおじさんは心なしか目元を潤ませ、大きく頷いた。
「少年。いや、『英雄』冒険者ロイ。今後の活躍を期待しておるぞ」
「うん!」
「じゃ、いくよ?」
オーフェンが魔法陣に手を突くと、魔法陣が緑色に光り始め、風がかすかに渦巻き始める。
段々と光が強くなり、辺り一面が緑を通り越して白に染まると、ふわっと浮遊感が全身を包んだ。
そして俺たちは、モルグーネ王国のターセル子爵領へと、ようやく帰還した。
【リーヴァス】
僕は、ネヴィルディア帝国の第2皇子だ。
でも、皇帝の兄が叔父に暗殺され、同じく暗殺されかかった僕自身もとても微妙な立場に置かれている。
皇帝の正統な後継者は僕だが、実権を握っているのは叔父だ。
その内、叔父は戴冠式を行い、正式に皇帝になったと宣言するだろう。
それを、公爵である僕のお祖父様が指を咥えて見ているはずがない。
正式な血筋は僕にあり、叔父が前皇帝を暗殺したと非難するだろう。
そして、僕を次の皇帝にと担ぎ出すに違いない。
「でも、僕はそれでも構わないんだ」
僕は、窓際に設えられたベッドから、よく手入れされた庭を眺める。
僕の病気の治療薬ができるまで、あと1週間ほどかかるらしい。
それまでは、僕はまだベッドで生活しなければならない。
庭を眺めて退屈を紛らわす僕の手の中には、はじめての友達、ロイから貰った『お手伝い券』がある。
「リーヴァス。起きていてよいのか?」
お祖父様は、軽いノックの後で部屋に入ってきて、僕に話しかける。
「大丈夫です、お祖父様。今日は体調がいいので」
僕はにこりと笑い、お祖父様に椅子をすすめた。
お祖父様は椅子に座り、どう言い出すかを考えるようにトントンと指で肘掛けを叩いている。
「リーヴァス。一つ聞きたいのだがね」
「はい、お祖父様」
お祖父様は、懐から小箱を取り出し、蓋を開けて中を見せる。
それは、青く透き通った綺麗な石だった。
「この宝石をくれたのは、治癒魔法が使える冒険者の子供だと言ったね?」
お祖父様は、深刻そうな顔で、念を押すように尋ねた。
僕は頷き、小さいのに驚くほど優秀で、だけどやんちゃなロイを思い出して思わずほほ笑む。
「間違いありません、お祖父様」
僕の答えに、お祖父様は額を押さえ、深いため息をついた。
「リーヴァス。鑑定の結果、これはジェムゴーレムという魔物から採れる、非常に高価な宝石だということが分かった」
「えっ……」
僕は目を丸くし、お祖父様の手の中の宝石を見つめる。
あの時、ロイは何の気なしに小銭袋をくれたように思ったけど……。
「もしかして、高価なものだと知らなかったのでしょうか……」
僕が眉を顰めていると、お祖父様はぱたんと小箱を閉める。
「価値を知っているかどうかが問題ではないのだ。問題は、なぜそんな高価なものを持っていたか、だ」
驚くことに、その宝石の価値は、それを売って僕の治療費に充てても、まだお釣りが来るぐらいの代物らしい。
「それに、更に気になる情報があるのだ。その子供は、ロイと名乗ったのだね?」
「はい」
「……恐らく、同一人物だろうが……。先日、帝都を襲ったア―スドラゴンを討伐したのが、5歳にも満たない新人冒険者のロイという子供だそうだ。私も一応裏を取ったが、どうやら、誤報どころかまぎれもない真実らしい」
頭を抱えるお祖父様だったが、僕は思わず顔を輝かせる。
「す……すごいですね……!」
ロイは只者ではないと思っていたけど、そこまで凄かったなんて!
喜色を浮かべる僕に、お祖父様はつ、と鋭い視線を向ける。
「その冒険者ロイの出自は、モルグーネ王国。あの『紅の英雄ルードルフ』の孫らしい」
「え……っ!」
僕はふっと現実に引き戻されたような心地になり、居住まいを正す。
紅の英雄ルードルフと言えば、帝国が一番頭を悩ませている敵。
「そのロイと言う子供がリーヴァスに接触してきたことといい、この宝石の事といい、何かモルグーネ王国の意図があるのかもしれん」
お祖父様は、指を組んでじっと僕を見つめる。
僕がロイに心を預けすぎていることを懸念しているのだろうか。
その、値踏みするような視線に、僕は握った拳に力を込めた。
「ロイは僕の友達です」
「その友達が誰かに利用されているのかもしれんぞ?」
「仮にそうだとしても、僕とロイが友達であることに代わりありません」
僕は、きっぱりとお祖父様に宣言する。
「お祖父様。僕はロイのおかげで見たい景色ができました。ですから、僕は皇帝を目指そうと思います」
「ほう……」
「僕はロイを信じていますが、たとえロイが変わっても、僕は変わりません」
あの時の、僕たちの世界を作る、という理想は、僕の皇帝としての目標そのものになっていた。
「ふふ。良い目をするようになったな、リーヴァス」
お祖父様は、これ以上は無粋だな、と、重い腰を上げる。
「そのロイと言う子供とは、敵対せずにいたいものだ」
部屋を出しなに、お祖父様はそう言い置いて行った。
僕は、わずかに緊張していた肩の力を抜き、また窓の外に目をやる。
僕には、戦争のない僕たちの時代を作るという目標ができた。
それは何が起ころうとも変わらない。
だけど。
僕は、手の中の『お手伝い券』を眺めながら、「おれもきょうりょくしてあげる」と胸を叩いたロイの姿を思い出す。
ロイは、僕が次期皇帝であることに気付いただろうか。
もし、僕が皇帝になっても、ロイは僕の友達で居続けてくれるのだろうか。
「そうだといいなぁ……」
僕は窓の外を見つめながら、今もどこかで冒険をしているだろう友達に想いをはせた。




