第2話 王弟と戦争の足音
毎週金曜更新の予定です……多分。
祖父ちゃんが王都から帰還してから、俺は朝から晩まで祖父ちゃんと遊ぶという平穏な日常に戻っていた。
約束通り黒の森に釣りに行ってヌシを釣り上げたり、白竜に乗って葡萄みたいな旬の果物を一緒に収穫に行ったり、祖父ちゃんが魔獣を狩るやり方を見せてもらったりして過ごした。
どれだけ祖父ちゃんと一緒に遊んでも、飽きるということがないから不思議だ。
そしてこの日は、祖父ちゃんがターセル男爵領の中心街に行こうと誘ってくれた。
といっても、そんなに発展してない田舎ののんびりしたメインストリートだけど。
俺はすかさず手を上げ、提案する。
「じゃあね、じいじ、ミラねぇねのとこいこう?」
「む? ミランダの所か?」
ミラねぇねというのは、兄姉の中でも俺に一番年が近い姉ちゃんなのだが、それでも現在12歳。
3歳の俺とは、9つも歳が離れている。
つまり他の兄姉はこれ以上に歳が離れているわけだ。
そりゃ、家族みんなで俺を可愛がってくれるはずだよな。
「ミランダは商人見習いの奉公中。あまり邪魔をしてはいかんぞ、ロイよ」
祖父ちゃんは腕を組み、少し考えている。
ミランダ姉ちゃんは、12歳なのにもう家を出て、住み込みで商人になるための勉強をしている。
いわゆる丁稚奉公という奴だ。
丁稚の期間が明けると正式に店で雇ってもらえ、従業員になれるらしい。
貴族の家に生まれると、長男以外は、貴族の結婚相手を見つけるか自分の力で叙爵されないと平民の身分になってしまう。
だから、ミランダ姉ちゃんは平民として独り立ちするために、12歳にして働き始めているというわけだ。
その他の兄姉も色々な目的で屋敷を出てしまっているので、今屋敷で暮らしている子供は俺だけ。
ちょっと寂しい。
なので、ミランダ姉ちゃんに会いに行くのは決定事項だ。
「じいじ、だいじょーぶ。おかいものにいくだけだもん!」
俺は小さい胸を張った。
俺は知っている。ミランダ姉ちゃんはこの時間いつも店番をしていて、買い物に行けば会えるはずだ。
「ふむ、まぁ良いであろう」
俺のお願いは大体叶えてくれる頼もしい祖父ちゃんは、俺の得意げな顔を見て相好を崩し、結局頷いた。
俺は祖父ちゃんと手を繋いで、屋敷から街への道を歩く。
俺の背が低いので、祖父ちゃんはほとんど屈んでいる状態だが、孫と手を繋げて祖父ちゃんはご満悦だ。
もちろん、俺も満足でニコニコしている。
そんな俺たちの様子を見て、すれ違う領民たちまで笑顔になる。
ターセル男爵家のマスコットの俺は、今日も大活躍だ。
ミランダ姉ちゃんの働く店は、商店街の中ほどにある、赤い屋根の大きな建物だ。
このターセル男爵領で一番大きい店であり、2階がある唯一の店でもある。
「ミラねぇね! あいにきたよ!」
俺は祖父ちゃんの手を放すと、一目散にカウンターに向かう。
カウンターには、澄ました顔で立っているミランダ姉ちゃんがいた。
「まぁ、ロイ! お祖父様も! 遊びに来てくれたの?」
ミランダ姉ちゃんは俺を見るなり、はつらつとした笑顔で迎えてくれる。
「これはこれは、ルードルフ様。ようこそおいで下さいました」
店の奥から出てきた店主のおじさんは祖父ちゃんに頭を下げ、俺にニコリとほほ笑んでくれる。
そして、ミランダ姉ちゃんに引き続き店番を任せ、店の奥の品出しに戻っていった。
ミランダ姉ちゃんは俺に向き直ると、悪戯っぽくウインクする。
「ロイ、おやつまだでしょう? 私が何か買ってあげる!」
そう言って、ミランダ姉ちゃんはカウンターそばのクッキーの瓶から、ばら売りのクッキーを一つ取って渡してくれた。
「はい、こぼさないように食べてね」
「わぁ! ありがとう、ミラねぇね!」
クッキーには、硬めのジャムみたいなものが塗ってあって、美味しそうだ。
ミランダ姉ちゃんの良いところは、こうしていつもお菓子をくれる所だ。
まだ一緒に暮らしてた時も、よくおやつを分けてくれてたっけ。
でも、まだ商人見習いのミランダ姉ちゃんの、なけなしの給料がふっ飛んでしまうのはちょっと困る。
見習いの給料って多分低いんだろうな、と、俺がクッキーを手にもじもじしていると、祖父ちゃんはミランダ姉ちゃんの頭を撫でて微笑んだ。
「ワシがおるのに、孫に出させやせんぞ。ミランダも何か好きな物を買いなさい。ロイの分もワシが出そう」
さすが祖父ちゃんだ。
「まぁ、いいの? ありがとう、お祖父様!」
ミランダ姉ちゃんは、うれしそうに瓶から飴を取り出し、ポケットにしまう。
仕事が終わってから食べるのだろう。
「お会計、180ゴールドです、お祖父様」
と澄まして請求するところも、さすが、ちゃっかりしているミランダ姉ちゃんらしい。
「じいじ、ありがとう!」
「よしよし、いっぱい食べなさい」
祖父ちゃんは孫二人にお礼を言われ、デレデレしている。
でも、俺にお菓子をいっぱい食べさせたら、後で祖父ちゃんが母上に叱られると思う。
俺と祖父ちゃんはミランダ姉ちゃんの仕事の邪魔にならない程度に切り上げて、店を出た。
「じいじ、はんぶんこする?」
俺が手に持ったクッキーを祖父ちゃんに見せると、祖父ちゃんは困ったように首を撫でる。
「ワシは甘いものが苦手だからな。ロイが食べなさい」
でもその気持ちは嬉しいぞ、と祖父ちゃんが頭を撫でてくれる。
「ふふっ」
俺は少し肩をすくめて、祖父ちゃんの手の感触を味わった。
頭を撫でられるのは幾つになってもいいものだ。もちろん、精神年齢も含めて。
俺と祖父ちゃんは、屋敷に向かって歩き出す。
俺は行儀悪く歩きながらクッキーをちびちびかじるが、祖父ちゃんはそんなことぐらいでは俺を叱らない。
さすが、幼児に理解がある祖父ちゃんだ。
母上だったらクッキーを没収されているだろう。
俺と祖父ちゃんは、わざと裏道に入ったりしながら、あちこちをブラブラして帰る。
何だか、小学校の下校途中みたいで楽しい。
「ふんふーん、ふふーん♪」
俺が鼻歌混じりに大通りに出た時のことだった。
「危ないっ!」
角を曲がった途端に怒鳴られ、突然目の前に馬が現れて棹立ちになる。
ヒヒィィィン‼
「フン!」
祖父ちゃんがすかさず俺の前に出て、馬の轡を取ると俺から引き離す。
馬は驚いて暴れようとしているみたいだが、祖父ちゃんの馬鹿力の前では逃げられず、鼻息を荒くして押さえ込まれている。
「何奴か……‼ 我が孫に怪我をさせかけた輩は‼」
祖父ちゃんは、鬼のような形相で馬上の人物を睨む。
祖父ちゃんの背中から、アニメの炎エフェクトのようなものが見える……気がする。
「こ、これは……ルードルフ様⁉」
馬上の人物は慌てて馬から降り、胸に手を当てて敬礼をする。
「私です、オレリアスです! 貴方様の弟子の‼」
「む?」
祖父ちゃんは眉をしかめたままで、大人しくなった馬を放し、ジロジロとその人物を眺める。
位の高そうな白い軍服をピシッと着こなした、淡い茶髪の青年だ。
歳は20代後半ぐらいだろうか。
なんというか、こんな田舎には似つかわしくない、都会的な雰囲気がある。
「なぜ其方がここにおるのだ」
祖父ちゃんは不機嫌さを改めようともせず、腕を組んで相手を威圧する。
「そ、それは……、ルードルフ様に、お話がありまして……。とにかく、一緒にお屋敷までご同行頂けませんか」
「うむ。ちょうど我らも帰る所であった。よいか、ロイ?」
祖父ちゃんがこちらを見るが、俺はプイと顔を逸らす。
「ロイよ、どうした?」
祖父ちゃんが心配そうに俺をのぞき込むが、俺は今怒っているのだ。
「くっきー、おとしたの!」
俺の足元には、土にまみれた無残なクッキーの欠片が落ちている。
まだ3分の1もあったのに!
「……弁償するから、一緒に戻ってもらえないだろうか?」
青年は恐る恐るといった風に、そう声をかけてくる。
なかなか話が分かるようだ。
「♪」
俺はミランダ姉ちゃんの店でクッキーをもう一枚買ってもらい、祖父ちゃんに肩車をされて意気揚々と家路についた。
屋敷に戻ると、青年の顔を見た父上と母上が、ギョッとしたような顔で慌て始める。
「こ、これは王弟殿下! 何故このような所においでに……⁉」
え、王弟なの? このお兄さんが?
俺は祖父ちゃんの頭の上で、青年を振り返る。
青年は俺にニコリとほほ笑みかけると、冗談交じりに自己紹介した。
「私はオレリアス・アルデウス・モルグーネ。このモルグーネ王国の国王陛下の弟にして、3将軍の一人だよ」
「しょーぐん。じいじといっしょ」
俺が祖父ちゃんの顔をのぞき込むと、祖父ちゃんは俺の足をポンと叩く。
「ワシは元将軍だ。今はワシの弟子が3将軍を務めておるのだ」
「……」
祖父ちゃんの言葉に王弟は何か言いたそうに口を開いたが、ウチの執事が客室へといざなったので、黙ってそっちに向かった。
小ぢんまりしたウチの客室には、王弟、父上、祖父ちゃんが座る。
俺もちゃっかり祖父ちゃんの隣に居座ろうとしたのだが、母上に抱き上げられて退場させられてしまった。
俺は自分の部屋で遊んでいるように告げられ、唇を尖らせて拗ねる。
「つまんない……!」
祖父ちゃんたちが何を話しているか、気になるではないか。
俺は、母上の見張りがないのをいいことに、部屋から抜け出して客間に向かう。
そっと扉に耳を当てて盗み聞きをしていると、何となく話の内容が分かってきた。
「ルードルフ様が軍への復帰をお断りされたと聞いて、こうして直々に説得に参ったのです」
王弟はかたくなな声で話を続ける。
「私は帝国に隣接する前線にいますが、緊張は日に日に高まり続けています。いつ戦端が開かれてもおかしくありません」
すると、それを援護する、というわけでもないのだろうけど、父上が口を開く。
「ネヴィルディア帝国が、大量の武器を集めているという噂を耳にしました。無論、魔獣との戦いに備えて、とも考えられますが、それにしては数が多いと聞きます」
「ふむ」
祖父ちゃんは、言葉少なに頷いているだけのようだ。
王弟は焦れたのか、さらに言葉を重ねて説得する。
「今戦が始まれば、我が国は確実に敗北します。ルードルフ様の戦力と、統率力が必要なのです! どうか、この国のために今一度軍にお戻りください!」
しばし間があく。王弟が頭でも下げているのだろうか。
「……オレリアスよ」
祖父ちゃんは、重々しく口を開いた。
「帝国がこの国を狙うのは、今に始まったことではない。将軍職にある折に、ワシは何度も提言してきたはずだ。武器や兵の増強、兵の練度の向上、軍資金の確保。だがそれを、大臣連中が寄ってたかって封じて来たのであろう」
「……はい」
「おぬしらで出来ることを怠っておいて、今更ワシに泣きつくつもりか?」
「……」
祖父ちゃんの声は、俺と話す時よりもずっと重々しかった。
軍で英雄と呼ばれるようになるまでには、きっと色々あったんだろうな。
俺がそんなことを考えながら聞き入っていると……。
「捕まえたっ!」
「うわぁ!」
俺は後ろから忍び寄ってきた母上に抱き上げられ、確保される。
「盗み聞きなんてしてはいけません!」
ぶらぶらと両脇で吊り下げられたまま、俺は母上に叱られる。
「ロイ、大事な大人の話をしているのだから、部屋で大人しく待っていなさい」
客室から顔をのぞかせた父上にまで、俺は叱られてしまう。
しかし、そんな俺に救世主が現れる。
「まぁまぁ、よいではないか」
祖父ちゃんが部屋から出てきて、母上の手から俺を抱き取って救出してくれる。
「遊び相手がおらずに退屈しておったのだ。なぁ? ロイ」
「うん!」
そのまま去ろうとする祖父ちゃんに、王弟が慌てて声をかける。
「お待ちください、ルードルフ様! まだお話が……」
「話はしまいだ」
祖父ちゃんはギロリと振り返り、目で黙らせる。
「う……!」
王弟が思わず口を閉じたところで、祖父ちゃんはスタスタと歩き出し、俺と庭に出てしまった。
それからは、また楽しい日常に戻るはずだった。
でも、祖父ちゃんはどうも度々黙って考えこんでいる。
翌日の昼になっても、祖父ちゃんは俺の砂遊びに参加しないで、じっと座って考え事をしていた。
そこに、まだ帰っていなかったらしい王弟がやってきて、黙って少し離れた木箱の上に座った。
「いっしょにあそぶ?」
俺は、仲間外れにしては可哀そうなので、親切心で誘ってあげることにした。
「いや、私は砂遊びはちょっと……」
しかし王弟は、いい大人が砂遊びをするのはプライドに触るのか、遠慮する。
砂遊び面白いのに。
仕方がないので、俺は大人でも恥ずかしくない遊びを考えた。
「じゃあ、けんは?」
「けん? 剣術かい?」
「そう」
俺は、王弟が祖父ちゃんの弟子だったという話を思い出して、祖父ちゃんを見上げる。
「じいじとあのひと、どっちがつよい?」
「うむ?」
祖父ちゃんは俺と王弟を見比べ、にやりと笑う。
「ワシが強いに決まっておろうが」
俺の素朴な質問が、祖父ちゃんに火をつけてしまったようだ。
「丁度いい。其方の腕がどれほど上達したか、見てやろう」
祖父ちゃんは、いつでも腰に下げている剣に手をやり、立ち上がって王弟を見る。
「お手柔らかにお願いいたします。軍務に戻らねばならない身ですので……」
王弟は笑顔を引きつらせ、同じく腰の剣を押さえた。
そこからは、かつての師と弟子の、結構本気の打ち合いが始まった。
俺は祖父ちゃんの指示通り、少し離れた所でワクワクと観戦している。
「踏み込みが浅い! 剣を振った後に隙がある! 相手の次の手を読め!」
祖父ちゃんの怒涛の指導に、王弟はタジタジだ。
実力は、圧倒的に祖父ちゃんが上らしい。
王弟は現役の将軍って言ってたけど、そんなんで大丈夫か?
「く……ぐっ! これで現役引退などとっ! ご冗談を……!」
しばらくして、王弟は片膝をつき、肩で息をしながら降参した。
「見たかロイよ! ワシの方が強いであろう!」
「うん! じいじ、つよい! かっこいい!」
俺が拍手をすると、祖父ちゃんは得意そうに、王弟は呆れたように笑った。
「孫に雄姿を見せたいからと言って、こうも一方的にやらなくとも……」
「なに、こうして剣技を見せることもロイには良い勉強だ」
俺が祖父ちゃんに駆け寄ると、祖父ちゃんは孫に褒められたのがよっぽど嬉しかったのか、俺を抱き上げてたかいたかいをする。
「ロイにはワシを超える才能がある。いずれ、ワシの『英雄』の名を継ぐであろう!」
かかか、と上機嫌で笑う祖父ちゃんの姿に、王弟はため息をついて額を押さえる。
(ダメだ、紅の英雄ルードルフ様ともあろうお方が、見る影もない爺馬鹿に……!)
祖父ちゃんは、戦場では鬼のように恐れられていたらしいから、今の姿を見たら、そりゃあビックリするだろうね。
しかし、王弟はすぐに気持ちを切り替え、顔を引き締めて祖父ちゃんを見上げる。
「ルードルフ様」
その真剣な声に、祖父ちゃんは顔から笑みを消し、俺を地面に降ろした。
「帝国は必ず攻めてきます。そして、戦に敗れれば、この国は属国にされるでしょう」
「……」
祖父ちゃんは頷くこともせず、じっと聞いている。
「連中の属国への扱いは酷いものです。王侯貴族の首はすげ替えられ、高い税率で民の暮らしは貧しくなる。……このターセル男爵領も、例外ではない」
王弟は、なおも言葉を続ける。
「ロイ君の将来を想うならば、なおさら、軍にお戻りいただきたいのです。もう猶予はありません」
祖父ちゃんは俺を見下ろし、俺の頭に手を置いた。
そして、王弟を見やり語りかける。
「オレリアスよ」
「はい」
「ワシは幼少より抜きんでた剣の才を見せたが、それゆえ戦乱の影からは逃れられなんだ。力ある者は国のために戦わねばならぬ。それ自体は仕方なかったと思うておる。だからこそ、自ら手を血に染め、何十年も戦に明け暮れ、国のため軍のために生涯を捧げて来たのだ」
祖父ちゃんは深いため息を吐く。
「しかし、務めを果たし切り、軍を退役してから思ったのだ。その間、妻に寂しい思いをさせ、成長する息子の姿も見守れず、領主としての仕事もしてこなかった。ワシが失ったものも、同時に大きいのでは、とな」
「……」
王弟は、口を挟むことなく黙って続きを待つ。
祖父ちゃんは、俺を抱き上げ、俺の顔をのぞき込んで少し口角を上げた。
「そんなワシにようやくかわいい孫と過ごす時間ができたのだ。共に過ごしたいと思うのは当然であろう」
「しかし……!」
王弟は、だからこそ、と言葉を続けようとして、祖父ちゃんに手で制される。
「分かっておる。分かっておるのだ……ワシとて今の状況は看過できぬ」
祖父ちゃんの言葉に、俺ははっとして祖父ちゃんの顔を見上げる。
祖父ちゃんは俺の方を見ず、王弟を真っすぐに見据えて続けた。
「この度の帝国との戦、どれほどの劣勢かは見当がついておる。それゆえ……国を守ることがロイの未来を守ることになるというのなら、ワシも今一度戦場に立とう」
「ルードルフ様……!」
王弟は感極まったように唇を震わせる。
しかし、俺は寝耳に水の祖父ちゃんの宣言に、心臓がぎゅっと縮むような思いだ。
「じいじ、せんそうにいっちゃうの?」
俺の心細そうな声に、祖父ちゃんは申し訳なさそうに答えた。
「うむ……。ワシが行かねば、この国は帝国に乗っ取られるであろうよ」
「じいじなら、かてるの?」
大事な祖父ちゃんに、勝ち目がない戦争になんか行って欲しくない。
俺の真剣な問いに、祖父ちゃんは自信を滲ませて答えた。
「無論、勝つとも。ロイのために、この国を存続させねばならぬからな」
「そう……」
勝ち目があると祖父ちゃんが言うのなら、それを信じるべきだろうか?
でも、どちらにせよ戦争なんて危険な行為だし……勝てても戦死してしまったんじゃ、何の意味もないじゃないか。
俺にとって大事なのは、この国なんかより祖父ちゃんの方だ。
不安を隠せない俺に、王弟が断言する。
「ロイ君。師匠……ルードルフ様がいれば、この戦は確実に勝てる。そう判断したからこそ、わざわざ私が出向いてこうして説得しているんだよ。だから、心配はいらないよ」
いや、現役の将軍なんだからお前が頑張れよ!
と、つい悪態をついてしまいそうなほど、俺は祖父ちゃんが戦争に行ってしまうという事実に動揺していた。
「ほんとのほんとに、だいじょうぶなの? じいじ」
俺は、祖父ちゃんの胸に頭をグリグリ擦り付けて、何度も確認する。
「絶対に大丈夫だ。ロイはワシの力を信じぬのか?」
「じいじがつよいの、しってる。しってるけど……」
戦場なら、どんな最悪の事態が起こっても不思議ではない。
個人の力ではどうしようもないことだってあるかもしれない。
とうとうぐずり出す俺に、祖父ちゃんは俺の背中をトントンしながら告げる。
「では、ワシら二人で約束をしよう」
「?」
顔を上げて続きを待つ俺に、祖父ちゃんはニヤリと笑う。
「ロイよ。ワシがおらぬ間、ロイがこのターセル男爵領を守るのだ」
「おれが?」
「そうだ。そして、ワシは帝国を倒し、無事に帰ってくる」
男と男の約束だ、と祖父ちゃんが笑うので、俺はちょっとくすぐったいような気がして、思わずつられて笑う。
「ぜったいに、やくそくやぶらないよね? ちゃんとかえってくる?」
「あぁ。ロイがここを守ってくれるなら、ワシも絶対に帰って来よう」
祖父ちゃんは俺を地面に降ろして、俺を自分の足で立たせる。
そして俺と目を合わせ、俺の肩に手を置いた。
「ワシはロイを一番頼りにしておるのだぞ。お前はまだ幼いが、強い男だ。ワシに代わってこの領地を守れるな?」
祖父ちゃんからの信頼を感じて、俺は足を踏ん張り、拳を突き上げ宣言する。
「うん! おれできるよ! じいじのかわりにここをまもる! だから、じいじもちゃんとかえってきてね!」
「うむ。約束だ!」
俺と祖父ちゃんが拳をちょんと合わせる誓いの儀式をしているのを、王弟は生暖かい目で眺めている。
「……あの師匠が、これほど丸くなるとは……」
王弟の、感心半分、呆れ半分のつぶやきは、秋の空に消えていった。




