第19話 冒険者ギルドの秘密
毎週金曜更新の予定……です……多分。
「ロイ君。君はこの世界の歴史を知っているかい?」
オーフェンは、悪戯っぽい笑みで俺に問いかけた。
俺はふるふると首を横に振る。
昔の話なんかより、俺は魔法に夢中だったから、そのあたりの勉強はまだしていない。
オーフェンは頷き、語り始めた。
「この世界は慈愛の女神シスタヴィアにより創造されたと言われている。女神シスタヴィアは人間を愛し、邪悪な魔族や魔物を嫌った。そして、このヨーツェヘナ大陸を人間たちに与えたが、800年前、魔族の王である魔王は、この大陸を奪うべく人間達を虐殺した。そこで、女神シスタヴィアは異世界から勇者を召喚する知恵を人間に与え、それにより召喚された勇者たちは見事魔王を討ち滅ぼし、世界を救ったとされている。そして、人々は手を取り合って仲良く暮らしました、めでたしめでたしという訳さ」
オーフェンはニッと悪そうに笑うと、人差し指を立てる。
「これが表向きの歴史だね」
「おもてむき?」
それに、『勇者たち』ってことは、勇者は一人じゃなかったのか?
俺が首を傾げると、オーフェンはどこか得意げに話を続ける。
「これは、女神シスタヴィアを崇めるシスタ教が広めた歴史だ。今では各国でこれが正史とされている」
「でも、ほんとはちがう?」
「そうだね。僕は、もう少し正確な歴史を知っている」
オーフェンは椅子から立ち上がり、本棚の一冊に手をかけ、何か魔法を発動する。
すると、本が白く光って本棚がずれたかと思うと、上階に続く螺旋階段が現れた。
「かくしとびらだ!」
定番中の定番だが、カッコいい!
俺が目をキラキラさせると、オーフェンは俺について来るように示して、階段を上り始める。
「代々グランドマスターにだけ引き継がれてきた歴史があるんだ。なにせ、この冒険者ギルドを創った初代グランドマスターは、魔王を倒した勇者の一人、『賢者トウヤ』だからね」
「え……!」
俺はオーフェンの後に続いて階段を上りながら、目を丸くする。
「冒険者ギルドは冒険者を統括し、市井の、時には国の依頼も斡旋する仲介組織だ。でも、そのトップであるグランドマスターには、代々裏の仕事がある」
「ゆうしゃのかんし?」
「そう。『賢者トウヤ』は勇者の ❝ 危険性 ❞ を危惧していた」
階段を上った先にあったのは、小ぢんまりした執務室だ。
窓もなく、レンガでできた壁は頑丈そうで、天井からの青白い魔法灯だけが部屋を照らしている。
オーフェンによると、ここが『賢者トウヤ』が遺した物を保管する場所らしい。
オーフェンは、壁の本棚を示しながら続ける。
「グランドマスターには、800年前の当事者である、『賢者トウヤ』が残した歴史が密かに引き継がれている。それによると、800年前、勇者たちは魔王を倒しきれずに『封印』し、世界はひと時の平穏を得た。その後に、何が起こったと思う?」
そりゃあ、魔族との戦いが終わったなら、どうなるかは目に見えてるよな。
俺が難しい顔をして見せると、オーフェンも小さく頷いた。
「そう。各国はそれぞれの国で召喚した勇者たちを擁立し、世界の覇権をかけて人間同士で争い始めたんだ」
いつの時代も、人間って奴は愚かなんだな。
「共に魔王に立ち向かったはずの勇者たちは、疑心暗鬼になり、互いに殺し合い、争いに加わった者も加わらなかった者も、次々に殺されていった。もちろん、この世界の人間も大勢死んだ。魔族との戦争よりもはるかに大量の人間達が、勇者の手で殺されたんだ」
オーフェンは、古めかしい手書きの世界地図を眺めながら語る。
あの地図の国々全てが、それぞれに勇者を抱えていたのだとすれば、それは凄惨な戦争になっただろう。
「その間、『賢者トウヤ』は争いから逃れて身を隠していた。勇者がどれだけ死んでも、どれだけの国が滅びても、何十年も息をひそめてじっと時を待った。そして、自分以外の勇者がいなくなると、秘密裏に各国の勇者召喚のための魔法陣を破壊して回ったんだ」
「えるんさるどにはあったけど」
「そうだね。多分、見落としてしまったんだろう。800年前には、城と名の付く建物には召喚の魔法陣があったらしいから、無理もないんじゃないかな。エルンサルドは800年以上の歴史がある珍しい国だから、魔法陣が現存していたのもあり得ない話じゃないよ」
あぁ、この世界の国って建国してから歴史が浅い国が多いと思ってたけど、800年前にほとんどの国が無くなったっていうのなら、無理もないのか。
ていうか、それでもあちこちに召喚の魔法陣があったっていうのなら、他の国にも見落としがあってもおかしくないぞ……。
これ以上勇者を召喚するのは勘弁してくれよ……。
俺はちょっとげんなりしてしまうが、オーフェンは構わず話を続ける。
「『賢者トウヤ』は召喚の魔法陣を破壊し終わると、グランドマスターとしてこの冒険者ギルドを創設した。そして、グランドマスターの職に就いた者には、極秘裏に『世界に勇者が現れた際に、勇者を監視し、危険があれば排除する』ことを義務付けた。冒険者なんていう荒くれ者達を組織として統括するのも、勇者に対抗するための戦力を集めるのに都合がいいからねぇ」
「つまり、ゆうしゃをころしてきたってこと?」
「いや、この800年間に勇者は召喚されていないはずだ。君と、例の勇者君以外はね」
俺は首を傾げ、頬をかく。
「おれ、しょうかんされてないけど?」
「うん……。それなんだけど、僕にもよく分からないんだよねぇ」
オーフェンも困ったように頭をかく。
「今まで、ロイ君のような事例を聞いたことがないんだよねぇ。転生者、だっけ?」
オーフェンは俺を見下ろしながら、顎に手をやる。
「ロイ君は女神から何か聞かされていないのかい?」
そう言えば、あの勇者も女神に会ったとかなんとか言っていたな。
「おれ、めがみにあったことない」
「……それはおかしいな。勇者は必ず女神に会っているはずだ。でなければ、魂がこの世界に入れないはずだからね」
オーフェンはちょっと眉を顰め、考え込む。
「『賢者トウヤ』曰く、この世界には膜のようなものがあって、本来魂はその膜の出入りができないらしい。だから、勇者召喚の際は、女神シスタヴィアがその膜を開いて通過させるらしいんだよねぇ」
ま、僕もどういう仕組みはよく分からないんだけど、と、オーフェンは肩をすくめる。
「だけど、ロイ君が女神に会っていないのだとすれば……誰がロイ君の魂をこの世界に来させたのかな」
オーフェンは独り言のように呟いて、顎をさすった。
部屋にしばし沈黙が訪れたが、俺だってそんなの知らないし、答えは出そうにないな。
「あ、そういえば」
来させたと言えば。
俺は、エルンサルドの転移の石碑に書かれていた『神を疑え』という日本語を思い出す。
800年前にもエルンサルドのダンジョンは存在していたのだとすれば、そこに日本語で文字を刻める人物は限られる。
「おれが、ていとにてんいさせられたのは、その『賢者』のせい?」
俺がエルンサルドのダンジョンで『日本語』を読み上げて転移事故が起きたことを告げると、オーフェンは頭をかいた。
「あぁ~、それねぇ。多分、『賢者トウヤ』が仕掛けた魔法だろうね。勇者だけを選別して、冒険者ギルドの地下へと転移させるための罠さ。あちこちのダンジョンに仕掛けたらいよ?」
「おれ、へんなとこにてんいしたよ?」
「その建物、帝都の反対側にあっただろう? そこは、かつての冒険者ギルド本部だったんだよ。老朽化と、帝都の区画整理のために移転させられたんだけどねぇ。まぁ、それも僕が生まれる前の話だけど」
「めいわくな……!」
「まぁまぁ、良かったじゃないか。冒険者ギルドが移設前だったら、勇者を待ち構える罠で、今頃死んでたかもしれないよ?」
「う……!」
それは怖い。
転移した瞬間に瞬殺とか、笑えないぞ。
しかし、転移事件の犯人は分かったわけだが、まだ分からないことがある。
「『神を疑え』ってどういうこと?」
「『賢者トウヤ』は、女神シスタヴィアに魔王を倒すよう遣わされた。しかし、彼は魔王との戦いの後に、女神シスタヴィアへの不信感を持つようになったらしい」
「なにがあったの?」
「それが、ほとんど記録に残されていなくてねぇ。……ただ、一言だけ、『魔王を封印したことは間違っていたかもしれない』とだけ書いてあった」
オーフェンは、本棚の本を取り出し、その文言を俺に見せる。
几帳面そうな『日本語』の文字で、確かにその言葉が書いてある。
「800年前の歴史が正しく伝わっていないのは、シスタ教の前身となる、女神シスタヴィアを崇める団体により、歴史が改竄されたからだ。連中はどうしても、女神シスタヴィアがもたらした勇者召喚が、人類の大量虐殺に繋がったことを認めたくないんだろうね。勇者に関することは徹底的に美談にされている。『賢者トウヤ』も連中の動きを知っていたから、グランドマスターだけに正しい歴史を託すことにしたんだ」
「ふぅん……」
ここまで聞いたからこそ、俺はなおさら首を傾げたくなる。
「どうして、それをおれにはなすの?」
グランドマスターの監視対象は勇者なんだよな?
「おれをゆうしゃだとおもってるんでしょ?」
俺がオーフェンを見据えると、オーフェンはフッと抜け目のない笑みを浮かべた。
「『賢者トウヤ』は何故勇者を危険と判断したと思う?」
「つよかったからでしょ?」
「うん。でも、それだけじゃない」
オーフェンは腕を組み、身を乗り出すように俺を目を合わせる。
「彼は、勇者を『この世界に責任を持たない流浪者』だと言った。『世界に一切のしがらみがなく、初めて刃物を手にした子供と同じ』だと。でも、君は違うだろう?」
「……」
「僕はね、君の存在に気づいてから、君の事を監視してきたんだよ。君はこの世界に生まれ、自分の家族を大切にしている。強い力を持ちながらも、それをひけらかしたり、周囲に危害を加えようとはしなかった。まぁ、自衛は別だけどね」
「つまり、おれをしんようするってこと?」
俺がじっとオーフェンを見つめると、オーフェンはニヤリと笑い返す。
「あぁ。信用してるよ。この世界に楔を持つ君は、他の勇者たちとは違う」
ふむ。
確かに、俺にはこの世界に対する嫌悪もなければ、危害を加える意思もない。
世界征服なんて面倒事は御免だし、権力にだって近づきたくはない。
それに、家族を悲しませるようなことだって、する予定は全然ないし。
ちょっとだけ心配はさせるかもしれないが。
俺の考えを見透かすように、オーフェンはフッ、と軽く笑った。
「君に協力を頼みたいんだ。今後、もし勇者による被害が起きた時、君の力を貸してほしい。僕では勇者には勝てないし、冒険者たちを使い潰したくもない。君に手伝ってもらうのが最良だと思ってね」
「いいよ」
俺は二つ返事で了承する。
オーフェンは、迷いもしなかった俺を面白がるように片眉を上げた。
「へぇ?」
「おれも、せかいせいふくとかされたら、めいわくだし」
いや、ほんと、マジで大迷惑だから。
あの勘違い勇者みたいなのを野放しにしてたら、うちの国が無くなっちゃうかもしれないし。
それに、民間人にどれだけ被害が出るかもわからない。
ついでに、勇者の評判が悪くなったら、俺が勇者ってことが周囲にバレた時に大変なことになりそう。
そんな俺の思惑を知ってか知らずか、オーフェンはおかしそうに笑って、俺の前にしゃがみ込む。
「君が力を貸してくれるというのなら、僕も君に力を貸そう。期待していいよ? なにせ、僕は冒険者ギルドで一番偉い人だからねぇ」
「じゃあ、おれをえすらんくにしてくれる?」
「Sランク? ダメダメ、そこはちゃんと順番にランクを上げないとね」
「けち!」
俺はプイッとそっぽを向き、腕を組む。
でもまぁ、実際悪い話じゃないかもしれない。
なにせ、このオーフェンと対立するってことは、冒険者ギルドが敵になってしまうということで、そうなれば俺の冒険者としての未来ば閉ざされる。
しかし、協力関係になっておけば、少なくとも冒険者を辞めさせられることはないし、何かしらの融通はしてもらえるだろう。
厄介な勇者の情報も共有してくれるだろうし、俺にとって損はない。
「でも、おれがいせかいからきたことは、ないしょだからね」
「僕から情報を開示したりはしないさ。帝国が黙っているかは分からないけどね」
「ぅ……!」
そうだった、あの勘違い勇者のせいで、俺の情報は帝国に知られているはず。
オーフェンは、苦い顔をする俺を見て苦笑する。
「君も、いざとなれば身近な人に打ち明ける覚悟はしておいた方がいいと思うよ。少なくとも、他から知らされるよりは心証がいいだろうからね」
「……かんがえとく」
家族に打ち明けるなんて厄介だなぁ……。
と、頭を悩ませる俺を連れ、オーフェンはまた執務室へと降りて行った。
【オーフェン】
ロイ君には、とりあえずこの冒険者ギルド本部の地下にある部屋で休んでもらうことにした。
帝国兵が見張っている今、この建物から出るのは危険だからね。
そして、僕は誰もいなくなったグランドマスター執務室で、ぽつりと呟く。
「これでよかったかな? スズカゼ」
『えぇ』
ふわりと風と共にどこからともなく現れたのは、巨大な竜。
しかし、その姿は半透明で、執務室の物に実際に触れることはない。
彼女、スズカゼは『賢者トウヤ』の竜騎であったが、数百年の間に精霊化した精霊竜だ。
他に精霊化した竜の話など聞いたことはないが、勇者の魔力を貰って成長したことで、変異が起こったのではないかと本人が言っていた。
まったく、勇者って奴は謎だらけだ。
グランドマスターに指名された僕に『日本語』を教えたのもこのスズカゼだ。
彼女は、亡き主のために代々のグランドマスターに知識を伝え、『賢者トウヤ』の遺志が正しく履行されるかを見守っている。
僕のお目付け役ってわけだ。
「800年ぶりの勇者は、やっぱり懐かしいかい?」
僕は、椅子に座ったままスズカゼを見上げる。
『いいえ。主には全然似ていないもの』
スズカゼは、優しい女性の声で答えた。
「まぁ、賢者様はあんなにちっこくはなかっただろうけどさぁ」
『それだけじゃなく、主はもっと臆病で慎重な方だったわ』
スズカゼは、懐かしむように目を細める。
『戦う事なんて嫌いで、ただ本に囲まれた穏やかな時間を好む方だった』
「へぇ。勇者も色々なんだねぇ」
僕は指を組み、先ほどの会話を思い出す。
「……あの子は信用できると思うかい?」
『わからないわ』
「おや。協力を持ちかけるよう僕に言ったのは君だろう?」
僕がスズカゼを見上げると、彼女は思案するように目を伏せている。
『えぇ。あの子を敵に回してはいけないわ。あの子は強いもの』
「……君でも勝てないかい?」
『無理ね』
スズカゼはあっさりと答える。
僕は少し意外に思って、首を傾げた。
「でも、君は勇者マサトには勝てるんだろう?」
『そちらの勇者はまだ子供だもの』
「なるほど、ね」
いくら見た目が幼くとも、転生者の中身は子供ではない。
「まぁ、そのロイ君が、こちらにつくと言ってくれているんだ。彼も平穏を望むのなら、協力してやっていけばいいさ」
『えぇ』
話し終わると、スズカゼはまたふわりと姿を消す。
しかし、彼女はこの冒険者ギルド本部に宿り、ここで起こる全ての事を把握している。
もちろん、ロイ君の事も。
「僕が生きている時代に、また事が動き出すなんてねぇ」
面白くなってきたな、と、僕は満足げに頭の後ろで手を組んだ。




