第17話 帝国の皇子
毎週金曜更新の予定……です……多分。
翌朝、俺が冒険者ギルドの宿舎で目を覚ますと、シャルロット祖母ちゃんからの手紙がすでに届いていた。
この郵便のバッグ、24時間経たないで手紙を転送できるのか?
0時リセットで1日を計算しているんだろうか?
とにかく、俺は手紙を開いて読んでみた。
「『ロイへ。自分で生活費を稼いでいるようで安心したよ、さすがあたしの孫だねぇ。でも、白い髪の子供にはこれ以上近づかないように。厄介な事情がある相手だよ。ロイが喜ぶプレゼントを用意してあるから、くれぐれも大人しく待っていること。いいね?』」
う~ん、シャルロット祖母ちゃんから見ても、あの少年は訳アリ確定なのか。
でも、見捨てたら死んでしまうかもしれないし、何より、昨日また行くと約束してしまったし……。
「そうだ。もういけなくなる、って、いいにいくならいいよね?」
約束を破るのは良くないし、行けなくなることを報告がてら、今日一日で治療を終えてしまえばいいんじゃないか?
「よし、そうしよう!」
そうと決まれば、食料なんかを買って早速行こう。
もう行けないなら、あの二人には食料をたくさん渡しておかないと。
今日は薬草採取はお休みだな。
俺はギルドマスターのクラウスのおじさんに採取に行けないことを報告してから、アイテムバッグに食料を買い込む。
ついでに、シャルロット祖母ちゃんに返事を書くために、ペンと紙も買った。
報告は早めにしておかないと、後が怖いし……。
これでプレゼントはお預け、なんてことにならないよう、祈るばかりだ。
俺は朝からまた屋根伝いにスラムに行き、目的の家のベランダに降り立つ。
スラムなのでガラス窓などではなく、中も見通せない。
俺がノックをすると、木枠の窓の隙間から鋭い目が見えて、すぐに窓が内側から開いた。
「お、お前……本当にまた来たのか……」
「やくそくしたでしょ」
俺は、驚いて固まっている獣人の隙間をするりと抜け、中に入る。
「おれね、ちょっとじじょうがあって、きょうしかこられなくなった」
俺の言葉に、獣人はあからさまに顔を曇らせる。
しかし、俺は安心させるようにふふんと腕を組んだ。
「だから、きょうじゅうに、どくはぜんぶなおすことにしたの」
「ほ、本当か⁉」
パッと顔を輝かせる獣人に俺が頷いていると、部屋の奥のベッドから声がした。
「バル。その子が僕の恩人なんだね」
「あ、めがさめたんだ」
俺が目をやると、白い髪の少年は上半身を起こし、俺に向かって頷く。
白い髪と白い肌が儚げな、なかなかの美少年だ。
「僕はリーヴァス。そちらはバルだ。君の名前を尋ねてもいいかな?」
「えーとね……」
正体を明かすのは不味いよな?
貴族なら、俺の名前を知ってる可能性も考えられる。
でも、俺は今ちょっと変わっているだけのただの幼児だし、家名を明かさなければ問題ないか?
ロイって名前も、そう珍しくもないしな。
「おれはね、ロイだよ」
「ロイ。ありがとう、僕の命を助けてくれて」
リーヴァスは胸に手を当て、ベッドの上で礼を執る。
「しゅっせばらいだからね」
俺は、アイテムバッグから朝ご飯を取り出しながら、リーヴァスに近づいた。
俺はリーヴァスの手にスープの瓶を持たせ、近くのテーブルにパンや串焼き肉、スープの瓶、チーズ、果物を置いて行く。
「おれ、あしたからこられないから。これあげるね」
「何から何まで、すまない……」
耳を垂れる獣人、バルに、リーヴァスも困ったように眉を下げる。
「べつにいいよ。おかねはあるし」
リーヴァスが首を傾げるので、俺は得意げに胸を張った。
「おれ、ぼうけんしゃだから! じぶんでおかねをかせいでせいかつしてる!」
2日半ぐらいは。
「ロイはすごいね!」
リーヴァスは感心したように目を輝かせた。
4歳で自活していたら、確かに感動ものかもしれない。
「じゃあ、ちりょうはじめるから」
俺はリーヴァスのベッドの傍に椅子を引きずっていき、ちょこんと座る。
リーヴァスがスープを飲み終わるのを少し待って、リーヴァスの手を握った。
やることは昨日と同じ。
毒を手に集めて、血と一緒に排出させればいい。
俺は、昨日と同じゆっくりとした速度で、しかし、余裕をもって解毒を開始した。
バルは治療の間、リーヴァスを保護してくれる勢力との連絡を取るとかで、出かけて行ってしまった。
なので、部屋には俺とリーヴァスの二人だけだ。
しばらく俺は無言で作業をしていたが、昨日と違って起きていたリーヴァスは、やがてぽつぽつと話し始めた。
「ロイはまだこんなに小さいのに、色んなことができるんだね……」
「おれ、れんしゅうしたから」
「そうか。僕は、何の練習もさせてもらえなかったよ。大人たちに囲まれて、守られるばかりでさ……」
俺の手を握るリーヴァスの手が、わずかにきゅっと握られる。
「僕はね……、家にちょっと事情があって、叔父から命を狙われているんだよ……。毒を飲まされて倒れてからも、使用人たちが身を挺して僕を逃がしてくれたんだ……」
リーヴァスは、一度話し始めると止まらなくなったようで、震えながら事情を話す。
それは、俺に聞かせているというよりも、独白のようで、俺は黙って話を聞いた。
リーヴァスの話によると、リーヴァスの家は、数年前に父である当主が亡くなり、リーヴァスの兄がその座を継いだそうだ。
しかし、まだ成人していなかったために叔父が後見人になったのだが、叔父は実権を握ってやりたい放題。
身体が弱かったリーヴァスの事も冷遇し、薬による治療を受けさせなかったという。
母親を早くに亡くしていたリーヴァスは、叔父の命令を聞く以外になかったらしい。
そして先日、リーヴァスの兄が叔父によって暗殺され、リーヴァス自身も毒を盛られたのだという。
「叔父上はずっと当主の座が欲しかったんだ。女性に継承権はないから姉上は見逃されているけど、兄上が亡くなった今、本当は僕が当主にならないといけない……。でも、皆が犠牲になって僕を逃がしてくれたっていうのに、こんな何もできない僕なんかが生き延びたって……」
リーヴァスは俺が握っていない方の手を白くなるほど握りしめて、歯を食いしばっている。
貴族って、どこの国でも大変なんだな。
うちみたいな貧乏子爵家だと、跡目争いなんて起こらないから、気楽なんだけどなぁ。
俺が返事できないでいると、リーヴァスは緩く首を横に振る。
「母上の父……僕のお祖父様は、僕を救い出そうと今も探してくれているはずなんだ。でも、お祖父様の元へ行けば、僕は叔父上と対立させられることになる。僕は争いなんて望んでないのに……」
「じゃあ、リーバスはどうしたいの?」
「どうしたいか……?」
俺が問いかけると、リーヴァスは困惑した風に視線を彷徨わせる。
「僕は……僕には、当主を務める力なんてないから……」
「じゃあ、なりたくない?」
「……」
リーヴァスは少し悩み、それから、深いため息をついた。
「……僕の乳母はね、すごく優しい人で、僕は母上よりも乳母と過ごす時間が長かったんだ」
「?」
何か別の話が始まったのか?
俺は首を傾げて続きを待つ。
「乳母には、20歳になる息子がいてね、会ったことはないけど、いつも自慢話を聞かされていたよ。若くして、軍の小隊長にまで昇進したって。でもある時、モルグーネ王国との戦争で、戦死したって聞いたんだ」
俺はグッと息をつめ、リーヴァスの手を握る力をわずかに強める。
それは、間違いなく祖父ちゃんたちがいた帝国との戦場だ。
祖父ちゃんたちが直接手を下したかは分からないが、モルグーネ王国は当事者だ。
「乳母は泣いていたよ。それで、そのまま仕事を辞めてしまった。……僕はね、ロイ。もし、僕が当主になれるのなら、そんな悲しい戦争を無くすために働きたいと思う」
リーヴァスは、俺の動揺に気付かず、淡々と語り続ける。
「僕を探してくれているお祖父様は、反戦派の貴族なんだ。帝国も、外国と戦争をするより、国内の統治に力を割くべきだって。だから、僕がお祖父様に保護されるということは、反戦派の旗頭になるという事なんだ。ただ、そうなれば、僕はますます叔父上から命を狙われることになる。それに、僕なんか、きっと何の役にも立てないから、また足を引っ張ってしまうかもしれなくて……」
俺は、じっとリーヴァスの顔を見つめる。
「……あ、ごめん、少し難しすぎたかな?」
リーヴァスは、自分語りが過ぎたと反省して頭をかいているが、俺は首を横に振る。
「リーバス、すごい」
10歳程度でそれほど大局が見えていて、しかも、平和を望むことができるなんて。
俺や祖父ちゃんたちは、戦闘能力で言えばトップクラスだ。
しかし、そんな強い祖父ちゃんでも、いざ戦争が始まれば、戦場に出て敵を倒す以外の戦い方はできない。
俺だって、家族が攻撃されれば、力づくで敵を止める方法しか取れないだろう。
子爵家の三男程度では何の権力もないし、権力を持ちたくもないから、せいぜいがその程度だ。
でもこのリーヴァスは、「戦争で勝つ」のではなく、「戦争そのものを無くしたい」という。
帝国の人間で、そんな思想を持てる貴族がいることが、俺には嬉しかった。
俺だって、祖父ちゃんたちだって、戦争が起こらないのが一番いいに決まっている。
俺は、この帝都でたくさんの人と知り合った。
なのに、もし10年後、20年後に、帝国との戦場で、魚屋のベックと敵味方で対峙したなら?
あの商店街の人たちの、家族や友達を手にかけることになったら?
そんなの、想像したくもない。
「で、でも、僕には何の力もないから……」
リーヴァスは、俺の熱心な目に気圧されたように、視線を逸らす。
「だいじょうぶ。ぜんぶひとりでしなくていいよ」
俺は、ニッと笑って見せる。
「おれも、いつもじいじとか、ばあばとかにてつだってもらうもん」
人には向き不向きがあるものだ。
だから、何でも自分一人で背負い込む必要はない。
特に、大きな物事ほど、皆で分担して成し遂げる必要があるのだから。
「おれのじいじすごいけど、しょるいしごととかにがてなの。ちちうえはたたかえないけど、しょるいしごとはとくいなんだよ」
父上は、戦闘能力が低いのがちょっとコンプレックスらしいんだけど、父上がやってることをルードルフ祖父ちゃんができるかと言うと、まず無理だ。
ルードルフ祖父ちゃんに領主としての書類仕事を任せようものなら、3日で逃亡すると思う。
俺なら一月は粘ってからギブアップしそう。
でも、子爵領の防衛なら、ルードルフ祖父ちゃんや俺の右に出る者はいない。
だから、それぞれが得意分野を分担して回していけば、それでいいのだ。
「リーバスがせんそうなくすなら、おれもきょうりょくしてあげる」
俺が自分の胸をトンと叩くと、リーヴァスは頬を緩める。
「それは頼もしいね」
しかし、すぐに悲しそうな顔になって、首を横に振る。
「でも、僕の夢をかなえるのは難しいんだ。僕が目指しているものを、叔父上は許しはしないよ」
「おれたちのじだいには、いまのおとなたちはいないよ?」
俺はニヤリと得意げに口角を上げる。
「おれたちがおとなになったときには、おれたちがせかいをつくるんだよ」
どうせ、20年後、30年後には、今の上層部連中は大半が引退してるんだから。
「僕たちの……時代……? 僕たちの世界……」
リーヴァスは衝撃を受けたように目を見開き、動きを止める。
俺は大きく頷き、得意げに続けた。
「るーるは、おれたちがきめていいの! せんそうきんしとか、おやつたべほうだいとか、ぼうけんしほうだいとか!」
「すごい……すごいね! もし本当に実現したら!」
リーヴァスは、グッと俺の手を両手で握る。
「そうでしょ。だから、げんきにならないとだめなんだよ」
「うん……うん! 僕、元気になるよ、ロイ!」
俺は、すっかり明るい顔になったリーヴァスとあれこれと雑談をしながら、全身の毒を手に集めきり、瀉血をして毒を排出させた。
これで、毒の治療は完了だ。
時刻はもう昼を過ぎていていて、俺とリーヴァスは昼ご飯にパンと果物とチーズをかじる。
そこに、バルがようやく帰ってきた。
後ろには、平民風の男を二人連れている。
「リーヴァス様!」
「ご無事で……!」
男たちはリーヴァスの前に跪き、深く頭を垂れる。
物腰や身のこなしからして、正体は多分騎士だろう。
「お前がリーヴァス様の治療をしてくれた子供か」
「助かった、礼を言う」
男たちは俺にも頭を下げて、立ち上がる。
「では、早速移動しましょう、リーヴァス様」
「公爵閣下が隣町でお待ちです」
どうやら、リーヴァスを保護するという祖父の手勢のようだ。
「おむかえがきてよかったね」
俺がリーヴァスを見ると、リーヴァスは小さく頷いたが、何か言いたげに俺を見つめている。
「ロイ、僕と一緒に来てくれないかい?」
リーヴァスは、真剣な目で俺を見る。
「ロイが傍にいて僕を支えてくれれば、すごく心強いんだ」
リーヴァスは祈るような目で俺を見ているが、俺はあっさりと首を横に振った。
「いかない。おれ、かえらないといけないから」
家族が待ってるし、シャルロット祖母ちゃんも迎えに来るしね。
「……そうか」
肩を落とすリーヴァスだったが、すぐに気を取り直すように笑みを浮かべる。
「でも、僕たちの時代が来た時には、協力してくれるよね?」
「うん、いいよ」
俺は頷き、ふと思いついてアイテムバッグを漁る。
そうだ、約束を目に見える形で残しておけば、リーヴァスの支えになるかもしれない。
俺は紙にペンで文字を書き、リーヴァスに渡す。
「これ、『おてつだいけん』ね」
俺のサイン入りお手伝い券、一回分。
「ありがとう、ロイ! 大切にするよ!」
リーヴァスはふわっと微笑み、お手伝い券を胸に抱く。
美少年だから絵になるな。
「あと、これ、くすりをかうのにつかって」
俺は、小銭袋をリーヴァスに差し出し、手に持たせる。
「でも……」
「びょうき、なおさないといけないでしょ」
病を治すにはエリクサーが必要らしいが、ものすごく高いお布施が必要になるらしい。
俺のほんのちょっとの資金でも、その助けになればいいと思う。
「げんきになったら、またあえるよ」
「ロイ……! 僕、絶対に元気になって、ロイに会いに来るから!」
「うん!」
いや、待てよ?
俺、帝国から帰っちゃうんだけど?
なんて俺が考えている間に、男の一人がリーヴァスにフードを被せて抱き上げ、もう部屋を出て行っている。
まぁ、正体を明かせない以上、このまま別れるのはしょうがないか。
縁があれば、きっとまた会える。
俺が冒険者になれば、国をまたいで冒険することだってあるだろうし。
リーヴァスが貴族だっていうなら、名前から身元を調べることもできるだろう。
大人になってからもう一度再会するのは、難しい事ではないだろう。
俺はベランダから、リーヴァスがふり向いて手を振るのに手を振り返し、その姿が見えなくなるまで見送った。
それから、俺はシャルロット祖母ちゃんに詳細をぼかして短い手紙を書いた。
その後で、ちょっとだけ回復魔法屋さんをして、その日の宿代とご飯代だけ稼ぐと、宿に帰る。
何だか疲れていたので、この日の夜は早めに寝て、起きるとシャルロット祖母ちゃんからの手紙が届いていた。
「『近づくなと言ったのに、また行ったんだね。まぁ、大事にならなかったようだから、済んだことをとやかくは言わないよ。さすがにもう揉め事の種もないだろうが、あたしがそっちに着くまで大人しくしてるんだよ』」
よかった、お小言程度で済んだようだ。
俺はほっとして、昨夜の残りのパンをかじり、冒険者ギルドに行って、また採取依頼に向かった。
クラウスのおじさんに冒険者のイロハを教わり、回復魔法屋さんをし、冒険者ギルドの宿に泊まって寝る。
そんな、通常通りの日々を過ごし、3日が経った。
俺が帝国に転移で飛ばされてきてから、もう6日目だ。
シャルロット祖母ちゃんは、俺がこんなに大人しくしているというのに信用しきれないのか、旅程を更に切り詰めて、当初よりも速いペースで向かってきているらしい。
あと2日もあれば、帝都に着くという事だった。
「ぷれぜんと……♪ ぷれぜんと……♪」
俺は、もうすぐシャルロット祖母ちゃんに会えるというだけでなく、祖母ちゃんが持ってくるというプレゼントに心を躍らせる。
シャルロット祖母ちゃんが到着した暁には、俺がどんなにいい子だったかをアピールして、プレゼントを勝ち取らねば。
俺は、ウキウキしながら朝ご飯のスープを飲み干し、お弁当のパンをアイテムバッグにしまい、冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに近づくと、何やらギルドの中も外も慌ただしい。
何かあったのだろうか?
俺は、忙しなく行き交う大人たちにぶつからないように端を歩き、カウンターへ向かった。
「あっ! ロイ君⁉ ちょ、ちょっと今日は依頼どころじゃないの! 今日の所は一旦帰ってくれる⁉」
受付のお姉さんは、目が回りそうな様子で、カウンターを取り囲む冒険者たちの間から俺に声をかける。
緊急事態っぽいな。
クラウスのおじさんに話を聞いてみようかな?
俺は受付を離れ、奥の廊下の方に目を向ける。
奥の部屋からも、何やら言い争う声が聞こえて、俺はそろそろとそっちに向かった。
「アースドラゴンはこっから5キロ地点だって⁉ すぐそこじゃねぇか! 奴の皮膚は厚い、魔法も斬撃も通らねぇんだぞ!」
「しかも、通常個体より巨大なのよ? あんなのが向かって来てるって……帝都の外壁じゃ防ぎきれないわよ……!」
何やら深刻そうな様子で、クラウスのおじさんと、冒険者の男女二人が話し込んでいる。
「最近、帝国の海岸部から、やけに魔物たちが活発になってやがる! 今度のアースドラゴンも、その一端だろうな」
「そのせいで、現在冒険者たちが北の領地に集まっていて、帝都の冒険者は減っている。活性化の原因は調査中だが、今は目の前のデカブツに対処する方が先決であろう」
クラウスのおじさんは、眉間を揉みながらため息を吐く。
「帝国政府は軍を出さねぇのかよ!」
「出したくても出せんのであろうよ。帝国は戦線を広げすぎた。兵の数が足りておらんのだ」
「しかし、俺たち冒険者だけでは、帝都を守り切れんぞ!」
男が苛立ったようにテーブルを叩き、女が腕を組む。
アースドラゴンとやらが、帝都に向かっているのだろうか?
しかし、冒険者の戦力が足りていない、と。
ここは、俺も戦力に加わるべきか?
いや、シャルロット祖母ちゃんから目立つなと言われているし……。
俺の身元が割れれば、帝国から命を狙われかねない。
俺が入り口から中を窺い葛藤していると、背後から俺の耳にあり得ない言葉が飛び込んでくる。
「『こんにちは』」
「⁉」
俺がガバッとふり向くと、そこには、胡散臭そうな笑みを浮かべたオレンジの髪の男が立っていた。
年齢は、30代後半かそこらか。
俺は、『日本語』を話したこの男に最大限の警戒を向け、睨みつける。
まさか、この男、勇者か?
「グランドマスター! ようやくいらしたのですか!」
部屋の奥からクラウスのおじさんが笑顔で立ち上がり、近づいて来る。
部屋にいた男女も、オレンジ髪の男の姿に、どこか安堵の表情を浮かべていた。
さっきの日本語の挨拶は聞こえていただろうが、皆反応はしていないようだ。
「『君には分かるんだね、この言葉が』」
オレンジ髪の男は、俺を見下ろして、ニッ、と口角を上げた。
「……」
俺は無言でその男を睨み返し、クラウスのおじさん達は、怪訝そうに俺たちを見比べている。
「少年、今日は少し問題があるのだよ……。宿泊料はいらないから、ギルドの宿舎で休んでいてくれんかね?」
クラウスのおじさんがそう言って俺を遠ざけようとするが、オレンジ髪の男は腰に手を当て、俺の退路を塞ぐ。
「いやいや、今はどんな戦力も惜しいよねぇ。だから、君にも手伝ってもらいたいなぁ、ロイ君」
君にならどうにかできるんじゃないかい?
と、オレンジ髪の男は楽し気に目を細める。
こいつ、俺の事を知っているな。
「グランドマスター! 何を仰るのですか!」
クラウスのおじさんは、オレンジ髪の男と俺の間に入り、オレンジ髪の男を睨む。
俺は、この厄介な男にこれ以上関わらないように、するりと脇をすり抜けて、冒険者ギルドから逃げ出した。
あのオレンジ髪の男がどれぐらい強いかは分からないが、多分、戦ったら勝てる。
でも、相手の目的も分からないし、得体が知れない。
何より、あいつは俺の正体に気が付いているようだ。
それも、子爵家3男のロイ、ではなく、異世界の魂を持つロイ、という正体に。
これは、このままバックレた方がいいかもしれないな。
帝都を出て、こちらからシャルロット祖母ちゃんに合流すれば、そのまま逃げられるだろう。
そんなことを考えながら、俺は無意識に商店街の方に歩いていたようだ。
こちらも、アースドラゴンの脅威が伝わっているのか、避難する人々で溢れ返り、混沌としている。
「ロイ! ロイか⁉」
俺が呼ばれて振り返ると、人ごみをかき分けて、魚屋の子供ベックが駆け寄ってきた。
「よかった、心配してたんだ!」
ベックは、遅れてやってきたおばさんと、その後ろの見たことのないおじさんに目配せする。
「アースドラゴンが来るって聞いただろ? 俺たち、隣村の父ちゃんの実家に避難することにしたんだ。ロイも一緒に来ないか?」
「そうだよ、ロイちゃん。あたしたちと一緒に来なよ。贅沢はできないけど、ちゃんとご飯は食べさせてあげられるよ」
おばさんは、いつものように屈託のない笑みを浮かべ、隣のおじさんを肘で小突く。
「あ、あぁ、一緒に来るといいぜ、坊主。俺が風邪で休んでる間に、母ちゃんたちが世話になったらしいじゃねぇか」
「な、父ちゃんもこう言ってるし、一緒に逃げようぜ。命さえあれば、店が潰れようが、やり直せるんだ」
ベックはニカッと笑って俺の肩に手を置くが、その手はかすかに震えている。
大人も慌てるほどの緊急事態に、本当は怖くてたまらないのを、俺の前で気丈に振る舞っているのだろう。
「俺たちが守ってやるから、心配すんな!」
俺はベックの笑顔をじっと見て、腹を括る。
そうだ、俺は何をためらってたんだ。
国がどうとか、最初から俺には関係ないじゃないか。
俺は、いち冒険者だ。
人々を脅かす魔物がいるなら、冒険者として狩るだけだ。
それで俺の命が狙われるんだとしても、俺が恥じることは何もない。
俺はベックの手を押さえ、にっこりと笑う。
「ありがとう、おれだいじょうぶだから」
「ロイ……?」
俺は、俺が思うままに生きると決めている。
俺に良くしてくれたこの人たちを、見捨てるような真似はしない。
「おれ、あーすどらごんとうばつしてくるね」




