表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/19

第17話  帝国の皇子

毎週金曜更新の予定……です……多分。

 翌朝、俺が冒険者ギルドの宿舎で目を覚ますと、シャルロット祖母ちゃんからの手紙がすでに届いていた。

 この郵便のバッグ、24時間経たないで手紙を転送できるのか?

 0時リセットで1日を計算しているんだろうか?

 

 とにかく、俺は手紙を開いて読んでみた。


「『ロイへ。自分で生活費を稼いでいるようで安心したよ、さすがあたしの孫だねぇ。でも、白い髪の子供にはこれ以上近づかないように。厄介な事情がある相手だよ。ロイが喜ぶプレゼントを用意してあるから、くれぐれも大人しく待っていること。いいね?』」


 う~ん、シャルロット祖母ちゃんから見ても、あの少年は訳アリ確定なのか。

 でも、見捨てたら死んでしまうかもしれないし、何より、昨日また行くと約束してしまったし……。


「そうだ。もういけなくなる、って、いいにいくならいいよね?」


 約束を破るのは良くないし、行けなくなることを報告がてら、今日一日で治療を終えてしまえばいいんじゃないか?


「よし、そうしよう!」


 そうと決まれば、食料なんかを買って早速行こう。

 もう行けないなら、あの二人には食料をたくさん渡しておかないと。

 今日は薬草採取はお休みだな。


 俺はギルドマスターのクラウスのおじさんに採取に行けないことを報告してから、アイテムバッグに食料を買い込む。

 ついでに、シャルロット祖母ちゃんに返事を書くために、ペンと紙も買った。

 報告は早めにしておかないと、後が怖いし……。

 これでプレゼントはお預け、なんてことにならないよう、祈るばかりだ。



 俺は朝からまた屋根伝いにスラムに行き、目的の家のベランダに降り立つ。

 スラムなのでガラス窓などではなく、中も見通せない。

 俺がノックをすると、木枠の窓の隙間から鋭い目が見えて、すぐに窓が内側から開いた。


「お、お前……本当にまた来たのか……」

「やくそくしたでしょ」


 俺は、驚いて固まっている獣人の隙間をするりと抜け、中に入る。


「おれね、ちょっとじじょうがあって、きょうしかこられなくなった」


 俺の言葉に、獣人はあからさまに顔を曇らせる。

 しかし、俺は安心させるようにふふんと腕を組んだ。


「だから、きょうじゅうに、どくはぜんぶなおすことにしたの」

「ほ、本当か⁉」


 パッと顔を輝かせる獣人に俺が頷いていると、部屋の奥のベッドから声がした。


「バル。その子が僕の恩人なんだね」

「あ、めがさめたんだ」


 俺が目をやると、白い髪の少年は上半身を起こし、俺に向かって頷く。

 白い髪と白い肌が儚げな、なかなかの美少年だ。

 

「僕はリーヴァス。そちらはバルだ。君の名前を尋ねてもいいかな?」

「えーとね……」


 正体を明かすのは不味いよな?

 貴族なら、俺の名前を知ってる可能性も考えられる。

 でも、俺は今ちょっと変わっているだけのただの幼児だし、家名を明かさなければ問題ないか?

 ロイって名前も、そう珍しくもないしな。


「おれはね、ロイだよ」

「ロイ。ありがとう、僕の命を助けてくれて」


 リーヴァスは胸に手を当て、ベッドの上で礼を執る。


「しゅっせばらいだからね」


 俺は、アイテムバッグから朝ご飯を取り出しながら、リーヴァスに近づいた。

 俺はリーヴァスの手にスープの瓶を持たせ、近くのテーブルにパンや串焼き肉、スープの瓶、チーズ、果物を置いて行く。


「おれ、あしたからこられないから。これあげるね」

「何から何まで、すまない……」


 耳を垂れる獣人、バルに、リーヴァスも困ったように眉を下げる。


「べつにいいよ。おかねはあるし」


 リーヴァスが首を傾げるので、俺は得意げに胸を張った。


「おれ、ぼうけんしゃだから! じぶんでおかねをかせいでせいかつしてる!」


 2日半ぐらいは。


「ロイはすごいね!」


 リーヴァスは感心したように目を輝かせた。

 4歳で自活していたら、確かに感動ものかもしれない。


「じゃあ、ちりょうはじめるから」


 俺はリーヴァスのベッドの傍に椅子を引きずっていき、ちょこんと座る。

 リーヴァスがスープを飲み終わるのを少し待って、リーヴァスの手を握った。


 やることは昨日と同じ。

 毒を手に集めて、血と一緒に排出させればいい。

 俺は、昨日と同じゆっくりとした速度で、しかし、余裕をもって解毒を開始した。


 バルは治療の間、リーヴァスを保護してくれる勢力との連絡を取るとかで、出かけて行ってしまった。

 なので、部屋には俺とリーヴァスの二人だけだ。

 しばらく俺は無言で作業をしていたが、昨日と違って起きていたリーヴァスは、やがてぽつぽつと話し始めた。


「ロイはまだこんなに小さいのに、色んなことができるんだね……」

「おれ、れんしゅうしたから」

「そうか。僕は、何の練習もさせてもらえなかったよ。大人たちに囲まれて、守られるばかりでさ……」


 俺の手を握るリーヴァスの手が、わずかにきゅっと握られる。


「僕はね……、家にちょっと事情があって、叔父から命を狙われているんだよ……。毒を飲まされて倒れてからも、使用人たちが身を挺して僕を逃がしてくれたんだ……」


 リーヴァスは、一度話し始めると止まらなくなったようで、震えながら事情を話す。

 それは、俺に聞かせているというよりも、独白のようで、俺は黙って話を聞いた。


 リーヴァスの話によると、リーヴァスの家は、数年前に父である当主が亡くなり、リーヴァスの兄がその座を継いだそうだ。

 しかし、まだ成人していなかったために叔父が後見人になったのだが、叔父は実権を握ってやりたい放題。

 身体が弱かったリーヴァスの事も冷遇し、薬による治療を受けさせなかったという。

 母親を早くに亡くしていたリーヴァスは、叔父の命令を聞く以外になかったらしい。

 そして先日、リーヴァスの兄が叔父によって暗殺され、リーヴァス自身も毒を盛られたのだという。

 

「叔父上はずっと当主の座が欲しかったんだ。女性に継承権はないから姉上は見逃されているけど、兄上が亡くなった今、本当は僕が当主にならないといけない……。でも、皆が犠牲になって僕を逃がしてくれたっていうのに、こんな何もできない僕なんかが生き延びたって……」


 リーヴァスは俺が握っていない方の手を白くなるほど握りしめて、歯を食いしばっている。

 貴族って、どこの国でも大変なんだな。

 うちみたいな貧乏子爵家だと、跡目争いなんて起こらないから、気楽なんだけどなぁ。

 俺が返事できないでいると、リーヴァスは緩く首を横に振る。


「母上の父……僕のお祖父様は、僕を救い出そうと今も探してくれているはずなんだ。でも、お祖父様の元へ行けば、僕は叔父上と対立させられることになる。僕は争いなんて望んでないのに……」

「じゃあ、リーバスはどうしたいの?」

「どうしたいか……?」


 俺が問いかけると、リーヴァスは困惑した風に視線を彷徨わせる。


「僕は……僕には、当主を務める力なんてないから……」

「じゃあ、なりたくない?」

「……」


 リーヴァスは少し悩み、それから、深いため息をついた。


「……僕の乳母はね、すごく優しい人で、僕は母上よりも乳母と過ごす時間が長かったんだ」

「?」


 何か別の話が始まったのか?

 俺は首を傾げて続きを待つ。


「乳母には、20歳になる息子がいてね、会ったことはないけど、いつも自慢話を聞かされていたよ。若くして、軍の小隊長にまで昇進したって。でもある時、モルグーネ王国との戦争で、戦死したって聞いたんだ」


 俺はグッと息をつめ、リーヴァスの手を握る力をわずかに強める。

 それは、間違いなく祖父ちゃんたちがいた帝国との戦場だ。

 祖父ちゃんたちが直接手を下したかは分からないが、モルグーネ王国は当事者だ。


「乳母は泣いていたよ。それで、そのまま仕事を辞めてしまった。……僕はね、ロイ。もし、僕が当主になれるのなら、そんな悲しい戦争を無くすために働きたいと思う」


 リーヴァスは、俺の動揺に気付かず、淡々と語り続ける。


「僕を探してくれているお祖父様は、反戦派の貴族なんだ。帝国も、外国と戦争をするより、国内の統治に力を割くべきだって。だから、僕がお祖父様に保護されるということは、反戦派の旗頭になるという事なんだ。ただ、そうなれば、僕はますます叔父上から命を狙われることになる。それに、僕なんか、きっと何の役にも立てないから、また足を引っ張ってしまうかもしれなくて……」


 俺は、じっとリーヴァスの顔を見つめる。


「……あ、ごめん、少し難しすぎたかな?」


 リーヴァスは、自分語りが過ぎたと反省して頭をかいているが、俺は首を横に振る。


「リーバス、すごい」


 10歳程度でそれほど大局が見えていて、しかも、平和を望むことができるなんて。


 俺や祖父ちゃんたちは、戦闘能力で言えばトップクラスだ。

 しかし、そんな強い祖父ちゃんでも、いざ戦争が始まれば、戦場に出て敵を倒す以外の戦い方はできない。

 俺だって、家族が攻撃されれば、力づくで敵を止める方法しか取れないだろう。

 子爵家の三男程度では何の権力もないし、権力を持ちたくもないから、せいぜいがその程度だ。


 でもこのリーヴァスは、「戦争で勝つ」のではなく、「戦争そのものを無くしたい」という。

 帝国の人間で、そんな思想を持てる貴族がいることが、俺には嬉しかった。


 俺だって、祖父ちゃんたちだって、戦争が起こらないのが一番いいに決まっている。

 俺は、この帝都でたくさんの人と知り合った。

 なのに、もし10年後、20年後に、帝国との戦場で、魚屋のベックと敵味方で対峙したなら?

 あの商店街の人たちの、家族や友達を手にかけることになったら?

 そんなの、想像したくもない。


「で、でも、僕には何の力もないから……」


 リーヴァスは、俺の熱心な目に気圧されたように、視線を逸らす。


「だいじょうぶ。ぜんぶひとりでしなくていいよ」


 俺は、ニッと笑って見せる。


「おれも、いつもじいじとか、ばあばとかにてつだってもらうもん」


 人には向き不向きがあるものだ。

 だから、何でも自分一人で背負い込む必要はない。

 特に、大きな物事ほど、皆で分担して成し遂げる必要があるのだから。


「おれのじいじすごいけど、しょるいしごととかにがてなの。ちちうえはたたかえないけど、しょるいしごとはとくいなんだよ」


 父上は、戦闘能力が低いのがちょっとコンプレックスらしいんだけど、父上がやってることをルードルフ祖父ちゃんができるかと言うと、まず無理だ。

 ルードルフ祖父ちゃんに領主としての書類仕事を任せようものなら、3日で逃亡すると思う。

 俺なら一月は粘ってからギブアップしそう。

 でも、子爵領の防衛なら、ルードルフ祖父ちゃんや俺の右に出る者はいない。

 だから、それぞれが得意分野を分担して回していけば、それでいいのだ。


「リーバスがせんそうなくすなら、おれもきょうりょくしてあげる」


 俺が自分の胸をトンと叩くと、リーヴァスは頬を緩める。


「それは頼もしいね」


 しかし、すぐに悲しそうな顔になって、首を横に振る。


「でも、僕の夢をかなえるのは難しいんだ。僕が目指しているものを、叔父上は許しはしないよ」

「おれたちのじだいには、いまのおとなたちはいないよ?」


 俺はニヤリと得意げに口角を上げる。


「おれたちがおとなになったときには、おれたちがせかいをつくるんだよ」


 どうせ、20年後、30年後には、今の上層部連中は大半が引退してるんだから。


「僕たちの……時代……? 僕たちの世界……」


 リーヴァスは衝撃を受けたように目を見開き、動きを止める。

 俺は大きく頷き、得意げに続けた。


「るーるは、おれたちがきめていいの! せんそうきんしとか、おやつたべほうだいとか、ぼうけんしほうだいとか!」

「すごい……すごいね! もし本当に実現したら!」


 リーヴァスは、グッと俺の手を両手で握る。


「そうでしょ。だから、げんきにならないとだめなんだよ」

「うん……うん! 僕、元気になるよ、ロイ!」


 俺は、すっかり明るい顔になったリーヴァスとあれこれと雑談をしながら、全身の毒を手に集めきり、瀉血をして毒を排出させた。

 これで、毒の治療は完了だ。



 時刻はもう昼を過ぎていていて、俺とリーヴァスは昼ご飯にパンと果物とチーズをかじる。

 そこに、バルがようやく帰ってきた。

 後ろには、平民風の男を二人連れている。


「リーヴァス様!」

「ご無事で……!」


 男たちはリーヴァスの前に跪き、深く頭を垂れる。

 物腰や身のこなしからして、正体は多分騎士だろう。


「お前がリーヴァス様の治療をしてくれた子供か」

「助かった、礼を言う」


 男たちは俺にも頭を下げて、立ち上がる。


「では、早速移動しましょう、リーヴァス様」

「公爵閣下が隣町でお待ちです」


 どうやら、リーヴァスを保護するという祖父の手勢のようだ。


「おむかえがきてよかったね」


 俺がリーヴァスを見ると、リーヴァスは小さく頷いたが、何か言いたげに俺を見つめている。


「ロイ、僕と一緒に来てくれないかい?」


 リーヴァスは、真剣な目で俺を見る。


「ロイが傍にいて僕を支えてくれれば、すごく心強いんだ」


 リーヴァスは祈るような目で俺を見ているが、俺はあっさりと首を横に振った。


「いかない。おれ、かえらないといけないから」


 家族が待ってるし、シャルロット祖母ちゃんも迎えに来るしね。


「……そうか」


 肩を落とすリーヴァスだったが、すぐに気を取り直すように笑みを浮かべる。


「でも、僕たちの時代が来た時には、協力してくれるよね?」

「うん、いいよ」


 俺は頷き、ふと思いついてアイテムバッグを漁る。

 そうだ、約束を目に見える形で残しておけば、リーヴァスの支えになるかもしれない。


 俺は紙にペンで文字を書き、リーヴァスに渡す。


「これ、『おてつだいけん』ね」


 俺のサイン入りお手伝い券、一回分。


「ありがとう、ロイ! 大切にするよ!」


 リーヴァスはふわっと微笑み、お手伝い券を胸に抱く。

 美少年だから絵になるな。


「あと、これ、くすりをかうのにつかって」


 俺は、小銭袋をリーヴァスに差し出し、手に持たせる。


「でも……」

「びょうき、なおさないといけないでしょ」


 病を治すにはエリクサーが必要らしいが、ものすごく高いお布施が必要になるらしい。

 俺のほんのちょっとの資金でも、その助けになればいいと思う。


「げんきになったら、またあえるよ」

「ロイ……! 僕、絶対に元気になって、ロイに会いに来るから!」

「うん!」


 いや、待てよ?

 俺、帝国から帰っちゃうんだけど?

 なんて俺が考えている間に、男の一人がリーヴァスにフードを被せて抱き上げ、もう部屋を出て行っている。


 まぁ、正体を明かせない以上、このまま別れるのはしょうがないか。

 縁があれば、きっとまた会える。


 俺が冒険者になれば、国をまたいで冒険することだってあるだろうし。

 リーヴァスが貴族だっていうなら、名前から身元を調べることもできるだろう。

 大人になってからもう一度再会するのは、難しい事ではないだろう。


 俺はベランダから、リーヴァスがふり向いて手を振るのに手を振り返し、その姿が見えなくなるまで見送った。



 それから、俺はシャルロット祖母ちゃんに詳細をぼかして短い手紙を書いた。

 その後で、ちょっとだけ回復魔法屋さんをして、その日の宿代とご飯代だけ稼ぐと、宿に帰る。

 何だか疲れていたので、この日の夜は早めに寝て、起きるとシャルロット祖母ちゃんからの手紙が届いていた。


「『近づくなと言ったのに、また行ったんだね。まぁ、大事にならなかったようだから、済んだことをとやかくは言わないよ。さすがにもう揉め事の種もないだろうが、あたしがそっちに着くまで大人しくしてるんだよ』」


 よかった、お小言程度で済んだようだ。


 俺はほっとして、昨夜の残りのパンをかじり、冒険者ギルドに行って、また採取依頼に向かった。

 クラウスのおじさんに冒険者のイロハを教わり、回復魔法屋さんをし、冒険者ギルドの宿に泊まって寝る。


 そんな、通常通りの日々を過ごし、3日が経った。

 俺が帝国に転移で飛ばされてきてから、もう6日目だ。

 シャルロット祖母ちゃんは、俺がこんなに大人しくしているというのに信用しきれないのか、旅程を更に切り詰めて、当初よりも速いペースで向かってきているらしい。

 あと2日もあれば、帝都に着くという事だった。


「ぷれぜんと……♪ ぷれぜんと……♪」


 俺は、もうすぐシャルロット祖母ちゃんに会えるというだけでなく、祖母ちゃんが持ってくるというプレゼントに心を躍らせる。

 シャルロット祖母ちゃんが到着した暁には、俺がどんなにいい子だったかをアピールして、プレゼントを勝ち取らねば。


 俺は、ウキウキしながら朝ご飯のスープを飲み干し、お弁当のパンをアイテムバッグにしまい、冒険者ギルドへと向かった。



 冒険者ギルドに近づくと、何やらギルドの中も外も慌ただしい。

 何かあったのだろうか?

 俺は、忙しなく行き交う大人たちにぶつからないように端を歩き、カウンターへ向かった。

 

「あっ! ロイ君⁉ ちょ、ちょっと今日は依頼どころじゃないの! 今日の所は一旦帰ってくれる⁉」


 受付のお姉さんは、目が回りそうな様子で、カウンターを取り囲む冒険者たちの間から俺に声をかける。

 緊急事態っぽいな。

 クラウスのおじさんに話を聞いてみようかな?


 俺は受付を離れ、奥の廊下の方に目を向ける。

 奥の部屋からも、何やら言い争う声が聞こえて、俺はそろそろとそっちに向かった。


「アースドラゴンはこっから5キロ地点だって⁉ すぐそこじゃねぇか! 奴の皮膚は厚い、魔法も斬撃も通らねぇんだぞ!」

「しかも、通常個体より巨大なのよ? あんなのが向かって来てるって……帝都の外壁じゃ防ぎきれないわよ……!」


 何やら深刻そうな様子で、クラウスのおじさんと、冒険者の男女二人が話し込んでいる。


「最近、帝国の海岸部から、やけに魔物たちが活発になってやがる! 今度のアースドラゴンも、その一端だろうな」

「そのせいで、現在冒険者たちが北の領地に集まっていて、帝都の冒険者は減っている。活性化の原因は調査中だが、今は目の前のデカブツに対処する方が先決であろう」


 クラウスのおじさんは、眉間を揉みながらため息を吐く。


「帝国政府は軍を出さねぇのかよ!」

「出したくても出せんのであろうよ。帝国は戦線を広げすぎた。兵の数が足りておらんのだ」

「しかし、俺たち冒険者だけでは、帝都を守り切れんぞ!」


 男が苛立ったようにテーブルを叩き、女が腕を組む。

 アースドラゴンとやらが、帝都に向かっているのだろうか?

 しかし、冒険者の戦力が足りていない、と。


 ここは、俺も戦力に加わるべきか?

 いや、シャルロット祖母ちゃんから目立つなと言われているし……。

 俺の身元が割れれば、帝国から命を狙われかねない。


 俺が入り口から中を窺い葛藤していると、背後から俺の耳にあり得ない言葉が飛び込んでくる。


「『こんにちは』」

「⁉」


 俺がガバッとふり向くと、そこには、胡散臭そうな笑みを浮かべたオレンジの髪の男が立っていた。

 年齢は、30代後半かそこらか。

 俺は、『日本語』を話したこの男に最大限の警戒を向け、睨みつける。

 まさか、この男、勇者か?


「グランドマスター! ようやくいらしたのですか!」


 部屋の奥からクラウスのおじさんが笑顔で立ち上がり、近づいて来る。

 部屋にいた男女も、オレンジ髪の男の姿に、どこか安堵の表情を浮かべていた。

 さっきの日本語の挨拶は聞こえていただろうが、皆反応はしていないようだ。


「『君には分かるんだね、この言葉が』」


 オレンジ髪の男は、俺を見下ろして、ニッ、と口角を上げた。


「……」


 俺は無言でその男を睨み返し、クラウスのおじさん達は、怪訝そうに俺たちを見比べている。


「少年、今日は少し問題があるのだよ……。宿泊料はいらないから、ギルドの宿舎で休んでいてくれんかね?」


 クラウスのおじさんがそう言って俺を遠ざけようとするが、オレンジ髪の男は腰に手を当て、俺の退路を塞ぐ。


「いやいや、今はどんな戦力も惜しいよねぇ。だから、君にも手伝ってもらいたいなぁ、ロイ君」


 君にならどうにかできるんじゃないかい? 

 と、オレンジ髪の男は楽し気に目を細める。

 こいつ、俺の事を知っているな。


「グランドマスター! 何を仰るのですか!」


 クラウスのおじさんは、オレンジ髪の男と俺の間に入り、オレンジ髪の男を睨む。

 俺は、この厄介な男にこれ以上関わらないように、するりと脇をすり抜けて、冒険者ギルドから逃げ出した。


 あのオレンジ髪の男がどれぐらい強いかは分からないが、多分、戦ったら勝てる。

 でも、相手の目的も分からないし、得体が知れない。

 何より、あいつは俺の正体に気が付いているようだ。

 それも、子爵家3男のロイ、ではなく、異世界の魂を持つロイ、という正体に。


 これは、このままバックレた方がいいかもしれないな。

 帝都を出て、こちらからシャルロット祖母ちゃんに合流すれば、そのまま逃げられるだろう。



 そんなことを考えながら、俺は無意識に商店街の方に歩いていたようだ。

 こちらも、アースドラゴンの脅威が伝わっているのか、避難する人々で溢れ返り、混沌としている。


「ロイ! ロイか⁉」


 俺が呼ばれて振り返ると、人ごみをかき分けて、魚屋の子供ベックが駆け寄ってきた。


「よかった、心配してたんだ!」


 ベックは、遅れてやってきたおばさんと、その後ろの見たことのないおじさんに目配せする。


「アースドラゴンが来るって聞いただろ? 俺たち、隣村の父ちゃんの実家に避難することにしたんだ。ロイも一緒に来ないか?」

「そうだよ、ロイちゃん。あたしたちと一緒に来なよ。贅沢はできないけど、ちゃんとご飯は食べさせてあげられるよ」


 おばさんは、いつものように屈託のない笑みを浮かべ、隣のおじさんを肘で小突く。


「あ、あぁ、一緒に来るといいぜ、坊主。俺が風邪で休んでる間に、母ちゃんたちが世話になったらしいじゃねぇか」

「な、父ちゃんもこう言ってるし、一緒に逃げようぜ。命さえあれば、店が潰れようが、やり直せるんだ」


 ベックはニカッと笑って俺の肩に手を置くが、その手はかすかに震えている。

 大人も慌てるほどの緊急事態に、本当は怖くてたまらないのを、俺の前で気丈に振る舞っているのだろう。


「俺たちが守ってやるから、心配すんな!」


 俺はベックの笑顔をじっと見て、腹を括る。


 そうだ、俺は何をためらってたんだ。

 国がどうとか、最初から俺には関係ないじゃないか。


 俺は、いち冒険者だ。

 人々を脅かす魔物がいるなら、冒険者として狩るだけだ。

 それで俺の命が狙われるんだとしても、俺が恥じることは何もない。


 俺はベックの手を押さえ、にっこりと笑う。 


「ありがとう、おれだいじょうぶだから」

「ロイ……?」


 俺は、俺が思うままに生きると決めている。

 俺に良くしてくれたこの人たちを、見捨てるような真似はしない。


「おれ、あーすどらごんとうばつしてくるね」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ