第16話 白髪の少年
毎週金曜更新の予定……です……多分。
翌朝、俺は冒険者ギルドの宿屋で目を覚まし、身支度を整えると、下の食堂で朝ご飯を食べた。
メニューは、黒パンと、野菜と肉の入ったスープ。
大人用なので、結構量が多い。
俺はスープを先に食べ、食べきれなかった黒パンは紙に包んでもらって、お昼ご飯にすることにした。
黒パンにはおまけでちょっとバターを塗ってくれたので、嬉しかった。
俺は黒パンの紙包みを小脇に抱え、冒険者ギルドへと向かった。
早朝と言うこともあって、受付カウンターも、クエストボード前も人だかりができていて、背が低い俺が割り込んでいくのはちょっと面倒だ。
どうしようかな、と眺めていると、クラウスのおじさんが俺を見つけて歩いてきた。
「少年、今日も来たか。薬草採取かね?」
「うん」
「では、今日も一緒に行こうか」
「でも、クラウスのおじさん、こうらんくのいらいうけなくていいの?」
この人、多分高ランク冒険者な気がするんだよな。
立ち居振る舞いに隙が無い。
ガストール祖父ちゃんほどと言わないまでも、強いと思う。
俺みたいな子供に付き合って、薬草を採取してるようなランクの人じゃないと思うんだ。
「ほう? 私が高ランクの依頼を?」
「うん。クラウスのおじさんつよいでしょ?」
「ま、まぁ、そうだな。私は元Aランクのギルドマスターだからな」
「え、ぎるどますたーなの?」
俺はちょっと目を丸くして、クラウスのおじさんをしげしげと見る。
クラウスのおじさんはちょっと照れたように視線を逸らし、コホン、と咳払いをした。
「ギルドマスターたるもの、新人の育成は重要な仕事だ。それに薬草採取以外にも、少年には教えられることがあると思うのだがね」
だから、とクラウスのおじさんはしゃがんで俺に目を合わせる。
「数日だけでも、一緒に依頼を受けないかね? どこが安全で、どこが危険か、魔物に遭遇した時、どうすればいいのか。少年には最低限の知識を身に着けてもらいたいのだよ」
う~ん、すごく善意の申し出だ。
俺に限って言えば、採取依頼程度では危険はないと思うのだが、断るのは返って申し訳ないかもな。
それに、この帝国で俺の本当の実力を見せるつもりはないから、無理に断ったら怪しまれたりするかもしれない。
時間を取らせるのは忍びないけど、ここは一緒に採取に行ってもらおうかな。
ギルドマスターなら、普通の冒険者が知らない帝都の情報なんかにも詳しそうだし。
「わかった、いっしょにいく。ありがとう、クラウスのおじさん!」
俺がニコニコしてお礼を言うと、クラウスのおじさんは何故か胸を押さえて、うっ、と呻いた。
俺はクラウスのおじさんに馬に乗せてもらい、一緒に外壁の外に出る。
昨日採取した場所から少し南に行ったところで、薬草の採取を開始した。
俺がお昼ご飯の黒パンを小脇に抱えて採取をしていると、見かねたクラウスのおじさんが、使い古した小さいアイテムバッグを俺に差し出す。
「これをあげよう。私のお古だが、まだ使えるはずだ。ただ、他の冒険者達には内緒にするのだぞ。ギルドマスターが一人の冒険者だけを優遇したと言われると、少々具合が悪いからな」
昨日貰った薬草採取の袋は、冒険者ギルドで二束三文で売っている麻袋だが、こちらのアイテムバッグはれっきとしたダンジョンのドロップアイテムで、中古と言えどもそれなりの値段がするらしい。
「ほんとにいいの?」
「うむ。これは容量が2立方メートルほどと少なくて、時間停止の機能もない。重量はかなり軽減されるが、それほど珍しい物でもないのだよ」
そうは言うけど、普通の袋と比べるとかなり便利だ。
俺が旅をしてターセル子爵領まで帰るなら、すごく役に立つ代物だ。
「それは私が新人の時に憧れの先輩冒険者から貰ったものなのだが、また新人冒険者の役に立つならば、先輩も喜んでくれることだろう」
「すごい、かっこいい!」
俺は、最初のアイテムバッグは自分で獲得する、と決めていたのだが、そういう思い入れのある品物を譲り受けると言うのも、粋なものだ。
俺は、本来ならベルトとして腰に巻くのであろうそのアイテムバッグを、肩からポーチのように斜めに下げる。
すでに連絡用のベルトが別にあるから仕方がない。
でも、ポーチのようにすると、身体が小さい俺からすれば、丁度いい感じになった。
俺は黒パンの包みをアイテムバッグに入れたり出したりして、使い心地を確かめた後、満面の笑みでクラウスのおじさんを見上げる。
「ありがとう、おれだいじにするね!」
「うむ。そうしてくれると私も嬉しい」
俺たちは、ニコニコしながら3時間ほど薬草を採取した。
その間に、昨日に引き続き、魔物への警戒の仕方や、万が一出会ってしまったらどこに逃げればいいかなど、クラウスのおじさんには色んなことを教えてもらった。
とにかく、まず命を大事にすること、報酬や成果はその次に考えればいい、というのは、何度も念を押して教えられた。
こんなに、初心冒険者向けのノウハウを一から十まで教えてもらえたのは初めてだ。
祖父ちゃんたちは冒険者じゃないし、シャルロット祖母ちゃんからは『炎槌』を教えてもらっただけで、冒険者としてのイロハを習ったことはない。
俺は、心の中で密かにクラウスのおじさんを新たな師匠認定しながら、うんうんと熱心に話を聞いた。
お昼が近づいてきて、今日はここまで、とクラウスのおじさんが立ち上がる。
俺も続いて立ち上がるが、ふと腰のベルトからカサッと音がしたので、郵便のバッグを開けてみる。
ガストール祖父ちゃんから手紙が届いている!
俺は、クラウスのおじさんに冒険者ギルドまで送ってもらうと、薬草を納品して、お礼を言って別れた。
ギルドを出て近くの木箱に座り込むと、俺はお昼の黒パンをかじりながら手紙を開いた。
「うわ……!」
手紙には小さい文字がびっしりと書き込まれ、白い紙が黒っぽくなっていた。
呪いの手紙かと思った……。
俺は、小さい文字を目をすがめるようにして読み始める。
「『ロイ君、ひとまず無事なようでじいじは安心しました。ですが、ロイ君一人で帰るというのは無謀すぎるので許可できません。その代わり、シェリーと『灼熱の赤獅子』がロイ君をお迎えに行くので、帝都から動かないでください』」
え、シャルロット祖母ちゃんとセクトたちが迎えに来るの⁉
いや、それよりも、俺一人で帰っちゃダメなの⁉
せっかく楽しそうな冒険だと思ったのに……!
見なかったことにして、今すぐ帝都を出られないかな……?
俺はちょっと唇を尖らせ、続きを読む。
「『絶対に、絶対に、帝都から動かないでください。シェリーが迎えに行くまで、勝手に帰ってきてはいけません』」
……俺が何するか、読まれている。
こんなに念入りに書かれているからには、無視するのは不味いかもしれない……。
無視したら母上から大目玉を喰らいそうだ。
下手をすると、一生おやつ抜きにされるかもしれない。
「『その代わり、❝ いい子で待っていれば ❞、シェリーがロイ君にとびっきりの誕生日プレゼントをくれるそうです。直接手渡したいというほどすごい物だそうですから、くれぐれも無茶をしないで、目立たないように、いい子にしていてください』」
とびっきりの誕生日プレゼント⁉
シャルロット祖母ちゃんは大げさなことは言わない人だから、本当にすごいプレゼントなんじゃないのか⁉
「ぜったいほしい……‼」
俺はその後の、手紙のほとんどを占めていた、ガストール祖父ちゃんとルードルフ祖父ちゃんからの大げさな心配の言葉を斜め読みする。
どうやら、ガストール祖父ちゃんからの手紙はこれが最後で、これから先は郵便のアイテムバッグをシャルロット祖母ちゃんが預かっているようだ。
帝都に着くまでに俺と連絡を取り合うためだろう。
手紙の最後には、「『これを生活費に充ててください。くれぐれも、お菓子で無駄遣いをしないように、と、エマちゃんが言っていました』」という言葉と共に、小さい青い宝石が手紙に糊付けされていた。
多分、硬貨はバッグの大きさ的に入らなかったので、これにしたんだと思うけど、冒険者ギルドで換金できるのかな?
俺が宝石を持って行ったら、目立たないか?
俺は、宝石を手紙からはがして小銭袋に放り込み、手紙を畳んでアイテムバッグにしまう。
まぁ、今の所はお金に困っていないので、この宝石を使うことはないかもしれない。
俺は、シャルロット祖母ちゃんが迎えに来るまで、大人しく帝都で待つことに決めた。
無視して一人で帰ったら、俺の大事な誕生日プレゼントが……じゃなかった、家族をすごく心配させてしまうかもしれない。
それに、シャルロット祖母ちゃんは、普段は豪快で何事にも大らかだが、怒った時は本気で怖いのだ……。
そうと決まれば、帰りの旅費は多分シャルロット祖母ちゃんが払うのだろうから、稼がなくてもよくなったな。
必要なのは帝都滞在中の生活費ぐらいだけど、それも稼ぐ目処が立っている。
そんなことより。
「ぷれぜんと……♪ ぷれぜんと……♪」
一体何が貰えるんだろう!
お昼を食べ終わった俺は、浮かれてスキップしながら、午後の回復魔法屋さんの仕事に向かった。
【シャルロット】
ロイが帝都にいると聞いて、あたしは翌日には旅支度を整え、ガスたちに別れを告げていた。
しかし、思わぬ道連れができることになった。
「シャルロットさん、僕たちも行かせてください!」
「ロイの兄貴の舎弟として、兄貴のピンチは見過ごせません!」
「ルードルフ様たちと違って、俺たちは帝国に目を付けられていませんから、国境をまたいで移動できます!」
この連中は、『灼熱の赤獅子』とかいう、若手冒険者パーティだ。
あたしも、名前だけは聞いたことがある。
ロイは、いつの間にこんな舎弟なんて抱えていたんだろうね?
相変わらず、何をするか読めない子だよ。
とにかく、あたしたちは、帝都を目指して北上することになった。
帝都までは、元Sランク冒険者のあたしでも、徒歩で10日はかかる。
最初は若手パーティが道連れなんてどれだけ旅程が伸びる事か、と思っていたけど、セクトたちは無理をしてでもあたしのペースに合わせてついてきた。
なかなか根性があるね。
「あんた達、気合入れな。まだ先は長いからね」
「『炎槌の戦乙女』っていうより、『炎槌の女帝』って感じだよな?」
セクトは、先を歩くあたしに聞こえないように、隣のニールにぼそぼそと話しかける。
が、あたしの地獄耳を舐めるんじゃないよ。
「誰が女帝だい!」
「ひっ! すみません、姉御!」
あたしはため息を吐く。
『女帝』の次は姉御か。
まぁ、『戦乙女』より姉御の方が100倍マシだけどね。
孫がいる歳になってまで乙女と呼ばれるのは、決まりが悪いもんさ。
冒険者ギルドから勝手につけられた二つ名なんだし、今からでも改名出来りゃあいいんだけどねぇ。
その内昼食の時間になって、あたしたちは近くの川沿いで野営をすることにした。
あたしがのんびりと川魚を焼いていると、普段無口なバルガがあたしをじっと見て口を開いた。
「シャルロットさんは、ロイ君をあまり心配しているように見えませんね」
「あぁ。心配なんてしてないさ」
あたしが頷くと、セクトとニールもそばに寄ってきて、火の傍に座った。
3人ともが怪訝そうな顔をするので、あたしは肩をすくめて見せる。
「ガスもルードルフ殿も、そしてあんた達も、ロイを心配しすぎさ。あの子は、私たちが思ってるよりずっと底が知れない子だよ」
「でも、兄貴はまだ4歳でしょう? 遠い所で独りぼっちじゃ、心配するのは当然なんじゃないっすか?」
あたしは首を横に振り、腕を組む。
「心配なんてしなくても、ロイは一人でだって無事に帰ってくるだろうさ。ただ、色々とやらかしそうだから、お目付け役として行くだけだよ。大体、黒の森で一人で生き残れるロイの心配なんて、する必要があるのかい?」
「確かに……それはそうですね……」
「もし心配があるとすれば、ちゃんとご飯を食べているかってことだけさ。でも、ガスがブルーダイヤモンドを送ったって言ってたから、万が一何かあっても、資金に困ることはないだろうけどねぇ……」
「ブルーダイヤモンドってあの……⁉」
ニールは目を剥き、あたしは深いため息をついた。
ブルーダイヤモンドは、ジェムゴーレムと言う希少モンスターから超低確率でしかドロップしない、最高級の宝石だ。
いくら孫が無一文で心配だからと言って、そんなバカみたいな値段がつくものを送りつけるなんて、我が夫ながら呆れてしまう。
ロイに目立つなと言っているくせに、そんな物を換金しに行けば、どれだけ注目を集めると思っているんだろうね。
「ロイは賢いから、そんな目立つものをほいほい換金したりしないだろうけど。あたしに事前に相談してくれれば、もっと手ごろな魔石か何かを送るように言ったんだけどねぇ」
「ガストール様ですから……」
「兄貴の事になると、周りが見えなくなるっすからね……」
まったく、ガスたちにロイの迎えを任せなくて、本当に良かったよ。
それから、話はロイの戦闘能力の高さに移っていく。
「そういえば、兄貴は3歳の時にすでに『炎槌』が使えましたよね?」
「あたしがロイに『炎槌』を教えたのは、あの子が1歳の頃だったよ」
あたしがこともなげに応えると、セクトがあんぐりと口を開けた。
「えっ⁉ たった1歳の兄貴に、『炎槌』を教えたんですか⁉」
セクトたちが驚くのも無理はないね。
あたしだって、1歳の子に『炎槌』を教えるつもりなどなかったんだから。
でも。
「教えざるを得なかったのさ」
あたしは当時を思い出して、呆れたように腕を組む。
「ロイはね、たった1歳で、一度見ただけであたしの『炎槌』を不完全ながら再現しちまったんだよ。一子相伝の『炎槌』を、威力も精度も不完全なままで継承させるわけにはいかないだろう? だから、間違って覚えちまう前に、正しい『炎槌』を継承したのさ」
「さ、さすがロイ君……!」
ニールは感心したように拳を握る。
その気持ちは分かるさ。
あたしも、ロイの戦いにおけるセンスには、驚くしかないからね。
「まぁ、そう言う子だから、あたしはロイが無事でいるかなんて無駄な心配はしないのさ。勇者だって一人で倒しちまう子だ。いざとなれば、森で魔獣を狩って食料にしてでも、一人で帰ってくるよ。心配なのは、やりすぎて帝国に目を付けられることぐらいだろうさ」
あたしがそう締め括ると、セクトたちも納得したように頷いた。
そう、ロイの戦闘能力は非の打ち所がない。
真正面から戦って、敗けるとは思えない。
もし、ロイが敗れる可能性があるとすれば、それは何か卑怯な手を使われて対応しきれなかった時だ。
「本当に怖いのは、魔物より人間だからねぇ……」
帝国政府に目を付けられないように、ロイには大人しくしていて貰いたいもんだよ。
あたしの呟きは、誰にも拾われることなく消えて行った。
【ロイ】
俺はこの間の商店街に来て、またあの魚屋の少年、ベックに案内されながら、商店街で怪我をしている人の所を回った。
さすがに、怪我人の数も減ってきたので、俺は古い傷やちょっと深い傷の治療にも手を出し始めている。
従来の回復魔法では、怪我をしたての新しい傷を塞ぐことしかできないとされているのだが、古い傷の治療は再生治療に近い。
完全に治してしまうと俺が目立ってしまうが、表面だけ傷跡を残して深い部分の傷だけを癒せば、症状はかなり改善され、しかしきれいに治り切ったようにも見えない。
俺が悪目立ちせず、代金の銅貨5枚を貰うのに、丁度いい塩梅と言える。
「ロイちゃん、今日も回復魔法屋さんかい? 偉いねぇ」
「ほら、ロイちゃん、おやつ持っていきな。干し果物だよ」
「ありがとう、おばさん!」
俺は、もらったおやつをベックと分けて食べながら、商店街を歩く。
商店街の人たちは、皆俺に好意的な目を向けてくれる。
小さい子供が働いているのが微笑ましいのかもしれない。
2日目にして、この商店街は顔見知りばっかりになったな。
「なぁ、ロイ。お前ってお貴族様の子どもなのか?」
「えーと……」
唐突にベックに尋ねられて、俺は正直に答えられずに迷う。
敵国のターセル子爵家の子供です、とは言えないし、かといって、俺はあんまり庶民の子供にも見えないだろう。
「訳ありか? まぁ、子供一人で暮らしてるってことは、そうなんだろうな」
ベックが深く追求しないでいてくれたので、俺はほっとする。
「おれね、ぼうけんしゃだから。いまはぼうけんしゃぎるどにすんでるよ」
嘘じゃないぞ、冒険者ギルドの宿舎に宿を取ってるから、一時的に住んでるのは本当だ。
「ふぅん。でも、もし行く当てがなくなったら、俺に言えよな。親代わりになってくれる人、一緒に探してやるから」
ベック、いい奴だな。
でも、幸い、俺には両親がちゃんといるのだ。
離れた国にいるってだけで。
おまけに、強い祖母ちゃんが迎えに向かってきている。
「ありがとう。でもおれ、だいじょうぶだから」
「そっか」
ベックは、こだわりなく笑顔で頷いて、俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
そんな俺たちの姿を、物陰から一人の男が見つめていたのだが、俺はそのことにまだ気が付いていなかった。
俺はこの日の仕事を終え、ベックと別れて冒険者ギルドへと歩く。
今日の稼ぎは銅貨85枚だ。
薬草採取と合わせて、108枚。
生活費としては十分だろう。
今晩は何を食べようかな、と、俺が鼻歌混じりに歩いていると、後ろから俺を尾ける気配がした。
一人だな。
足音からして成人男性。
俺は、あえて角を曲がり、大通りから狭い路地へと入る。
何でかって?
もちろん、迎え撃つためだ。
俺が角を曲がったのを見て、男は速足で近づいてきた。
しかし、男が角を曲がっても、俺の姿はない。
驚いて俺を追おうと走り出す男の背に、屋根の上から飛び降りた俺は声をかけた。
「おれにようがあるの?」
「⁉」
振り返った男は、黒いフードに黒い覆面。
限りなく怪しい。
俺は道を塞ぐように立ち、もう一度尋ねた。
「おれをつけてたよね? なんで?」
「……チッ! 俺と一緒に来てもらうぞ!」
フードの男がいきなりつかみかかってきたので、俺は顔に向かって拾っていた土を投げる。
「がっ⁉」
男は視界を失い、地面に倒れ込んで顔を覆った。
しかし、すぐに袖で顔を拭い、俺を見つけると襲い掛かってくる。
本当に捕まえる気しかないらしく、武器も魔法も放ってこない。
暗殺者かと思ったのに、拍子抜けだ。
しかも、ちょっと弱い。
俺はしゃがんでかわしざまに、身体で足を引っかけ、男を転ばせる。
「くそっ、こいつ……っ! ちょこまかと……っ!」
男は肩で息をしながら立ち上がる。
その拍子に、フードが脱げて猫のような耳がピンと立ち上がった。
「じゅうじんだ……!」
俺は思わず目を輝かせ、見入ってしまう。
しかし、男はハッと顔色を変えると、急いでフードを被り直した。
「もう手加減してられねぇ!」
男はグッと身をかがめたかと思うと、次の瞬間俺の目の前まで跳躍していた。
獣人族だけ扱えるという魔法『ヘイスト(加速)』だ。
「っ!」
(速い……!)
俺は獣人の男に羽交い絞めにされ、捕まってしまう。
「痛い目に遭いたくなきゃ、大人しくしてな!」
男はそう言うと、身体強化を使い、ばねのように屋根の上に跳躍した。
そして、そのまま帝都の南へと走り始める。
さっきの加速は、確かに俺の反応速度を上回る驚異的なものだった。
だが、あのまま攻撃されていても、男の攻撃に威力自体はないだろう。
俺の身体強化があれば、攻めるにせよ守るにせよ、今の状態からだってどうとでもなる話だ。
でも、気になるんだよな。
どこか非戦闘員っぽいこの男は、抜け目のない帝国の手先には見えない。
俺を暗殺しに来たわけでもなく、ただ攫うだけっていうのは何故だ?
どこかの犯罪者集団の一員にしては、一人で俺を襲っているし、薬や武器も使ってこない。
組織的な感じ、常習的な感じがしないんだ。
しかも、帝国は亜人を奴隷にすることを許容している国だ。
でもこの獣人の男は隷属の首輪をつけていない。
逃亡奴隷なのか?
まぁ、攫われてみれば分かるか。
俺は、羽交い絞めにされて運ばれながら、そんなことをのんびり考えていた。
しばらくして、俺は帝都のスラムらしきところに連れてこられていた。
獣人の男は辺りを警戒するように見回して、屋根伝いに小さな家の狭いベランダに降りる。
「声を出したら容赦しねぇぞ!」
低い声で俺を脅した後、男は俺を部屋に入れた。
そこは、狭苦しいワンルームといった様子で、キッチンらしきスペースと、申し訳程度のボロボロの机と椅子、小さいベッドがあった。
そのベッドには、何か白い物が横たわっている。
いや、よく見ると、白い髪の少年だ。
「来い」
獣人の男は俺の腕をつかんで少年の所に引っ張っていく。
俺は間近で少年を見て、すぐに具合が悪そうなことに気が付いた。
10歳ぐらいの人間族のその少年は、白い肌を紅潮させ、熱に浮かされて呻いていた。
見た所、身体に外傷はないし、辛そうな原因は病気なのだろうか。
「お前、回復魔法が使えるんだろう。この方を治せ」
男は俺の手を放し、俺に命令する。
しかし、俺は腕を組み、拒否した。
「やだ」
「何⁉」
「なんでおれが、ゆうかいはんのいうこときかないといけないの?」
俺が睨むと、獣人の男はグッと息をつめる。
「無事に帰りたかったら、治療をしろ!」
「なおさなかったら?」
ていうか、治せないんじゃないかな?
回復魔法は、怪我は治せても、病気は治せない。
病気の場合、エリクサーとかの薬系が有効で、薬学の知識と素材が必要になる。
そして、薬師と薬類はシスタ教が囲っていることが多いらしく、薬を買うには高額なお布施が必要になるそうだ。
つまり現状、回復魔法しか使えない俺では、病気の治療は無理なはずだ。
「いいからやれっ!」
男が俺を脅そうとするが、俺はプイッとそっぽを向く。
無理なものは無理だし、素直に言う事を聞く義理もない。
「~~~……っ!」
男は牙を剥いて俺を睨んでいたが、やがて、地面に頭をこすりつけ、俺に頼み込む。
「……頼む! この方を治してくれ! 俺にできる事なら何でもする!」
おいおい……また土下座かよ。
セクトといい、フィニアスといい、この獣人といい、俺、4歳にして土下座されすぎじゃない?
でも、必死に頭を下げるこの獣人には、フィニアスの姿が重なる。
すごく無下にしづらい……。
俺は、困ったように少年を見る。
そりゃあ、俺だって苦しんでいる少年を見捨てるのは忍びないが、病気を治す力は俺にはないのだ。
頼まれたって、出来る事と出来ないことがある。
「おれ、びょうきはなおせないからね? みるだけだからね?」
俺はため息をつき、少年に向き直る。
鑑定と回復魔法の合わせ技で、もしかしたら原因ぐらいは調べられるかもしれない。
俺は回復魔法の腕輪がはまった左手をかざし、回復魔法の魔力で少年の身体を包み込む。
少年の身体の中のエラーを探していると、肝臓のあたりに違和感を感じた。
何か、先天性の病気があるのだろうか。
祖父ちゃんの身体を診た時と比べて違和感がある。
しかし、どうやらそれだけではないみたいだ。
俺は鑑定魔法を使い、さらに原因を探る。
「……どく……のまされた?」
俺が尋ねると、獣人の男はぎょっとしたように跳ね起きた。
「毒を盛られた⁉ く……、あり得る話だな……!」
肝臓って、確か解毒する臓器だったよな?
この少年は、多分、元々肝臓に疾患を抱えていたんだと思うけど、そこに微量の毒を摂取させられたんじゃないだろうか。
他の人なら何でもない量の毒だったとしても、解毒機能が弱いこの少年の肝臓は、毒をうまく分解できなかったんだろう。
「う~ん……げどくか……」
マリアンヌ祖母ちゃんなら、回復魔法で解毒ができるらしい。
だが、俺にできるだろうか?
「まぁ、やってみるか」
別に、失敗してもこれ以上悪くなるわけじゃないと思うし。
俺は獣人の男に下がっているように言って、左手で少年の手を握る。
「おい、危険なことはないのだろうな⁉」
「たぶん?」
「適当なことを言うなよ⁉」
俺は男を放っておいて、回復魔法に集中する。
微量の毒だが、全身に回っているようだ。
それを、俺が握っている少年の指先に集めるイメージで……。
これ、すごく集中力がいるし、時間もかかるな……。
体内をゆっくりとしか毒が移動しない。
細胞から血管内に毒を出し、血管を巡らせて指先に集め、留める。
「おい、大丈夫なのか⁉」
「しずかにしてて」
集中を切らせば、留めた毒がまた血管内に戻って行ってしまう。
俺は無言のままで、しばらく少年の指先に毒を集め続けた。
ダメだ、もう集中が切れそう。
まだ体内の毒を完全に集め切れていないが、俺は少年の手首をグッと圧迫し、血を止めたうえで、少年の指先に氷の針をプツリと刺す。
「おい、お前何を……っ⁉」
男は怒鳴ろうとしたが、少年の指先から黒い液体がドロリと出たのを見て息をつめた。
俺は、毒が抜けて赤い血が流れるようになると、回復魔法で傷口を治す。
「も、もう大丈夫なのか⁉」
「う~ん、どくがまだのこってる」
でも、少年の熱がだいぶ引いたように思えるし、呼吸も穏やかになったと思う。
治療の効果があった様子に、男は少し態度を柔らかくし、ほっと息を吐いた。
「では、もう何度か治療すれば、治るんだな?」
「どくはなおるかもしれないけど……もともとからだがよわいのはなおせない」
先天的な異常は、病気の領域だ。
前世なら手術とか臓器移植とか色々と選択肢があるのだろうけど、ここは魔法が存在する世界だし、逆に科学的な医療は発達していない。
なので、病気を治す治療薬を手に入れるしか治す方法はないだろう。
「く……! それでも、治療しないよりはマシだ!」
男は俺の前に膝をつき、俺と目を合わせる。
「攫っておいて虫がいいと思うだろうが、毒が完全に抜けるまで、このお方の治療を頼めるか。あいにく、俺には金も何もないが、この方を庇護者の元に送り届けたら、俺がお前の奴隷になると誓う」
「どれいとかいらない」
「うっ! し、しかし、それ以外に払えるものは……!」
俺は少し考えて、辺りを見回す。
「おかねないって、ごはんは? このこにもごはんたべさせないと」
「それは……」
男は居心地が悪そうに視線を逸らす。
「い、いざとなれば、そのあたりの露店から……」
「どろぼうはだめでしょ」
俺はため息をつき、頬をかく。
どうして、こうも面倒ごとに巻き込まれるんだろうか。
あ、回復魔法屋さんをしたせいか……。
「しょうがないな」
俺は、さっき商店街のおばさん達から貰った、串焼き肉の小包みと干し果物を取り出す。
「これあげるから、どろぼうはだめだよ」
「……すまない」
男はうな垂れて、小さく頷いている。
悪い人間……獣人じゃなさそうなんだよな。
俺を攫ったのは悪い事だけど、別に暴力を振るおうとかはしなかったし。
少年を助けるために、手段を選んでいられなかったんだと思うと、ちょっと同情の余地はある。
お金がないって言ってたから、多分、正規の治療を受けられなくて、俺みたいな子供にでも縋らざるを得なかったんだろう。
しかし、この二人、かなり訳アリ臭い。
毒を盛られたってことは、命を狙う何者かがいるってことだし、見た感じ裕福そうな服を着た少年だから、お家騒動か何かに巻き込まれたのかもしれないな。
この男だって、少年に仕えているっぽいし、少年の身分が高いのは間違いないだろう。
スラムにいるのも、追っ手に追われて潜伏している、と言ったところか。
帝都で厄介ごとに巻き込まれると、俺の誕生日プレゼントが遠のく可能性が……。
かといって、このまま見捨てるのもなぁ。
悩みに悩んだ結果、俺はまた治療に来ることにした。
「あしたのゆうがた、ここにくるから。おれをさらいにきちゃだめだよ」
「い、いいのか……⁉ 俺には返せるものがないんだぞ……⁉」
俺はチラリと眠る少年を見て、厳めしく腕を組む。
「ほうしゅうは、このこのしゅっせばらいね。だから、ちゃんとよくなってもらわないとこまるの」
「あ……あぁ……! 恩に着る……!」
男は少し涙ぐみ、何度も頷いた。
俺は自分で帰れるから、と男の見送りを断り、身体強化を使って屋根伝いに冒険者ギルドへと帰る。
宿に着いたら、シャルロット祖母ちゃんに今日の手紙を書かないとなぁ。
【シャルロット】
夕方を過ぎて辺りが完全に暗くなって、ようやくロイから手紙が届いた。
あたしはすぐに野営の焚き火の前で、ロイの手紙を開く。
「『シェリばあばへ。きょうは、やくそうをさいしゅして、かいふくまほうやさんをしました。どうか108まいをかせぎました。そのあと、じゅうじんにさらわれて、しろいかみのおとこのこをなおしました。でも、まだどくがのこっているので、またあしたいきます』」
あたしは額を押さえ、天を仰ぐ。
あんなに大人しくしていろと言ったのに……。
手紙を拾い上げたセクトたちが、手紙を読んで首を傾げている。
「薬草採取は分かりますが、回復魔法屋さん……?」
「兄貴の回復魔法で、治療費を稼いでるってことっすかね? 銅貨108枚もあれば、生活費には困らねぇ。安心っすね」
「いや、それよりも、その後獣人に攫われたとあるが? まぁ……ロイ君をどうこうできるとは思えないが」
あんたら、問題はそこじゃないんだよ。
「白い髪の男の子を治した、ってのが、何より問題なんだよ」
あたしは思わず低い声を出す。
「姉御、何が問題なんです?」
「あんたたち、知らないのかい? 白い髪は、帝国の王族の血筋に現れる特徴だよ」
「「「えぇっ⁉」」」
帝国で目立つなと言ってあるのに、何をしてるんだい、あの子は……。
「毒が残ってるって……命を狙われてる王族の傍に、ロイがいるのかい……」
あたしは眉間を押さえながら、深いため息をついた。
これまでにも5人の孫の成長を見守ってきたが、こんなに予想外の事をしでかすのはあの子だけだよ。
まったく、帝都に着いた時のことを思うと、今から頭が痛いねぇ。




