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英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


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第15話  ネヴィルディア帝都

毎週金曜更新の予定……です……多分。

【エルンサルド冒険者ギルド、ギルドマスター】


 俺は、元Aランク冒険者だったゲルトと言う男だ。

 今は故郷のエルンサルドに戻り、白亜の迷宮ダンジョン前の冒険者ギルドで、ギルドマスターをしている。

 のんびり隠居気分で引き受けた仕事だったが、これが結構忙しく、ダンジョンの状況の報告書や、ダンジョンの収益の納税書作成など、事務仕事も多い。

 しかも、冒険者ってのは短気な連中が多くて、もめ事も日常茶飯事だ。

 そういう時は、元Aランクの俺の腕っぷしを生かして仲裁に入る。

 まぁ、色々と面倒な仕事ではあったが、ダンジョンはエルンサルドの重要な資源。

 故郷に貢献していると思えば、そう辛くはなかった。


 この日も、俺がギルドマスター室で書類の山と格闘していると、ダンジョンの受付嬢が顔色を変えて部屋に走り込んできた。


「ギルドマスター! ダンジョンで孫が行方不明になったと、冒険者二人がすごい剣幕で……!」


 孫とダンジョンに? 

 まったく、冒険者を舐めているのか。

 大方、道楽者の金持ちか何かが、実力もないのに軽い気持ちでダンジョンに潜ったのだろう。

 どんなふざけたクレーマーだ。

 俺は重い腰を上げ、受付に向かった。


 冒険者ギルドに顔を出すと、受付カウンターには二人の老人がいた。

 しかし、その姿を見た瞬間、俺はゾクリと背筋が粟立つ。

 冒険者って奴は、修羅場をくぐればくぐるほどに、一目見て相手の実力が分かるようになる。

 そうでなければ生き残れない世界だ。当然だろう。

 そして、俺は今までにない強大な気配に、思わず足を止めていた。

 これほどの悪寒は、ドラゴンに遭遇したとき以来……いや、それ以上だ。


(おいおいおいおい……! 何だよアレは! 聞いてねぇぞ!)


 俺の目には、受付にいる老人二人が、魔王か何かのようにすら見える。

 周りの職員たちが平然としていられるのが信じられないぐらいだ。


「ギルドマスター?」


 俺は受付嬢に促され、はっとして足を進める。


「わ……私がこのギルドのギルドマスターですが……」


 俺はひきつる顔に何とか笑みを浮かべ、二人の前に進み出る。


「ギルドマスター! 聞いてくださいよ! この冒険者二人が、孫の捜索に全冒険者を出せと無茶を言うんです!」


 受付の若手男性職員が、俺を見て文句を言う。

 やめてくれ!

 俺にそんなふうに話を振るな!

 しかし、俺の祈りは通じず、その職員はさらに聞きかじったような言葉を続ける。


「僕、冒険者は自己責任ですって説明したんですよ! ダンジョンに入るんだから、命を落とすリスクぐらい承知のはずでしょう? それを、依頼を出すから冒険者をかき集めろだなんて、勝手なことを……」

「ほう?」


 片眼鏡をかけた老人が、にこりと笑みを深くした。

 瞬間、バキバキ! と、辺り一面に氷が広がり、冒険者ギルド内が冷凍庫の中のように極低温になる。

 カウンターには分厚い氷がまとわりつき、若手職員は喉まで氷漬けになった。


「ヒッ……‼」

「こちらは、報酬は支払うから手の空いた冒険者をかき集めて孫を捜索して欲しい、とちゃんとお願いしているにも関わらず、それを勝手なことだと言うのですね?」

「あ……あ……‼」


 ギルド内にいた者全員が、この老人から漏れ出した魔力に当てられ、震えて声も出せないでいる。

 それを見た隣の老人が、ふぅ、と怒りを湛えたため息を漏らした。


「ガストール、もうよいではないか。こ奴らに協力する意思がないのであれば、我等で探すのみ」


 その老人が壁に向かって拳をブンと振ると、衝撃波で壁が吹き飛んだ。


「この国を灰にすれば、ロイの行方も分かろうぞ」

「貴方にしてはいい考えですね、ルードルフ」


 いやいやいや!

 どこがいい考えなんだ!

 待て、ガストールに、ルードルフだと⁉


「お、お二人は、紅の英雄ルードルフ様と、氷瀑の大魔導士ガストール様⁉」

「何だ貴様は」

「ここのギルドマスター、でしたか」


 戦争の英雄二人にギロリと睨まれ、俺は身を縮める。


「い、一体何があったのか、もう一度お聞かせ願えませんか? 私にできる限りの協力はさせて頂きますから」


 俺が何とかお願いして聞き取った内容によると、4歳のそれはそれは可愛らしい孫を連れてダンジョンボスを倒し、転移の間から帰還しようとしたところ、孫だけが赤い光に包まれて転移してしまい、後を追ってお二人も転移したところ、青い光に包まれて受付カウンターに飛んで来たらしい。

 しかし、孫はこのカウンターにおらず、未だに行方が知れないのだという。


「ダンジョンボスクリア後に、転移陣が誤作動? それは、由々しき事態ですね」


 もしそれが本当なら、Aランクパーティを複数人派遣してでも、ダンジョンの異変を調査しなくては。

 今後ダンジョンに潜る冒険者たちも、危険に晒される案件かもしれない。

 

「それに、お二方が正式にお孫さん捜索の依頼を出されるのであれば、ギルドとしては受理しない理由はありません」


 冒険者ギルドは、冒険者に依頼を斡旋して、斡旋料を得る。

 しかし決して、冒険者を単なる稼ぎの種として考えているわけではなく、国を超えて活動する冒険者たちの後ろ盾となり、守り支える役割も担っているのだ。

 それを示す意味でも、失踪した冒険者に関する対応は、誠意あるものでなくてはならない。

 自己責任と言う言葉の元に、切り捨てていいものではないのだ。

 まして、ちゃんと報酬が払われると分かっている冒険者の子供の捜索活動ならば、率先して引き受けるのが筋というものだ。


「すぐに手が空いているパーティに声をかけましょう」

「助かります」

「よろしく頼む」


 俺はほっと胸を撫で下ろす。

 何とか、怒れる英雄を宥めることに成功したようだ。

 しかし、ルードルフ様はまだ厳めしい顔をしたまま、俺を睨む。


「しかしな、もしこの度の孫の失踪に、エルンサルドの国が関わっておるようならば……」

「えぇ。この国を、地図からきれいさっぱり消しましょう」


 ガストール様は、にっこりと後を続けた。


「い、いや、まさか……!」


 いくら、この間まで戦争していたとはいえ……。

 失踪したのが、戦争の英雄の孫だとはいえ……。

 いや、ほんと、うちの国、関わってないよな?

 関わって……ないよな⁉

 俺は、冷や汗をダラダラかきながら、英雄二人の圧に耐えた。


「では、私たちはすぐにダンジョンの最奥に戻ります。あの転移魔法陣の解析をしなければ」

「うむ。一刻も早く、ロイの転移先を調べねばならぬ」

「い、今からって……どれだけ急いでも5日はかかりますよ⁉」

「フン。あのようなつまらぬダンジョン、身体強化で半日で踏破して見せる」


 冗談……じゃないんだろうな。

 俺の本能がそう告げている。


「で、では、せめて依頼の形式だけでも決めて頂いてから……」


 俺は、本当にすぐ立ち去ってしまいそうなお二人を引き留めようと、前に出る。

 そして、ふとガストール様の腰のベルトに目をやった。

 見た事のある代物だ。


「あ、あの……! ガストール様の腰のベルトですが……」

「あぁ、これはさっきこのダンジョンの宝箱からドロップしたものです」

「やはり……! 連絡用の魔道具、もしや片方をお孫様がお持ちなのでは……?」


 だったら、手紙を書くことができますよね?

 と俺が告げると、お二人は唖然とした顔を見合わせた。


「そっ、そうでしたっ‼ ロイ君がもう一つを持っているのでしたっ‼」

「も、もっと早く気づかんかっ! ガストール! 貴様は動揺しすぎてこんな初歩的な見落としを……っ‼」

「貴方こそ、気付かなかったではありませんかっ‼ 動揺しているのは同じでしょう‼」


 落ち度をなすり付けようとする二人の言い争いに、俺は頭を抱える。

 エルンサルドの国土を灰にしようとする前に、さっさと気づいてくれよ。


「てっ、手紙を! 早くロイ君に手紙を書きましょう‼」

「そうだな! ロイも心細い思いをしているだろう‼」

「返事が返って来れば、お孫さんの現在地も分かるでしょうね」


 ガストール様は、少し荒れた筆跡で、孫の安否を手紙で問う。


「『ロイ君、今どこですか? 無事ですか? じいじ達はエルンサルドに居ます。見たらすぐにお返事を下さい。迎えに行きます』」

「よし、さっさと送れ!」


 ルードルフ様にせっつかれながら、ガストール様は手紙をクルクル丸め、腰のベルトのバッグに差し込んだ。

 革の蓋を閉じると、シュン、と手紙が消える。

 無事にもう片方のバッグに転送されたようだ。


「まだか……まだ返事は来んのか……!」

「ロイ君……じいじのお手紙に気付いてください……!」


 やきもきしながら返事を待つお二人に、俺は思わず頭をかく。

 こうしていると、戦争の英雄もただの爺バカだな。


 しかし、エルンサルドのダンジョンに、こんな転移事故のような問題が持ち上がるのは初めての事だ。

 転移事故と言えば、単に別の場所に転移される場合もあるが、最悪の場合、壁の中に転移されたり、地中や水中に転移されたり、 ❝バラバラに二か所に❞ 転移されたりと、悲惨な末路をたどることもある。

 だが、本来なら、ダンジョンの転移陣のようなしっかりしたものでそんな事故が起こるはずがないのだが。


 もし、その孫とやらの身に何かあったとしたら、この二人の怒りの矛先はどこに向くのだろうか。

 このエルンサルド王国か、それとも白亜の迷宮ダンジョンか。

 いや、そこの管理をしている、俺たち冒険者ギルドかもしれない……。


(どうか、どうか無事でいてくれ、ロイ君とやら……!)


 俺は心の中で手を合わせ、必死に祈った。



【ロイ】


 ネヴィルディア帝国の帝都は、想像よりもずっと大きい街だった。

 人々は商店街を絶えることなく行き交い、行商人や家畜商人、駅馬車、興行師など、あらゆる人間が闊歩している。

 よかった、これなら俺みたいな子供一人いても、特に目立つということはなさそうだ。


 なにせ、ここは敵地だ。

 ネヴィルディア帝国とモルグーネ王国が戦争をしている今、祖父ちゃんたちの孫である俺に、帝国がどんな目を向けるか。

 人質にされたり、命を狙われたりするかもしれない。

 だから、出来るだけ俺の存在を大っぴらにしない方がいいだろう。


 しかし、これから俺はどうすればいいのか……。

 祖父ちゃんたちは、まだエルンサルドにいるんだろうか?

 俺に続いて、この帝都にやってきたりはしないだろうか?


 俺はそう考えて、何度かあの建物の地下に向かって耳を澄ませてみたが、人が転送されてきた気配はない。

 やはり、あれは俺が『日本語』を読んでしまったために起こった現象だったのかもしれない。

 理由は分からないが。


 路地裏に座り、うんうんと頭を悩ませていると、俺のお腹がくぅぅ……と鳴る。


「おなかすいた……」


 家に帰ろうにも地図も方角も分からないし、何より、お金が無くてはご飯も食べられない。

 ガストール祖父ちゃんに、荷物を全部持ってもらうんじゃなかったな……。


 食事を得るためにも、何か仕事を探さないといけないが、たった4歳の子供を雇ってくれるところがあるだろうか?

 ていうか、4歳の子供を雇う職場って、あったらあったでむしろ問題大ありだよな?


 いや、待てよ。

 あるじゃないか、俺にぴったりの仕事!


「そうだ、おれ、ぼうけんしゃだった!」


 俺は、いつも肌身離さず首から下げている、冒険者ライセンスを取り出す。


「えふらんくのいらいなら、おれでもうけられるはず!」


 こうなれば、自力で路銀を貯めて、ターセル子爵領まで帰るしかないか!

 そう考えると、冒険みたいな感じがして、ちょっとワクワクして来たぞ!


 俺はさっきのおじさんに帝都の冒険者ギルドの場所を聞き、勇んでギルドへと歩き出した。



 帝都の冒険者ギルドは、俺がいた路地から街を挟んで反対側にあり、結構歩かなければならなかった。

 冒険者ギルドがある区画は、近づくほどにちょっと治安が悪くなっている感じがして、ゴロツキ風の冒険者たちがあちこち歩いている。

 そして、冒険者ギルドの建物は、俺が見たどこのギルドよりも大きかった。

 建築様式も帝国風なのか、建物の外壁は赤と白だ。


 俺はワクワクしながら冒険者ギルドの中に入った。

 すれ違う冒険者たちが、おや、と俺を振り返るが、俺は構わず受付カウンターに向かう。

 もう少しで受付だ。

 俺は首から下げた冒険者ライセンスの紐をスルスルと手繰り、ライセンスを取り出す。

 そして、思い出した。


「そうだ、おれ、ちょきんがあった……!」


 冒険者の仕事をして、コツコツ貯めてきた俺の独立資金!

 今こそ、あの資金が役に立つとき!

 しかし、俺ははっとして目を見開く。


「あ……! そういえば……!」


 この間、ルードルフ私兵団の子供たちと一緒におやつを食べ……じゃなかった、名誉顧問として兵糧の差し入れをしたので、すっからかんなんだった……。

 もう少しおやつを控えておけば……!

 しかし、今更嘆いても遅い。

 結局、路銀は一から稼がなくてはいけないらしい。


「すみませーん」


 俺は、カウンターの下でお姉さんに声をかける。

 俺の背が低すぎて、カウンターの台に頭の先も届かないな……。


「はーい! あれ……?」


 頭上からお姉さんの声が聞こえる。

 俺はつま先立ちになってみたが、それでも頭はカウンターの下だ。

 俺は仕方がなく、ライセンスを掲げ、ひらひらと振った。


「えふらんくのいらい、うけられますか」

「まぁ!」


 お姉さんはようやく俺に気付いたようで、身を乗り出して俺を見る。

 お姉さんは、ちょっと困惑した風に辺りを見回した。


「ボク、お家の人は一緒じゃないの?」

「(ここには)いないよ、おれひとりなの」

「そ、そう、一人なんだ……」


 お姉さんがちょっと悲しそうにしているので、何やら誤解させてしまったようだ。

 しかし、正直に事情を話すのもちょっと不味い気がするので、黙っておく。

 だって、転移の経緯を話して、どうして『日本語』が読めるのか、なんて聞かれたら、面倒なことになりそうだ。


「えぇと、ロイ・ターセル君? 苗字持ち……なんだ……。ロイ君は、一緒にいる大人の人とかいないのかな?」

「(今は)いないの。おれね、ちょきんがなくてね、おかねかせがないと、ごはんたべられないから。はたらかなくちゃいけないの」

「うぅぅ……っ! かわいそうに……っ!」


 俺が首を横に振ると、お姉さんはさらに悲しそうな顔になって、口に手を当てる。


「ちょっと待っててね! 依頼が受けられるか、上司に相談してくるから……!」


 お姉さんは、踵を返し、急いで階段を上がっていく。

 上司っていうと、ギルドマスターに話すのだろうか。

 まぁ、冒険者ギルドは国家から独立した別組織なので、冒険者の情報は国に公開されないはずだから、帝国に俺の情報が流れたりはしないと思うのだが。


 俺は、とりあえずこの冒険者ギルドの事を見て回ろうと、クエストボードの方へと歩き出した。



【ネヴィルディア帝国、帝都冒険者ギルド、ギルドマスター】


 帝都の冒険者ギルドの長は、危険が多い仕事だ。

 冒険者ギルドには利権が付き物であり、そのため、賄賂や誘惑もあるが、脅しを受けたり暗殺者に狙われることもある。

 だが、この私クラウスがギルドマスターを務める限り、そのような不正な輩に付け入らせなどしない。

 人は私を厳格だの冷淡だのと言うが、私から言わせれば、正義を貫いているだけである。

 私はただ、静かな平穏と、健全な冒険者ギルド運営を望んでいるだけなのだ。


 しかし、その平穏は、ノックも無しに部屋に駆け込んできた受付嬢によってかき乱された。


「ギルドマスター! 大変ですっ!」


 騒がしい受付嬢は、私の執務机の前に立ち、勝手に事情を話し始める。


「4歳ぐらいの小さい男の子が、Fランクの依頼を受けたいってやってきたんです! 保護者もいないし、孤児らしくて……! ご飯を食べるために、働きたいって……! 私、かわいそうで……っ!」


 私の部屋で、目をうるうるさせるのはやめてもらいたいのだが。

 しかし、その内容は聞き捨てならない。


「どうしましょう、ギルドマスター! あの子、一人で依頼を受けるって……!」

「ふむ……。冒険者ギルドに仮登録してさえいれば、依頼自体は何歳でも受けられるがね。しかし、塀の外は危険だ」


 Fランクの依頼で最も安全な薬草採取の依頼を受けたとしても、帝都の外壁の外に出てしまえば、魔物が生息する地帯だ。

 魔物に遭遇して襲われるリスクは常にある。


「やっぱり、あの年で冒険者なんて、無理ですよね⁉ 孤児院に入った方が、あの子のためになるかも……!」


 受付嬢は、決意を秘めた顔で拳を握る。

 しかし、私はこの受付嬢が言うほど、孤児院がいいところだとは思えない。

 この帝都の孤児院は、運営スタッフは常に人手不足で疲弊しており、孤児たちの食事の量も満足ではなく、衛生状態もさほど良くないと聞く。

 それなら、自由に行動できて、食い扶持も稼ぎ次第で増やせ、将来を自分で選べる冒険者の方がマシ、らしい。

 孤児院から脱走した冒険者本人から聞いた話だから、間違いないだろう。

 しかし、冒険者を選ぶということは、命の危険と隣り合わせと言う事でもある。

 私たちが勝手に決められることではない。


「本人の意思に任せるべきだ。少年が望むなら、孤児院を紹介するのも良いだろう。しかし、本人の同意なしに、勝手に孤児院に連れて行くのは、越権行為だ」

「そ、そうなんですけど……!」


 受付嬢は、不満そうに床を見つめている。

 私はため息をつき、立ち上がった。


「とにかく、一度本人に会ってみるとしよう」



 私が冒険者ギルドの1階に降りて行くと、その少年はクエストボードの前で、その辺の冒険者に抱き上げられて、依頼の紙を眺めていた。

 時折質問などをして、採取場所などを聞いているらしい。


(物怖じしない子だ)


 私が近づくと、冒険者は苦笑して少年を下ろし、手を振って行ってしまった。


「少年、このギルドは初めてかね?」


 私が声をかけると、少年は私を振り返り、頷く。


「うん、はじめてきたよ」

「採取依頼を受けたいのかね?」

「うん。おかねをかせがなくちゃいけないから」


 見た所、少年は特に高価な服を着ているわけではなかったが、孤児にしては小奇麗な格好をしている。

 腰にはベルトをしていたが、短剣の類は持っておらず、袖からはチラリと高価そうな腕輪が覗く。

 やはり、貴族の庶子か何かの、訳ありの子供なのだろうか。


 受付嬢が言うように、この子を孤児院に入れてしまうのが、最も簡単な解決法なのかもしれない。

 しかし、この子は依頼を受け、冒険者として身を立てようとしている。

 それを阻むのは、ギルドマスターとして本意ではない。

 ここは、この子が独り立ちできるように、見守り育ててやるべきなのではないか。

 孤児院に入るのは、冒険者として挫折してからでも遅くはないのだから。


「少年、薬草採取に行けるとしたら、採取場所は知っているのかね?」

「えっとね、しらない」

「そうか……。ならば、私と行かんかね? 私も、丁度薬草採取の依頼に行こうと思っていたのだ」

「ぶはっ!」


 受付からこらえきれずに吹き出す声が聞こえるが、何がおかしいと言うのか。

 ギルドマスターがFランクの薬草採取に行ってはならないという規則などないだろう。

 むしろ、若人を導くことこそ、冒険者ギルドマスターの使命ではないか。

 

「おじさんも、えふらんくなの?」


 少年は不思議そうに首を傾げる。


「いや、そうではないが……。今日は薬草採取の気分なのだよ。一人ではつまらないから、一緒にどうかと思ってね」


 少年が受付に目をやると、受付嬢がコクコクと頷いて許可を出している。

 いや、私の方が彼女よりも偉いのだが……。 


「じゃあ、いっしょにいこう!」


 ニコッと笑う少年に、私は思わず心臓を押さえる。

 幼い子供の笑顔に、ここまで破壊力があるとは知らなかった……。


「ん……よ、よし、では私の馬で行こう。ここから採取場所までは少し遠いからな」

「うま⁉ うまにのれるの⁉」


 少年は目をキラキラさせて私を見上げる。

 馬に乗ったことがないのだろうか。


「うむ。とても大きい馬だが、優しい気性の馬だ。」

「すごい! たのしみ!」


 私は、浮かれて少しぴょんぴょんと歩く少年に頬を緩ませそうになり、慌てて表情を引き締めながら、厩舎へと向かった。



 採取場所は、帝都の西の外壁から少し離れた草むらだ。

 この辺りには角ウサギやゴブリンも出るので、Fランクの依頼と言えど、気が抜けない。


「私の傍を離れないように。薬草の種類は分かるかね?」

「うん、わかるよ!」


 その言葉通り、少年は慣れた様子で薬草の根から少し上を手折り、集めている。

 今までにも、冒険者として採取依頼をこなしたことがあるのだろう。


「この袋をあげよう。薬草を入れるといい」


 私は、自分のアイテムバッグから大きい巾着のような袋を取り出し、少年に渡した。


「ありがとう、おじさん!」

「私はクラウスと言う」

「えっと、クラウスのおじさん」

「う、うむ、それでよいか……」


 おじさんは取れなかったか。

 まぁいいだろう。


 私は周囲から堅物と言われることが多く、昔から子供とは相性が悪いと思っていたが、この子は私の仏頂面を見ても怖がらないし、私も案外普通に接することができる。

 新たな発見だ。


 私はこの少年と共に2時間ほど薬草を集め、冒険者ギルドへと戻った。


 薬草を納品して報酬を得た少年は、早速小銭をポケットに入れてギルドを出て行こうとする。


「少し待ちなさい」


 私は少年を呼び止め、メモ用紙にサラサラと走り書きをし、少年に渡す。


「もし泊るところがなければ、この冒険者ギルドの裏に、ギルド運営の宿舎がある。冒険者の仮登録をしている者なら、銅貨5枚で泊まれるはずだから、訪ねてみなさい。このメモを見せれば、話が通るようにしておこう」

「ほんと⁉ ありがとう、クラウスのおじさん!」


 少年は、大事そうにポケットにメモをしまい、また歩き出す。


「狭い路地には入らぬようにな! 食事はギルドのすぐ前の屋台で買いなさい! お菓子をあげると言われても、ついて行かぬように!」

「ギルドマスター、お母さんみたいですよ」

「なっ! こ、これは、新人冒険者に対する注意喚起だ!」


 受付嬢にクスクス笑われ、私は何だか決まり悪くて視線を逸らした。

 


【ロイ】


 俺は、薬草採取で得た小銭をポケットでチャラチャラ鳴らしながら、ギルド前の屋台に走った。

 売っているのは、肉と野菜が挟まった、丸パンのサンドイッチみたいなもので、俺なら一個でも十分お腹いっぱいになりそうだ。

 でも、値段を見て、俺は目を丸くする。


「え、たかい……」

「坊主、失礼なこと言っちゃいけねぇよ? うちは、この辺りでも一番安くて美味いんだぜ? でなきゃ、ギルドの前から追い払われてるよ」


 その店主の言葉に嘘はないんだろうけど、サンドイッチ一個が銅貨5枚するんだ。

 宿代が銅貨5枚って言ってたから、サンドイッチと同額の宿代が破格すぎるんだろうか?

 何にせよ、俺の今日の稼ぎは、銅貨10枚……。

 サンドイッチを食べて、宿に泊まれば、すっからかんになってしまうな。


「買わないのかい?」


 店主は、悩む俺を見て頭をかく。

 俺は、もうお腹が空いて限界だ。

 仕方がないので、俺はサンドイッチを買い、その辺の石段に座って食べ始めた。


 手元には銅貨5枚……。

 日本円にして、500円ぐらいか。

 2時間しか採取をしていないとしても、結構時給率が低い。


「ほうしゅう、すくないな……」


 と言うよりも、多分、この帝都の物価が思っていた以上に高いんだ。

 まぁ、ド田舎のターセル子爵領と帝国の帝都じゃ、国も違うし、物価が違うのも当然だろうけど。


 ここからモルグーネ王国までどれぐらいかかるか分からないが、旅をするなら、その間の食料だけは絶対に確保しておかなければならない。

 食料を入れる袋もいるし、雨風を避けるレインコートみたいなものも買わないとだな。

 どれぐらいの資金が必要になるだろう。

 そして、薬草採取だけでそれを貯めるには、何年かかるんだろう……。

 俺、大人になっちゃわない?


 ターセル子爵領まで、無理矢理魔法で飛行して帰れば、時間は短縮できるだろう。

 それでも、睡眠やトイレなどの時間は取らないといけないし、食事もしないわけにはいかない。

 何より目立ちすぎるから、リスクも大きい。

 竜騎の追っ手でもつけられたら、余計に面倒なことになる。

 やはり、徒歩移動にするべきなのか……?


 いや、そもそも、俺には判断材料がそろっていないのだ。

 帝国は昔から現在進行形で戦争に明け暮れてきた国だから、地図が機密文書扱いになっている。

 冒険者ギルドでも、必要に迫られない限り開示されないようで、俺がちょっとだけ聞いてみても、申し訳なさそうに閲覧不可だと言われた。


 これじゃあ、大雑把な方角が分かったとしても、真っすぐにはモルグーネ王国に帰れそうもない。

 道を間違えるってことは、その分旅程が増えて、食料も必要になるって事だ。

 やはり、資金は多めに稼ぐに越したことはない。


「なにかべつのしごともしないと」


 サンドイッチを食べ終わった俺は、膝を叩いてパンくずを払い、何かいい商売のネタがないかと考えながら、商店街へと歩き始めた。


 商売と言っても、何も商品を売らなくたっていい。

 元手がかからない方がいいし、何か俺の能力を生かした仕事はないかな?

 でも、あんまり派手に稼ぎすぎると、目立ってしまうからそれはダメだ。

 

 俺の能力、俺の能力……。

 あ、そうだ!


「かいふくまほうやさんがいいかも!」


 さすがに、欠損を治したりするとすごく注目されてしまうので、擦り傷や切り傷程度を格安で治療する、という店はどうだろうか。

 魔力をちょっと消費するだけで元手もかからないし、人助けにもなるし、すごくいい気がする!


 しかし、問題は、どうやってお客を呼び込むかだ。

 それに、商売する場所も重要になる。

 目立ちすぎず、かといって、そこそこ人が居る場所。

 大きい怪我じゃなく、小さい怪我をした人が多くいる場所……。


 悩みながら歩いていると、痛っ、と、小さく声が聞こえた。

 目をやると、包丁を持った魚屋のおばさんが、顔をしかめている。

 包丁で指を切ってしまったらしい。


「母ちゃん、またやったのかよ。いいから、座ってろって」


 息子と思われる12,3の少年が、おばさんの手から包丁を受け取り、代わりに魚をさばく。


「これぐらいどうってことないよ。父ちゃんの風邪が治るまでのことさ」


 おばさんは、そう言いながらも痛そうに顔をしかめたまま、椅子に座る。


「これだから、あたしは魚が嫌いだってのさ。生臭いし、さばき慣れないし」

「そりゃあ、母ちゃんが料理下手だからだろ」

「言ったね!」


 少年とおばさんは、仲良さそうにやいやい言い合っている。

 これは、回復魔法を売り込むチャンスでは?


「かいふくまほう、いりませんかー!」


 俺は、魚屋の前に行って、魚を置いた台の下から声をかける。


「あん? どこの子供だ?」


 少年は俺を見下ろして、首を傾げる。


「見慣れない子だね。迷子かい?」


 おばさんは、心配そうに俺を見る。

 俺は首を横に振り、もう一度繰り返した。


「まいごじゃないよ。かいふくまほう、いらない?」

「回復魔法? お前が使うのか?」


 少年は台の後ろから出てきて、足に手を置いて俺と目線を合わせる。

 俺は得意げに胸を張り、頷いた。


「おれ、かいふくまほうやさんだから」

「あらあら」


 おばさんは、お遊びか何かだと思ったらしく、店の奥から出てきて、俺に尋ねる。


「回復魔法ね、幾らだい?」

「えっとね……」


 あ、金額決めてなかった。

 回復魔法士の相場なんて知らないぞ?


「う~ん……どうか……ごまい?」


 擦り傷を治す程度だし、サンドイッチ1個分でどうだろうか。


「あらあら、随分安いんだねぇ」


 おばさんは笑って怪我をした指を差し出す。


「じゃあお願いしようかね」

「うん!」


 ビジネスチャンス到来だ!

 俺は、回復属性最上位魔石の腕輪がはまった左手をかざす。


「『ひーる』」


 ホワン、と緑の光が傷口を覆い、おばさんの指の怪我を治した。


「まぁ! この子、本当に怪我を治しちまったよ!」

「お前すげぇな! そんなにちっこいのに、魔法使えるのか!」


 おばさんと少年は、目を丸くして喜んでいる。


「どうかごまいね!」

「あぁ、そうだったね。昨日の切り傷まで治ってるし、銅貨5枚なら安いもんだよ」


 おばさんは快くお金を払ってくれ、俺は少し重くなったポケットにニマニマしてしまう。


「なぁ、チビ。まだ魔法使えるか? 近所のばあさんも、こないだ釘を踏んで足を怪我したらしいんだ」

「うん、なおせるよ」


 その後、俺は、商店街のご近所さんに詳しい少年に連れられ、あっちこっちで回復魔法を使い、小銭を稼いで回った。

 傷が治って喜んだ商店街の人たちから、代金だけでなく食べ物や小銭入れなどを貰い、夕方になるまで働いた俺は、ホクホクしながら冒険者ギルドの方へと帰るのだった。



 クラウスのおじさんが紹介してくれた、冒険者ギルドの宿舎に行ってみると、そこにはむさくるしい冒険者がたむろする食堂があり、その奥に宿泊施設があるようだった。


 俺は、喉が渇いていたので、奥の宿泊施設に近いところのカウンター席に行き、ジュースを頼む。

 ご飯は、商店街の人に色々と食べさせてもらったばかりなので、いらなかった。

 ジュースは一杯銅貨3枚。俺の懐事情からすれば、なかなかお高い。

 でも俺は、さっきの回復魔法屋さんで、そこそこの資金を稼いでいた。

 その額、なんと、銅貨100枚。


 物価が違うから一概には言えないけど、日本円で、1万円ぐらいか?

 これは、初日にしては幸先がいい。

 今後の計画としては、冒険者ギルドの採取依頼でその日の食事代を稼ぎつつ情報を集め、回復魔法屋さんの仕事で旅費を稼ごうと思う。

 うん、なかなかいい感じだ。


 甘いものを欲していた俺は、オレンジのような果汁のジュースをちびちび飲みながら、ほっと一息ついていた。

 今後の事に目処がついたら、少し気が抜けてしまった。

 そういえば、今頃、祖父ちゃんたちはどうしてるかな。

 無事にダンジョンを抜けられただろうか。

 いや、あの最強の祖父ちゃんたちの心配なんてしてもなぁ。


 俺は無意識に、ガストール祖父ちゃんと分け合ったベルトに手をやる。

 かさり、と、中から音がして、俺はベルトを開けてみた。

 あ、手紙が入っている。


「ガスじいじだ!」


 俺はハッとして、手紙を広げて読んだ。


「『ロイ君、今どこですか? 無事ですか? じいじ達はエルンサルドに居ます。見たらすぐにお返事を下さい。迎えに行きます』」


 少し荒れた筆跡から、ガストール祖父ちゃんが俺をすごく心配しているんだろうことが見て取れる。

 いつ送ってきたんだろう。

 全然気が付かなかったな。


 これは、早く返事をして、無事を知らせてあげた方がいいだろう。

 俺は急いでジュースを飲み干して、席を立った。


 紙とペン、紙とペン、どこで買えばいいだろうか。

 もう夕方なので、商店街なども全部閉まっているだろう。

 俺は、宿帳なども置いているだろうから筆記用具はあるはずだと考え、奥の宿舎に向かった。


 宿舎の受付っぽいところには、クマのような、のほほんとした若めのおじさんみたいな人が座っていた。

 俺は、クラウスのおじさんに言われた通り、メモ用紙を出して見せる。


「あぁ、君がロイ君かい? 話は聞いてるよ。宿泊料の銅貨5枚はあるかな?」

「うん」


 俺は、もらったばかりの小銭入れから銅貨を出し、おじさんの手に置く。


「はい、確かに。じゃあ、2階の端の部屋に泊まるといい」

「ありがとう! あのね、かみとかくもの、うってくれる?」


 俺が尋ねると、おじさんはニコニコして頷いた。


「ん、あぁ、ほら、この紙を使いなよ。代金はいらないよ、どうせ質の悪い紙だしね。ペンは、この羽ペンを貸してあげるよ」

「うん、ありがとう、おじさん!」


 俺は、受付のおじさんが他の冒険者の対応をしている間に、祖父ちゃんたちに返事を書くことにした。

 カウンターは高すぎるので、椅子を机代わりにする。

 さて、文面はどうしようか。

 

 祖父ちゃんたちは、俺を迎えに来るつもりらしい。

 でも、それって、絶対大ごとになるよな?


 祖父ちゃんたちは、ネヴィルディア帝国に顔も名前も知られているはず。

 その祖父ちゃんたちが国境をまたげば、帝国は侵略以外の何物でもないと思うだろう。

 俺のせいで帝国との戦争が激化するのは避けたい。


 それに、俺は一人で家まで帰るという、ワクワクミッションを完遂したいのだ。

 色々と考えた結果、文面はこうなった。


「『ルーじいじ、ガスじいじ、おれはげんきです。おれはいま、ねびるであていこくの、ていとにいます。ていこくとせんそうになるので、じいじたちのおむかえはいりません。じぶんでかえります』」


 これでいいかな?

 俺は、ふう、と額の汗を拭うしぐさをする。

 汗はかいていないが、こういうのは気分の問題だ。


 俺は手紙をクルクルと巻くと、腰のバッグに差し込む。

 シュン、と手紙が消えたので、多分祖父ちゃんたちの元に届いたはずだ。

 今日は、お互いにこれ以上手紙は送れない。


 俺は、おじさんに羽ペンとインク壺を返し、教えられた通りに2階の端の部屋に行く。

 そこは小さい部屋だったが、子供の俺からすれば、十分広い。

 俺は魔法で服ごと身体を綺麗にすると、ちょっと硬いベッドに横になった。

 いくら硬くても、ベッドはベッドだ。

 野営ごっこと比べて、断然快適だ。


 今日はいろんなことがあって、さすがに疲れたな。

 明日に備えて今日はもう寝るとしよう。

 目を瞑ってすぐ、俺は眠りに落ちて行った。



【ガストール】


 ロイ君が失踪した日の夕方、ようやくロイ君から返事が返ってきた!


 私とルードルフは待ちかねて、ダンジョン5階層に行きボスを瞬殺し、転移魔法陣を調べて帰って来たばかりだった。

 結局、ロイ君の転移先は突き止められなかったが、それもロイ君の手紙で知れた。


 しかし、帝都だと……⁉


「ルードルフ……! ロイ君は今、とても危険な状況なのでは……‼」

「うむ……! しかし、迎えに来るなと言っておるぞ……‼」

「ですが、もしロイ君の身に何かあっては!」

「ワシもそう思うが、ロイの言う通り、ワシらが行けば戦争が激化しよう……!」


 悩んだ私たちは、とりあえず、事態を報告しにターセル子爵領に帰還することにした。

 私達は、白竜ディアナに加速魔法をかけ、無理を推して深夜の内に帰り着く。

 すると、思いがけない人物が屋敷で待っていた。


 なんと、私の妻、シェリーだ!

 元Sランク冒険者として、後進に仕事の引継ぎをすると、ここ最近ずっと出払っていたというのに!


「シェリー!」

「ガス、遅かったじゃないか。ロイの誕生日を祝おうと思って、あたしはここで数日待ってたんだよ? それで、ロイはどこだい?」

「「……!」」

 

 私とルードルフは、深刻な顔で皆を居間に集め、一連の出来事を説明した。

 ロイ君が帝国にいることを告げると、私の娘のエマちゃんが真っ青になった。

 義理の息子のディミトリ君も、眉間を押さえてうな垂れている。

 しかし、深刻な空気をぶち壊すように、シェリーが突然爆笑し始めた。


「あっはっはっ! ロイらしいねぇ! 本当に、何をするか分からない子だよ!」

「シェリー! 笑い事ではないのですよ! ロイ君は今もたった一人で敵国に……!」

「たった一人だろうが、ロイなら大丈夫さ。賢い子だし、あたしの『炎槌』だって伝えてあるんだからねぇ」


 シェリーは腕を組み、周りを見回す。


「帝国にいるのがロイじゃなく、ここの誰かだったら心配もするさ。でも、あの子はあたしらよりずっと強いんだよ? 何の心配があるんだい?」

「それは……!」


 確かに、ちょっとしたことなら、ロイ君は一人で解決してしまうだろうけれども……。

 楽観的なシェリーに、ルードルフの妻マリーさんが、ロイ君の手紙を読みながら同意する。


「そうですね、ロイの事ですから、案外楽しんでいるかもしれませんわね」

「マリアンヌ、そのように適当なことを……!」


 ルードルフが咎める様な声を出すが、マリーさんは手紙を広げ、つきつける。


「ロイは、困ったらちゃんと助けを求められる子です。ですが、ここには泣き言一つありませんよ」

「う、うぬ……! それはそうだが……!」

「ロイ自身が元気にやっていると返事を送ってきたのです。ですから、一旦落ち着きなさい」

「しかし、心配なものは心配なのだ、仕方がないであろう……⁉」


 すると、マリーさんの笑顔が、ふ、と凄みを増す。


「『衛生兵の心得その一。有事の際でも、常に冷静であれ』。ルードルフ、貴方が何度戦場で音信不通になったと思っているのです?」

「うぐ……!」

「戦場に行った貴方を、私はこの家で30年以上待ったのですよ? たった数日で音を上げるのではありません。まして、ロイとは連絡が取れているのです。むやみに事を荒立てる方が、ロイの不利益になるのですよ」

「……む……! そ、そうだな……分かっておる……」


 ルードルフが椅子に座り直すと、マリーさんは何でもない事のように紅茶に口をつける。

 あのルードルフを容易く制御するとは、やはり、マリーさんは只者ではない。

 マリーさんは、一旦全員が静かになったのを見て、また口を開く。


「ロイは迎えは必要ないと言っていますが、もちろん、そういうわけにはいきません。ロイだけでは、国境を越えるにも、いろいろと問題があるでしょう。ですが、ルードルフとガストール様を行かせるわけにも参りません」

「『じいじたちのおむかえはいりません』って、名指しで断られてるからねぇ」

「「ぐっ……!」」


 私とルードルフは胸を押さえる。

 いつまでも孫に頼られるじいじでいたいのに……っ!


「仕方がないねぇ」


 シェリーは、ロイ君の手紙を眺め、丁寧に畳んで胸ポケットにしまう。


「だったら、❝ ばあば ❞がお迎えに行ってやろうかね」

「シェリー……!」


 誕生日プレゼントを直接渡したかったんだ、丁度いい! と、シェリーは笑う。

 私はシェリーの豪快さに、不思議とさっきまでの不安が薄れて、希望が見えてきたように感じられたのだった。

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