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英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


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第13話  初ダンジョン! ……と思いきや

毎週金曜更新の予定ですが、間にちょこちょこ投稿するかもしれません。(しない可能性もあります)

 学園講師の役目を終え、俺はターセル子爵領に帰ってきていた。

 父上母上、祖父ちゃん祖母ちゃんたちと食卓を囲みながら、俺は前々から思っていたことを口にする。


「おれとじいじ、はたらきすぎだとおもう」


 父上と母上は手を止め、困ったように俺を見た。


「ようやく気付いたのかい? ロイ」

「私はずっと、3歳の貴方が働くべきではないと思っていましたよ」


 少し呆れたように言われて、俺はうっと怯む。

 そりゃあ確かに、自発的にあれこれ動いていたのは俺だけど。

 しかし、本題はそこではないのだ。


「だからね、おれ、きゅうかをとることにする!」


 俺が宣言すると、事前に打ち合わせていた祖父ちゃんが俺を援護する。


「そうだな、ワシもこの所問題続きで疲れておるし、ロイとゆっくりするのも良いかもしれぬ。トリスタニアも動きを見せぬことだしな」

「うん! おれとじいじがいなくても、だいじょうぶだよね!」


 着々と話の方向を誘導する俺と祖父ちゃんに、祖母ちゃんがにっこりと笑みを浮かべる。


「それで、次は何をしでかすつもりなのです?」

「う……!」

「いや、別に何もしでかしたりは……」


 俺と祖父ちゃんは祖母ちゃんから視線を逸らし、どうやって切り出そうか目配せする。


「正直に仰い。それから検討します」


 祖母ちゃんにそう言われては、祖父ちゃんは口を開くしかない。


「実は、ロイと話して、二人で小旅行に出かけようかと思ってな」

「あら、良いのではありませんか? お隣のクラース男爵領など、名物の熟成チーズが販売される頃ですし」


 母上は同意してくれるが、俺と祖父ちゃんの目的地はそこではない。


「いや、その……、南のシスタ聖教国のダンジョンに行こうとな……」


 祖父ちゃんが告げると、祖母ちゃんの片眉が上がる。

 シスタ聖教国とは、女神「シスタヴィア」を主神として祀る「シスタ教」を国教に定めた宗教国家らしい。


「ルードルフ。本当に、あの国にロイを連れて行くつもりなのですか?」

「お義父様。ロイの教育にいいとは思えませんわ」


 母上も祖父ちゃんに対して、珍しく厳しい顔だ。


「し、しかしな、近隣のダンジョンと言えば、あそこしかないであろう? エルンサルドのダンジョンに行くわけにもいかぬし。もちろん、余計な所には立ち寄らぬ。真っすぐダンジョンに行って帰って来るだけだ」


 祖父ちゃんは、女性陣二人から反対され、気圧されている。

 父上は額を押さえ、ため息をついた。


「父上、そもそもダンジョンに行くのを休暇とは言いませんよ?」


 確かに、疲れたからダンジョンに遊びに行く、と言うのは、無理があったか。

 しかし気分転換としてはすごくいいと思うのだが。

 母上は眉を顰め、俺と祖父ちゃんを交互に見る。


「ダンジョンは危険な所なのでしょう? 3歳の子供を連れて行くところではありませんわ」

「ワシがついておるのだ、心配はいらぬ。それに、罠にかかったとしても、ロイならダンジョンごと吹き飛ばせよう?」

「ルードルフ、そんなことをすればシスタ聖教国と戦争になりますよ?」


 この世界では、ダンジョンとは資源だ。

 便利なアイテムや鉱物を産出したり、冒険者たちを呼び込む観光資源にもなりうる。

 それを、他国から来た誰かが破壊したとなれば、国際問題一直線だ。

 しかし、そんな脅かしで日和る俺ではない!


「おれ、いいこにするもん!」


 俺はいち冒険者として、ダンジョン探索と言う冒険を逃すつもりはないのだ。


「ちゃんとじいじのいうこときく! よりみちしないでかえるから!」


 俺が駄々をこねると、父上は苦笑して母上を見た。


「エマ。これもロイにはいい経験になるかもしれないよ。父上に任せてみてはどうだろう?」

「貴方はまたそうやってロイを甘やかして」


 母上は父上を睨むが、父上は首を横に振る。


「ロイは、出来るうちに色々な経験を積んでおいた方がいいと思う。この先、ロイが将来どんな選択をするのか、その選択肢を少しでも増やすために、知識や経験は多い方がいい」

「そんなことは分かっています……! でも……!」


 母上は、いつも俺の心配をしてくれる。

 お小言が多いのも、俺の身を案じての事だというのはよく分かっている。 


「ははうえ、おれ、やくそくわすれてないよ」


 俺は母上にニッと笑う。


「ぜったい、ぶじにかえってくるから」

「ロイ……」


 母上は俺を見て目を潤ませ、やがて諦めたようにため息をついた。


「分かりました。お義父様、ロイをお願い致します」

「うむ」


 祖父ちゃんが頷くと、祖母ちゃんはしょうがないわね、と言うように頬に手を当て目を瞑る。

 さぁ、これでダンジョン旅行が決定だ!


「でも、お義父様。ロイは必ず9時には寝かせてくださいね? それから、食事は栄養バランスを考えて、ちゃんと野菜も摂らせてくださいませ。後、おやつはあまりたくさん食べさせないでください。虫歯になっては困ります。それから着替えは…………」

「う、うむ……うむ…………」

 

 母上のなが~い注意事項に、祖父ちゃんは身を引きつつも、コクコクと何度も頷くのだった。



「すいとう、よ~し! りゅっく、よ~し!」

「うむ、着替えも食料も持った。万一何か不足があれば、現地で買えばよい」


 俺と祖父ちゃんは、翌朝には荷支度を終え、早速シスタ聖教国へと旅立つことにした。


「もう少しゆっくりしてもいいと思いますけれど」


 母上は、あっという間に出立する俺と祖父ちゃんに不満げだ。

 いや、本当に昨日の夜から準備を始めたのであって、前もって荷物を揃えていた訳ではないんだ。

 ダンジョンが楽しみすぎて、急いでいろんなものをかき集めたけどね。

 俺も祖父ちゃんも、野営ごっこを良くするので旅に必要なものは把握しているし、着替えや食べる物にはそこまでこだわらないから、少ない荷物はリュックに全部収まった。

 戦時中で、家に保存食のストックがあったのも都合が良かったし。


「あれ、ルードルフ様、ロイ君?」


 屋敷の前で荷物の見直しをしている間に、ヘレス師団長がやって来る。


「なにしにきたの?」

「ん? あぁ、月末の定例報告にね……。って、それより、お二人はターセル男爵領から離れるんですか?」

「ちちうえ、もうししゃくになったよ」


 つい先日、父上は陞爵されて、子爵になったばかりだ。

 ヘレス師団長は、おっと、と頭をかきながら訂正する。


「そうでしたね、申し訳ありません。えぇと、ルードルフ様とロイ君は、このターセル子爵領から離れるんで?」

「うむ。ロイとダンジョンに旅行に行くのだ!」


 祖父ちゃんはニコニコと機嫌が良さそうに答える。

 俺も、ダンジョンが楽しみでウキウキだ。


「そういうことは早く言ってくださいよ……防衛力に直結するんですから……。あ~あ、これはレッドラン師団長に報告したら羨ましすぎて憤死するな……」


 ヘレス師団長は何やらぶつぶつ呟き、俺と祖父ちゃんのリュックをちらりと見る。


「しかし……ルードルフ様、ロイ君……その荷物、まるでこれから行軍にでも行くみたいですね」

「りょこうだけど?」

「いやいや、旅行するって荷物じゃありませんよ。どこの世界に、リュック一つで旅に出る貴族がいるんですか。行軍でしょう、どう見ても!」


 良くて演習、などと、ヘレス師団長は失礼なことを言う。

 

「そういえば、じいじきぞくだった」


 俺は、思い出したように祖父ちゃんを見る。

 祖父ちゃんはコホンと咳払いした。


「まぁ、貴族でも何でも、この時勢に、強さを身に着けるに越したことはないからな。そのために、ディアナに乗らず、こうして徒歩でシスタ聖教国を目指すのだ」


 そう、今回の旅は、白竜のディアナはお留守番だ。

 俺と祖父ちゃんは、身体強化を使い、黒の森を突っ切って南のシスタ聖教国に向かう。

 父上たちの手前、休暇の旅と言ったが、実際はヘレス師団長が言う演習の方が近い気もする。


「ルードルフ様、シスタ聖教国は、亜人関係でこの所火種が燻っていますからね。シスタ教の保守派と革新派で覇権争いの真っただ中ですから、十分注意なさってください」


 ヘレス師団長は、わずかに声を潜めて告げる。

 俺は感心してヘレス師団長を見上げた。


「くわしいね、ヘレスしだんちょう」


 テレビもインターネットも、新聞すらないこの世界で、他国の情報を集めるのは難しいというのに。

 何か伝手でもあるのだろうか。


「あ、あはは、魔法師団長の嗜みって奴だよ……!」


 ヘレス師団長は頭をかき、苦笑いする。


 そして、俺と祖父ちゃんは父上や母上たちに見送られ、シスタ聖教国へと出発した。



【フィニアス】


 暗い森の奥、巨木を背にした狭い平地に、私たちは居た。

 大人は私一人、他は皆子供だ。

 私はエルフだが、共にいる子供たちは、獣人やドワーフなど、多種多様だ。

 しかし、皆一様に痩せて、疲れた顔で俯いている。


 今日も、子供たちには満足な食事を与えられそうにない。

 この森の魔獣は強く、子供たちを庇いながらでは、身を護るので精一杯なのだ。


 ただでさえ、この鬱蒼とした森は気分を滅入らせる。

 行き場もなく、そのうえ空腹では、希望など持てるはずもない。


 自分の不甲斐なさに、私は残った左目を固く瞑る。


 瞼の裏に浮かぶのは、両親や兄の顔だ。

 最後に会ったのは、もう20年も前になるのか……。



 20年前。

 私はエルフの里で暮らしていた。

 里は大陸の南にあり、西には人間の国があったが、私たちは何百年も人間と関わることなく平穏に暮らしていた。


 しかし、その西の人間の国がシスタ聖教国と名を改めた頃から、事態が悪化し始めた。


 シスタ教は、魔王と魔族を人類の敵と定め、強く排斥する宗教だったはずだ。

 それが、何故か亜人も魔族の側であると言い、亜人たちを攻撃するようになっていたのだ。

 人間至上主義を掲げるシスタ聖教国は、亜人たちを捕縛し、奴隷として各国に売るようになった。

 宗教を理由に亜人を奴隷にして、自国の利益にしているのだ。


 そして、近隣にあった私たちの里も、シスタ聖教国の奴隷狩りに遭い、消滅した。


 里の長であった私の父や、長を継ぐはずだった兄は、私の目の前で戦死。

 母は囚われ、私も一緒に捕まった。


 里のほとんどの者たちは、シスタ聖教国の奴隷にされたのだ。


 それから、私は奴隷を魔法で縛る隷属の首輪をつけられ、ダンジョン攻略用の戦闘奴隷として飼われることとなった。

 隷属の首輪がある限り、主の命令に逆らうことはできない。

 私は何度も魔法で魔獣を狩らされた。

 時には危険な立ち回りを強いられることもあり、その結果右目を失った。

 生活も酷いもので、食事には残飯を与えられ、主の機嫌を損ねれば暴行も受けた。


 そして、1年前。

 私はダンジョンの深層まで潜らされ、命を失いかけた。


 深層の魔獣は強く、仲間の亜人たちは次々に殺されていった。

 主は、反撃の隙を作るために、私たちに命令した。

 盾になれ、と。

 私は魔獣の一撃を胸に受け、ふっ飛ばされた。


 気を失った私が意識を取り戻したのは、亜人たちの死体を捨てるゴミ捨て場の死体の中だった。


 私の胸にはざっくりと大きな傷があったが、隷属の首輪は外れていた。

 動かなくなった私を見て、死んだと思ったに違いない。

 首輪など死体には無用の長物だ、次の奴隷に着けるために外したのだろう。

 私の死体をダンジョンに捨て置かなかったのも、あの高価な首輪惜しさだったのだろうと、容易に想像がつく。

 あの首輪は、奴隷自身が解呪できないよう、専門職に解呪を依頼しなければならない作りなので、死体ごと持ち出す以外になかったのだろう。


 私は、這いずるようにして死体の山から抜け出した。

 週に一度、この死体の山は焼却処分されるはずだ。

 このままここにいれば、火炙りになってしまう。

 私は荒い息を吐きながら、必死に前に進む。

 

 そして、死体から出た灰の中に、黒く変色したそれを見つけた。

 母上がいつも身に着けていた、銀の腕輪だった。


 私は信じたくない思いで、震える手でそれを掘り出し、握り締めた。

 見間違えるはずがない。

 それは、確かに母上のものだった。


 私は嗚咽を漏らしながら歯を食いしばり、怒りと喪失感にボロボロと涙を零した。

 感情のままに叫べば、人間達が駆け付けて私を見つけるだろう。

 私を処分しようとするに違いない。

 いっそ、そうしてしまえば楽になれる。

 人間の一人や二人、魔法で道連れにできるかもしれない。

 

 叫びたい衝動に駆られながらも、私は血が出るほど強く歯を食いしばり、固く目を瞑る。

 父も兄も、私や母たちのために戦死した。

 その私が、軽々しく自分の命を捨てるわけにはいかない。

 死んだ同胞のためにも、私は生きなければならない。


 私は、母上の腕輪に手を通し、泣きながら這ってその場を後にした。


 その後、どう進んだのかは覚えていない。

 とにかく、暗い方へ、人が居ない方へと、汚れた道を這っていった。

 そして、小汚い空き地を見つけて、私は力尽きて意識を失った。



 しばらくして目を覚ますと、私を覗き込むいくつもの顔があった。


「⁉」


 驚いて上半身を起こそうとし、傷の痛みのために呻きながら倒れ込む。

 よく見ると、私を覗く顔は、皆ボロボロの服を着た幼い子供だった。

 エルフ、獣人、ドワーフ、よく分からない亜人もいる。

 共通しているのは、人間ではない、と言う事だ。


「おみず……」


 一人の子供が、私に欠けた椀を差し出した。

 雨水をためた、あまり衛生的ではなさそうな水だ。

 しかし、喉が渇き切っていた私は、口元に宛がわれたそれを夢中で飲んだ。


 ここはシスタ聖教国のスラムで、亜人や乞食たちが暮らす底辺の場所だ。

 この子供たちは、皆捨てられて行き場のない孤児たちだった。

 彼らは、死にかけの私になけなしの食料や水を運び、介抱してくれた。

 私が、この子たちに生涯を捧げようと誓うまでに、時間はかからなかった。

 

 1ヵ月もして、少しは動けるようになった私は、尖った耳を隠して難民が雇われるような日雇いの労働に出たり、野草を採取して食事の足しにしたり、傾いた空き家を修繕して住処にしたりした。

 少しでも、子供たちにマシな暮らしをさせてやりたかった。

 本当なら、この国を出てしまった方がいいのかもしれないが、行った先でも奴隷狩りに遭うかもしれず、魔獣なども危険だ。

 里から出たことのなかった私には、亜人を嫌っているのがこの国だけなのか判断しようがなかった。

 他の国は、もっと亜人を酷く扱うかもしれない。

 結局、私は子供たちとスラムに残り、面倒を見続けることにした。


 しかし、それはすぐに裏目に出た。


 シスタ聖教国内が、内紛で不穏になってきたのだ。

 日雇い仕事に行く難民たちの間でも、暗殺や政治闘争などの話題が日増しに上がるようになり、ついに悪い噂が耳に入る。

 亜人や乞食が生活するスラムを、一斉に焼き払う計画が秘密裏に進められているというのだ。

 人間至上主義を掲げる保守派の暴走によるものらしいが、スラムの住民に知らせることなく焼き討ちするつもりらしい。

 敵対する革新派が噂をバラまいたのかもしれないが、何にせよ、私達にはたまったものじゃない。

 

 私は子供たちが待つ家に帰るなり、食料などをかき集め、子供たちを連れてシスタ聖教国を出ることにした。

 向かう当てなどない。

 しかし、エルフの里に帰るわけにもいかない。

 あそこにはもう誰も、何も残っていない。

 そして、シスタ聖教国の連中に場所を知られている。


 ギリ、と歯噛みし、私は子供たちの手を引いて、人間が追って来られない危険地帯――『黒の森』へと向かうことにした。



【ロイ】


 俺と祖父ちゃんは、シスタ聖教国に向かうため、上機嫌で黒の森を歩いていた。


「ふん♪ ふん♪」


 俺はその辺で拾った木の棒を振り回しながら、祖父ちゃんは俺の背中をニコニコと見守りながら、順調に足を進める。


「だんじょんにいったらね、たからばこをあけてね、ははうえにおみやげもってかえるの!」


 俺はダンジョン探索でしたいことを祖父ちゃんに話して聞かせる。

 実は、祖父ちゃんもダンジョンに入るのは初めてらしく、俺の話を興味深そうに聞いていた。


「だんじょんにはね、しぜんのと、じんこうぶつのがあるんだって」


 魔物の死体が積み重なって瘴気を発し、自然にできるダンジョンもあれば、人間の遺跡などがダンジョン化することもあるという。

 人間の遺跡由来のダンジョンは、宝箱の率が高く、冒険者に人気なのだとか。

 俺も、ぜひアイテムバッグとか、便利グッズを入手したいものだ。

 う~ん、ロマンだ!


「みたことないまものもでるかな! わなにかかったり、ぼすべやにとじこめられたりするかも! たのしそう!」

「楽しそうか……?」


 祖父ちゃんは首を捻っているが、危険は冒険の醍醐味なのだ!


 そうして、一日目は歩いたり、時々走ったりして進み、野宿をした。

 身体強化魔法垂れ流しの祖父ちゃんがいるので、残念ながら魔物や魔獣には会わなかった。

 晩ご飯では、母上の注意通り、俺は保存食の塩漬け野菜もちゃんと食べたので、健康そのものだ。


 二日目も、シスタ聖教国を目指し、俺と祖父ちゃんは元気に出発した。

 しばらく歩き、森の南側に差し掛かると、祖父ちゃんはスン、と臭いを嗅ぎ、眉を顰めた。


「煙……? 薬草を燻したような臭いだな……」


 確かに、変わった煙の臭いがするな。

 森の中なのに、だ。

 魔獣が火を焚くとも思えないし、火事にしては煙が少ない。


「じいじ、だれかすんでるの?」


 俺が尋ねると、祖父ちゃんは首を横に振る。

 それもそうか。

 この黒の森は危険地帯だ。

 俺と祖父ちゃん以外に、ここに住むなんてできるはずもない。

 そもそも、この森はうちの私有地なんだし。

 ということは、侵入者だろうか。


「ゆくぞ」


 祖父ちゃんは、気を引き締めるようにして先頭を歩きだした。

 南に進むにつれ、煙は徐々に濃くなっていき、少し遠くに人の気配がする。

 やっぱり、侵入者がいたみたいだ。


「ロイは下がっておれ」


 祖父ちゃんは身体強化魔法をみなぎらせ、気配がする方に足を踏み入れた。



【フィニアス】

 

 私たちは、黒の森に少し入った所で野営をしていた。

 黒の森に入った時点でシスタ聖教国の国境は抜けているし、森の外からは私たちの姿は見えないはずだ。

 今の所奴隷狩りに狙われることはないだろう。


 しかし、この森の魔獣は、私の想像を超えて危険だった。

 森で最初に遭遇した角ウサギすら、通常の3倍の大きさだった。

 かろうじて仕留め、食料にしたが、子供連れでどこまで魔獣の脅威を凌げるか分からない。

 

 私は、父に習った魔獣除けの植物を集め、常に焚き火で燻しておくことにした。

 時々、風魔法で拡散させていると、少し魔獣の気配が和らいだ。


 子供たちは私に身を寄せ、不安そうにしている。

 せめて、子供たちだけでもこの辛い境遇から救ってやりたい。


 私たち亜人には、安住の地などないと言うのか。

 我々が一体、人間に何をした。

 何ゆえ、人間は私たちを魔族と同列に語るのか。

 我ら亜人も、魔族の事は良く思っていないというのに。


 数ヵ月、私と子供たちは黒の森で息を潜めるように暮らした。

 何度も魔獣の襲撃を受け、木の上に避難したこともあれば、獲物が手に入らず木の根をかじって凌いだこともあった。

 皆、限界が近づいていた。

 しかし、シスタ聖教国に戻るわけにもいかない。

 住処にしていたスラムはなく、逃亡奴隷と見なされれば処刑される。

 私は内心で途方に暮れていた。



 そんな時、私は森の奥から異様な気配を感じた。

 魔獣ではないが、とても強力な気配だ。

 森の魔獣たちが遠ざかって行くのが分かる。

 気配の主に怯えているのだろう。


「皆、隠れていなさい……!」


 私は子供たちを木に登らせ、身を隠させる。

 相手は焚き火の煙に気付いて真っすぐこちらに向かっているようだから、私がここで相手の気を引かねば、足が遅く逃げられない子供たちは、容易く見つかってしまうだろう。


 私が身構えて待っていると、木々の間から一人の人間が現れた。


「む……」


 その人間は年を取ってはいたが、尋常でない強者の気配をしていて、私を見て意外そうに目を見開いた。


「エルフがなぜこの森に……」


 顎に手をやり、訝しげな人間に、私はどう答えていいか分からない。

 死んだと思われ捨てられたとはいえ、私は逃亡したも同然の元奴隷。

 身元が分かれば、主の所に引き渡されてしまうかもしれない。

 それに、この子供たちも、どんな扱いを受けることか。


 警戒を滲ませ、私がその人間と見つめ合っていると、人間の足元からひょっこりと幼児が顔を覗かせた。


「えるふだ……!」


 その黒髪の幼児は私を見て目を輝かせ、人間を見上げてぴょんぴょん跳ねた。


「じいじ! えるふ! えるふだよ! ほんものだ! おれはじめてみた!」

「そうかそうか、よかったな、ロイ」


 人間はうんうんと何度も頷き、幼児の頭を撫でる。

 年齢と会話から、二人は祖父と孫ではないかと思われた。


「して、そのエルフが、我が領地で何をしておる?」


 ギロリ、と、鋭い視線が向けられ、私は怯む。

 ただの威圧のはずなのに、足が地面に張り付いたように動かない。

 圧倒的に実力が開いていることが分かる。


 それに、我が領地、という言葉から、相手がただの人間ではなく貴族なのだと知った。

 人間同士でも、貴族に対し無礼があれば裁かれるという。

 亜人ならば、どんな仕打ちを受けるか分かったものではない。


 私は、機嫌を損ねないよう、慎重に答えた。


「わ、私は難民です。行く当てがなく、この森に迷い込みました」

「きのうえのこたちも?」

「⁉」


 子供たちの存在を見透かされている。

 この幼児も、只者ではないのか。


「は……はい」


 私は、これ以上の隠し立ては悪手だと考え、子供たちに木から降りてくるように合図する。

 子供たちは、おどおどと木から降り、私の後ろに固まった。

 人間が恐ろしいのだろう。

 当然だ。


 亜人の子供たちを見るのは初めてなのか、幼児は驚いたようにぽかんと口を開け、ギュッと隣の人間、祖父のズボンを握りしめる。

 ぼろを着て痩せた亜人の子供たちを、警戒しているのだろうか。


 私は、私の後ろで震える子供たちの命を背負っている自負に、拳を固く握る。

 震える膝を叱咤して、私は意を決して人間の前に跪いた。


「どうか……お見逃し下さい。この森からはすぐに立ち去ります。罰が必要と言うのなら、全て私が引き受けます。ですから、子供たちだけでも、どうか……!」


 言い募りながら、私は声が震えるのを抑えられなかった。


 里を壊し、私の家族を殺し、私を死の淵まで追いやった。

 その人間という存在に、こうして跪いて情けを乞うた事は、未だなかった。

 どれだけ主に殴られ、蹴られても。

 一週間食事を与えられなくても。

 這いつくばって助けを求めたことはない。


 しかし、今私が頭を下げなければ、この子供たちがどうなるか分からない。

 少しでも、この子たちが生き延びるために、出来ることはしなければならない。

 それがどれだけ、屈辱と惨めさではらわたが煮えくり返る様な事であったとしてもだ。


「……お主、奴隷だな?」

「‼」

 

 人間は、静かな声で問う。

 その声には確信があり、ごまかしようもないことは理解できた。


「……はい。ですが、捨てられた身です。この子たちも同様に、主はおりません」


 身分を言い当てられた私は、今度は恐怖で震えそうになる声で、何とか答える。


「奴隷か……シスタ聖教国から来たのだな。なるほど、さっきの煙は魔獣除けか。黒の森の生態系が乱れておったのも、それが原因であったか」


 どうやら、私は知らぬところでこの人間に迷惑をかけていたらしい。

 あの煙が遠ざけた魔獣が、人間達を襲っていたのかもしれない。

 厳罰を言い渡されるかもしれないと思うと、私の手がかすかに震えた。


「しかし、奴隷とは……。厄介な……」


 人間は不機嫌そうに頭をかき、もの言いたげな幼児を見て、簡単に説明する。


「シスタ聖教国は、亜人を奴隷として売りさばいておるのだ。モルグーネ王国では認められておらぬが、奴隷を認めておる国は少なくない。奴隷を認めぬ国であっても、すでに誰かの持ち物である奴隷を無理やり解放することはできぬ。そんなことをすれば、シスタ聖教国と事を構えることになるからな」


 シスタ教徒はほぼすべての国に存在し、教会を造って拠点としていて、民からの支持もそこそこ得ている。

 シスタ教徒に武装蜂起されれば内乱にも繋がりかねないため、奴隷を認めない方針の各国としても、シスタ聖教国とは争いたがらないらしい。

 しかも、各国の貴族の中には、隠れて奴隷を買っている者たちもいるらしく、そう言う者たちは自分の行いが明るみに出るのを恐れて、頑なにシスタ聖教国の肩を持つらしい。

 そのような情報は私も初めて知ったのでありがたかったが、幼児に語るには難しすぎる内容だ。

 しかし、幼児はじっとその話を聞いていて、問い返す。


「たすけたら、こくさいもんだいになるの?」

「む……こ奴らには今は主がおらぬようだし、奴隷として受け入れるならば、連中は何も言わぬだろう。しかし、人間と同じ扱いをするならば、横やりが入る可能性はあるかもしれぬな」


 シスタ聖教国の連中は亜人を敵性劣等種と定めているため、普通の難民として他国が受け入れることにすら異を唱える者たちがいるのだ。

 と、人間が苦々しげに呟くと、幼児は顔を私達に向け、また人間を見上げた。


「じゃあ、そんなやつらはぜんいんぶっとばせばいいね」

「む……!」


 幼児の言葉に、人間は堪え切れずに大笑いした。 


「ははは、それはいい! その時はワシも手伝うぞ、ロイ!」

「うん!」


 二人で笑い合う人間たちを、私は呆気に取られて眺めている。

 一体何の話をしているのだろうか。


 幼児はひとしきり笑った後、私たちの方に歩み寄る。


「!」


 私はとっさに身を引き、居住まいを正した。

 幼児とはいえ、人間の機嫌を損ねるわけにはいかない。

 後ろには、その祖父も控えているのだ。


 幼児は私の前に来ると、じっと私を見つめた。


「なまえ、なんていうの?」

「………………フィニアス……です……」


 人間に名前を尋ねられたのは、初めてだった。

 今までは、適当な番号で呼ばれるか、おいとかお前などと命令されていただけだ。

 ずいぶん久しぶりに、自分の名前を思い出した。

 私は涙が零れそうになるのを俯いて隠す。


「フィニアスね。おれはね、ロイ」


 視界に幼児の手が映り、私は驚いて顔を上げる。

 その幼児は私に握手を求めていた。


「ロイの手を取るが良い」


 後ろの人間に促され、私は逆らうわけにもいかずその手を取る。

 幼児の手は小さく、温かく、柔らかい。


「フィニアス。しごと、ほしくない?」


 その幼児、ロイは、ニッと笑った。



【ロイ】


 俺は祖父ちゃんと一緒に黒の森を南下して、エルフと孤児たちに出会った。


 初めは、この世界で初めて見たエルフにはしゃいだが、孤児たちが現れると俺は急に現実に引き戻された。

 ボロボロの服を着て、埃まみれの髪をした、痩せた子供たち。

 俺は、一目で孤児たちが憔悴し切っているのが見て取れた。

 皆目に光がないんだ。

 俺より少し大きいだけの子供でさえ、そんな様子だ。


 俺は、思わず祖父ちゃんのズボンを握り締めた。

 さっきまで、祖父ちゃんとダンジョンに行くことに浮かれていたのに、冷たい手で心臓を鷲掴みにされたみたいだった。


 俺は今まで、この世界で家族に囲まれて幸せに暮らしてきた。

 だけど、この子たちにはそんな普通の生活すら与えられなかったんだと思うと、その不公平さに眩暈がした。


 話を聞いていると、俺たちが行こうとしていたシスタ聖教国が、亜人を奴隷にしているらしい。

 しかも、他の国も、そのシスタ聖教国に強く抗議できないという事だ。


 そんなの、クソくらえだ。


 目の前でお腹を空かせている子供がいたら、助けるのは当たり前だ。

 国がどうとか、奴隷がどうとか、そんな下らないことは上の連中が勝手にやっていればいい。

 怯えて小さくなっている子供たちを見て見ぬ振りするようなら、俺の魂は死んでいるも同然だ。

 俺は、誇り高きいち冒険者だ。

 冒険者は、国や権力になど阿らないのだ。


 でも、ただ助ける、と言うのでは、それは施しになってしまう。

 施しは、相手の矜持を折る。

 将来、自分の足で立てなくなってしまうかもしれない。


 そこで、俺はこのエルフに就職を持ち掛けることにした。


「し、仕事……ですか…………?」


 エルフは困惑した風に視線を彷徨わせた。

 でも、別に俺は難しいことを持ちかけるわけじゃない。


「おれのちちうえの、しへいになって」

「しへい…………」

「私兵だな」


 祖父ちゃんが俺の言葉を翻訳してくれる。

 いや、俺は言い間違ってはいないけど。


「わ、私をですか……? しかし、子供たちは…………」


 しどろもどろになって、あたふたと振り返るエルフに、俺は得意げに胸を張る。


「だいじょうぶだよ! ぜんいんおれがきたえてあげるから!」


 亜人だろうが奴隷だろうが、戦闘能力を磨いておいて悪いことはない。

 それに、この子たちが将来どんな道を選ぶにせよ、軍での規律正しい生活経験は役に立つだろう。

 しかも、兵として雇うならば、見習い期間であっても、少ないながらに給料を支払ってあげられる。

 もちろん父上は未熟な兵士を戦に出したりはしないだろうから、子供だからと使い捨てられる心配もない。


 まさに、完璧な作戦!


 しかし、俺の案に、祖父ちゃんは困惑したような顔だ。


「ロイよ……」


 祖父ちゃんは、大きい身体を丸めて俺に耳打ちする。


「ロイの鍛錬にこ奴らがついてこられるとは思えぬぞ? いや、それよりも……ターセルには、これ以上私兵を増やす資金がない」

「⁉」


 俺はショックのままに、祖父ちゃんを振り返る。

 すごくいい案だと思ったのに!

 うちが貧乏なのを忘れてた!


 祖父ちゃんは腕を組み、思案していたが、やがてポンと自分の膝を打った。


「では、ワシが雇おう!」

「え…………っ⁉」

「いいの⁉ じいじ!」

「よいよい。今なら、先日の報奨金が残っておるからな」


 祖父ちゃんが言ってるのは、ギネビア伯爵からの報奨金だ。

 祖父ちゃんは、俺を抱き上げて笑う。


「ルードルフ私兵団を立ち上げるか。ワシが私兵団団長、ロイが副団長、そこのエルフは軍曹でよかろう」

「まって、じいじ!」


 俺はすかさず手のひらを突き出す。


「うん?」

「おれ、ぼうけんしゃで、ぐんにははいらないから、ふくだんちょうじゃなくてめいよこもんにする!」

「名誉顧問?」

「そう!」


 もちろん、言い出しっぺだから監督責任は果たすが、軍人になるのは勘弁だ。

 だって、絶対王弟とかが厄介ごとを持ち込んでくるに決まってる。


「うむ、そうか、そうだな……」


 祖父ちゃんは俺の懸念が分かったようで、うんうんと頷く。


「では、ロイは名誉顧問、そこのエルフが副団長でよいか?」

「うん!」


 俺は大いに頷いた。


「ワシは、ロイが決めた事ならとことん付き合おうと決めておる。その代わり、責任をもってこ奴らを鍛えるのだぞ、ロイ」

「まかせて! じいじ!」


 なにせ、俺は名誉顧問だからな! 

 俺はエルフ、フィニアスの方を見て、安心させるように笑う。


「フィニアスふくだんちょう、よろしくね!」

「え……あ…………は……はい…………。ロイ……様…………」


 何だか押し切られて困惑しているようなフィニアスは、やがて腹を括ったように頭を下げた。



 それから、俺と祖父ちゃんはシスタ聖教国行きをやめて、ターセル子爵領に引き返した。

 もちろん、フィニアスや孤児たちも一緒だ。

 いや、もうルードルフ私兵団と呼ぶべきだな。


 祖父ちゃん、俺、フィニアス、孤児たちで、総勢12名の私兵団だ。

 名誉顧問の俺を除くならば、実働部隊は11名。

 うん、少ない。

 いや、後々少数精鋭になればいいのだ。


 とにかく、俺たちは道々食料を狩りながら、ゆっくりとターセル子爵領へと帰還したのだった。



【フィニアス】


 私たちは何日か野営をしながら、ターセル子爵領へと向かった。

 ルードルフ様は、やはりとてつもない強さだった。

 拳の一撃で、自分より何倍も大きい魔獣を仕留めて野営地に帰ってくる。

 やはり、私ごときが逆らっていい相手ではない。


 あれよあれよという間に、私や子供たちはこのルードルフ様に仕えることが決まってしまった。

 それも、どうやら私兵にされたらしい。

 まさか前線で使い捨ての兵士にされるのだろうか。

 元奴隷の兵の使い道など、その程度しかなさそうだ。

 こんな幼い子供たちまでも、使い潰されるのだろうか……。

 しかし、寝泊まりする場所や食事を用意してもらえるのならば、あのまま死を待っているよりもマシだったのかもしれない。


 私は葛藤を抱えたまま、黒の森を抜けた。


 長旅の果てにたどり着いた屋敷は、意外にも、私が住んでいたエルフの里長の家よりも少し小さかった。

 これでは、私の家で行われていた、里の人々を招いて集会をする場所もなさそうだ。

 集落で最も身分の高い者の家が、こんなに小さくてもいいのだろうか。


 私がそんなことを考えていると、屋敷の扉が勢いよく開く。

 庭にいた使用人から到着を聞いたのか、顔をこわばらせた夫婦と、老齢の女性が出てきた。

 恐らく、あのロイ様のご両親とご祖母だろう。


「ロイ……どういうことか説明なさい?」

「ルードルフ、ダンジョンには亜人を生む宝箱でもあるのかしら?」


 母君と思われる女性とご祖母と思われる女性が、笑顔の裏に怒りを湛えて問い質す。


「じ、じいじ……!」


 ロイ様は、母君とご祖母の恐ろしい剣幕に、ルードルフ様の後ろに隠れ、足にしがみついた。

 直接尋ねられていない私ですら、あの圧は恐ろしい。

 まして、私たちのことで叱られているのは明らかだったので、私もキリキリと胃が痛む思いだ。


「そ、そう怒るな、マリアンヌ、エマ。致し方なかったのだ」


 ルードルフ様は、魔獣を相手にしたときの威風が嘘のように、わたわたと弁解をする。


 ルードルフ様は、私たちと出会った話や、私たちの身の上についても簡潔に説明した。

 話を聞くにつれ、ロイ様の母君とご祖母は表情が同情的になっていき、ロイ様もホッとしたように足から離れる。

 ルードルフ様の話が終わると、ロイ様はようやくルードルフ様の後ろから出てきて、父君を見上げた。


「それでね、しへいにしようとおもったらね、ちちうえがおかねなかったから、じいじにやとってもらったの」

「ん゛っ……、そ、そうか……」


 父君はゴホンと咳払いをし、ルードルフ様を見る。


「しかし……良いのですか? シスタ聖教国の事は。国王陛下に確認を取った方が……」

「まぁ、そうだな。王家には確認を取る。が、ロイと話して、『文句を言う輩はぶっ飛ばせばいい』と言うことになったのだ」

「なったんだよ」


 胸を張るルードルフ様とロイ様は、体格こそ違うのにやけにそっくりで、父君は額を押さえた。


「わたくしは良いと思いますよ。ロイが優しい子に育っている証です」

「えぇ、お義母様の言う通りです。反対する理由がありませんわ」


 女性陣二人は、私たちを私兵として雇うことに賛成のようで、笑顔を浮かべる。

 父君は困惑していたが、ため息をつき、ロイ様の前に膝をつき目を合わせた。


「私も、反対をしているわけではないんだよ。ただ、これは色々とデリケートな問題だからね。我が国が文字通り、四面楚歌になるかもしれない事案だ。……そこまでの危険を冒して、彼らを助けなければいけない理由があるのかい? ロイ」


 それは、幼児相手とは思えない、重い質問だ。

 しかしロイ様は、不思議そうに首を傾げ、簡単に答える。


「こまってるこどもをたすけるのに、りゆうはいらないよ?」

「!」

「おれ、ただしいことしてるから。りゆうとか、どうでもいいの」


 この答えに、父君も二の句が継げなかったようで、呆気に取られたような顔をしている。

 しかし、ロイ様はさらに父君にくぎを刺す。


「でも、これはこようかんけいだから、ただでたすけるのとはちがうの。しへいとして、おしごとしてもらうから。じりつなんだよ」

「そうですね、これは施しではありません。れっきとした雇用関係です」


 ご祖母も、にこにこと賛同している。

 母君はロイ様の答えに感動したようで、ロイ様を抱きしめる。


「ロイ、私は貴方を誇りに思います。強くなるのは素晴らしいけれど、それよりも、貴方には優しい人間に育って欲しいと願っていますもの」

「うん、まかせて!」


 ロイ様は、照れ隠しのようにふふんと得意げに鼻を鳴らした。

 その様子を、私の後ろから、子供たちが羨ましそうに眺めているのを見て、私の胸がチクリと痛む。


 すると、ロイ様の母君は子供たちに歩み寄り、しゃがんで子供たちと目線を合わせる。


「⁉」


 人間の貴族が、亜人相手に目線を下げるなど前代未聞だ。

 私は驚きでひゅっと喉を鳴らすが、ロイ様の母君は気にした風もなく、土埃で汚れた子供たち一人ひとりの頭を優しく撫でた。


「貴方たちも、突然こんな話が決まって驚いているでしょう。しかし、心配はいりませんよ。ここはモルグーネ王国で、貴方たちはもう奴隷などではありません。しっかり食べて、休んで、大きくなって、勤めに励むのですよ」


 子供たちは、ふわふわした表情で、ほうっとロイ様の母君を見つめていた。

 ロイ様の母君は立ち上がり、私の方を見て、にこりとほほ笑む。


「ロイは突然何かを始める子ですけれど、決して悪い子ではありません。貴方も、よろしくお願いしますね」

「は……はい…………!」


 もう奴隷などではない。

 その言葉は、深く私の心に染み渡っていった。

 私はじわりと涙が浮かんでくるのを慌てて袖で拭きながら、勢いよく頭を下げた。 



【ロイ】


 フィニアスたちルードルフ私兵団を連れて帰ってから、俺は私兵団の生活を整えるために奔走した。

 祖父ちゃんの報奨金を使い果たしてしまわないよう、兵舎を俺の土魔法で建築したり、家具代を浮かすために原料の木を伐採して調達したり、ついでに魔獣を狩って冒険者ギルドに売り、軍資金(俺と子供たちのおやつ代)を稼いだりした。

 名誉顧問も楽じゃない。


 その間、子供たちは母上と祖母ちゃんがお世話をしてくれていて、風呂に入れて身だしなみを整えたり、古着の衣服を調達したり、栄養バランスの取れた食事を提供したりしていた。

 祖父ちゃんは、副団長のフィニアスと今後の事について打ち合わせをしたり、王家と連絡を取ったりしている。

 父上は、領主としての仕事があるので手を貸せないのが心苦しいのか、夜になると俺にあれこれ進捗を尋ねて、申し訳なさそうに俺の頭を撫でて褒めてくれる。

 父上が忙しいのは分かってるから、そんなに気にしなくていいのに。


 そうこうしているうちに、王都から早馬が……いや、王弟本人がやってきた。


「はぁぁ~~~~~‼」 


 いつものように、客室で俺と祖父ちゃんが事情聴取を受け終わると、王弟は頭を抱え、長い長い溜息を吐いた。


「どうして……どうして私たちの治世には、こんなに次々と問題が起こるんだ……‼」


 王弟は、王族らしからぬ態度で、投げやりに背もたれに凭れかかった。


「私だってシスタ聖教国も奴隷制度も嫌いだし、奴隷たちを哀れに思っているが……! しかし、連中を敵に回すと厄介なことになるんだ……! 元奴隷を正式に雇用となると、一部の過激派連中は十中八九内政に口出しを……! これでは、四方を敵性国家に囲まれることに……!」


 王弟は両手で顔を押さえ、ぶつぶつと不満を垂れ流している。


 まぁ、ここで許可が下りなくても、俺は押し通す気なのだが。

 一度拾った子供たちを放り出すなんてあり得ない。

 王家の決定次第では、『文句を言う輩は全員ぶっ飛ばす』には、王家も入るかもしれないな。 


 なんてことを俺が考えていると、王弟は疲れ切ったように身を起こした。


「…………分かった……。私兵団への雇用を……許可……しよう」


 本当に渋々、という風に、王弟は許可を絞り出す。

 国王に確認せず、勝手に決めちゃっていいのか?

 王弟は、よほど国王から信頼されているようだな。


「ロイ君。本件の発案者は君だね?」


 王弟はすっと居住まいを正し、空気がピリリと緊張する。

 祖父ちゃんは黙って腕を組み、俺と王弟の話の成り行きを静観する構えだ。


「私が何故、戦力も見込めない元奴隷の亜人たちの雇用を、許可したと思う?」


 う~ん、それをわざわざ俺に聞くということは、その理由に俺が絡んでいるわけだな?

 俺はちょっと考えて、思いついたことを上げる。


「えっとね、シスタせいきょうこくをおこらせるよりも、おれをおこらせるほうがやっかいだから」

「……よく分かったね……」


 王弟は額を押さえ、またため息を吐く。


「正直に言えば、この国が戦争を続けるのに、ロイ君とルードルフ様の戦力は欠かせない。ロイ君は、魔法師団や学生の教育にまで関わっているからね。シスタ聖教国がどう出るかはわからないが、それよりも、二人の戦力を失う方がこの国にとって痛手なんだよ」


 だからね、と、王弟はぐっと俺に身を寄せる。


「今回の事は許可を出すから、もう少し、私達にも協力してもらえないかな!」


 シスタ聖教国まで敵になるかもしれないし、王弟のお願いには妙に迫力があった。


「3歳の子供にそう圧をかけるな、オレリアス。ロイもできる範囲で協力しておろうが」


 祖父ちゃんは、弟子を叱るトーンで王弟を窘める。

 でも確かに、今回の事では王家にもちょっと迷惑をかけることになるかもしれない。

 シスタ聖教国がちょっかいをかけてこないといいんだけど、王弟の言い方では、何か厄介ごとが起こる確率の方が高そうだ。

 その上で、俺のわがままを呑んでもらった形になるから、俺も何か心ばかりでもお礼をした方がいいかもしれない。


「えーとね、んーと……」


 お礼、お礼、と考えていて、俺はピンときた。

 あれを渡そう!


 俺は客室から出て、自分の部屋で紙と色鉛筆を探し出し、客室に戻る。


「「?」」


 怪訝そうな祖父ちゃんと王弟の前で、俺は魔法で紙を小さめに切り、色鉛筆で文字を書いた。


『ロイのおてつだいけん 1かいぶん』


 俺は、出来立てほやほやのお手伝い券を王弟に差し出す。


「はい、これあげる」

「え……あ、ありがとう……?」

「なっ⁉ ななな……‼」


 首を傾げる王弟の横で、ガタンと椅子から立ち上がった祖父ちゃんがわなわなと震える。


「ロイ‼ ワシはお手伝い券など貰ったことはないぞ⁉」

「だって、じいじはいらないでしょ?」

「何故だっ⁉」


 俺は祖父ちゃんの足をポンポンと叩き、ニッとほほ笑む。


「じいじのためなら、おてつだいけんがなくても、いつでもおてつだいするから!」

「ろ……ロイィィィッ‼」


 祖父ちゃんは俺を抱き上げ、感動の高い高いをする。

 王弟は俺と祖父ちゃんのやりとりを聞いていて、はっとしたように口を押さえた。


「で、では、この券があれば、ロイ君が一回お手伝いをしてくれるとっ⁉」

「うん。だいたいのことはね」


 よっぽど、俺が拒否したいような事じゃなければ。


「こ……国宝だ‼ 国宝にしよう‼ カティに使われないよう、防犯の額に入れて高いところに飾らねば‼」


 大袈裟だなぁ、と思って俺は王弟を呆れた目で眺めているが、祖父ちゃんは当然だというように深く頷いている。


「警備の兵をつけるのも忘れてはいかんぞ。ロイの大事なお手伝い券が、盗まれでもしたら事だからな」

「もちろんですとも! これでドラゴンの襲撃があっても怖くない! 我が国は安泰だ! 帝国でもなんでも攻めてくるがいい!」


 お手伝い券を胸に抱いて喜ぶ王弟に、俺はちょっと不安になる。

 軽い気持ちで作ってしまったが、本当に、あの券は何に使われるんだろうか……。



【???】


 人間の住む大陸から少し離れた、魔族領と呼ばれる大陸がある。

 その魔族領には、その名の通り魔族たちが住んでいて、魔王を頂点として国家を築いていた。


 大陸の大きさは、人間の住む大陸の4分の1とは言え、その全土が魔族だけで統治される一国であり、人口こそ劣れども、ネヴィルディア帝国よりも広大な領土を持っている。

 その名も、魔族国「オルセイム」。


 人間達の間では、実在すら怪しまれる事もあるその国は、完全に人間世界から閉じた国であり、魔族しかその出入りを許されていなかった。

 それもこれも、はるか昔、人間の勇者たちにより魔王が『封印』されたためだ。


 魔王を守るため、魔族たちは皆オルセイムに集結し、人間界との交流を絶った。

 それは、今の代まで続いてきた。


 しかし、その長い沈黙の歴史が、ある少年の出現によって破られようとしていた。



 封印により眠りについた魔王を守るため、堅牢に建てられた魔王城の一室に、そうそうたる魔族の幹部たちが集まっていた。

 いわゆる四天王と呼ばれる彼らは、魔王からの宣託を受け取る巫女の老婆を招き、話し合っている。


「では、宣託の子供が本当に現れたのだな?」

「間違いないわい」


 大男が重々しく尋ねると、巫女の老婆は鬱陶しそうに手を振った。


「遠見の黒水晶で勇者を倒す様を見た。宣託の子供意外に、そんな芸当はできまいて」

「確かに、間違いないだろうねぇ」


 死体のように真っ白い肌をした妖艶な美女が、す、と赤い目を細めた。

 魔族は、全員が赤い瞳をしているが、これは種族的な特徴だ。


「では、ついに我らの悲願が叶うのだな? 宣託の子供――『魔王を解放せし者』が現れたということは」


 託宣の巫女、老婆は強く頷く。


「魔王様の封印が解かれる日は近いということじゃ」


 巫女の言葉に、四天王たちは一斉に息を呑む。


 魔王が封印されてから、早800年。

 四天王たちも世代交代を繰り返し、今の四天王たちは魔王と直接対面したことがない。

 その主が、もうすぐ長い眠りから目覚めようとしている。

 興奮か緊張か、彼らの顔は一様に昂りを現していた。


「しかし、何故託宣の子供が魔族じゃなく人間なんだ」


 いち早く口を開いたのは、四天王の中でも若手の男。


「勇者って奴も人間なんだろう? つまり人間は敵だ。なのに、何で魔王様を封印した連中に、魔王様の命運を託すんだよ」

「それは我々が考える事ではない。我らは、臣として魔王様のお言葉に従うのみ」


 大男は諫めるが、若い男は納得しない。


「俺はそもそも、人間ごときが地上の支配者面をしているのは気に入らねぇんだよ。地上を統べるのは、神の血を引く俺ら魔族であるべきだろうが」

「あたしもその意見に賛成したい所さ。でもね、この中の誰か一人でも、あの勇者と戦って勝てるやつがいるのかい?」


 白い女の問いに、この場の誰もが言葉を返せない。

 ただの人間相手に引けを取らない自負はあっても、相手が勇者となれば、話は別だ。

 若い男が舌打ちして黙ると、大男は皆をまとめるように口を開いた。


「託宣は絶対だが、お前が人間を疑う気持ちも分かる。では、『魔王様にお仕えするに相応しき者』か、今しばらく託宣の子供を見定めるとしよう」


 そう語る魔族たちの中央、黒水晶には、ターセル子爵家の3男、ロイの姿が映っていた。

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