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英雄の孫は今日も最強  作者: まーびん


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第12話  ロイ、魔法学園の講師になる

毎週金曜更新の予定ですが、間にちょこちょこ投稿するかもしれません。(しない可能性もあります)


 マリアンヌ祖母ちゃんは、ギネビア伯爵領で負傷者の治療に奔走していたが、2週間後、俺と祖父ちゃんと一緒にターセル男爵領に帰ることになった。

 セクトたちも、俺たちと一緒だ。

 ギネビア伯爵たちに見送られながら、俺たちは白竜ディアナと竜騎に乗り、帰郷した。


 祖父ちゃんの右腕は、見た目にはすっかり元通りになっていて、祖父ちゃんは以前と同じように動かせるよう、日々リハビリに努めている。

 が、ここでちょっと問題が発覚した。


 バキン、と、祖父ちゃんの右の手に握られていたカトラリーが折れ、上部がカラカラと床に転がる。


「ルードルフ、これで何本目だと思っているのです?」

「す、すまぬ……!」


 祖母ちゃんの笑顔だが凄みのある叱責に、祖父ちゃんは首をすくめた。


「これでも十分に慎重に扱っているのだが……!」


 あたふたと祖母ちゃんに言い訳する祖父ちゃんを、同じ食卓に着いている俺はちょっと申し訳なさそうな目で眺めた。

 こうなったのは、どうやら俺に責任があるらしい。


 俺は回復魔法で祖父ちゃんの右腕を治す時に、強くなれ、頑丈になれ、と念じたのだが……祖父ちゃんの右腕はちょっと強くなりすぎたらしい。

 後で気づいたんだけど、俺の中の強い祖父ちゃんのイメージって、身体強化時の祖父ちゃんのイメージなわけで……。

 つまり、再生した祖父ちゃんの右腕は、身体強化を使っていない時でも、身体強化Max時の強さに再生されてしまったみたいだ。

 そのせいで、祖父ちゃんは日常で触れる物をしょっちゅう壊しては、祖母ちゃんに叱られているのだ。


「貴方は右手でカトラリーを持つのは禁止です」

「うぅ……分かった……」


 祖父ちゃんは執事が差し出したカトラリーをしょんぼりと左手で握る。

 外では祖父ちゃんを立てるマリアンヌ祖母ちゃんだから、祖父ちゃんが実はものすごく恐妻家であることは、あまり知られていない。

 いつも温厚なマリアンヌ祖母ちゃんは、怒るとウチで一番怖いんだよ。


 ごめん、祖父ちゃん。

 俺はそっと視線を背け、食事に集中しているふりをした。



 そんなハプニングがありつつも、俺と祖父ちゃんは、ギネビアから帰還してからまた冒険者ギルドのクエストをこなして楽しい日々を過ごしている。

 低ランクのクエストも、祖父ちゃんの右腕のリハビリには丁度いい。


「しかし、この腕に身体強化魔法をかけるとなると、今までの1.5倍は威力が出ような」


 冒険者ギルドからの帰り道、祖父ちゃんの言葉に俺はニコニコと頷く。


「おれね、じいじがつよくなったらうれしい!」


 またどんな荒事が起こるか分からないからな。

 強いに越したことはない。


「それでも、勇者のあの力には勝てぬであろうがな」


 と祖父ちゃんはつぶやき、俺はそれにも一つ頷いた。


「しかし、敗けたままではおれぬ。今一度鍛え直して、今度こそ、ワシの力であの勇者を退けて見せようぞ!」


 祖父ちゃんが自信を滲ませて笑い、俺は心身ともに復活した祖父ちゃんが嬉しくて、つられてニカッと笑う。

 俺自身も、さらに研鑽を重ねなければ。


 ギネビア伯爵にいい伝手で発注してもらった、俺の特別製の杖、早くできないかなぁ。


 仕上がりを想像して俺がほくほくしていると、男爵家の屋敷の前に、見覚えのある馬が止まっている。

 俺と祖父ちゃんは目を見交わせ、呆れたように肩をすくめた。



 やってきていたのは、やっぱり王弟オレリアスだった。

 客室で、父上と母上、祖母ちゃんが王弟と話をしている。


「また来たのか」


 祖父ちゃんは客室に入るなり呆れたように腕を組み、王弟は祖父ちゃんの腕に目をやり、ソファから立ち上がると胸に手を当てて礼を執る。


「ご無事な姿を拝見でき、安心いたしました。この度は、ギネビア伯爵領への遠征、誠にありがとうございます」

「うむ……実際に助けたのはロイであるがな」


 祖父ちゃんはいつになくきまり悪そうに視線を逸らしたが、王弟は首を横に振る。


「ギネビア私兵を救ったのは、ルードルフ様であると聞き及んでおります。もちろん、ロイ君にも大変感謝しております」


 王弟は俺にもほほ笑みかけると、俺にも礼を執る。

 王族なのに、こんなに腰が低くていいのかな。


 そういえば、この王弟は現王の治世を支えるために自ら軍に入って、実際に改革をやり遂げたんだったな。

 俺は、王弟を見る目をちょっと改めることにした。

 少なくとも、祖父ちゃんを敵視して利権にしがみついていた高位貴族たちよりは好感が持てる。


「きにしないでいいよ。おれはじいじをたすけにいっただけだから」

「いや、そう言うわけにはいかないよ。ギネビア伯爵からも進言されて、ターセル男爵を、子爵に陞爵することに決まったんだよ」

「ちちうえ、ししゃくになるの?」


 俺が父上を見ると、父上は困惑したように頭をかいた。


「そ、そう言うことになるようだね。私が何をしたわけでもないのだが……」

「よいではないか。ワシの功績は男爵家の功績。素直に受け取っておけ」


 自分には面倒ごとが降りかからないと知っている祖父ちゃんは、適当にそう言って笑った。

 王弟は苦笑して、俺を見る。


「それで、ロイ君には報奨金を、と言う事だったのだが、本当にギネビア伯爵に預けてよかったのかい?」

「うん。ぎねびあはくしゃくのほうしょうきんとあわせて、おれのつえのだいきんにあててくれたはずだから」


 なにせ、俺の頼んだ杖は、特注な上に魔石が最上級で、とんでもない金額になってしまった。

 しかも、俺の杖は2本。

 俺の思い描く戦闘スタイルのためには、しょうがない出費なのだ。


「この歳であんな大金をポンと出すなんて……」


 一度お金の使い方を指導をするべきかしら、と母上は悩んでいるが、俺に後悔はない。

 必要な所にはケチケチせずにお金を使うべきだ。


「ところで、其方が来たからには、また何か面倒ごとを持ってきたのではないか?」


 祖父ちゃんはジロリと王弟を睨み、王弟は慌てて両手を突き出す。


「と、とんでもありません! この度は、本当にルードルフ様とロイ君に、お礼を言いに来ただけなのです」


 あ、しかし、と、王弟は胸のポケットを探る。


「第一魔法師団長、ガストール・レッドラン殿より、ロイ君に手紙を預かってきておりますが。何やら、開封の際には私にも同席し、共に検討をしてもらいたいと」

「ガストールが?」


 祖父ちゃんが怪訝そうに眉を寄せる隣で、俺は手紙を受け取り、封蝋をはがす。

 父上は、代わりに読もう、と俺から手紙を受け取り、のぞき込む祖父ちゃんに構わず手紙を読み上げた。


「ロイ君、ギネビア領で大変な活躍をしたようですね。じいじはうれしいです。ロイ君が勇者と戦った際の魔法は凄かったと聞いています。つきましては、ロイ君さえよければですが、魔法学園の臨時講師として、その魔法を学生たちに教えてもらえないかと思い、お手紙を書きました……?」


 父上はぽかんとして室内を見回す。


「ロイが魔法学園の講師……?」


 3歳児が?

 と、父上はフリーズしている。

 俺がもうちょっとで4歳になるとしても、早すぎるよな。


「ふむ、理にかなっておるな。ロイは国内……いや、世界最強の魔法使いと言っても過言ではなかろう?」

「とても良い考えだと思います!」


 祖父ちゃんの言葉に、王弟は勢い込んで同意した。


「ロイ君の実力は、魔法師団長を超えています! そのロイ君から教われば、学生たちの実力は間違いなく向上するでしょう!」


 王弟は俺の肩に手を置き、満面の笑顔で続ける。


「カティはロイ君から指導してもらって、とても強くなったと聞いているよ! わがままな態度も随分改善されたし、今では、王宮の魔法使いと訓練しても決して引けを取らない実力だと認められているんだ。学生たちの事も指導してもらえれば、王家としてもありがたい」

「し、しかし!」


 父上は困惑したように王弟を止める。


「ロイの実力は隠す方針では⁉ 講師などすれば、ロイの事があっという間に人の口に登ります!」

「今更だな……」


 祖父ちゃんは、悩まし気に唸り声を上げた。


「ロイが戦う姿は、エルンサルドの兵たちだけでなく、ギネビア兵も見ておる。当然、街の人々も見ておろう。全員に口外法度の魔法をかけるわけにはいかぬし、これ以上隠すのも限界がある」

「であれば、ロイ君に臨時講師を務めてもらっても、現状は変わりませんよね?」

「適当なことを仰らないでください! もし何かあった時に、ロイの警護は王家が責任をもって果たしてくれるのですか⁉」


 母上は男爵夫人と言う身分を超えて王弟に迫る。


「ロイ君に警護が必要かは疑問ですが……」


 と王弟は苦笑して、キッ、と母上に睨まれ、慌てて言い募る。


「も、もちろん、臨時講師を務める間、王家から警護の者を用意させていただきますし、その後もターセル男爵領に警護を就けるのはやぶさかではありませんとも!」


 俺が、何だか勝手に話が進みそうな気配を感じていると、今まで静かに聞いていた祖母ちゃんが口を開く。


「お待ちください。ガストール様は、ロイさえよければ、と仰ったのでしょう? 大切なのは、ロイの意志ではありませんか」


 祖母ちゃんの言葉に皆がはっとして俺を見て、祖母ちゃんは俺の前にしゃがんで目を合わせる。


「ロイはどうしたいのですか? 学園に行って、生徒に魔法を教えますか?」


 俺は両こぶしを握り、元気よく頷いた。


「いいよ、おれ、こうしやる!」


 それから、俺はしかつめらしく腕を組み、目を瞑る。


「みんな、じいじにたよりすぎ。だから、ほかのひともつよくなればいいの。そしたら、じいじがおれとぼうけんしゃしてても、だいじょうぶでしょ?」


 勇者や帝国っていう脅威もある事だしな。


「うむ。ワシも、後進が育てば安心できるな」


 祖父ちゃんが俺に賛同するので、父上たちは反論できずに言いよどむ。

 俺は得意げに胸を張り、続けた。


「おれがみんなをつよくしてあげるね! それに、ひさしぶりにレオにぃににもあえるし!」

「あぁ、レオナルドは魔法学園の最終学年だからな。去年は夏休みにも帰省してこなかったし」


 父上が思い出したように顎を撫でる。


 レオナルド兄ちゃんは、俺の一番上の兄で、現在17歳。

 将来はこのターセル男爵家、いや、ターセル子爵家を継ぐ予定だ。

 しかしその前に、ガストール祖父ちゃんが長を務める魔法師団に入団し、軍役に就くつもりらしい。

 まぁ実際、貴族家当主でも軍役についてる人は多いし、父上が健在なうちはそれもアリなのだろうけど。


 ちなみに、貴族向けの教育を受けられる学園は、騎士学園、魔法学園、貴族学園の3校だ。

 その3校のどれかの貴族コースを卒業しないと、成人しても貴族としては認められないらしい。

 俺は何とか通わずに済ませたいところだ。


 とにかく、俺は2年と半年ぐらいレオナルド兄ちゃんに会っていないから、学園に遊びに……いや、講師として行くのが楽しみになってきた。


 いつも忙しいガストール祖父ちゃんは、俺の遊びに付き合う時間なんてなかなか取れなかったけど、レオナルド兄ちゃんは学園から実家に帰省中していたひと夏、1歳の俺とずっと一緒に遊んでくれ、魔法を教えてくれたんだ。

 俺の最初の魔法の師と言ってもいいかもしれない。

 レオナルド兄ちゃんは最高の実験台…………練習相手だったのだ。


「おれね、レオにぃにとね、まほうでけっとうごっこするの!」


 俺がウキウキと祖父ちゃんに告げると、祖父ちゃんはちょっと言いにくそうに咳払いをした。


「あ~、ほどほどにするのだぞ、ロイよ。でないと、またレオナルドがしばらく家に帰ってこなくなるかもしれぬからな……」


 祖父ちゃんは、あの夏休みを思い出すように遠い目をした。



【ティーダー・クラース(魔法学園の学生)】


 僕はクラース男爵家の次男で、レオナルド・ターセルの友人、ティーダーだ。

 

 レオナルドは、第1魔法師団長ガストール・グリンガム・レッドラン様の孫で、魔法の実力は全生徒の中でもトップ。

 中の中と言った成績の僕とはちょっと格が違う感じなんだけど、僕の実家がターセル男爵領に隣接していて幼なじみだったことから、学園でも仲良くしてもらってる。


 13歳の入学当初から、レオナルドの才能は抜きんでていて、最終学年の今に至るまで一度も主席を明け渡したことはない。

 周囲からは大魔導士の再来と言われていて、本人もまんざらでもないようで、それを鼻にかける態度を取っていたこともあった。

 イケメンで女の子からもモテるし、魔法の才能も抜きんでているとなれば、ちょっと、いや、そこそこ傲慢になるものしょうがないと思う。


 でも、2年ほど前。

 夏休み明けに実家から帰省したレオナルドは、それまでの態度が嘘みたいに大人しくなっていて、驕り高ぶるのを一切やめた。


「俺など大したことはない。本当の天才というものが分かった」


 としか、レオナルドは語らなかった。

 その、以前と違ってちょっと影がある様子が、これまた女子生徒たちに人気なのだが、それはまぁ置いておいて。

 あの夏休みに、一体彼に何があったのだろうか……。


 とにかく、僕たちは最終学年になり、帝国や隣国との戦争の話を遠くに聞きながら、魔法師団への入団面接や就職活動などで忙しい日々を過ごしていた。 



 そんなある時、学園長から、上級学年は全員ある講習を受けるように、と通達があった。


 特別な講師を招き、新たな魔法の技術を習得するのだという。

 その講習には、軍務が空いている師団長や副師団長クラスの師団員も参加するらしく、普段の学園の授業風景とは異なるようだった。

 よほど名のある魔導士でも呼んだのだろうか。


 講師の名前は、ロイ・フィリポス・ターセルと言い、補佐にレッドラン師団長がつくらしい。

 

 ……ん? ターセル?


「おい、レオナルド。ロイって……君の弟のロイ君か?」


 僕が信じられない思いで尋ねると、レオナルドはすでに頭を抱えていた。


「嘘だろ……嘘だと言ってくれ……‼」


 取り乱し不安そうに頭を抱えるレオナルドなど、始めて見た。

 少し面白くなった僕は、レオナルドをからかう。


「いいじゃないか、弟の顔を見られるんだぞ? それとも、お祖父様に扱かれるのがそんなに怖いのか?」


 すると、レオナルドは悲壮感漂う顔で、僕を見た。


「いや、弟の方だ……」


 そう呟くレオナルドの声音は、何とも哀れだった。



 魔法学園の集会場兼練習場に、教師陣や上級生たちが並ぶ。

 魔法師団の師団長達も向かい合わせに並び、いつもの集会より数倍ピリピリとした空気だ。


 そこに、例の講師、ロイ君とレッドラン師団長、そしてなぜか英雄ルードルフ様までが入場して来た。

 さらにその後ろに、金髪ツインテールの5歳ぐらいの女の子も続く。

 その女の子には護衛が沢山ついてるから、もしかしたら王族か何かかもしれない。


 現れた幼児たちに、生徒たちからはざわざわとざわめきが起こる。


「おい、レオナルド。本当にロイ君が講師なのか?」


 ジョークか何かなんだろう?

 と僕が尋ねても、レオナルドは眉間を押さえて俯いたまま、顔を上げずに呻いている。


「あっ! レオにぃに~!」


 レッドラン師団長達と壇上に上がったロイ君は、レオナルドを見つけてパッと笑顔になり、大きく手を振った。

 皆の生暖かい視線がレオナルドに向かい、クスクスと笑う声が聞こえる。


「…………っ」


 レオナルドは羞恥に顔を引きつらせながらもロイ君に笑顔を返し、小さく手を振った。

 ロイ君は満足そうににへっと笑い、女子生徒たちがかわいい~! と身悶えている。

 それを見た金髪の女の子は、ロイ君の隣にズイズイと移動して、フン、と鼻を鳴らしていた。


「皆さん、お静かに」


 レッドラン師団長は壇上から魔法で声を拡散し、注意を促す。


「本日は、私の孫のロイ君が皆さんに魔法を教えます。大変高度な技術ですが、ぜひ前向きに習得に励んでください。それでは、ロイ君、お願いします」

「わかった、ガスじいじ!」


 おいおい、本当にロイ君が講師をやるのか?

 と、僕を含めた生徒たちが呆れた目を向けていると、ロイ君はひるむことなく前に出て、生徒たちを見回す。

 そして、勢いよく右手を空につき上げ声を張り上げた。


「おまえたちー! つよくなりたいかー!」

「「おぉー!」」


 ロイ君の言葉に生徒たちはぽかんとしているが、レッドラン師団長と英雄ルードルフ様は同じく拳を突き上げ、声を上げる。

 いつもは厳格な祖父二人のノリの良さに、教師陣や魔法師団員たちは唖然としているが、3人はどこ吹く風だ。


「こほん」


 ロイ君は生徒たちの反応の弱さに、気を取り直すように咳払いをし、ちょっと偉そうに腕を組む。


「みんなよわすぎるから、いまからおれがたたかいかたをおしえてあげるね」

「何? 我々を侮辱するつもりか?」


 ロイ君の言い草に反応したのは、ドレスデン公爵家の令息、モリス・エスラス・ドレスデンだ。

 モリスの魔法の実力は上の中と言ったところで、レオナルドをライバル視している最終学年生だ。

 モリスは、普段から公爵家の権力を笠に着て傲慢に振る舞うので、取り巻き以外の生徒からは嫌われている。

 レオナルドも、そんなモリスの態度を面倒がってあまり相手にしないのだが、それが癪に障るのか、いつもレオナルドに絡んでくる鬱陶しい奴だ。


 しかしまさか、まだ3歳のロイ君にまで絡むなんて。


「レッドラン師団長、こんな男爵家の子供に何ができると言うのですか! 私はこんな子供に何かを習うなんてごめんですよ!」


 モリスは、あろうことかあのレッドラン師団長に向かって反論する。

 レッドラン師団長は冷たい目でモリスを睨み、ルードルフ様は哀れなものを見るようにモリスを見下ろした。


「納得がいかないのなら、ロイ君と手合わせでもしてみますか?」

「お祖父様!」


 冷たい微笑みをたたえたレッドラン師団長の言葉に異を唱えるのは、レオナルドだ。

 

「ロイとモリスが手合わせなど‼ 死にますよ⁉」

「はっ、弟を庇うのか? レオナルド。まぁ、無理もない。私の腕前はすでに上級で……」

「馬鹿か‼ 俺が庇ってるのはお前だ‼」


 レオナルドはモリスの胸ぐらをつかむ。


「ロイと手合わせなんて、命がいつくあっても足りんぞ‼ やめておけ‼」

「だいじょうぶだよ、レオにぃに。てかげんするから」


 ロイ君は必死なレオナルドとは対照的に、ニコニコと機嫌が良さそうに壇上から降りてくる。


「あたらしいじっけんだいがほしかったし」

「実験台っ⁉」

「フン! レオナルド、貴様の弟はやる気のようだぞ?」


 モリスはレオナルドの手を振り払い、レオナルドを睨んで挑発する。

 モリスの奴、レオナルドに日頃相手にされない鬱憤をロイ君にぶつける気なのか?

 モリスは睨み返すレオナルドから視線を切り、悠々とロイ君の前に立つ。


「男爵家の子供ごときが、公爵家のこの私に魔法を教えるなどと。生意気な口を利いたことを後悔させてやる」


 モリスはロイ君に長杖を突きつけ、嘲笑する。

 おいおい、レッドラン師団長とルードルフ様がモリスの事を殺気を込めて睨んでいるぞ。

 あのお二人の前で3歳児の孫を威圧するとは……なんて命知らずな奴なんだ。


 しかし、ロイ君は落ち着いたもので、確認するようにレッドラン師団長を振り返る。


「ガスじいじ、ころさなかったら、やっつけていいよね?」

「えぇ、好きにして構いませんよ」

「お祖父様‼」


 レオナルドはレッドラン師団長に叫ぶが、レッドラン師団長はそれを手で制す。


「大丈夫ですよ。ロイ君は魔法のコントロールが上手ですからね。殺さないと言えば、殺しませんよ」

「それは……身をもって知っていますが……」


 レオナルドはグッと言葉に詰まり、やがて疲れ切ったように額を押さえてうな垂れた。


「はは、どうやら誰も助けてはくれないようだぞ? さぁ、いつでもかかってこい、小僧」


 モリスは生徒たちから冷たい目を向けられながら、ロイ君を挑発する。

 幼児相手に、本当に大人げない奴だな。


「じゃあいくね」


 ロイ君はにっこりと笑い、そして、次の瞬間モリスは宙を舞った。



【ロイ】


 ガストール祖父ちゃんに連れられて魔法学園に向かった俺は、早速講師をすることになった。

 生徒たちと共に、魔法師団の団長たちも一緒に講習を受けることになったようで、会場にはたくさん人が居る。

 戦力を底上げするには、またとない機会だ。


 皆には、是が非でも強くなってもらわなければ。

 俺とルードルフ祖父ちゃんの冒険者活動のために。


 しかし、講義を開始しようとしたところで横やりが入った。

 ドレスデン公爵家の嫡子とかいう偉そうな男子生徒が、俺の身分と子供であることを持ち出してきた。


 そいつはどうも皆から嫌われていて、他の生徒が皆その意見に賛同しているわけではなさそうなのだが。

 それにしても、他の生徒たちもちょっと気が抜けているようだし、ここは一発かましておいた方がいいかもしれないな。


 俺はガストール祖父ちゃん提案の手合わせを受けることにした。


 なにより、いい実験台ができた。

 俺の、この新しい杖を試すチャンスだ!


「いつでもかかってこい、小僧」


 モリスとか言う生徒は俺に杖を向けて、馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

 これは開始と言う事でいいんだな?


「じゃあいくね」


 俺は右手をかざし、大して速度もない空気砲を無詠唱で発射した。

 さぁ、それをモリスがかわしたところで、ファイヤーボールを……。


「うわぁぁっ‼」


 パン! と風に弾き飛ばされ、モリスが宙を舞う。

 何でだよ……。


「なっ⁉ なっ⁉ 今何をした⁉」


 モリスは地面に倒れ、尻餅をついた格好でじりじりと後退る。

 杖が手から離れてるし……戦闘を続行する気がなさそうだぞ?


「え? もうおわり?」


 何故こいつはシールド魔法一つ張らないのか。

 いや、まさかとは思うが、張れないのか?

 あの程度の速度に反応できなかったなんて言わないよな?


「よわすぎる……」


 俺は、モリスの体たらくにがっかりして、ガクリと肩を落とす。

 これじゃあ、若い世代が戦力にならないはずだな。

 祖父ちゃんがいつまでも頼りにされるわけだ。


「だだだっ、黙れっ‼ ここっ、こんなのインチキだ‼ こんなことをして許されると思ってるのか⁉ わ、私はドレスデン公爵家の嫡子だぞ……っ‼」


 モリスは真っ赤になり、立ち上がって慌てて杖を拾う。


「こうしゃくけって、ルーじいじをいじめてたこういきぞくだな」


 寄ってたかって祖父ちゃんの功績を奪ってた連中だ。

 それは、なおさら気に食わないな。


「いや、別に虐められておったわけではないが……」

「似たようなものでしょう?」


 ルードルフ祖父ちゃんが頭をかくと、ガストール祖父ちゃんはフンと鼻を鳴らす。

 ガストール祖父ちゃんも、高位貴族たちには思うところがあったのだろうか。


「く、くそっ! 馬鹿にするな! 男爵家の子供風情がっ! 英雄の孫だからって調子に乗るなよっ‼ 身分では公爵家の方が上なんだっ! 私が父上に話せば、後でどうなるか分かってるんだろうな‼」

「……」


 俺はこのモリスとか言う生徒を見ていて、段々と腹が立ってきた。 

 せっかく3歳児のこの俺が、若い世代の戦力を底上げしようと、お昼寝の時間を削って教壇に立っているというのに。

 こいつは、今のこの国の現状を、何だと思っているのか。


 そりゃあ、俺だって冒険者志望で自由に暮らしたいと思っているのだから、別に御国のために生きろなんて言うつもりはない。

 が、現状モルグーネ王国は戦争をしていて、ルードルフ祖父ちゃんなど先日死にかけたのだ。

 帝国は今後もあらゆる隙を突いて王国を攻めてくるに違いないし、勇者の脅威も完全に払拭できたわけではない。


 それを、身分だの爵位だの、国内で派閥争いをしていて、国が無くなったら元も子もないだろう。


「おまえは、なんのためにここにいる? たたかいかたをしるためじゃないのか?」


 俺はモリスとか言う生徒の方に歩み寄る。

 俺の脳裏には、ベッドで横たわっていたルードルフ祖父ちゃんと、あの厭味ったらしい勇者の顔が浮かんでいた。

 俺は家族を守るために戦うが、こいつにも譲れないものがあるのだろうか。


「ひっ……!」


 モリスは杖を構えたまま、一歩、二歩と後退する。

 俺は、ありのままの真実をモリスに突き付ける。


「おまえはよわい。よわいままだと、だいじなものをまもれない」

「……っ!」

「いま、このくにせんそうしてる。でもいざというとき、かぞくがなぐられても、ころされても、よわいおまえはなにもできないでしぬ。それでいいなら、かえればいいよ」

「な……っ!」


 俺は、やる気がない奴にまで戦闘技術を教えるのは無駄だと思う。

 何なら、敵方に情報が漏洩する危険すらあると思っている。

 だから、軍に関わらず生きていくつもりの奴や、上から命令するだけで命を懸ける気がない奴にまで、俺の貴重な時間と技術を割きたくないのだ。

 特にこのモリスからは、戦闘に対する心構えのようなものなど感じられないし。


 俺の言葉を聞いていたガストール祖父ちゃんは、モリスとの間にさりげなく入り、モリスを見下ろす。


「学生であるあなた方と違い、ロイ君はすでに2度も戦場に立っています。それでも講師として不十分だと思うなら、無理に講習を受ける必要はありませんよ」


 その分、将来の展望は暗くなるでしょうが、と、ガストール祖父ちゃんはモリスに聞こえないように小さく呟いた。


 まぁ、軍属になる奴が最新技術を身に着けていなければ、出世は望めなそうだし。

 人を使う側になるとしても、聞きかじった技術と習得した技術では、理解度は雲泥の差だろう。

 それに、最新の戦闘技術に通じていないとなれば、部下から舐められるのは必至だ。

 自衛の面からいっても、本人に戦闘技術があるに越したことはない。


 モリスもその程度の事は分かっているのか、俺に怒ってここを出ていく、というような短慮までは起こさないようだ。

 ガストール祖父ちゃんは、屈辱に震えるモリスに列に戻るよう手で示し、ため息を吐く。


「しかし、模擬戦にすらなりませんでしたね。どうしましょうか」


 ため息をつきたいのは俺も同じだ。

 まだ空気砲一発しか撃っていない。

 消化不良もいいところだ。


「あっ!」


 そこで、俺はいいことを思いついた。


「じゃあ、レオにぃにともぎせんやる!」

「なっ⁉」


 俺が目を向けると、レオナルド兄ちゃんはなぜか青くなって、ぶんぶんと首を横に振る。


「お、お祖父様と模擬戦をしてはどうだ⁉ な、その方がいいだろう⁉ ロイ⁉」

「いえいえ、ここは生徒代表として、レオ君に模擬戦をしてもらいましょう」


 レオ君の実力も見たいですしね、というガストール祖父ちゃんの言葉に、他の生徒たちから拍手が上がる。

 俺とモリスが手合わせをするのは不服でも、レオナルド兄ちゃんならいいのか。

 皆に慕われてるんだな、レオナルド兄ちゃん。


 ……いや、あの生暖かい視線は、弟と模擬戦というレオナルド兄ちゃんの見世物を楽しんでいるな?


「行って来いよ、レオナルド! ロイ君と遊ぶの久々なんだろ?」


 レオナルド兄ちゃんの傍にいた学生が、レオナルド兄ちゃんの背中を押す。


「ティーダー、お前な……っ! ……くっ!」


 後には引けないと思ったのか、レオナルド兄ちゃんは、何故か死を覚悟したような悲壮な顔で俺の前に立った。


「怪我だけはないようにしような⁉ 安全第一だぞ⁉」


 何やら必死なレオナルド兄ちゃんだが、俺は自分の胸をトンと叩いて請け負う。


「だいじょうぶ! おれ、かいふくまほうおぼえたから! けがしてもなおしてあげるね!」

「全然大丈夫じゃない‼」


 レオナルド兄ちゃんは天を仰ぎ、次いで、真剣な顔で俺に向き直った。


「手加減なしで行くぞ! いいな、ロイ!」

「うん、いいよ!」


 むしろそうでないと困る。

 これは、俺の新たな杖の試運転なのだから。


 ガストール祖父ちゃんの指示で、俺とレオナルド兄ちゃんを広く囲むように、生徒たちが輪になって観戦する。


「では……始め!」


 気合の入ったガストール祖父ちゃんの合図で模擬戦が始まった。


「猛き火精霊モーラよ、焔の御力を冀わん。御身に捧げし魔力を持ちて、我が敵を業炎にて灰塵となせ‼ 『ヘルフレア』‼」


 レオナルド兄ちゃんの詠唱に合わせ、掲げた杖の先に特大の炎の塊が形成されていく。

 それと同時に、周囲の生徒たちや教師陣から悲鳴が上がった。


「レオナルド! 幼気な弟を殺す気か⁉ それは炎の最上位魔法だろ⁉」


 さっきの男子生徒が叫ぶと、レオナルド兄ちゃんは必死の形相で怒鳴り返す。


「馬鹿野郎! ロイ相手に手加減なんてしてられるか‼ こっちが死ぬぞ‼」


 うんうん、さすがレオナルド兄ちゃん。

 俺をよく分かってくれているようだ。


 だが、この程度では甘い。


「悪く思うなよ、ロイ‼」


 レオナルド兄ちゃんは手加減なく俺にその魔法を放ったが、俺は当たる直前でパチンと指をはじく。


「『きゃんせる』」

「はっ⁉」


 ボフン、と間の抜けた音を立てて、レオナルド兄ちゃんの炎魔法がかき消える。

 そう、勇者との戦闘で使った、俺のオリジナル魔法だ。


 そして、俺は無詠唱、いや脳内詠唱魔法で、レオナルド兄ちゃんの2倍の『ヘルフレア』を形成する。


「こんどはおれのばんね!」

「お……おいっ‼ これのどこが幼気な弟なんだよぉぉぉっ‼」


 全力でシールドを張るレオナルド兄ちゃんに、俺は『ヘルフレア』をぶつけた。

 レオナルド兄ちゃんのシールドは吹き飛んで、兄ちゃん自身も何メートルか後方にふっ飛ばされる。

 が、なんとか無事だ。


「レオにぃに、しーるどつよくなったね!」


 俺は感心して手を叩く。

 いや実際、シールドが下手な奴なら本当に死んでいるはずだ。


「さすがレオにぃに!」

「そうですねぇ、さっきの『シールド』は、師団長クラスでした」


 ガストール祖父ちゃんは俺の勝利を宣言し、レオナルド兄ちゃんが立ち上がるのに手を貸す。


「れ……レッドラン師団長……。この子は一体……」


 周りの生徒や教師、魔法師団長達までが、唖然として俺を見つめている。

 ガストール祖父ちゃんは、やれやれ、と言った風に首を横に振った。 


「ですから、この子は私の孫で臨時講師のロイ君です。皆さん、いいですね?」



 それからは、俺が教えてもいいと判断した、『無詠唱魔法』『重複詠唱魔法』などのオリジナル魔法の理論を説明し、班に分かれて練習してもらうことになった。

 ただ、難易度が高いのか、最初の『無詠唱魔法』の時点でもう脱落者が続出している。

 

 ちなみにガストール祖父ちゃんは、魔法学園の控え室で俺から説明を聞いただけで、ほとんどのオリジナル魔法をモノにしていた。

 さすが、氷瀑の大魔導士、俺の自慢の祖父ちゃんだ。


 それと、カティはまだ子供で吸収力が高いのか、『無詠唱魔法』はすでに習得済みで、同じく『無詠唱魔法』と『重複詠唱魔法』まで身に着けていた器用貧乏なヘレス師団長は、「なぜ貴方が私より先にロイ君から魔法を習っているのですか!」とガストール祖父ちゃんに詰め寄られていた。

 そんなカティとヘレス師団長にも、俺と同じく指導役になってもらって、班を回ってもらう。


 俺は最初こそ真面目に班を回っていたのだが、途中からレオナルド兄ちゃんの班に入り浸り、久しぶりの兄弟の再開を楽しんでいた。


「レオにぃに! おれのまほうすごいでしょ!」


 俺はニカッとレオナルド兄ちゃんに笑いかける。

 兄ちゃんは苦笑して俺の頭を撫でた。


「あぁ、まったく……。ここまでコテンパンにやられると、もう悔し涙も出ないな」


 レオナルド兄ちゃんは芝生に座り、俺はすかさず兄ちゃんの足の上に座り込む。


「みて、レオにぃに! おれのつえ!」


 俺は、フフン、と得意げに鼻を鳴らし、両腕を突き出した。

 俺の両手首には、魔石がはめ込まれた金色の腕輪がはまっている。

 右腕が攻撃魔法用の全属性最上位魔石で、左腕が回復魔法用の回復属性最上位魔石だ。

 これのおかげで、さっきは随分精密に魔力がコントロールできたし、威力も上がっていた。

 目玉が飛び出るお値段だっただけはある。


「杖……というより、腕輪か?」

「そうだよ! でも、つえとおなじこうかなの!」


 魔法の杖は、魔石の属性により、増幅される魔法に偏りが出る。

 氷属性の魔石なら、氷属性が最も増幅強化されるわけだ。

 さらに、魔石の純度により、魔法のコントロール性能にも差が出てしまう。


 そして、杖の柄の部分は、使う金属にもよるが、長いほどに魔力量を込めることができる。

 逆に言えば、長さに応じた必要魔力量を満たさないと、上手く魔法が発動できない。

 しかも、高威力の魔法を使おうとすればどうしても長い詠唱が必要になるため、長杖は発動までに時間がかかるのが欠点だ。

 長杖でも低威力の魔法を発動できなくはないのだが、その場合でもたっぷりと杖に魔力を蓄える必要があるため、ロスがえげつない。

 しかし、短杖にしたらしたで、今度は大量の魔力を込められず威力が抑えられてしまうので、上位魔法の発動が難しくなる。


 どちらも一長一短で、だからこそ皆自分の戦闘スタイルや魔力量に合った杖を探すわけだ。


 ガストール祖父ちゃんの杖などの、上位魔導士の杖クラスになると、魔法発動に必要な魔力量が膨大になるため、使用者は魔力をごっそり吸われて倒れてしまうこともある。

 杖って、持ってるだけで微妙に魔力を吸い上げられてる感覚なんだよね。

 魔法を発動しようとすると、杖からの魔力の吸引が強力になるので、自分の魔力量以上の杖を持つことは危険を伴う。


「柄がないこれなら、魔法発動を最短に短縮できるだろうが……その分威力が落ちたりしないのか? それに、魔力を吸い取られすぎないよう、杖はすぐに手放せる形にしなくてもいいのか?」

 

 と、レオナルド兄ちゃんは困惑したように腕を組む。

 こういう時の顔は、父上そっくりなんだよな。


「それは私が説明しましょうか」


 ガストール祖父ちゃんは、孫との魔法談議を楽しむように、傍の芝生に座り込む。


「杖の柄の部分は、魔法発動前に予め魔力を練って溜めることで、魔力ストックとして機能しますね。それにより、魔石に供給される魔力を安定させ、魔法発動をスムーズにすることができます。しかし、ロイ君の魔力コントロールは一般のそれを凌駕していますから、必要な魔力を発動に応じて即練ることができます。つまり、柄に魔力をストックして安定させる必要がない。直に魔石を握っても、ロイ君なら難なく魔法を発動することができるでしょう」


 柄がないことで、本来微妙に発生する魔力のロスもない、とガストール祖父ちゃんは勢い込んで説明に熱を入れる。


「しかも、ロイ君ほどの精密な魔力コントロールができれば、体表から完全に魔力を抑えることもでき、腕輪が外せなかったとしても、皮膚から魔力を吸い上げられることはないでしょう! 『無詠唱魔法』、『重複詠唱魔法』と組み合わせて、現在考え得る最高の杖と言えますね! しかも、ロイ君はルードルフのような肉弾戦も前提にしていますから、両手を空けるためには最適な形と言えます!」


 これは新たな杖の在り方に一石を投じましたよ! と、ガストール祖父ちゃんは興奮している。

 ルードルフ祖父ちゃんが筋肉馬鹿なら、ガストール祖父ちゃんは魔法馬鹿なのだ。


 レオナルド兄ちゃんは、はしゃぐガストール祖父ちゃんをあっけに取られて眺めていたが、膝の間に座る俺に視線を戻す。


「少し見ない間に、ロイも随分成長したんだな」

「うん!」


 俺は、勇者を倒したことを見振り手ぶりを加えて兄ちゃんに熱演する。

 レオナルド兄ちゃんは黙って俺を見ていたが、やがて話し終えた俺の頭に手を置いた。


「強くなったな、ロイ」

「うん!」

「ルードルフお祖父様を助けてくれてありがとうな」

「おれえらい?」

「あぁ、えらいぞ!」


 レオナルド兄ちゃんは、俺の頭をくしゃくしゃに撫でる。

 俺はきゃあきゃあとはしゃぎ、2年半ぶりの兄ちゃんを堪能した。


 レオナルド兄ちゃんはこう見えて懐が広い。

 俺がどんなにハードな実験……鍛錬をしても、俺を叱ったことはないのだ。

 ちょっと避けられたりはしたかもしれないが……。


 それに、レオナルド兄ちゃんは魔法の筋がいい。

 きっと、俺のオリジナル魔法もすぐに使えるようになるはずだ。


「レオにぃににも、つよくなってもらわないとこまるの」


 俺は兄ちゃんを見上げ、キリッと顔を引き締める。


「レオにぃには、ししゃくになるでしょ。ししゃくは、つよくないとね! りょうみんをまもるために!」

「ロイ……!」


 レオナルド兄ちゃんは、ちょっと感動したように目を潤ませる。

 俺は、大事なことを付け加えた。


「じゃないと、おれとルーじいじがぼうけんしゃできなくなるから!」

「う、うん……そうか……、そうだな……」


 レオナルド兄ちゃんは、ため息をついて俺の頭をポンポンと撫でた。

 しかし俺だって、兄ちゃんたちに全てを丸投げと言うわけではない。


「でもね、もしレオにぃにがこまったら、おれがぜったいたすけてあげるね! だいじなにぃにだから!」


 俺の言葉に、レオナルド兄ちゃんは今度こそ瞳を潤ませ、俺のお腹に腕を回す。


「そうか……。それは嬉しいな。期待してるぞ、ロイ」

「うん! まかせて!」


 レオナルド兄ちゃんに抱きしめられ、俺はふふんと得意げに鼻を鳴らした。



【ガストール】


 ロイ君はレオ君と再会を楽しんだあと、また他の班の指導に向かった。

 本当に、孫の成長は早いものだ。


「ガストールお祖父様」


 レオ君は私の傍に来て、遠くのロイ君を見つめる。


「最初に会った時からロイは異常に優秀でしたが……今はとんでもないことになっていますね……」


 その言葉には、羨望と言うより呆れが滲んでいて、私はわずかに胸を撫で下ろす。

 ロイ君ほどの天才を目にすれば、誰だって自分と比べて絶望してしまう。

 優秀な者ほど、そのまま腐ってもおかしくない。

 まして、弟に追い抜かれてはレオ君も立つ瀬がないのでは、と思っていたが、このさっぱりした目を見るに杞憂だったようだ。


「あれだけの斬新な魔法の数々を生み出したのです。ロイ君は、すでに私を超えていますよ」


 私もロイ君の方を見て、思わず苦笑する。

 どうすれば、あれほどのオリジナル魔法を生み出せるのか。

 精密な魔力のコントロールや魔法概念への深い造形はもとより、子供ならではの柔軟な発想が肝なのだろうか。

 いずれにせよ、ロイ君のオリジナル魔法はすでに魔法の教科書に載る、いや、戦場を一変させるほどの破壊力を秘めている。


「まぁ、私とルードルフの二人でかかれば、まだもう少しは祖父の威厳を見せられると……」


 私がレオ君に向き直り、少々意地を張っていると、ドーン、と背後でロイ君の魔法が爆発する。

 振り返ると、吹き飛ばされた師団長達が空を舞っていた。


「あ、はい。無理ですね。二人がかりでも勝てません」


 あれは、ロイ君の高速無詠唱魔法でシールドを張る間もなくフッ飛ばされたな。

 ルードルフでも私でも、ロイ君のあの速度に対応できるとは思えない。

 初手で完封負けするだろう。


 あっさりと意見を翻した私に、レオ君はがっくりと肩を落とす。


「もう俺の理解の範疇を超えています……」

「私の理解の範疇も超えていますよ」


 一体、ロイ君はどこまで強くなるのか、そしてどこを目指しているのか。

 それは、ロイ君にしかわからない。


「私たちにできることは、ロイ君が真っすぐ自分の道を歩けるように、導き、サポートすることだけです」


 私は周囲に誰もいないことをさりげなく確かめ、レオ君に向き直る。


「レオ君。ロイ君はこの先、孤立していくことになるかもしれません」

「孤立ですか……」


 私は頷き、レオ君と一緒にロイ君を見やる。

 屈託なく笑い、駆け回るロイ君は、何の陰も感じさせない。

 しかしこの先、ロイ君が政治的な闘争に巻き込まれていくことは避けようがない。


「ロイ君は現在、この国の最高戦力です。王家も、そして高位貴族たちも、ロイ君を取り込むか排除しようとするでしょう」


 すでに王家はカテリーナと言う姫をロイ君の傍に送り込んでいる。

 その手の動きは、今後さらに加速するだろう。


「それに、先日の勇者のような強敵が現れれば、ロイ君は間違いなく戦場に引きずり出されます」

「ロイが素直に従うとは思えませんが?」


 レオ君が首を捻るが、私はその甘さに首を横に振る。


「では、レオ君がその戦場に派兵されればどうです? ルードルフのように、レオ君の身に何かあれば、ロイ君は真っ先に戦場に飛んでいくでしょう」

「……はい……。つまり、俺たちがロイの弱みになると?」

「そうなり得るかもしれませんし、反対に、ロイ君を助けることもできると考えています」

「どうすればいいのですか?」


 そう問い返すレオ君の顔には、迷いはない。

 孫たちの仲の良さに、私は思わず笑みを浮かべる。

 異母兄弟達と揉めに揉めた私からすれば、その仲の良さに眩しさすら覚える。


「簡単なことですよ。私たちが強くなればいいのです」


 私は明快に説明する。


「ロイ君一人に頼り切るのではなく、ロイ君の隣に立つ、いえ、少なくとも後ろを守れるぐらいに強くなれば、ロイ君の負担を減らせるでしょう」

「で、出来るでしょうか……」

 

 レオ君は顔を引きつらせるが、これはできるかどうかの話ではない。

 やらねばならないのだ。


「……実は、私は、ロイ君がこの講師の話を受けてくれるとは考えていなかったのですよ」


 私の言葉に、レオ君は怪訝そうな目を向ける。

 私は顔をしかめ、深いため息をついた。


「ロイ君にも、何か焦りがあるように見えます。恐らく、あの勇者との戦いが、ロイ君の目を変えたのでしょう」


 エルンサルドの城に落ちたという雷。

 エルンサルドでは「女神の怒りを買った」などと噂されているらしいが、『重複詠唱魔法』を知った今なら分かる。

 あれをやったのはロイ君だ。

 しかし、その強引なやり口はどう考えてもロイ君らしくない。


 ロイ君は勇者と何か話をしていたと報告があった。

 ロイ君が、何か我々が知り得ない情報を持っているのは間違いない。

 それがあの子を焦らせているのだろう。

 それが何であれ、家族を守ろうとするロイ君に、力が及ばぬ私たちがしてあげられることは少ない。

 今は、まだ。


「私たちのような凡人は、今できることをするしかありませんからね。ロイ君に学び、この国を守れるよう強くなるしかありませんね」

「……お祖父様が凡人なら、我々など赤子同然ですよ……」


 レオ君はそう言ってひきつった顔で笑っていたが、そのレオ君も私の学生時代に勝るとも劣らぬ実力を持っている。

 レオ君もまた、ロイ君と共に将来有望な、大切な私の孫だ。


 どうか、このまま互いに助け合い、次代を切り拓いて欲しいものだ。

 私は、切にそう願った。



【勇者マサト・アキミネ】


 僕は、ゲームが好きなごく普通の高校生だった。

 それがある日、通学中に突然光に包まれたかと思うと、真っ白な部屋に飛ばされていた。

 そこにいた美しい女の人は女神と名乗り、僕がこれから異世界に転移させられること、その世界では僕が最強であることを告げた。

 あと、人類の敵の魔族がいるから、それを倒して欲しいとか色々と言っていた。

 つまり、僕は女神に選ばれた勇者と言うわけだ。


 チャンスだと思った。


 僕を虐めていた、腕っぷしだけで頭の悪い連中もいないし、僕が最強なら今度は僕がそういう連中の上に立てる。

 この世界で成功すれば、僕を踏みつけにしてきた連中を見返してやれると思うと、僕の心は弾んだ。


 僕はエルンサルドと言う小国に異世界召喚され、帝国と戦うという使命を得て、戦争に身を投じた。

 最初は外国人のような人々に囲まれ、様子を窺っていたが、戦闘技術を教わってすぐに悟った。

 この世界では、僕は無敵だということを。

 僕は、馬鹿な連中を使って、どうやれば戦いに勝てるかだけを考えて動いた。

 僕の言う通りにさえすれば、帝国にでも問題なく勝てるはずだったんだ。


 だけど、そこにあいつが現れた。


 この僕以上の魔法を使いこなす、あの異世界転生者の子供。

 中身が何歳なのかは知らないが、あいつは明らかに僕よりも年齢を重ねていると思う。


 あいつは危険だ。


 僕は、戦闘中に突然起こった爆発の隙を突き、あいつの前から逃げた。

 エルンサルドに戻っても、あいつは僕を殺すまできっと追ってくる。 

 だから、僕は帝国がある北へと向かった。

 帝国とあいつは敵対しているはず。

 僕を殺すためだけに、敵地へはやって来ないはずだ。

 あいつが追ってきさえしなければ、帝国だろうと僕の敵じゃない。

 

 あいつが、あいつさえいなければ……‼


「もし」

「っっ⁉」


 フードを目深にかぶった僕に、後ろから声がかけられる。

 僕はハッとふり向き、腰の杖に魔力を込めた。


 ここは帝国の辺境都市のスラム。

 人が多くて雑踏に紛れやすいので、僕は一時ここに身を隠している。

 しかし、僕が振り返った相手もフードを被っていて、どうやら人違いで僕に声をかけたという雰囲気ではない。


「何者だ……!」

「まぁ、落ち着いてくださいな」


 僕が問い質すと、相手は両手を上げ、交戦の意志がないことを示す。

 フードを取って顔を見せたその男は、くすんだ白髪に狐のような細い目をしていた。

 こんな男に見覚えはない。


「僕に何か用か?」


 僕は一撃で相手を殺せるように、魔力を一層練り上げる。

 すると、男はニィと笑い、首を横に振った。


「不意打ちするなら、もっと殺気を隠さなきゃいけませんねぇ。それじゃあ、あの子供にも気づかれる」

「‼」


 あいつのことを知っているのか⁉

 僕の警戒心が膨れ上がるが、男はそれを見て一層おかしそうに目を細める。


「命を救って差し上げたってのに、つれないですねぇ」

「……! まさか、あの爆発はお前が……?」


 あの子供の最後の魔法を阻止し、僕を逃がしたあの爆発。

 それが、この男の仕業なのか?

 男は僕の考えを読んだように頷き、恭しく胸に手を当てて礼を執る。


「勇者マサト・アキミネ殿。我が君、ネヴィルディア帝国皇帝陛下が、貴方を将軍として抱えたいと仰せです」

「僕を将軍に……⁉」


 帝国兵を散々殺したこの僕を、将軍に迎え入れるだと?

 どう考えても、罠以外の何物でもない。


「ふざけているのか?」


 僕は杖を男に突き付け、魔法発動の直前まで魔力を高める。

 散々戦場で人を殺してきた。

 今更、この男一人を殺すことにためらいなどない。 

 しかし、男は僕が魔法を撃たないと確信しているような余裕の笑みで、首を傾げる。


「よいのですか? 私を殺せば、二度とあの子供に復讐する機会は訪れませんよ?」

「‼」


 僕は息を呑む。

 男は、僕の心情など見通しているかのように、くつくつと笑って話を続ける。


「あの子供は、我ら帝国にとっても、最大の脅威なのです。それこそ、勇者の手を借りねばならないほどにね」

「……つまり、あいつを殺すために、敵同士で手を組むという訳か」

「はい。敵の敵は味方、と申します。それまでは、貴方様に死んでもらっては困りますからね。だから貴方を逃がしたのですよ」


 帝国は、あいつの脅威度を僕より上と考えている訳か。

 僕はギリ、と歯を食いしばり、男を睨む。


 確かに、身一つで逃亡生活を続けている僕は、日々の暮らしにも事欠く状況だ。

 しかし、帝国のバックアップがあれば、僕は生活基盤を整え、戦闘技術を磨き、兵を引き連れてもう一度あいつに挑むことができる。

 いや、帝国の戦力を使えるならば、更にあらゆる戦術も立てられるだろう。


「復讐以上に、重要なことがおありで?」


 男は、嫌味な笑みで、僕に決断を促して来る。


「……いいだろう。その話に乗ってやる」


 あの子供を始末しなければ、僕は先に進めない。

 僕がこの世界で最強となるために、帝国を利用してあの子供を潰してやる。

 僕の暗い笑みを見て、男はふっ、と息を漏らす。


 そうして、僕は皇帝に謁見するために、帝都へと向かった。


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