10:それから
フラッタの街に柔らかな陽の光が差し込む午後三時。
トードと共にイストリア社をあとにしたリリィは、イストリア社から徒歩十分の場所にある施設を訪れていた。
「サンクさん」
「ああ、ロウさん。どうしたの?」
メモリアインの受付で作業をしていたサンクは、来訪者が誰か分かると上機嫌に微笑んだ。リリィには軽く手を振り、扉付近に立っているトードには会釈する。
「今日帰ることになったので、ご挨拶しようと思って。……昨日は、ありがとう、ございました」
「どういたしまして。……依頼、上手くいったみたいでよかったね」
サンクがそっと囁く。サンクはリリィの依頼内容について何も知らないが、トードの補聴器を見て事情を察したようだった。
「はい。……あっ、わたしも、あの二人と友達になりました。エルさんは、文通してくれるそうです」
「そっか。いいこと尽くめだね」
うんうんと頷いたサンクは柔和な笑みを湛えて「そうだ!」と声を上げる。
「ねえ、それなら僕とも友達にならない? まあ……友達になってくれても宿泊費は安くしてあげられないけど……」
「ふふ」
リリィは明るく笑い、答える。
「もちろん、です」
「本当? 嬉しいなあ! じゃあ、今度は観光にでもおいで。街の端っこに広がる自然と映画館くらいしか見どころのない街だけど、おいしいデザートを用意しておくよ。友達としてプレゼントするなら何も問題ないはずさ」
「ありがとう、ございます。――サンクさん」
「何?」
手招きしたリリィに対し、サンクはカウンター越しに顔を近付ける。
一方、リリィは少し背伸びをすると、サンクの耳元で何か囁いた。
「――はは! それは恐ろしいな」
小ぢんまりとしたロビーに、サンクの快活な笑い声が響く。
「楽しみにしてるよ」と偽りのない思いを告げたサンクは、微笑んでいるリリィに手を差し出した。リリィは明るい笑顔を浮かべ、その手を握る。
大きさの違う手をそれぞれ握り合う二人は、まるで十年来の友人のようだった。
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「――なあ」
「何? おにい、ちゃん」
「その……何が楽しみなんだ?」
フラッタ駅へと向かう道中、ずっと押し黙っていたトードが躊躇いがちに尋ねる。
リリィが晴れ晴れした顔でいたこともあり、サンクと話した内容が気になっているようだ。――トードの顔には「まさか、あれくらい歳の離れた男がタイプなんじゃないだろうな」と書いてある。
「ふふ……。心配する相手が、違うよ。おにいちゃん」
「え? なんて言ったんだ?」
息だけで笑う妹にトードは不安の色を滲ませる。ちょうど車が通り過ぎたこともあり、リリィの掠れ声を聴き取りそびれたのだ。
リリィは歩道の端に立ち止まるとショルダーバッグからミニノートと万年筆を取り出した。その後、イストリア社の住所やフラッタまでの交通費が書かれたページの下半分に何か書いて、トードに手渡す。
「……ライバル? これじゃ分からないよ」
記された文章を読んだトードは首を傾げながら尋ねたが、リリィは答えなかった。ただくすくすと笑って、人通りがまばらなフラッタのはずれを歩く。
――《「いつかライバルになりますから」って伝えたんだよ、お兄ちゃん》