おまけ
陸斗視点
俺にはずっと前から好きな子がいる。その子の名前は美鈴。家が近くて幼馴染だったこともあって、昔からよく遊んでいた。
「……ちょっと早く着きすぎたかな」
待ち合わせ場所の駅前で、俺は腕時計をちらっと見た。針は待ち合わせの5分前を指している。
美鈴は時間に正確なタイプだ。だから、きっともうすぐ来るだろう。
昔は、お互い子どもだったから、ただ楽しいって気持ちだけで一緒にいた。
でも、高校に入ってからかな。美鈴が少しずつ大人びて、俺はなんとなく、話しかけるタイミングがわからなくなって。
そんなある日、腕時計に興味を持ってくれた。それがきっかけで話が弾み、距離が縮まった気がする。まさか過去に行けるとは思わなかったけど……
「陸斗、お待たせ!」
ふわりと風が吹いて、聞きなれた声が俺の名を呼んだ。振り返ると美鈴が、笑顔で手を振った。私服姿の美鈴はとても可愛くて思わず見惚れてしまう。
「えっと、じゃあ、行こっか」
駅に向かうとタイミングを狙ったように電車がやってきた。座席に座り、俺は隣に座る美鈴をちらっと見た。
「……何?」
美鈴は俺の視線に気づいて、少し眉をひそめたように笑う。
「いや、なんでもない。今日、天気いいなって思って」
「ふふ、変なの」
俺はごまかすように目をそらした。本当は、こうして隣にいることが嬉しいだけなのに……
海は、想像以上に綺麗だった。青く広がる空と、波の音。夏の日差しに照らされてキラキラと輝いて見える。
「じゃ、着替えてくる」
美鈴がタオルを肩にかけて、近くの更衣室へ向かった。俺も自販機で水を買ってから、更衣室に入る。なんだかんだで、海なんて中学以来かもしれない。
数分後、砂浜に戻ると、美鈴が先に出てきていた。白のビキニは、シンプルだけど透き通るような雰囲気があって、陽射しを受けた肌にやわらかく映えていた。
ウエストは細く引き締まっていて、風に吹かれてサラサラの髪が揺れる。ただ、目の置き場に困るな……
「準備OK?」
「もちろん!」
美鈴が先に駆け出して、ばしゃっと水しぶきを上げた。 それを追いかけるように、俺も海へ足を踏み入れる。
「冷たっ!」
「ふふっ、大げさ〜」
笑ってる美鈴の顔は楽しそうで、それだけで来てよかったって思えた。
しばらくは、波に向かって走ったり、水を掛け合ったり、ただただはしゃいでいた。何も考えず、ただ笑って、笑わせて。まるで子どもの頃に戻ったみたいだった。
「それ!」
「わっ、待って、待って! 陸斗冷たすぎ!」
「そっちが先にかけてきたんだろ!」
逃げる美鈴を追いかけて、背中にパシャっと水をかけると、振り返りざまに顔を膨らませてくる。
こんな時間を、もっと当たり前のように過ごせたらいいのに。 そう思った。
「……なあ、美鈴」
波が少し落ち着いたタイミングで、俺は声をかけた。
「ん?」
「このあとさ、ちょっと寄り道してもいい?」
「うん、どこに?」
「昔、よく行ってた公園。覚えてる?」
「あのブランコのあるとこだよね」
「そう、それ」
美鈴は一瞬だけ不思議そうな顔をして、それからゆっくりと頷いた。
「いいね。ちょっと、懐かしいかも」
海から上がった後、シャワーを浴びてさっぱりした俺たちは駅に向かった。電車に揺られ、見慣れた景色が近づいてくる。
俺たちはホームを出ると、昔よく行っていた公園に向かった。
ブランコに乗ったり、かくれんぼをしたり、ただの遊び場だったけど、今思うと、その時間がどれだけ大切だったかって気づく。
「懐かしい〜」
「ここでよく遊んでたな」
美鈴は目を細めて公園を見渡す。昔の話をすると自然に心が温かくなっていく。公園の端にあるブランコの前に立ち止まり、俺は美鈴をちらっと見る。
「……あの時、ブランコに2人で乗ってたの覚えてる?」
「覚えてるよ。1人で乗るのが怖かったから、それで陸斗と2人で乗ることになって……」
美鈴が少し照れくさそうに言って、そっと笑った。
「あの時、陸斗が隣にいてくれて安心したんだ。……変わらないよね、昔も今もそういうとこ」
そう言って、美鈴はブランコの前で立ち止まり、俺の方を向いた。
「今日、ほんとに楽しかった。誘ってくれてありがとね。それと……」
美鈴はまっすぐこちらを見て、ふっと息を吸い込んだ。
「あの日、陸斗がそばにいてくれて、話を聞いてくれて、本当に嬉しかったの。1人だったらきっとダメだったと思う」
静かに、けれどしっかりとした声だった。そのひとつひとつの言葉が、心に染みこんでくる。
「……あの日、過去に戻って、お父さんとちゃんと向き合えたのは、陸斗が一緒にいてくれたからだよ。怖くても、悲しくても、隣に陸斗がいてくれると不思議と前を向けた」
美鈴の瞳が、まっすぐ俺を見ていた。
「それで、ようやく気持ちの整理がついたら、すごく大切なことに気づいたの。だからちゃんと言わなきゃって思って……」
美鈴の声は少し震えていたけれど、ひとつひとつ大事に並べているようだった。
「そっか、実は俺も言いたいことがあるんだ」
ずっと伝えたかった気持ちが、今なら言える気がした。いや、今しかないと思った。
鼓動が速くなる。言葉にするのは怖いけど、でも――伝えたい。ずっとそばにいてくれた、美鈴に。
「俺は美鈴のことが好き」
「私は陸斗のことが好き」
同時に、言葉が重なった。
一瞬、時間が止まったような感覚。顔を見合わせたまま、2人ともぽかんとして、それから思わず笑ってしまった。
俺は美鈴の手を取ると、そっと抱き寄せた。距離が、ゆっくりと近づいていく。見慣れたはずのその顔がとても綺麗で……何も言わずにそっと、唇を重ねた。
それは、2人の気持ちが重なったように、優しくて、温かくて、思いやりに満ちていた。