5話
駅の近くまで戻ってくると、ちょうどお昼時だった。
「お腹すいたね。どこか入ろっか?」
「そうだな、あそこのカフェとかどう?」
陸斗が指さしたのは、通り沿いのオシャレな雰囲気のカフェだった。小さなテラス席もあって、店先の花壇には色とりどりのビオラが咲いている。
「うん、いいかも」
店に入って、窓際のテーブルに案内された。私はサンドイッチを、陸斗はパスタを頼んで、飲み物が来るまで、なんとなく街ゆく人を眺めていた」
ふと、陸斗が小さく息をついて私の方を見る。
「……実はさ、今日誘ってもらって、ホッとしたんだ」
「え? なんで?」
「おじさんのこと、あるだろ? だから、すごく落ち込んでるんじゃないかって、ずっと気になってて……でも、腕時計を見てる美鈴がすごく楽しそうだったからさ」
陸斗は照れくさそうに言ったが、それは私の気持ちをちゃんと見てくれていた証であり、とても嬉しかった。
「……ありがとう。正直、まだ寂しいし、考えると苦しくなることもあるよ。でも……不思議とね、時計を見てると、時間がただ過ぎていくんじゃなくて、“続いていく”って思えるんだ」
そう言いながら、私は自分の手首に巻かれた時計にそっと視線を落とした。
「……そうか。そうだな」
陸斗は静かにうなずいた。彼の横顔はどこか優しくて、少し影のようなものも宿っていて。
「陸斗は、なんだか大人になったよね」
「え?」
「なんでもノリで決めてたし、変なあだ名つけてきたりしてさ」
「うわ、あったな……それ、今思い出すと黒歴史すぎる」
顔を見合わせて笑いながらも私はちゃんと感じていた。陸斗は、変わった。大人になった。きっと、私も。時計の針が時を刻むように確かに進んでいく。
空腹も満たされて、食後のコーヒーを飲みながら、ふと私は顔をあげて陸斗に尋ねた。
「ねぇ、まだ時間ある?……よかったら、うち寄ってかない?」
陸斗は少しだけ目を見開いてコーヒーカップを置く。隣の席のカップルが、こっちを見てクスッと笑いをこらえているのが視界に入った。
あれ、私、なんかヘンなこと言った?
「美鈴……」
陸斗が小さく笑って、肩をすくめる。
「年頃の女の子が、気軽に異性を家に誘っちゃダメでしょ。ここ、公共の場だし」
その言い方が妙に優しくて、からかうようでもあって、胸にチクリと刺さった。
「っ……ち、ちがっ、そういう意味じゃないからっ!」
思わず声を上げて、顔が一気に熱くなる。両手で頬を押さえながら、必死で言葉を続ける。
「べ、別に変なことしようとか思ってないしっ! あの、あの時計のこと、ちょっと見てもらいたくて……っ!」
パニック状態のまま早口でまくしたてる私を見て陸斗はクスッと笑う。
「……ふふ、ごめんごめん。ちょっと意地悪だった」
そう言いながら、テーブルに肘をついて私の方に顔を向けてくる。
「でも、そういう素直な反応をする美鈴、いいと思うよ」
その笑顔がまぶしくて、ますます顔が熱くなった。私は慌ててコーヒーを飲み干して、視線をそらす。
カフェを出ると、空はもう夕暮れに染まっていた。並んで歩く帰り道、沈黙が続くが気まずくはなかった。隣に陸斗がいて、同じペースで歩いてくれることが、なんだか不思議と心地よかった。
「……今日はありがとね。なんだか、いろいろ気を使わせちゃって」
ちゃんと伝えたかったけど照れくさくて静かにそう言った。風の音に紛れてしまいそうな声だったけど、陸斗にはちゃんと届いたみたいで——
「いいよ、そんなの」
陸斗の声はとても優しかった。
「美鈴ってさ、昔から真面目だよな」
思わず横目で見ると、陸斗は前を向いたまま、ちょっとだけ笑っていた。
「でも、俺はそういう真面目なところも好きだよ」
その言葉に、思わず足が止まりそうになった。……ああ、また心臓が変な音を立てる。
「そ、そういうこと、さらっと言わないでよ……」
情けない声で返すと、陸斗が少しだけ肩をすくめた。
「ごめんごめん。でも本当のことだから」
その言い方がずるくて、目を合わせられないまま、私は小さくうなずいた。そしてまた、並んで歩き出した。