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第九話「タチバナ博士」

「お疲れ様です。イヌカイさん」


 小銃をぶら下げた迷彩柄の男がイヌカイに声をかける。


「彼らがシジマさんの……」

「部屋は用意できていますので」

「そうだな……会議は明日にしようか」


 男は敬礼をして、どこかへ去っていく。


「さてと、今日はお疲れでしょう。今日のところは休んでください」

「そうさせてもらう」


 サンがしっかりと体を伸ばしている。だいぶ疲れているようだ。ぼくも横になりたい気分だ。お言葉に甘える。

 イヌカイと別れ、リサと双子に案内され部屋に通される。


「一緒の部屋の方がいい?」


 リサにそう聞かれると、


「別で」


 ルーナが即答した。ルーナはリサの家に泊まることになった。

 居住区を抜け、空き部屋に通される。

 冷蔵庫もテレビもエアコンも大きなベッドもある。こんな上等な部屋で寝られるなんてとても嬉しい。サンもベッドの上で跳ねている。綺麗なシーツに可愛らしい肉球を残している。やめてほしい。


「リョウジ、喉が渇いたな」


 飲む必要はないだろうが言うのも面倒くさい。

 冷蔵庫を開け、ストックされていた水を取り、皿に注ぐ。それを一心不乱に舐めて飲み干し満足したようにサンは眠った。

 ぼくも眠くなってはいたが、その前にシェルター内を見ておきたい。気になることもある。

 シャワーを浴び、汚れを落とす。向こうが用意していた着替えはイヌカイが着ていたあの制服だった。悪くないデザインだ。なんだか、賢く見える。そんな馬鹿っぽい感想に笑いそうになる。

 扉を出て、歩く。電光掲示板に表示されているマップを見る。構造的には『なゆた』とそう変わりはなさそうだ。農園もあって、ショッピングフロアも、スクラップ置き場もある。見慣れないものは『ハコブネ』と『タチバナ研究所』の二つだ。かなりのスペースが取られている。研究所はその名の通りだろうけど、『ハコブネ』は分からない。舟があるのだろうか。何のために?


「眠れないの?」


 女性の声がして、振り返る。リサがいた。


「そんなとこです。リサさんも?」

「まぁね。リョウジ君っていくつ?」

「ぼくは二十歳です」

「じゃあ、私の方が少しおねーさんだ」

「お姉ちゃん」


 くすくす笑われた。


「リョウジ君、面白いわね。あのシジマさんが後継者に選んだのもなんか分かるかも」


 リサは煙草を取り出し、吸う。一本勧められたのでぼくも吸う。


「どうして、ここの住民は冬眠してないのか。そう考えてる?」


 図星だった。


「ここでは選択できるの。寝るのか、眠らないのか。個人の意思を尊重しているの。そう決めたのよ、あのスキンヘッドの人がね」

「イヌカイさんが?」

「でも、ほとんどの人がハイバネーションするの。起きているのは私たちみたいな活動をしている連中。あとは自然に歳を重ねたい人とか」


 吹き抜けを見下ろすと歩いている人がいる。照明の下でぼくらのように煙草を吸っている人もいる。居酒屋だろうか、店も開いている。


「なんだか不思議です。違う文明みたいで」


 携帯灰皿を差し出される。吸殻を捨てる。


「ルーナちゃん、いい子ね。双子とも仲良くしてる。眠るまで質問攻めにされていたけど」


 その様子が容易に想像できる。大変そうだ。


「あんまり夜更かししないようにね」


 それじゃあ、とリサは去っていった。後姿が完全に見えなくなるまで見送った。



 ノックの音で目を覚ます。デジタル時計を確認するともう午前六時くらいだった。枕が違っても変わらず快眠だった。


「はい」


 ドアを開けると双子がいた。アイネが口を開く。


「リサが一緒に朝食どうかなって」


 気持ち良さそうに寝ているサンを起こし、双子の後ろを歩く。リサの部屋に入るといい匂いがした。テーブル席に水玉柄のパジャマ姿のルーナがいた。


「おはようリョウジ」

「おはよう」


 ぼくたちに気が付いたリサも「おはよう」と言って火を止めた。


「口に合うか分からないけど」


 ぼくとルーナとリサの三人で食事を取る。サンは双子の遊び相手になっている。頭を二人がかりで撫でられ続け苦しそうな表情をしている。


「食べ終わったら会議室に行くわ」


 リサはサラダを摘まみながら言う。


「会議が終わったらあとは自由時間ね。好きに過ごして」

「分かりました」


 完食。美味しかったと素直な感想を述べると「ありがとう」と少し照れたような感じで言ってくれた。『ひかり』の野菜もみずみずしく食感がいい。

 一度部屋に戻り着替えを済まし、リサとルーナに合流。

 螺旋状になったエスカレーターに乗り込む。


「どうして螺旋状なんですか?」


 リサに聞くと、


「お洒落だからじゃない?」


 と、納得する回答だった。


「リョウジ、見て見て」


 ルーナが嬉しそうに指さす方を見ると人工太陽の日光を浴び、日焼けしている男性がいた。ああいう使い方もあるのかと勉強になった。

 長いエスカレーターが終り、通路を歩く。何人かの人とすれ違ったがみんな気さくに挨拶してくれた。


「着いたわ」


 会議室は『なゆた』とそう変わらない大きさだったが、設備は向こうよりも整っていて、何より綺麗だった。掃除が行き渡っている。

 イヌカイが既に席に座りぼくらを待っていた。その隣には知らない人がいた。ぼさぼさで、白髪交じりの頭に紫外線を防ぐ黒いレンズの丸眼鏡。白衣によれよれのシャツ。足に至っては便所サンダルを履いている。見た目に頓着しないタイプの天才学者みたいなイメージだ。


「よく眠れたかい?」

「ええ。ぐっすりと」


 そうかそうか、とイヌカイは笑い、座席に案内してくれた。


「じゃあ、話し合いを始める前に紹介しておこう。こちら、タチバナ博士だ」


 紹介されたタチバナは立ち上がり、


「どうも天才です」


 それだけ言ってまた席に着いた。天才らしい。


「彼はこの『ひかり』において遺伝子を専門にしている学者だ」

「イヌカイ、私のことはいい」


 タチバナは貧乏ゆすりをしている。どこか落ち着きのない様子だ。


「本題に入ろうか」


 部屋の照明が落ち、プロジェクターが起動する。スクリーンには荒廃した風景が映し出されていた。生命の気配すらない、灰色の景色。


「これが現在の地上だ。数日前に調査ロボが撮影したものだ。ご覧の通り、とても人が暮らせる環境にはない」


 今のところはねと博士が付け加える。


「そもそも、君たちはどうしてこんな世界になったのか知っているかい?」


 サングラス越しにこちらを見ている。ぼくが答えることにした。


「第三次世界大戦、というか終末戦争の際に使用された核兵器により核の冬が起き、一時的な氷期が訪れたから……ですね」

「勤勉でよろしい」


 博士が指を鳴らす。


「そう。核の冬。死の灰が世界を覆い、太陽を隠した。今から七十年前の出来事さ。核の冬は永遠に続くわけではない。季節は移ろいゆくものだからね。およそ十年で終わる」

「世界は焼き尽くされたが、人類は蟻やモグラのように地下で生活することでこうして今日まで続く文明を築いた」


 イヌカイはリモコンを操作しながら言った。


「けれども、核による汚染は今なお続いている」


 博士は悲しそうに言う。


「自然浄化にはどれくらいかかるか分かるかね。じゃあ、そこの君」


 博士が指名したのはルーナだった。


「そうですね……百年以上?」

「約三百年だ」


 途方もない話だ。これには言葉をなくした。


「安心したまえ。あくまで自然に任せた場合の仮定だ」

「リョウジ」


 足元のサンが吠える。そこで察した。


「リバース・アース……」

「そうさ。世界を救う新元素」


 鞄の中からカプセルを取り出す。


「なぁ、サン。これはどこで見つけたんだ?」

「シジマから共有されていない。偶然発見したのだろう」


 サンは視線を逸らす。


「こちらには天才もいる」

「そうだねぇ。私がいてよかったね」


 不気味な笑い声を出す博士、イヌカイたちは慣れているのだろう。ぼくたちは少し驚いた。


「計画はこうだ」


 イヌカイが映し出したのは兵器の姿だった。


「先の大戦で使用されたミサイルだ。『ひかり』から少し離れた場所に武器庫があり、そこにはまだ何発か残っている。これを利用する」

「なぁに、中身は別物だ」


 博士がカプセルを手に取り、うっとりとしていた。


「リバース・アースを世界中に?」

「そうだよリョウジ君。上空で爆発。この元素が風に乗って……世界を浄化する。世界を壊すができるのならば、作り直すこともできるはずだ」


 希望の光だ。ぼくたちは大地を踏むことができる。

 ずっと待ち望んでいた。その瞬間が来る。


「勿論、必ず成功するとは言えない。その時にはもうお手上げさ。おとなしく、自然に任せる方が得策だろうねぇ」

「そんなぁ」


 ルーナが残念そうな声をあげた。


「どうにかならないんですか」

「ルーナ君。朗報だよ。もしもの時の対策はある。リスクヘッジだね」


 イヌカイに何か合図を送る博士。画面が切り替わり、博士は立ち上がってスクリーンの傍に移動する。手には指示棒を握り締めて。


「これを見てくれ」


 博士は興奮気味にスクリーンをバシバシ叩く。


「カプセル・ベッド?」


 見覚えのあるベッドだ。寝心地抜群。


「従来のベッドは三年間しか冬眠できなかった。そして三年間充電し稼働する。連続しての使用は不可能だった」


 だった、と語尾を強調する。


「もしこれが連続稼働可能になれば……どうだろう。人類は寝ているだけでいい。そして、目を覚ませば地上には緑が戻り、小鳥の囀りが聞こえ、川のせせらぎがする」


 博士は息を吸い、


「そんな空想のようなことが実現できれば?」


 仮にリバース・アースに効果がなくても問題は解決する。


「カプセル・ベッドを改良し、超長期間の冬眠でも肉体が崩壊することなく衰えることもなく声明を維持することができれば……寝て解決。素晴らしい」

「まだ実現はしてないの。博士が試行錯誤してるんだけどね」


 リサがそっと耳打ちしてくれた。

 博士が咳払いする。リサは何でもないという素振りをする。

 再びスクリーンを叩き、博士は天を仰ぐように告げる。


「私はそれを『ハイ・ハイバネーション』と名付けた。人類の最終冬眠」


 何百年と眠り、浄化を待つ。

 ベッドの中で年齢も重ねず、時の流れに逆らう。


「予想外の事態が起こる可能性はある。ベッドが機能を中断したりね。そもそも、シェルターが崩壊するかもしれない。眠ったらそのまま二度と目を覚まさなかったというのは避けたいんだがね。それに、先ほども言ったが肉体には限度がある。私がこだわっているのは人間の肉体のまま負荷に耐えることなんだ。一部を機械化するとか、記憶をデータ化しロボットに共有させて生きるとか……そういうのではない」


 サンが博士を見る。


「ワンちゃん、君は少し違うだろう? 意識の共有をしているわけではない。別の存在としてちゃんと確立しているではないか」

「そこを気にしているのではなく、機械に意識を……仮に移せたとしてそれが本人であると証明することはできるのか? ロボットは優秀だ」

「真似事がね。君の言う通りさ。まぁ、これ以上は私の専門外になる。自分の見ているリンゴの赤色は相手から見ても同じ赤色なのか。説明する手段を人間は持ち合わせているのか……みたいな。人体にはまだブラックボックスがある。いつの日か解明されることはあるだろう。残念ながら今ではないということは分かるよ。そういった謎、メカニズムを完全にデータ化し、プログラムされた電脳が完成したのならそれは本人と言ってもいいのかもしれない」


 博士は言い終えて大きく息を吸った。

 自分の情報をロボットに移植する。とんでもない話、でもないのだろう。


「オルタネイトは脳から発せられる信号をキャッチし、義手や義足を動かす。最終的には肉体全てに置き換える。リョウジ君ならイメージできるんじゃあないかな」

「素体ですか?」


 博士は満足そうに頷く。


「電脳と素体。人類の進化系は人形と酷似している。つまり、肉体からの乖離こそが理想なのだよ。肉体がなければ傷を負うことも老いることもない。半永久的にこの世界にしがみつくことができる。それが実現できれば冬眠なんてまどろっこしいこともしないで済む。人工太陽と替えのパーツさえあればいい。食事も睡眠も必要ない。終わりのない生活の始まりでもあるがね。そうだな……自壊や何者かに破壊されない限り」


 それは人間なのか?

 それが進化なのか?

 そんな未来が理想なのか?


「私の専門は遺伝子の分野なんだ」

「そうだ、質問したかったんです。『ハコブネ』って何ですか?」

「実物を見た方が早いだろう。どうだい、これから?」


 そういうことで、今日の会議は終了となった。詳しい段取りや今後の展開についてはイヌカイなどの中心に方針を固めていくようだ。

 タチバナ博士は満面の笑みでぼくを見つめていた。


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