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第八話「『ひかり』へ」

 支度を整え、今、最下層に降下していくエレベーターの中にいる。

 ルーナは落ち着かない様子だ。サンは妙に落ち着いていて、それはそれで不気味だった。この犬はシジマさんとあまり変わらない。人間の姿をしているか犬の姿をしているか、それくらいの違いしかない。こうなってくると、人間が人間の姿に固執しない時代が来るのかもしれない。いいや、もう来ているのかもしれない。それでも、ぼくはきっと人間であることにしがみつくだろうけど。


 ゲートの前にたどり着いた。目の前にある巨大な壁は地下通路に侵入するための唯一の玄関。普段であれば一般人は立ち入ることはできない。輸出の際にロボットたちが運搬作業する時くらいしか開かない。かつてはシェルター間の移動もあった、と記録されている。ある時を境に『なゆた』は移動を禁止した。『なゆた』だけではない。他の場所でもその動きがあった。国と国の距離が近いのはいいが、一度争いが起きてしまえば厄介なことになる。スパイの潜入も、爆薬や毒物を仕掛けることも容易だ。もうそんな争いは起きないと頭のどこかで納得はしているのだが、何が起こるかは誰にも分からない。


「ここで待とう」


 木製のベンチの上に座るサン。その隣にルーナも座る。


「待つって」


 誰を?


「まもなくだ」


 既にハイバネーションは始まっている。みんな寝静まっている。今起きているのはロボットと夜更かししているぼくらだけではないのか。


「リョウジ、お前も座ったらどうだ?」

「そうする」


 リバース・アースの入った重いリュックサックを降ろし、足を休めることにした。


「誰が来るんだ?」


 サンに尋ねる。


「少なくとも、敵ではない」

「じゃあ、味方なのか?」

「そう固くなるな。安心しろ。シジマの知り合いだ」


 シジマさんの知り合い。『ひかり』に? 


「シジマは『ひかり』で産まれた」


 初耳だった。


「引っ越し……と言えばいいのか。シジマはこちらに移ってきた。そこで当時『なゆた』で人形師をしていた男のもとに弟子入りし、今に至るわけだ」

「『ひかり』で何かあった?」

「つまらん争いさ」


 寂しそうに笑う犬の横顔を見る。


「シジマの両親は争いを止めるために研究し、それを発見した。シジマは跡を継いだ」


 リュックサックを指さす。


「シジマさんはすごいな」

「もはや執念だな」


 轟音がした。開かずの扉がぎぃぎぃと動いている。

 その隙間から人影が蠢いている。


「リョウジ、リョウジさんはいますか」

「あ、はい」


 返事をすると、「おお」と安堵の声が聞こえた。

 白い制服を着た男女と、左右の分け目でしか見分けることのできない双子のロボットが姿を見せた。

 全く知らない顔だ。

 『なゆた』は狭いシェルターで、何年も暮らしていれば大抵の人の顔は覚える。

 サンがスキンヘッドの男性に近づく。


「大きくなったな、イヌカイ」


 イヌカイと呼ばれた男は頭を丸め、すらりとした体躯。声も芯がある感じ。


「あなたがサンさんですね。いやぁ、相変わらずシジマさんは手が細かい」


 イヌカイは感慨深そうにサンの頭を撫でた。


「君がリョウジさんか」


 ぼくの方に来て、すっと手を差し伸べられる。握手を求めているのだろう。


「私の名前はイヌカイ。『ひかり』のシェルター長にして地球復興を掲げる組織のリーダーです」

「リョウジです。よろしくお願いします」


 彼の細く、筋肉質な手をしっかりと握る。


「あちらの彼女がリサ。優秀な部下です」


 リサと紹介された女性は「どうも」と頭を下げた。見た感じ、ぼくやルーナとそう歳は変わらない気がする。ショートカットで、ボーイッシュな雰囲気だ。


「ほら、あなたたちも挨拶して」


 リサは後ろに隠れている双子に声をかける。


「アイネです。よろしく」


 分け目が左のアイネ。


「あたしはクライネ。アイネの妹。よろしく」


 分け目が右のクライネ。姉のアイネよりはきはき喋る。


「この二人は私の妹みたいなものよ」


 リサは嬉しそうに二人の肩を抱く。


「です。リサは私たちのお姉ちゃんです」


 アイネは自慢げに言う。


「リサはあたしたちの姉。だから偉大」


 クライネは勝ち誇ったような顔をしている。


「ルーナです」


 ルーナも遅れて挨拶する。


「リョウジの馬鹿が起こした。許してくれ」


 サンがイヌカイに頭を下げる。イヌカイは問題ないと笑った。


「構いませんよ。ここから『ひかり』まで長い。賑やかな方がいい」


 ルーナを起こしたのはぼくの我儘だ。そう言ったらイヌカイは手を叩いて笑った。


「二人は恋仲なのでしょう。いいじゃないですか。愛し合う者同士、手の届く距離にいるのがいい」

「違います」


 ぼくとルーナの声が重なる。


「ラブラブね。憧れちゃうわ」


 アイネがクライネの肩を軽く叩いた。


「お姉さま、痛いです」


 クライネは困ったように首を傾げた。


「立ち話もなんですし、行きましょう」


 扉の先に足を踏み入れる。じめじめとした空気。明かりは乏しく、視界が暗い。人間が立ち入ることを拒んでいるような印象だ。車を停めているのは少し先の場所らしく、しばらく歩くことになった。


「この通路はかつて地下鉄として使われていました」


 その話はどこかで聞いた記憶がある。ここは線路で、毎日多くの乗客を電車と呼ばれる移動する箱に乗せて走っていた。イヌカイは続ける。


「現在はロボットたちが荷物の受け渡しで使うくらいですが。こうしてシェルター間を繋いでくれているのはありがたい。一本道ですので迷うこともない」

「じゃあ、イヌカイさんたちは頻繁に利用しているのですか?」

「友好な関係を築いているシェルターとはね。だが、どこも歓迎してくれるわけではない。それは『なゆた』もそうだよ」

「どうしてなんでしょうね。生きている者同士、手を取り合えばいいのに」

「無理よ。人は争うもの」


 クライネがばっさり言い切る。


「こら、クライネ。本当のことを言わないの。失礼でしょう」


 アイネはフォローのつもりで言っているのだろうが、毒気がある。

 イヌカイは頬を掻き、ぼくの方を見た。


「彼女たちの言う通り、争いがありました」

「争いが……」


 ぼくの知る『なゆた』では無縁の話だった。


「どんな争いだったんですか?」


 疑問に思ったのかルーナがイヌカイに尋ねる。


「領土の取り合い、食材、物資の略奪、暴力……眼を背けたくなるようなことです」

「どこかではまだ続いているでしょうね」


 話を聞いていたリサが言う。


「心に余裕があるから他人に干渉する。プラスなこともあれば、マイナスのこともある。話し合って解決できる問題のはずなのに」

「リサの言う通りよ」


 クライネが補足するように言う。隣でアイネも頷いている。


「クライネは賢いわね。私の妹だけあるわ」

「君たちは仲がいいね」


 ぼくは先程から抱いていた感想を口に出す。


「当然よ。世界でたった一人の妹ですもの」

「当然じゃない。世界でたった一人の姉ですから」


 両想いで羨ましい。例えそれがプログラムされたものであろうとも。

 装甲車のような車両がようやく姿を現す。停車していたのはかつて駅のホームと呼ばれた場所だろう。名前は掠れて読めないが、看板がある。錆まみれのベンチと自動販売機。電気は通っていないようだ。

 車に乗り込む。ぼくの膝の上にサンがちょこんと座る。ルーナの肩と少しぶつかる。イヌカイは運転席に座り、助手席にリサが、ぼくらの後ろの席には双子が。

 エンジンが始動し、進む。道路じゃないのに案外スムーズに前進していく。揺れは激しいが。窓から見える風景は全く変化しない。時々、旧時代の名残のようなものが目に入るくらい。何かの広告、タイルの剥げた壁、剥き出しのコンクリート。


「ねぇねぇ、リョウジ。ルーナとはどういう関係なの?」


 身を乗り出したアイネに頬を突かれる。体温はない。冷たい指先。


「どういうって……幼馴染だよ」

「ただの幼馴染を冬眠から起こすかしら?」

「起こす約束をしてたから」

「ハイバネーションが明けたらね」


 ルーナは少し怒った口調で言う。


「人間の良いところは恋ができるところよね」

「ロボットにはできないのか?」

「できたとしても、所詮は真似っこよ」


 返答に困った。その様子を見てか、クライネが、


「アイネにはあたしがいます。それだけでいいでしょう」

「そうなのよね。クライネが一番よ」


 双子は顔を見つめ合い「うふふ」と上品に笑った。


「アイネとクライネもシジマさんがデザインしたのよ」


 リサがそっと教えてくれた。


「はぁ……それで」


 二人の笑顔は気持ち悪い。人間と変わらない。どのように表情筋を動かせれば違和感がないか何も考えずに実行できている。口の開き方も、揺れる髪の毛も、何もかもが自然で、それでいて不自然なのだ。

 人間とロボットの境界線があやふやになる。

 シジマさんは常々、その境界線に対しての疑問を口にしていたことを思い出す。


「私の顔、怖い?」


 ふと顔を上げると真正面にアイネの笑顔。


「驚かすなよ」

「あなた、正直な人ね。嘘が吐けない。嫌いじゃないわ」


 深淵を覗き込むような黒い瞳。その奥にある闇に飲み込まれそうになる。


「私たち人形はね、人類を支えるために生まれてきた。社会に溶け込むのにはやっぱり人間の姿を模倣した方がいい。二本足で立って歩いて、口を開いて喋って、あなたたちと変わらないように笑う。そうデザインされているの」

「ごめん。悪気はないんだ」

「謝らなくてもいいのに。真面目ね」


 身を引っ込め、アイネはクライネと楽しそうに話し始める。


「リョウジ君、ごめんね。その子たちお喋りが好きなのよ」


 申し訳なさそうにリサが言う。


「もう少しで到着するよ」


 イヌカイがそう告げてから少しして、ゲートが目に入る。そのゲートにはペンキで描かれた「光」という漢字が威圧感を放っていた。

 車輌を確認したのか、内側からゲートが開く。駐車場だろうか、開けたスペースに出る。エンジンが停止、イヌカイが降りる。ぼくたちも降りる。

 久し振りの地面。安心する。

 『なゆた』とは違う、空気が流れている。

 ここが『ひかり』か。


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