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第五話「ハイバネーション開始まで、あと一日」

 長期冬眠前には全体集会……カンファレンスがある。お偉方がそれっぽいことを話して、禁止事項を伝えて終わる。前回の時と内容に変わりはない。「なゆた」のトップは姿を出さないで録画された映像を流しているだけ。理由は体調が悪いとかだが、それが続いているので存在しているのかも怪しまれている。この時代だ。一人の人間を創作することくらい造作でもない。ランダムに生成された顔をもとに肉体を、肉声を作ればいい。声にも音程があり、曲を作るのと変わらない。別に面を拝みたいわけではないが、しかし顔も出さずに講釈垂れるのは頂けない。


「難しい顔してどうしたの?」


 ルーナがぼくの肩に手を置く。


「お前はシェルター長を直接見たことあるの?」

「ないわ」


 即答だった。


「私だけじゃない。私のお母さんも、お父さんもよ」

「実在するのかな」

「実在しない方が都合がいいのかもね。誰かに狙われることもないし。変な争いが起こらなくていいじゃない」

「ああ、どっかのシェルターの?」


 数年前、別のシェルターで選挙がらみの暗殺騒動があった。こんな状況になってさえも人々は利権に狂う。どうやら人を支配するという行為は甘美な魅力があるようだ。


「ぼくはルーナに票を入れるよ」

「やめてよ。私は雑用でいいの。楽だし」

「今より豊かな生活を送れるのに?」

「モグラや蟻みたいに地下で暮らしているのに?」


 ルーナは自虐的に笑った。


「貧しくても、本物の太陽を浴びれるならそっちの方がいい」

「同意するよ。青空ってのを見てみたい」

「バイクはどう?」


 会議室から出て自動販売機に向かう。小銭を投入し、コーラとカフェオレを購入する。よく冷えたカフェオレの缶をルーナに差し出す。「ありがとう」とそれを受け取る。


「バイクは動きそうだよ。まぁ、仮に動いても建物の中で暴走するくらいしか用途はないけど」

「そんなことしたら懲罰房行きだよ。初めての利用者になれるね」

「ここがどれだけ平和か身に染みるよ」


 法律もあって、罰則もある。だから懲罰房は存在する。けれども、使用されるかはまた別の問題だ。


「おーい、お二人さん」


 間の抜けた声に振り返る。間抜け面したサトルと、彼女のリカがいた。リカはサトルより一個下で、髪の長い女。外見も性格もいい。束縛が激しいことを除けば理想の女性像とも思える。


「どうした?」

「いやさ、この後飯でもどうかなって」

「無理なら構わないですけど……」


 指で毛先を弄りながらリカが呟く。彼女は嫌なのだろう。

 空気を読むことにし、その誘いを断った。

 しかし、


「いいじゃん。冬眠中は飯を食いに行けないぜ?」


 察しが悪いサトルにこちらも困る。


「ごめんねサトル、リカちゃん。これから二人だけで話したいことがあるの」


 そんな予定もないのにルーナが申し訳なさそうに断った。

 ようやくサトルは折れ、去り際に「頑張れよ」と満面の笑みを浮かべ、リカの手を引きエレベーターに向かった。

 取り残されたぼくら。空気洗浄機のモーター音がやけに大きく聞こえる。


「お腹空いてる?」


 ルーナがそっぽを向きながら質問してくる。


「実はかなり」

「私も」


 ルーナとは気が合う。


「レストランはサトルもいるだろうし……どうしようか」

「リョウジの家は?」

「冷蔵庫の中に何かあると思うけど」

「じゃあ、私が手料理を作ってあげよう」

「いいね……いや、やっぱりぼくが作るよ」

「へぇ、珍しい。でも、うん。そっちの方がいいかな」


 エレベーターホールにサトルの姿がないのを確認し、居住区まで降りる。玄関を開け、両親が外出中であることを知る。ルーナと二人きりだ。


「入らないの?」

「いや……」


 その時、黒い何かが足元を通り過ぎる。咄嗟に傘立てから金属バッドを抜き取る。


「野球でもするのか?」


 ぼくはため息を吐く。金属バッドを戻す。


「脅かすなよ。心臓に悪い」

「なに、ちょっとしたサプライズさ」

「サンだ」


 ルーナが嬉しそうにサンに駆け寄る。サンもサンでデレデレして尻尾を振っている。正直な奴だ。犬であることの定めでもある。


「なんでここにいるんだ?」


 ルーナに撫でられている犬を見る。こいつとはスクラップ置き場でしか会わないのでこうして別の場所で会うのは違和感がある。


「日光浴の帰りに寄ったのさ。見覚えのある男女のつがいを追っかけた」


 随分とお利口な犬だ。


「いいじゃない。サンもお腹空いてるよね?」

「ワンワン」

「オイルでも飲んどけ」


 近くにあった機械油を投げると器用にキャッチし、ぺっと吐き捨てた。

 何か用意するべく、ぼくはキッチンに立った。


「リョウジは酷い奴だ。お嬢さん、あんな男より」


 続きのセリフを止めるべく、ルーナの前にペペロンチーノを出す。


「最近のロボットってのは人間の女を口説くんだな」

「口説かない方が失礼だ」

「家庭用ロボットが普及して便利になったと思っていたけどね」

「ロボットを貶す前にロボットに劣る自身を顧みろ」

「ああ言えばこう言うな。ああ……麺がふにゃふにゃだ」

「お前の根性みたいだな。情けない。芯のない男だ」


 話していると余計に腹が減ってきた。ルーナが美味しそうに食べているのを見て、さらに腹が減る。

 皿を持ってルーナの対面に座る。リモコンを取ってテレビの電源を入れる。映し出されたのは図書館でサルベージでもした映像資料……ドラマが放送されていた。学園ドラマというやつだろうか。あまり見ないジャンルだ。


「ふぅ、ごちそうさま」

「おう。皿はシンクの上に」

「美味しかったよ」


 口元をハンカチで拭き、ルーナがそう言ってくれた。


「麺を茹でて、ソースをかける。これが案外難しい」

「はいはい。大変だったねぇ」


 なんか、ほのぼのとする。もうハイバネーション目前で、緊張感が漂っているのにこうしてルーナといると安心する。冗談を笑ってくれるからかもしれない。

 サンはいつの間にか姿を消していた。突然来て、何も言わずに去る。嵐のような犬だ。


 その後、ルーナと別れ、ぼくはシジマさんに会いに行くことにした。ハイバネーションを迎える前にもう一度会いたいと思っていた。胸の中でもやもやとした釈然としない不安がいつまでも居座っている。この靄を晴らすにはやはり話をする必要がある。はぐらかされた真実を彼の口から聞きたい。問いただすのは気が引ける。けれども、これは大事なことだ。根拠はないが、あまり先延ばしにするべきではない。それだけは分かる。

 目的地の前に立つ。ドアを優しくノックする。コンコン、コンと。

 返事はない。がさがさな声が聞こえない。ドアノブに振れると、鍵がかかっていないのか、ゆっくりと客人を歓迎するように開いた。人のいる気配はない。外出中なのかもしれない。また出直した方がいい。ドアを閉めようとした時、テーブルの上に置かれた書置きが目に入った。気になって、無断で足を踏み入れる。自動で明かりが点き、部屋の隅の素体と目が合った。疑似眼球を埋め込まれていない素体。まるでぼくの悪しき心を見抜いているぞと言わんばかりの熱を持った視線だった。

 紙切れを手に取る。


 『リョウジへ』


 ぼくに充てたメッセージだった。

 走り書きで、注意深く前後の文脈を読み取りつつ、目を動かす。

 内容を脳内で何度も咀嚼し、咬み砕く。思考を止めないようにその場をぐるぐると回る。動け、動け。思考を脳味噌の棚に納めるように動かせ。パズルのように綺麗に揃えろ。

 ようやく、落ち着いた。

 紙切れを丁寧に折り畳み、ポケットにしまう。深呼吸を繰り返す。

 吸って、吐いて、また吸って、吐いた。


 ハイバネーション開始まで、あと一日。


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