第四話「ハイバネーション開始まで、あと一週間」
廃材の中で眠っている犬を起こさないように作業に入る。ロボットとはいえ、休息は必要だ。太陽光を浴びて充電したり、コンセントから電力を供給することはできる。だけど、ペットと同様の扱いである動物型はこうして眠ることがある。
ピカピカに磨かれたチェーンがある。形状からして、自転車のチェーンだろうか。もしかしたらこれを磨いて疲れたのか。
どうやって磨いたのだろう。まぁ、いい。
大農園で譲って貰ったバッテリーを確認する。液も入れて、多分使える。
工作室にある3Dプリンターをレンタルし、設計図を基に作ったカウルもある。材質はプラスチックではあるが、強度はある。問題ないだだろう。
もうじき、バイクは動かせるかもしれない。
「来ていたのか」
背後から声をかけられる。犬は欠伸を噛みしめながらこちらへ来た。
「チェーン、ありがとうな」
「気にするな。それに、使えるか分からん。タイヤの大きさに耐えれるのかも分からん。トラクターのを拝借しようとしたが見つかって怒鳴られた」
「それは怒られるよ。というか、ここから動くんだな」
「たまには陽の光を浴びなくてはな。食欲はないが、日光浴はする」
ロボジョークに苦笑する。
「電動バイクに改造しようと思う」
「ほう」
犬が感心したように顔を上げる。
「手間はかかるが、効率はいいな」
「この間、取り寄せておいた部品が届いたんだ」
担いできた段ボールを開いてみせる。
「オールドタイプのパソコンに……吐き気がするような配線。ジャンクか?」
「安かったよ。農業を手伝った駄賃で購入した」
「配線は俺の手じゃ難しい。猫の手を借りてくれ」
「猫なんてみたことないけどな。ぼくがやるよ」
そこから二時間、黙々とバイクをいじる。この時間はとても気が楽だ。手がオイルまみれになることを除けば。
「そうだ、リョウジ。ルーナとはどうだ?」
「どうだって……いつも通りだよ。通路で会ったら挨拶する程度」
「はぁ、情けない。食事にでも誘えばいいだろうに」
「ルーナに会いたいのか?」
「少々、気にはなっているが」
「へぇ、名付け親が恋しいか?」
「それもあるな」
「あいつは頑張り屋さんだからな。今もハイバネーション関係でてんてこ舞いだ」
「お前も見習え」
無視する。
「サトルだったか、あいつは何をしている?」
気を利かせた犬が話題を変えた。
「サトル?」
あいつとこの間会ったのはカフェだ。彼女とイチャイチャしていたので、早々に場を後にした。
「元気だよ。彼女とも良好な関係を築いているようだ」
「人間はそうあるべきだ。恋愛は健康的でいい」
「あの調子じゃ、一緒のベッドで冬眠しそうだよ」
「暑苦しそうだ」
そこでふと疑問に思っていたことを口に出す。
「気になっていることがあるんだけどさ。どうして冬眠は三年周期なんだ?」
「授業で習わなかったのか?」
「覚えていない」
「まぁ、疑問を抱いて質問できるのはいいことだ」
関心関心とその場をくるくる回転する犬。
「理由がある」
「どんな?」
「単純に性能の問題だ。現状、カプセル・ベッドで三年以上の冬眠は安全が確証されていない。今後の技術の発展次第ではあるが。何年先の話になることやら」
「肉体への負担もかなりありそうだ」
「一部の研究者の間ではベッドの形を捨て、ヘッドギアにする計画も出ている」
「頭に被るの?」
「そうだ。脳は寝るが、体は動く。筋肉の退化を防ぐ。夢遊病者のように人間どもが徘徊するのさ。悪くはないが、まだ理論の域を脱していない」
「傍から見りゃホラーだな」
「その傍も寝てるんだ。気にすることはない」
ごもっともだ。
「介助用ロボットアームの応用で実現もできそうだな」
「それより、人体を捨てた方が早い」
「人類総ロボット化?」
「地上での生活も可能だぞ」
「魅力的ではあるけど、受け入れがたいな」
「もう肉体に固執するのは古いのかもしれない」
「でも、人間であることを辞めるのは怖いな」
「リョウジは人間か?」
「なんだよ急に。見ての通り、人間さ」
「じゃあ、ルーナやサトルは?」
「人間に決まってるだろ。馬鹿にしてんのか」
「なぜ、そう思う? なぜ彼らがリョウジと同じ人間であると断言できる?」
「哲学的な問答だな。確かに、誰かが精巧に作り上げた人間と何ら変わりのないロボットかもしれない。頭も優れていないし、食事も排泄もする。笑うし、怒るし、涙も流す。病気に罹ることもある。そんな無駄だらけのロボットかもしれない」
だけど、と強調してぼくは言った。
「違うと断言できるよ。ぼくはいつか死ぬ」
「お前らしい答えだな」
満足したのか、犬は、サンは白い牙を見せて笑った。
気づけばもう消灯時間になりそうだ。今日はかなり進んだ。
「帰るか。じゃあな、サン」
「ワン!」
元気よく吠えた。まるで犬だ。
ハイバネーション開始まで、あと一週間。