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第三話「人形師シジマ」

 シジマさんに会うべく、第三居住区へ向かう。第三居住区は職人や農家の人が暮らしている。シジマさんは部屋兼工房としてかなりいい部屋に暮らしている。幼い頃から暇さえあったら彼の工房を訪れていた。そこで見よう見まねで知識を身に付けた。時には彼自身が教えてくれることもあった。シジマさんがいたからこそ、ぼくはバイクを復元しようだなんて無謀なことに挑戦しているのかもしれない。復元が達成できた時、少しでもあの人に近づけるような……そんな風に思えるのだ。ぼくはシジマさんを尊敬している。


 第三居住区に向かう手前、大農園に寄ることにした。

「なゆた」の大部分を占める大農園。天には作り物の太陽が煌々と輝いている。人類は太陽だけでなく、天気も自在に操れるようになっている。生贄も必要ない。ただボタンを押して切り替えるだけ。しかも、時々において調節するのではなく、どこかの地域の気候をそのまま再現しているだけで、何もかもがオートメーションで行われている。もはや神の領域だ。あらゆることが実現可能で、神様に縋る必要もないのだ。けれども、やはり住民は神様の存在を信じている。僕もその一人だ。きっとこの世界を救ってくれる。その日を待っている。


 土の匂いがする。スニーカーの中に土が入る。ふかふかの感触を楽しみつつ、めきめきと成長しているキャベツの姿を見つめる。ふと、何かの視線を感じる。

 農作業に特化したロボット……名前をそのまんま、ロボ・ファーマーがこちらを怪しいものを見る目で睨んでいる。二つの電光がぼくの目を刺す。

 ロボ・ファーマーは人型と多脚型があり、そいつは人型だった。

 背丈はそう変わらない。気持ち悪いくらい滑らかに動く関節からキュルキュルと音が鳴っている。そろそろオイルを差すべきだ。彼らは仲間同士で修理し合う。ハイバネーション時にも活動するのだから、人の手を借りなくて問題ない。

 横を多脚型のロボットが取り過ぎていく。あのロボットは肥料を撒いたり、データを収集している。威圧感がある見た目で、苦手な人もいる。やはり、人とは造形がかなり異なるので、どこか怖い。

 農園を管理しているタナカのおじさんがこちらに気づき、「おーい」と声をかけてきた。


「リョウジじゃねぇか。お前、定職にも就かずにぷらぷらしているそうじゃないか。親父さん、困ってたぞ」


 一応、便利屋として小銭は稼いでいるが、そういうことではないのだろう。


「タナカさん、これにも理由があるんです」

「理由だぁ? 現実逃避だろ」


 このシェルターで暮らす。閉塞空間で一生を過ごす。それは何もしていなければ耐えられない。現に、精神を病み、発狂し、自ら命を絶った人も記録に残っている。


「違うんですって。いつか、分かります」

「どうだか。いっそお前も畑耕してみるか? 汗水流して働くのも悪くないぞ」

「遠慮しておきます」

「俺もな、心配してんだぞ。ちーっこい頃から見てんだ。あん時は可愛かった。それが自堕落で怠惰な日々を送る青年になるとはなぁ」

「泣きますよ」

「おーおー、泣け泣け。これから水を撒く手間が減る」


 面白いジョークだ。笑えないけど。


「シジマのとこ行くのか?」


 話題が逸れた。ありがたい。


「そうです。顔を見に行こうかなと」

「なら、ついでに」


 そう言って、籠の中にあれやこれやと野菜を詰め込み、


「これ、持って行ってくれや」


 ずしりと重い籠を渡される。


「こんなに……あの人、腐らせますよ」

「食べなきゃいいものも作れんだろうて」

「渡しておきますね」

「おう、ありがとうな。お前もなんかいるか?」


 じゃあ、リンゴが欲しいとお願いすると「甘えるな」と怒られた。理不尽だ。だが、代わりにパプリカをくれた。


「それでも齧って頭を冷やすんだな。農作業の話……冗談じゃなくて真剣に考えてくれないか。俺も腰が痛くてな。まぁ、ほぼ機械任せだがやっぱり人手もいるんでな。機械に強いお前がいてくれたら正直助かる」

「……考えておきます」


 お辞儀をして、温かい農園を出る。また、視線を感じる。鍬を持ったままのロボットと少し見つめ合う。そして、ロボットは作業に戻った。


 物が乱雑に散らかる部屋でようやく籠を下ろす。目の前の老人は満面の笑みを浮かべていた。


「大収穫じゃな、リョウジ」


 でかした、と言いながら頭を撫でられる。


「いや、これ後で搬送システム使ってくれたらぼくが苦労しなくても済んだのに」

「楽を覚えたらいかんぞ。体が動くなら動かす。じゃないと鈍る。筋肉はすぐに脂肪になる。若いのに情けないぞ」


 シジマさんは前会った時とたいして変わっていない、元気なおじいちゃんのままだ。

 工房の片隅に素体が置かれている。隣の青いバケツにはどろどろで、刺激臭もする液体がゆらゆら揺れていた。あれは人工皮膚だ。様々な塗料を混ぜ合わせ、色を作っていく。配合が難しく、望み通りの色を一発で出すのはシジマさんでも困難らしい。


「今日は邪魔しに来たのか?」


 野菜を冷蔵庫に入れながらシジマさんに尋ねられる。


「半分はそう……かな」


 勝手に椅子に座らせてもらう。木材を組み立てて作られた、どこか歪な椅子。子どもの頃のぼくが彼にプレゼントした……初めての作品。


「ふぅん」


 空になった籠を蹴飛ばして、灰皿を持ってやって来る。


「丁度一服しようと思っててな、タイミングが良かった」


 そうして、うまそうに煙草を吸う。


「困りごと、だな?」

「そうなんだ」


 ぼくは鞄の中から折り畳んだ紙を渡す。何度も書き込んでいるので皺が寄っている。


「設計図?」

「バイクのね。モーターサイクル」


 ここ何日か、図書館でバイクの資料をサルベージし、ようやく発見したもの。それに現状可能なアプローチを書き記し、自分なりに満足のいく設計図が完成した。


「ほほう……」


 興味深そうに眺めている。その間、煙草を吸って待たせてもらう。

 しばらくして、


「無理だ」


 そう吐き捨て、紙を返して来た。


「具体的に聞いてもいい?」

「厳密には不可能ではない。だが、キャブレター車ではなく、インジェクション車に変更した方が楽だ」

「やっぱり、そうだよね……」


 考えてはいた。そうなると。


「仮に、外に出れたとしてもガソリンスタンドはもうやってないぞ。それに、ガソリンは今や貴重な資源。高くつく。他の部品は……車やロボの残骸とかで……スクラップ置き場にはありそうか?」

「全部は確認してないけどね。あると思う。このシェルターがゴミ処理業にも手を出していて助かったよ。ぼくがリサイクルできる」

「配線は難しいだろうが、何とかなるだろう。バッテリーもロボットのを代替できるだろうしな。それか、足でも生やしてみるか?」

「農園のロボットじゃないか」


 煙草を灰皿に揉み消す。冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り、二つのコップに注ぐ。


「電気制御の方が楽で、安全だ」


 シジマさんは真剣に考えてくれる。頼りになる。


「シジマさん、作業は?」

「ああ……見るか?」


 ありがたく、そうさせてもらう。

 素体を動かし、固定。頭部を外し、ぽかっかりとした空洞が見える。

 冷凍庫から取り出した密閉された容器をそのまま電子レンジへ。

 数分後、蓋を開けると白い煙が立ち上がる。これは人工筋肉と呼ばれるもの。

 先程見ていたバケツを引き寄せ、慣れた手つきで染料の配合を始める。

 何も参考にしていないのに、鮮やかな色になっていく。

 その液体に人工筋肉を浸す。人工筋肉はまるで粘土に見える。

 段ボールの中に納められた電脳ユニット(人間で例えるなら脳味噌)とカルシウム等を固めて作られた人工骨格を確認する。


 準備が整ったのだ。ここから本格的な作業に入る。


 作業に入ればシジマさんは別人になる。喜怒哀楽の感情がぐちゃぐちゃに入り乱れ、突然笑ったと思えば、次の瞬間には泣き、怒る。情緒が不安定になるのではなく、そうして感情をロボットに見せているのだ。勿論、そんなことをする必要はない。電脳ユニットは優秀で、国際法で定められたものであり、現存するロボットはほとんどが同じものを搭載している。              

 シジマ作のロボットも同じ。どこでも買える電脳ユニットを搭載する。

 だが、違う。

 彼が作ったロボットの笑顔は綺麗で、そして、不気味で……

 気持ち悪い。

 上手に笑うのだ。それこそ、人と同じように。


「リョウジ、水」


 こちらの顔も見ずに、手を差し出す。こういう時はペットボトルをそのまま渡す。渡したそれを一気に飲み干し、容器を投げ捨てる。

 灰色だった人工筋肉に皮膚が付いている。

 それを、素体に貼っていく。この時、手作業だ。簡単そうに見える工程ではあるが、これが大変で、職人の技が光る。量産型とは質が違う。

 全身に満遍なく貼られ、次は頭部へ。

 電脳ユニットを押し込み、はまりを確認する。微調整。

 口の開閉を確認。微調整。

 歯並びを指で押しながら確認。微調整。

 鼻の形状を確認。微調整。

 耳の形状を確認。微調整。

 輪郭全体の確認。微調整。

 喉の形状を確認。微調整。

 全体的にずれがないか、確認。

 ぽっかりと空いた二つの穴に疑似眼球をはめ込む。これもシジマ手製。

 ある程度、形になってきてから、今度は一本、一本と植毛していく。この毛は人毛を使用している。この辺りは旧時代の人形と同じだ。


 胴体の方に取り掛かる。背中を特殊なナイフ(らしきもの。曰く『企業秘密』であり説明してくれない)で切り裂く。後ろから人工骨格、諸々の部品を丁寧に入れる。

 仕上げに、首の穴に脊椎を差し込む。そして、頭部を飾る。

 そこにはどこにでもいそうな、純朴な女性の姿があった。

 厳密にいえばまだ完成ではないが、自然に馴染ませるためしばらくの間は手を触れない。

 ここまでリアルだと、服を着ていない姿に思わず目を逸らしてしまう。

 そんなぼくに気が付いたのかシジマさんは完成した作品にシーツを被せた。


「図書館に新たに設置される司書らしい」

「人間に間違われちゃうよ」


 茶化すわけでもなく、素直な感想を述べる。


「それでいい。人も機械も、そう変わらん」


 彼がそう断言するなら、そうかもしれない。


「さてと、疲れたな」


 作業を開始してから既に五時間が経過している。その間、ぼくはずっと彼の姿を目で追っていた。全然飽きない。


「腹が減った」

「分かったよ」


 それは「飯を作れ」の合図だ。


「肉のない野菜炒め、肉のない野菜スープ、白米でいい?」

「肉が食いたい」


 そこで、思い出す。


「パプリカで我慢して」

 ため息を吐かれた。


 

「それで、聞きたいことってなんだ?」


 食べやすい大きさにカットしたパプリカを箸で摘まみながら、シジマさんが話を切り出す。なんだかんだ言って、美味しそうに食べている。


「冬眠室の点検を頼まれた」


 水を飲んで、呼吸を整える。


「故障を見つけました」

「へぇ、そいつは困るな。故障してたらただのベッドだ」

「ただのベッドです」

「それで、修理したのか?」

「知識も、道具も持ち合わせていないので無視しました」


 適当だなと呆れられた。


「カプセル・ベッドを以前点検したのは……シジマさん。あなただ」

「いかんな、わしも耄碌してきたようだ。しょうもないミスをするなんてな。馬鹿みたいに人形ばかり作っていたからかのぅ」


 シジマさんは箸を置いて、芝居のように頭を掻く。


「問題はそれだけではない」


 ぼくは財布から住民登録カードを取り出す。


「2037。ぼくの管理番号です。ぼくのベッドが故障……いえ、意図的に壊されていました」

「物好きもいるようだ。お前を早く老けさせようって魂胆だな」

「理由を聞いてもいいですか」

「理由?」


 立ち上がり、シジマさんを見下ろす。昔と比べて小さくなった。それとも、ぼくが大きくなったのか。いつの間にか皺も増えた。白髪も目立つようになった。フレームの歪んだ眼鏡をずっと愛用している。思い出の品なのかもしれない。

 ぼくは、そんな関係のないことを思い浮かべながら口に出す。


「ぼくは何をすればいいんですか?」


 返事はない。


「ぼくに何をしてほしいんですか」


 返事はない。


「ぼくは……あなたの力になりたい」


 恩返しがしたい。そのためならぼくは規則だって躊躇せずに破る。

 シジマさんは、


「大きくなったな」


 そう呟いて、嬉しそうに顔を崩した。


「わしは……恐らく長くない」


 ぼくは黙って頷く。

 見ないようにしていたが、テーブルには動脈硬化に効く錠剤が置いてあった。それに、ゴミ箱に血の滲んだテッシュもあった。それらが意味することはなんとなく分かる。人はいつか死ぬ。それは、時代が変わろうとも人が生きている限り変わることのない不文律。


「やり残したことがあるんだ」

「やり残したこと?」

「教えてやってもいいが……」


 大きな欠伸をして、シジマさんは席を立った。皿には何もない。完食している。


「ごちそうさん。眠いから寝る」

「シジマさん!」


 たまらず大きな声を出してしまう。


「リョウジ」


 鋭い声が胸を刺す。


「犬は良き友になる」


 続きはまた今度だ、とも言いたげな顔をしてシジマさんは万年床の上に横になった。しばらくして寝息が聞こえた。起こすのも悪い。


「また来るよ」


 おやすみ。

 聞こえているのか、聞こえていないのか分からないけれど。

 ぼくは静かに部屋を出た。


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