第十九話「セレモニー」
大農園で土に埋もれた野菜を掘り起こし、その大きさに驚く。
「タナカさん、これ見てくださいよ」
「いいじゃないか。立派なもんだ」
ガハハと笑いながら背中を何度も叩かれた。
「日頃の行いがいいからだな」
「ですね。きっとこれも美味しいんだろうな」
「持っていってやれよ」
「いいんですか?」
これもこれもと籠に入った野菜を渡される。
「構うもんか。きっと喜ぶ」
「ありがとございます」
着替えを済まして、エレベーター……はやめて階段に向かう。
一階のエントランスには外からの太陽が降り注ぐ。
自動扉を抜け、荒れた大地に足を踏み入れる。空は青々としていて清々しい風が吹いている。数日前にセレモニーが開催された特設会場を見ながら先へ進む。
巨大な記念碑があり、すぐ傍に建てられた墓の前に立つ。
偉大なる英雄の前にぼくは覚悟を決めて立つ。
「シジマさん、これ見てくださいよ」
返事はないがぼくは話しかける。
「今年取れた野菜です。どれもみずみずしくて美味しそうですよ。トマトとか最高です」
目の前で一つ、齧る。しっかりとした果肉が口腔内で弾ける。
「いくつか、置いておきます。食べてください」
花束の近くに並べていく。
「それじゃあ……また来ます」
背を向けてシェルターに向かう。外から見るとシェルターというのは味気ない。トンネルみたいに見える。地下には大勢の人間が暮らしているとは到底思えない。
巨大なオブジェクトの影に入る。傍にいると轟音で耳を塞ぎたくなる。
正体は風車であり、人類を救った叡知の結晶である。
目を閉じると、セレモニーの様子がありありと思い出せる。
セレモニー当日。
中継のカメラがその歴史的な瞬間を見逃さないように何台も設置されている。ぼくは関係者席で緊張していた。その様子を見て双子やリサに笑われた。
サエジマは凛としていた。風でなびく髪が鬱陶しいのか手で押さえながらマイクチェックをしている。彼女の第一声を皆が待っていた。
サエジマが群衆の前で高らかに宣言した。
「人類は再び太陽の下で生きられる」
今回のハイバネーション時にあった一連の騒動に触れながらようやく本題を切り出した。
背後に設置されたプロジェクターで理由を丁寧に説明していく。
簡単に言えば、風車からリバース・アースが放出され、風に乗ってやがてこの地球全体を浄化する。
夢のような発明だった。
この新元素を発見した男の名を彼女は告げる。
「シジマがいなければ……我々は今も地下で生きていたでしょう。彼と、その彼に選ばれた弟子の力なしに今日のセレモニーが行われることはありませんでした」
彼女がぼくを見る。ニヤニヤした顔の双子が強引にぼくの両腕を掴み、壇上に上がらせた。
「ほら」
マイクを渡されるも、言葉が出てこない。客席にいた両親がよく分からない声を出していた。それに笑って、緊張が解けた。
「シジマさんが一番この日を待ちわびていたと思います。ぼくはその手伝いを……いや、頼まれたことを果たしただけです。最後の課題をこなした。結果的に世界を救った。適当だと思われるかもしれないですけど真実です。すぐにとはいきませんが、世界は少しずつ良くなっていきます。まだ見ぬ大地を訪れる機会がいつか来ます。旅行に行くのもいいかもしれませんね。風車の数も増加していきます。これだけの大きさなので一台完成させるのにも時間はかかります」
一呼吸して続ける。
「人類は確かに断絶しました。閉鎖的な国の中で同じ国の人とだけ関わっていました。それでも、争いは起きました。そして、これから地上での生活が始まればシェルターのような壁はありません。空はどこまでも続いていきます。再び、争いが起こらない……とは断言できません。でも、繰り返してはいけません。人は手を取り合えるはずです。時には個人で、時には群れとなって何かを成し遂げて生きていくのです。機械もぼくらの力になります。ぼくは人形師として一人前とは言えませんが……ロボットもまた人類の力になります。人類の技術が今もこうして我々人類を助けています。機械には心はないかもしれません。けれども、ぼくはあると信じています」
ちらりとアイネとクライネを見る。彼女たちは誇らしげに胸を張っている。二人の後ろでリサも嬉しそうに笑っていた。
「タチバナ博士の研究によるマザーがこれからこの寂しい大地に生命の息吹を与えてくれるでしょう。実は『ひかり』には動物園のような場所があります。そこには本物の動物がいて、元気に動いています。彼らの遺伝子を活用して種の絶滅を防ぐことも可能になった。これは素晴らしいことです。博士に拍手を……って今日はいないんですか?」
「寝ている」
サエジマがため息交じりに言う。
「寝ているそうです」
客席から笑い声がした。博士はこういう場は好きではないのかもしれない。研究の成果が陽の目を浴びればいい。自分自身の評価はいらないのかもしれない。
言葉に詰まる。どうやって終わればいいのだろうか。
空を見上げてみる。青空には白い雲が浮かんでいる。雲は留まっているのではなく動いている。
「ぼくには夢があります」
ぼくはそう切り出した。
「地下のスクラップ置き場でぼくは走らないバイクを修理していました。人の手ではなく、犬の手を借りて。犬の正体がシジマさんの遺した最後の作品だったと気づいたときは衝撃でしたが……まぁ、バイクは動くようになりました。ぼくはバイクに乗ってこの太陽が照り付ける青空の下を走りたい。そんな空想でしかなかった夢が……ついに叶います。と言っても、浄化が確認された地域しかまだ走れませんが。それでも嬉しいです」
拍手が起きる。これには涙を流しそうになる。
けれども、泣き顔が各地に中継されるのは抵抗がある。なんとか堪える。
「最後に皆さんにお願いがあります」
マイクを握り直す。
「今日という日を忘れないでください。ぼくたちはこうして同じ青空の下で繋がれました。それはきっと見えない糸で。でも、確かにそれは存在します。糸は簡単に断ち切れます。ですが、それが折り重なれば強靭なものとなります。繋がりを忘れないで欲しい。それだけです」
マイクを置き、頭を下げる。
拍手と歓声が響く。誰かが投げた花束が宙を舞う。
頭を上げ、その様子を眺めていると、
「よくやったな」
ふと、シジマさんの声が聞こえたような気がした。
「ワン!」
犬の鳴き声がした。足元に犬がいた。
「サン、サンなのか?」
「顔を忘れたか? 酷い飼い主だ」
呆れたように、白い牙を見せる。
「サン、サン、サン!」
思わず抱きしめる。涙が止まらない。サンは嫌そうな顔をしているが離すことができなかった。