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第十七話「帰ろう」

 あの会議から数週間。ぼくの怪我もすっかり回復し、バイクや人形を作る日々を送っていた。あれから暴動も起きることなく人類は一つの目標に向かって舵を進めている。

 ぼくは工房のベッドに腰かけ、目の前で眠っているままのサンを見ていた。こいつを修理するにはシジマさんの工房に行く必要がある。普通では手に入らない特殊な部品が使われているで、それがなければ動かないようだ。


 バイクは完成した。エンジンをかけ、アクセルを吹かすと迫力のある音がマフラーから発せられた。シートに跨り、前輪を左右に動かしてみても問題はない。だが、走行テストはまだ行っていない。地下トンネルではまともに走れる気がしない。オフロード仕様であれば問題はないのだろうが、これはオンロード仕様。凹凸の激しい場所での走行には向いていない。タイヤを交換することも考えたが、やめた。いつかアスファルトの上を走ることになるだろう。だからこのままでいいやと思った。

 地下トンネルも大規模な工事に入った。将来的には全シェルターを行き来可能にする方が楽だから。行き来が簡単になれば交流も増える。貿易も盛んになる。


 何もかもが順調に進んでいる。少し怖いくらいだ。


 みんな、きっかけが欲しかっただけなのかもしれない。

 大きな変化はやっぱり怖い。よく分からない恐怖を感じる。見知ったものが知らないものになるとか、今までの安心や信頼が薄れていくこと、宣伝文句が正しいのか、とか。だが、案外すぐに受け入れられる。それの連続が進化なのかもしれない。

 タチバナ博士も動いている。詳しい動向については伏せられているがあの浮ついた顔を見れば分かる。


「リョウジ、いる?」


 リサが扉から顔だけを覗かせていた。


「どうしたの?」

「ルーナちゃん見た?」

「いいや。またアイネとクライネといるんじゃ?」

「双子は部屋でお眠よ。どこに行ったのかな」

「ぼく、探してきますよ。丁度手が空いたので。伝言は?」

「気になっただけだから……じゃあよろしく」


 ルーナがいそうな場所はどこだろうか。シェルター内を適当に歩きながら考える。あちらこちらでロボットたちが作業を行う姿が見える。その中にはぼくが開発した新型もいた。実際に動いている姿を見ると感動する。自分の才能にうぬぼれているわけではないが、素直に嬉しい。

 途中、双子と出会った。

 双子はお揃いのワンピースを着てはしゃいでいた。


「あら、リョウジ。このワンピース見てよ。とても可愛いでしょう? リサが私たちのために縫ってくれたのよ。ほら、ほら」


 確かに可愛いが、それよりもルーナのことが気になる。


「ルーナを見たか?」


 単刀直入に聞くと「もう」とアイネは頬を膨らませた。


「女心が分からないのね。リョウジは」


 わざとらしくクライネが大袈裟なため息を吐いた。


「いいえ。見てないわ。朝から見てないの」


 アイネは心配そうに言う。


「リョウジ、怒らせた?」


 クライネは悪戯な笑みを浮かべる。


「そんなことはないけどな……。見かけたら連絡してくれ」

「分かったわ」

「しょうがないわね」


 双子とはそこで別れ、エレベーターに乗り込む。

 操作盤を見て「あっ」と声が出る。

 一つ、心当たりがあった。

 かつての兵器庫を進む。ここでセリオと共に戦ったことを懐かしみながらその場所にたどり着く。

 別世界のような空間。イヌカイの眠る場所。そこにルーナは立ち尽くしていた。


「ここにいたのか」


 ぼくの声に彼女が振り返る。


「いい場所ね」

「だな」


 イヌカイの残骸はここにはもうない。タチバナが回収し、その後どうなったかは分からない。彼にとっては良き友だったことには違いない。きっと弔ったのだろう。


「空気も綺麗」

「ここにある草木はどうやら本物らしい」

「偽物とは違うよね。変な感じ」


 太い幹に手を突き、ルーナは感慨深そうに言う。


「なぁ、ルーナ」

「何?」


 ぼくは意を決して言う。


「『なゆた』に帰ろう」


 ぼくたちにできることはもう終えた。サエジマを中心に復興作業は進んでいる。プロジェクトも最終段階に入った。あとは時間が解決する。


「うん。でも、サンもね」

「当然だよ。サンを起こすのにも戻る必要があるんだ」

「決まりだね」


 空調の風が頬を撫でる。


「明日にでも出発しよう。そして、眠ろう」

「また起こしてね」

「ああ。じゃあ、行こうか」


 それから二人でお世話になった人たちに挨拶をした。盛大なパーティーを開いてくれた。そこにはサエジマもぼくが修理したセリオの姿も、白衣のままのタチバナも、疲れた顔をしたリサも、いつも以上に騒がしい双子もいた。


「お前たちには感謝している」


 サエジマが素直に礼を述べているのが少しおかしかった。


「ぼくもですよ」

「故郷で眠るといい。私たちも稼働を見届けて眠るよ」


 彼女の言葉を聞いて安心する。

 翌日、見送りを受けながら、二人で地下トンネルに降りた。

 一本道で迷うこともないのにぼくらは手を繋いでいた。

 背中のリュックサックには荷物と、サンが眠っている。かなり重い。

 ゲートに書かれた「光」という字もやがて見えなくなった。


「ねぇ、リョウジ」

「どうした」

「バイクはよかったの?」

「ああ、トンネルの工事が終わったら運送してくれるって。本当にありがたいよ」

「もう動くんだもんね。楽しみだ」

「どこに行きたい?」


 宙を見つめ少し考え、


「海、かな。でも、どこでもいいよ」


 ルーナはそう言った。


「故障しない限り、どこにでも連れていくよ」

「頼もしいね」


 他愛もない話をしていたらあっという間に『なゆた』に到着した。制御盤を操作し、ゲートを開錠する。重々しく扉が開いていく。『なゆた』は静寂に包まれていた。少しの間しか離れていないのにどこか懐かしい。

 ロボットたちは相変わらずせっせと働いている。ぼくらの姿を見ても気にしない様子ですぐに作業に戻っていく。

 居住区を目指しながら歩く。


「冬眠する前にサンを直したい」


 ぼくはリュックサックを指差す。


「じゃあ、私もお手伝いするよ。何ができる?」

「ご飯作ってよ。あと、掃除とか……」

「しょうがないな」

「なんか……こういうのいいな」

「え?」


 キョトンとした顔で意味の説明を求められる。


「いや、なんでもない」

「うん……いいかも」


 ルーナは自分なりに納得した様子でぼくの隣に並んだ。


「多分、一緒のことを考えている」


 ぼくの耳元でそう呟いた。


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