第十四話「機械」
サエジマのシェルターから再び『ひかり』を目指して歩く。
「さて人形師、この争いをどう止める?」
「イヌカイさんと話をします」
「この期に及んで武力を使わないのか?」
「ぼくらは話し合える。兵器はいらない」
「ふぅん。もしもの時は私の愛する息子を貸してやってもいい」
「そうですね……その時は」
ゲートの前にはサエジマの部下が陣取っていた。そのうちの一人がサエジマに報告する。サエジマは報告を受けていた。
「人形師」
「はい」
「イヌカイは牢屋に拘束してある。行くか?」
「覚悟はできています」
「逞しいな。いい顔つきになった」
自分では分からないが、彼女が言うならそうなのかもしれない。ぼくはやるべきことをやるしかない。イヌカイに会う必要がある。
『ひかり』内部は物々しい雰囲気だった。銃を構えた兵と警備ロボが巡回している。全てサエジマ派の勢力ではあるが物騒なのには変わりがない。このシェルターの起きていた住民はどうなったのだろうか。サエジマに聞くと、
「寝ている」
とだけ言った。
螺旋状のエスカレーターに足を置く。下へ、下へ進んでいく。
「アイネやクライネやリサを置いてきてよかったのか?」
不意にそう質問される。
「これは……ぼくが解決すべきことですから」
「そうか」
「自力を尽くすまでです。お手上げなら、素直に力を貸してもらいますよ」
「銃は持っているのか?」
「ええ……一応」
ポケットに未だ馴れない重みがある。
「そうだ。あの犬がいたろう。あの犬は部下が回収しておいた」
「助かります」
「利用価値はある。躾はいるがな」
「あれは、サエジマさんのやり方が悪いでしょう」
「事を大きくする必要があった。アクションは大袈裟な方が大衆の目を引く」
「とは言っても……」
エスカレーターが終わる。地下何階だろうか、少し空気が冷たい。
コンクリートの壁に手を置き、呼吸を整えた。
「この先にイヌカイはいる。部下が案内してくれるだろう」
「じゃあ、行ってきます」
「何かあれば叫べ。『ママ、助けて』とな」
気持ちだけ受け取る。ぼくは一人で先に進む。
数日振りではあるが、その男は憔悴していた。鋭い目つきでこちらを睨んでいる。体を動かそうとすると鎖の音がして、動けないことが分かった。
「イヌカイさん」
彼は返事をしない。
「イヌカイさん。話をしましょう」
「リョウジ君、元気そうだな。安心したよ」
「まぁ、元気です」
「あの女に何かされなかったか?」
「サエジマさんですか? 特には……」
「リョウジ君、あの女は私を消そうとしている。そして、この『ひかり』を我が物にするつもりなんだ。このシェルターは確認されているシェルターの中でも規模が大きい。設備だって最新鋭だ。ハコブネやマザーもある……理想郷だ」
彼の前に座る。ひんやりとした冷たさが伝わる。
「私はね……純粋に地上での生活に憧れているんだ。いや、憧れだけではない。実際に実現したい。この気持ちには嘘はない」
「はい」
「確かに……私は……私たちは過ちを犯した。言い訳にしか聞こえないだろうけどね、必死だったんだ」
「サエジマさんの父を暗殺したのは事実なんですね」
「ああ」
それを聞いて、まだどこかで嘘であって欲しかったと思う自分がいた。
「リョウジ君……君は私を許すか?」
「許すのはぼくじゃない。裁くのもぼくじゃない」
「君はこれからどうするつもりだ?」
「プロジェクトを続けます。シジマさんとの約束ですから」
「あれは……」
様子が変わった。
「イヌカイさん?」
銃声がした。二発、三発と。
「リョウジ君。君は何もしなくていいんだ。工房を貸してあるだろう。そこでいつまでもお人形を作っていればいいんだ。難しいことは私たちに任せてくれ。それでいいじゃないか」
「何を……」
異変に気付くのが遅かった。イヌカイが立ち上がった時にはぼくは腹部に重い衝撃があった。イヌカイの拘束がいつの間にか解かれている。
尋常じゃない。人間では不可能なはずだ。
「機械仕掛けでしたか……イヌカイさん」
「人間と機械の融合体さ。いいや、肉体は機械。意味が分かるか? 私の肉体は永遠に滅ぶことはない。私という存在は永遠に残り続ける。浄化された世界でただ一人、私だけが残る。そして」
髪を掴まれる。前髪が持ち上げられ、瞼まで強引に開く。
宙に浮いている。頭が痛い。
「私が産み出した存在のみが私と同じ世界を共有する」
「そんなことが……許されてはいけない」
「誰も許すことはできないさ。存在しなくなるのだから」
藻掻いても、逃れることはできない。
「リョウジ君。君にはそれなりの席を用意してあげるよ。ルーナ君にもね。それくらいの優しさは私にもある。君たちがいなければこうして私の長年の計画が実現することはなかった。シジマさんにも感謝だな」
「ああっ、もう!」
ぼくは銃を引き抜く。臍の辺りに銃口を押し付け発砲する。しかし、意味はなかった。
「改造手術は怖かったよ。異物を受け入れるのは恐ろしく、けれども好奇心もあった。普段制御されている人間の……セーフティが解かれた状態。引き出された力だ」
ぼくの非力な肉体では抵抗することも敵わない。
「機械の力を悪用するな」
「冒涜とでもいうか? 機械を扱うのは人間だ。利用すべきだ」
「共存だ……人間が目指すべきなのは」
それこそが、あるべき姿。
「一方的に依存しているだけではないか? 人間には持て余した力だ」
「それでも……手を取り合うことはできる」
「人形師が言うと力強いね。それこそ、人間がプログラミングすることでしか実現しないのではないか? 君のいう共存とは支配ではないか?」
虫を払うように投げられる。コンクリートの壁に後頭部が衝突する。一瞬、意識が飛びそうになる。目がチカチカする。歯で舌を噛んでしまった。鉄の味がする。自分は機械じゃないのに、なんて冗談が頭の中には出てきても口にする余裕はない。イヌカイは扉を開け、出ていく。追いかけなくちゃいけないのに、追いかけないと、ああ。駄目だ、誰か。
「ママ……」
自分でも、情けない声が出たと思った。
「本当に呼ぶとは……人形師……」
上から声がする。
「えっ、サエジマさん?」
「さっきのことは……聞かなかったことにする。冗談だったのだが」
「イヌカイは?」
話題を逸らす。頭を起こそうとするとずきりと痛みが走った。うめき声をあげてしまう。呼吸を整え、落ち着ける。サエジマが肩を貸してくれた。
「人形師がイヌカイと接触した後、爆発があった。そこからどこに隠していたのか武装した人形の群れが出て来てな……派手に暴れたよ。今はセリオたちが戦っている」
「もしかしたら、イヌカイさんはこちらを一網打尽にするべく芝居を打った?」
「かもな」
エスカレーターの手摺りに体を預ける。視界がクリアになってきた。
「サエジマさん……イヌカイさんは……イヌカイはもう人間じゃないです。体を機械に」
「本当か」
「銃で撃たれて怪我しない人間はいません」
「肉体を捨てるとは末恐ろしい」
「イヌカイは……歴史を繰り返すつもりはない。今の人類を地下で終わらせ、自分だけの世界を創るつもりです」
「機械仕掛けの神様……か」
「止めないと……」
硝煙が立ち込める広場に出る。アイネとクライネがいて、ぼくに駆け寄る。
「リョウジ、大丈夫?」
「傷だらけじゃない。痛そう」
双子は心配そうな顔をしてそれぞれがぼくを支えてくれた。
「痛いよ。痛いよ……とてもね」
だけど、生きている証だ。ぼくが人間である証明。血も流すし、涙も流す。
「サエジマさん、セリオから通信が入りました」
奥からリサの姿が見えた。リサはサエジマに現状を説明していた。
互いに情報を報告し合い、危機的な状況であることを把握した。
「イヌカイは兵器庫に向かっているようだ。セリオと機械兵が追跡しているが相手もなかなか厄介らしい」
「ぼくが、行きます」
手を挙げて、立候補する。
「人形を解体するのは得意ですから」
「どれだけの数がいるか分からんぞ?」
「でも、やるしかない」
サエジマが珍しく心配そうな表情を見せた。こんな顔もするんだな。そして、頷いた。
「頼んだぞ人形師。いや、リョウジ」
ぼくは工房へと向かった。