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第十三話「花」

 階段を降りていく。長い、長い階段。手摺りは錆びていて、底がいつ抜けるか不安になる。手入れもされていない、ほとんど人が立ち入らない場所なのだろう。


「人形師、ここでの生活はどう?」

「いいところですよ。今は最悪な気分ですが」

「正直でいい。もうしばらくの辛抱だ」


 最後の段から土に足を踏みつける。ここは地下トンネルだろうか。同じような景色が続いているので正確な位置は分からない。


「イヌカイの手から逃れるために私たちは引っ越ししたのよ。あの男はわざわざ追ってくるような真似をしなかった。関心がなかったのかしら」


 じめじめする空気にじんわりと汗を掻く。


「線路伝いに歩いていくともう一つシェルターがあるの。そこが私たちの家」


 後ろを見ると銃を構えたリサが、その後ろには双子に拘束されたルーナが。

 イヌカイはセリオとその仲間に拘束されていた。あの様子だと『ひかり』の中にも反対勢力が多数潜り込んでいたのだろう。博士はどうなったのだろうか。


「犬が心配?」


 前を向き直すと頬に指が当たる。


「心配です」

「あれはシジマの作品よね。自分の記憶を共有するなんてね。死後も己の術を伝えることができる」

「あんたの息子が壊そうとしましたけど」

「元気があっていいじゃない」


 あり過ぎるだろ。


「着いたわ」


 二人の門番が主を出迎える。

 シェルターの内部はどこか『なゆた』を思い出させるような雰囲気だった。圧迫感はないが、それでも狭いなとは思う。


「双子はそのお嬢ちゃんをよろしくね」

「はい」

「分かりました」


 アイネとクライネはルーナをどこかへ連れて行った。


「リョウジ君、疲れてない?」


 リサが気遣うような台詞を吐いた。


「リサさん、役者とか向いてるんじゃないですか?」

「大丈夫そうね」


 そこから会話はなかった。小人数しか乗れないエレベーターは窮屈で、これから何が待ち受けているのか不安になった。

 赤い絨毯が敷かれた廊下に出た。壁にはポスターが何枚も貼られていた。そのポスターたちは見覚えがあった。知っている。


「映画?」

「そう、映画よ」


 ようやくリサが銃を降ろす。疲れたのか肩を回している。


「じゃあ、ここは映画館?」

「いいでしょ。このシェルターもサエジマ様の父上が残したのよ」

「いい趣味してますね」


 少し先でサエジマが立ち止まる。


「ここにしようかしら」


 六番シアター前で止まり、重々しい扉が開かれる。リサは「あとでね」とぼくに言い、消えた。

 館内は清潔に保たれていた。利用客もいて、頻繁に上映しているのだろうか。

 巨大なスクリーンに目が食いつけになる。

 サエジマが座席に腰をかけ、立ち尽くしていたぼくに「隣に座れ」とアピールしていた。慌てて隣に。


「ポップコーンでいいかしら?」


 いつの間にか用意されたほかほかのポップコーンを一つ摘まむ。美味しい。


「言っておくけど、これから観るのは映画じゃあないわ。勘違いしないでね」


 残念ではあるが、この状況で映画を楽しめるとも思えない。

 照明が落とされ、スクリーンの明かりのみが館内に光を与える。


「ねぇ、人形師。あなたはどんな映画が好き?」


 こちらを覗き込むように見てくる。


「迷いますね……よく観るのは戦争映画でした」

「どうして?」

「戦争ってのがイメージできなくて。教科書や映像資料で見たことはありますけど」


 サエジマはポップコーンを摘まみ、食べた。


「人形師。あなた人間は嫌い?」

「分からないです」

「これから好きになる?」

「分かりません」

「これから嫌いになる?」

「分かりません……あの、何が聞きたいんですか?」

「あれを観て」


 突然、サエジマが手を叩く。すると、場面が切り替わった。


「これは……」


 実際の記録だろうか、淡々と暴力の様子がスクリーンに投映されている。目を逸らしてはいけない。


「これが人間」


 彼女の言葉に頷く。


「人類が地上を追い出されたのは当然の報いだと思う?」

「こうして地下で生き残ったからこそ……ぼくやルーナは生きている」

「そうね、生まれてきた命もある。素晴らしいことだわ」


 また手を叩く。


「これからあなたにいいものを見せてあげる」

「いいもの?」


 上空から降下していくカメラ。飛行ユニットを搭載したロボットに撮影させているのだろうか。雲を通り抜けて徐々に地上へ迫っていく。草木も育たない灰色の大地がスクリーンに映し出される。

 これが地上。

 太陽を浴び、風が吹いている世界。ぼくら地下世界の住民には無縁とされる場所。


「この映像は『ひかり』にいた頃、父が撮影したの」

「そうだったんですか」

「父は多趣味だった。趣味が多い方が人生楽しい。口癖のように言っていた」


 こんな青空の下を歩いてみたい。サエジマの声よりも映像に夢中になっていた。


「そして父は見つけたの」


 彼女の横顔を見る。どこか悲しそうな瞳をしていた。


「何を見つけたんです?」

「希望よ」


 一輪の花が咲いていた。花弁は赤く、青い空に向かって咲いていた。


「大地は……生きている?」

「花が咲いている。それだけなのに、涙が出たわ」


 映像はそこで途絶えた。


「美しいでしょう」


 ぼくは涙を流していた。それが答えだった。



 ロビーのソファーに寝ころんでいた。疲れが溜まっていたのだろうか少し寝ていたようだ。目を擦るとすぐ傍にリサがいた。


「おはよう」


 優しく微笑えむ彼女の顔があった。


「おはようございます」


 テーブルにはコーヒーが置かれていた。灰皿もあり、既に吸殻が一本あった。吸い口には紅がついていた。胸ポケットから煙草を取り出すとライターを差し出された。

 一服入れる。


「世界は終わってなんかいなかった」


 思わず、口からそんな言葉が出る。


「生きている」

「そう、生きているの」


 リサも二本目の煙草を吸い始める。


「イヌカイは地上の王に君臨しようとしている」


 彼女は口から煙を吹く。


「あの人の企みに気が付いたのはここ数年のことよ。地球復興計画の話が出た時くらいかしら。シジマさんが新元素を発見したと情報が入って」

「シジマさんが裏で他シェルターの人間と連絡を取り合っているのは気づきませんでした。そんなこと一度も言っていませんでしたから」

「気付かないわよね。私だって気付かないと思うわ。シェルターは閉鎖空間で、外部との連絡は原則禁止されている。争いの歴史があったから」

 学習した記憶がある、あれやそれを脳裏に浮かべる。

「世界を救うという大義名分とともに、裏ではイヌカイは機械に命じて兵器を開発していた。その事実を報告しようとした人は処分された。その中に……」

「サエジマ……さんの」


 リサは無言で頷く。


「何も知らないままでいたら、私もあの『ひかり』の中でイヌカイの力に屈服していたと思うわ。あの人は……アイネとクライネを作り上げた偉大な人形師の好意を踏みにじろうとした。勿論、リョウジ君たちのこともね」

「どうして……イヌカイさんはそこまでするんですか」

「寂しい人だからよ」

「寂しい?」

「いつまでも満たされることがない。可哀想な人」

「分からないな……ぼくには」

「それでいいのよ」


 頭を撫でられる。少し恥ずかしい。


「デレデレしてる」

「嬉しそうね」


 アイネとクライネが口元に手を置いてからかってきた。慌ててリサの手を振りほどく。


「いつからいたの?」

「さっき」


 また別の声がする。


「あ、ルーナ。おはよう。元気そうだね」


 大きなため息。でも、どこか安心したような顔をして、


「おはよう」


 そっと、ぼくを抱き締めてくれた。ぼくも彼女の体に手を回す。確かな温もりを感じる。これが生きている人間の体温。どうしようもないくらいに愛おしい。代替の利かない、再現することのできない……絶対の安心。

 ルーナから離れ、近付いてくる人物を待つ。


「お目覚めか人形師。答えを聞こう。お前はどうする?」


 ぼくはもう迷わない。


「本物の太陽光を浴びたい」


 しっかりとサエジマを捉える。


「ぼくは世界を救いたい」


 ぼくは旅の始まりを思い出す。あの日、ぼくは決めたのだ。


「力を貸して下さい」


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