第十一話「襲撃」
「優しくしてね」
「優しくしなさいよ」
双子の修理をリサに任された。双子は互いに修理し合うことはできるのだが、今回はぼくの練習に付き合うためにこうして工房に連れてこられた。
「分かったよ。ほら、上着脱いで」
双子は嫌そうに上着を脱ぎ、背筋をぴんと伸ばす。見えていなかったが、かなり損傷が激しい。彼女たちは戦闘用には作られていないから当然だが。それでも、人形はどの個体も頑丈で、力もある。それなのにここまで傷を負うとは。
もし、これがルーナだったら。人間は気軽に修理なんてできない。
双子にしたってあまりにも損傷が酷ければ復元が困難になるかもしれない。
あのロボットの目が頭にこびりついている。あの目。
「寒いから、早くして」
クライネが本当に寒そうにしている、双子は身を寄せ合い、温め合っていた。
「分かったよ。ほら、縫うから万歳して」
舌打ちされたが、クライネは言った通りにした。
針に皮膚繊維を通し、傷を負った部分を縫う。この繊維は人工皮膚に馴染む。かさぶたみたいな働き、と説明すればいいだろうか。便利な代物だ。
「リョウジ、格好良かったわ。ルーナを助けて抱きしめた時」
アイネがからかってくる。
「静かにしろ。集中できない」
「はーい」
クライネの修理が終わった。文句言いながら服のボタンを閉じている。
実際に触ってみて思うのはシジマさんの技術の高さ。無駄がない。そして、互いに修理し合えるということは下手したら彼女たちの方が人形師に向いているのではないか。不安になる。
「じゃあ、次はアイネ」
「丁寧にお願いね」
「腕交換するか」
「いやいやいやいや。指の部品と回路の調整、皮膚の縫合で大丈夫でしょう」
「そうよ。アイネは強いのよ」
「そうだったな。じゃあ、始めるぞ」
右腕の第一関節を外し、指の部品を付け替えていく。現存するメーカーで助かった。
「上手ね」
「まぁ、長いこと見ていたからな。それなりには分かるよ」
「あのバイク、乗れるの?」
修理を終えて退屈そうにしているクライネがバイクを指さした。
「まだ動かない。でも、いつかは動くようになるよ」
「ふぅん。あんた器用ね」
「お褒め頂き光栄です」
「もっと感謝しなさい」
無事に双子の修理を終える。調整も済んだ。
「ありがとうね。でも、やっぱりクライネの方が上手」
「ありがとう。でも、アイネの方が上手だわ」
仲良しでいいね。二人が去ってから少し落ち込んだ。
二回目の会議が行われた。ぼくとルーナは隣同士に座る。ルーナの怪我は軽く、特に問題はないみたいで安心した。サンはぼくの足元で寝ていた。
壇上にはイヌカイとタチバナ博士が。ぼくらの後ろには十人以上の制服を着た男女が。制服を着ているので、イヌカイの部下……このリバース・アース・プロジェクトの参加者であろう。真剣な面持ちでイヌカイの第一声を待っている。
「反対勢力が現れた」
重い声をマイクが拾う。ざわつく会場。
「先日の暴走ロボット騒ぎは人為的に仕組まれたものだ。そうだな?」
イヌカイがぼくに意見を求める。
「間違いないです。改造が施されていました」
「これは由々しき事態だ。後回しにできなくなった」
「イヌカイ、君には敵が多いからねぇ」
博士は顎をさすりながら呟く。
「争いは避けたい。が、やむを得ない時は武力行使も考えている」
「イヌカイさん」
リサが立ち上がる。
「争いは二度と繰り返してはいけません。もっと、他の手段を」
「分かっている。だけどね、私は君たちに何かあったら嫌なんだ」
「でも……」
リサは何も言えなくなって、座る。
「幸い、『プレゼント』に向けての動きは進んでいる」
イヌカイの言う『プレゼント』とは希望の種を詰めたミサイルを世界に放つ計画のことだ。
「反対勢力の目星もついている。だな? イヌカイ」
博士の発言に頷いた。
「サエジマ派だ」
後ろの方が騒がしくなる。「やはりか」とか「あいつら懲りていないのか」みたいな声が聞こえる。ぼくらには見当がない。
「イヌカイさんに選挙で負けた人よ」
いつの間にかぼくの隣にリサが座っていた。
「イヌカイさんのことをよく思っていないんですか?」
「気に食わないんでしょう。こんな確実に歴史に名を残せるプロジェクトを他人に任せるのが。見栄っ張りな女よ」
その声には怒りがこもっていた。ルーナも何か聞こうとしていたが彼女の顔を見てやめたようだった。
「静かに」
一瞬で静かになる。イヌカイの声はよく通る。
「警備体制の強化を図る。特にタチバナ研究所と兵器工場周辺……そして、機械にはあまり頼るな。何者かが細工を施しているかもしれない。努々忘れるな」
会議は終わった。
イヌカイがこちらに来る。
「君たちの安全はこちらで保証する。安心してくれ」
「ぼくにも何かさせてくれませんか。人形のことなら任せてください」
「警備ロボの点検を任せてもいいか?」
「喜んで。色んなロボットを見たかったのでありがたいです」
「私も何かしたいです」
ルーナがぼくとイヌカイの間に割り込む。
「ルーナ君……。じゃあ、リサの仕事を手伝ってもらっていいか?」
「分かりました」
イヌカイは「頼んだ」と言ってどこかへ消えていった。彼の後ろには猫背の博士がいた。二人は何かを話している。リサはルーナを連れて部屋に戻っていく。ぼくは工房へ行くことにした。警備ロボは一度ぼくの工房に来るように指令が下されているようだから、今日は大変な一日になりそうだ。いい勉強にもなる。自分にできることを少しずつでいいからやっていこう。
「もう終わったのか?」
欠伸をして、サンが言った。
量産型の点検、整備はとても楽だ。職人のこだわりもなければ、癖もない。設計図通りに正しく組み立てられている。何体も見てきたが、大した問題はなかった。骨格やアーマー部分に傷や歪みがあるくらい。すぐに直せる。
「一息吐くか?」
サンはぼくが点検しているのをただ見ているだけ。サンにはシジマさんの記憶が共有されている。ぼくのミスなんてお見通しだ。サンが何も言わないということは間違っていということでもある。
パイプ椅子に座る。汗をタオルで拭う。しっとりとしていて気持ちが悪い。新しいタオルを取り出し改めて顔を拭い、頭に巻いた。
「かなりの数だよな」
「そりゃあな。ここは『なゆた』の倍以上の人口だ。それだけ警備も必要だ。争いを未然に防ぐための抑止力にもなるだろう」
「こんな時でも争う人間の気持ちが理解できない」
「ロボットみたいなことを言うじゃないか。双子の影響か?」
アイネとクライネはルーナとどこかに出かけているようだ。仲良しでいい。
「さてと、休憩終わり」
開け放していたドアの前にまた警備ロボが立っている。
「どうぞ」
気分は面接官だ。ただし、見るのは外見や内臓だ。
「お邪魔するわね」
ロボットの後ろから人間の女が現れる。金髪のボブカット、胸元が大きく開いた真っ赤なドレス。ハイヒールを履いている。歳はいくつだろうか。十は離れているかもしれない。イヌカイと同じくらいだろうか?
「サエジマさんですか?」
そう聞くと「へぇ」と驚いた様子。間違いじゃないようだ。
「初めましてよね。人形師」
「リョウジといいます」
「私はサエジマ。よろしくね」
真っ赤なネイルをした手。握手する。
彼女の顔が近づく。首筋辺りから香水だろうか、いい匂いがする。
「あなたに一度お会いしてみたかったの。なんせ、あのシジマの弟子だもの。どんな奴に技術を伝えたのか知りたくてね」
ずかずかと部屋に入ってくる。パイプ椅子には座らず、屈んでいたロボットに座る。前傾姿勢でぼくの方を見る。目を逸らすと再び「ガキね」と笑われた。ロボットに触れるなと注意しようとしたが体が動かない。
銃口が左側頭部に突き付けられている。誰かが側に立っている。気が付かなかった。
「ああ、紹介するわ。私の息子セリオよ。銃の扱いが上手」
「ママ、こいつ殺す?」
抑揚のない声。目にも生気がない。
「殺さない」
「分かった」
「今は、ね?」
銃はまだ降ろされない。
「あのね、人形師。私は乱暴な手段は野蛮で嫌いなの。紅茶でも飲みながら優雅に読書している方が好きなの。ティータイムに勝る贅沢などない。だからこそ、邪魔されるのがとても不愉快でたまらないの」
「ぼくもコーヒー飲みながら煙草吸っている時間が好きですよ」
「ママ、こいつ殺す?」
「殺さない」
「分かった」
酷い親子だ。
「さてと、本題に入るわね。人形師、あなたにとって他者を傷つけて得る幸福は本当に幸福だと思う?」
「何が言いたい」
「質問したのはこっち。あなたは回答者」
横目でサンを確認する、がいない。影が目の前を通り過ぎる。サンがセリオの喉笛に咬みつく。鮮血が迸る。抵抗するセリオの銃弾が何発かサンの胴体を貫く。蹴り飛ばされたサンの体を抱える。動いている。すぐにでも修理をしたい。
「ま、ままぁ……こいつ」
片手で喉を抑えながら、もう片方の手にはしっかりと銃が握り締められている。
セリオの首や腕に注射痕が見えた。何らかの薬物で痛覚を遮断しているのかもしれない。
「犬は人類最初の家畜化動物ではあるが舐めない方がいいぜ。本気を出せば人間なんて簡単に食い殺せちまうぜ」
手を離せばサンは再び咬みつく。今も手を抜け出そうとしている。
「よく喋る犬だこと。可愛げのない」
「残念ながらね。媚びを売ることができない」
サエジマは不気味なくらいに落ち着いている。
「犬には犬の生き方があるでしょ。尻尾を振っていればいいのよ。分からないかしら?」
「飼い主を守る。それ以上の役目があるかい?」
「人形師。いい犬じゃない。美しいわ」
上品な笑い声。癪に触る金切り声。
「お前、何が目的だ?」
「お前……? 様を付けなさい」
サエジマは立ち上がり、隠していた小銃をぼくに向け、引き金に手を置いた。
感情的になり無防備。背後まで気を回していない。
「動け、人形……ッ!」
ぼくの命令にそいつは応じた。
彼女が先程まで椅子扱いしていたロボットが起動する。
ロボットの剛腕がセリオを壁に叩きつける。骨が砕けるような音がした。握り締めていた銃が床をくるくる回転しながら滑っていく。
サエジマは銃を捨て、部屋の外へ走っていく。「逃がすな」と命令する。
命令されることでしか生きていけない、必要とされない人形に命令する。
追従。ロボットが女の背中に跨る。全体重はかけない。押さえつける。このまま、このまま。
どうなったっていい。もう、我慢はできない。
ぼくは殺されかけた。
サンを壊そうとした。
「もういい、やめろ、リョウジ」
そこで意識が戻る。ぼくは慌ててロボットを停止させる。サエジマはこちらを睨みつけてどこかへと駆け出していった。
「ぼくは……ぼくは」
「落ち着けリョウジ。もう大丈夫だ」
「サン……お前こそ大丈夫か」
「ロボットだからな」
部屋の方を振り返る。壁に叩きつけらえたはずのセリオがもう立ち上がっていた。
「あいつも、首から下の大半が機械だ。変な味がすると思ったわけだ」
セリオの空虚な瞳がぼくを見る。
「人形師……犬……」
「ママならどっか行ったぜ。追いかけてやれ」
セリオはよろよろと母を追った。
部屋の中は争いの形跡。夢ではない。ぼくは殺されかけた。こんなにも胸が締め付けられたのは初めてだ。初めての感情だ。二十年も生きているというのに知らないことがあるのだなと思った。
「バイクが……」
バイクが寝ていた。すぐに起こす。大きな傷はないようで安心した。
「うまくいって良かったな」
「……あぁ」
それがバイクのことではないのに気付いた。
「リモートコントロールっていうのかな。ぼくの声を識別して非常時には命令が下せる。物は試しに設定していて助かったよ。失敗していたら……」
「ふふっ、お前といると退屈しないな」
安心した様子でサンは笑った。
しばらくして休止状態になったサンを抱えベッドで寝かす。壊れたわけではない。後で直すからなと言って、部屋を出た。
右ポケットには人形用のナイフ。左ポケットにはサエジマの銃。
部屋の鍵を閉め、ぼくは歩き出した。