-森-
整地すらされておらず、木の根が張り巡らされているボコボコな道を
革靴でゆっくりと歩き続けているが、一向に森から出られる気配がしない。
樹高が高く、長い蔦が垂れ下がっているドドンとした迫力の在る赤黒い木、
妖しい雰囲気を醸し出し、触れれば怪我しそうなほど研ぎ澄まされた刃のように鋭い葉が生え揃う、
漆黒の葉を持つ木がこの森の木の種類として殆どを占めているようだった。
特に黒い葉の木からは只の木とは思えない堂々とした存在感を感じる。
まるで生きているかのように、風のない時も木が揺れている気がした。
薄暗い森の中では恐怖しか感じられないが、その二つの木を交互に見比べる
サイレントウォーキングとなっているのが現状だ。
無言で歩き続けているおかげか、運がいいのか、獣の声なども
未だに一切聞こえてくることがないが、木々の合間から空を見上げた際に
日本では見たことがない大きさの孔雀の様に派手な鳥が飛んでいることを確認した。
アマゾンってあんなヤバい鳥飛んでたんだな。
正直、あんな鳥には見つかりたくない。
明らかに自分の三倍から四倍の大きさをしており、
鳥についている爪が、人を狩る形をしていた。
見つかれば、捕食される兎のようになるだろう。
正直、その鳥を見た瞬間から体が怖気づいている。
俺の歩行能力は現在進行形で赤ちゃん並みの力しか出力されていない。
あんな化け物鳥に、アマゾンの獣達に、襲われるなんて考えたら…
怖すぎる!
急に空から落ちたからか、カラオケに置いていたカバン、ジャケットが消えていた。
何も持っていないのが余計に怖さを増している。
鞄に入っているものなんて、たかが知れてはいるが、
電動シェイバーを鈍器として持ってはいたかった。
また、スマホもどこへ行ったかがわからない。
血だまりとなっていた自分の周りも、探したのだが一向に見つからなかった。
「あぁ…スマホさえあれば、助けを呼べるのに…」
文句ばかり垂れ流しながら歩いているが、一向に景色が変わっているように見えない。
幸い、足に疲労感もないし、何故か体は最高潮で一切疲れていないから歩き続けはするだろう。
しかし、どんだけ深い森なんだろう。
歩き続けてかなりの時間がたった筈だというのに周りには木しかない。
やはり、走ってみたほうがいいのだろうか。
森が大きいことはわかっている。暗くなる前に出るために俺は走ることを決意した。
木の根が張り巡らされた地面を勢いよく駆ける。
転びそうになりながらも勢いに乗り、風を切っていた。
気持ちいい。こんな感じで走ったのは中学の部活の頃ではないだろうか。
大人になってからは電車に乗るとき以外に走ることはなかったと思う。
それよりも走る速さがおかしい。ここまで風を切って走ったことはない。
風の勢いがまるでジェットコースターで落ちる時と同じくらいな気がする。
「ヴォオオオォォン ヴォオオォオオオオオオオオ」
急に後ろから獣のような唸り声が聞こえた。
「え?」
足を止め振り向くと、赤い目が光る大きな化け物がこちらを見つめており、
クラウチングスタートを決めようとしている。
勿論、ターゲットは俺のようだ。
その姿を見た瞬間、無言でスタートダッシュを切った。