-序章-
冬の夜、空は暗く、空気が冷たい。
寒気が流れ込みが強かった影響で例年以上の冷え込みを見せており、
明日にでも、久しぶりに都内に雪が舞い降りるのではないかと予想されている。
時刻は十時十四分、木曜日だということもあり、歩行者の数はほとんどいなかった。
そんな都内の夜、E駅近辺に建造された七階建て建物の4階に男はいた。
「なんで俺なんだよ~~~!ゴミ野郎が~!!!死ね!死ね!世界しね~」
薄暗い部屋の中、声を張って世界へ主張する。
主張自体が陳腐で内容も薄く、聞く価値もないものである。
しかも音痴で、歌もかなり下手だった。
両手でマイクを持って替え歌を歌う姿はあまりに滑稽だ。
俺は普通に仕事していただけだったんだ。
普通仕事をこなして、家帰ってお酒飲みながらネットを見て、そして寝る。
他の人からみたらつまらないかもしれない、普通の日常を送っていたかっただけだ。
それなのに俺はクビになったんだ。
理由は別に会社に必要な人材じゃなかった。それだけだ。
二人しかいない部署の直属の上司は今日、仕事終わりの俺にこう告げてきた。
「あー、アラカタくん。本当に悪いけど3ヵ月後に会社を辞めてくれないか
いや、正直人少なくてもいける仕事しかないし、最近は本当にね。うちの会社自体が大変で一人分くらい給料払えないかもしれないって、本当にごめん!
あー、でも君なら優秀だからどこでもいけると思うよ。だから、ごめんけどよろしくね~」
奴の顔は申し訳なさと言い辛いことをやっと言えたという安堵の表情が混ざっており、
微妙にむかつく顔をしていた。
しかも、それを言った後に残業がある筈の奴は、気不味そうに即退社するという舐めた真似をしてやがった。
ふざけてんじゃねえ!正直にそんなこというんじゃねえよ!断りづれえし!
確かに10人ほどで回っている会社だったのに、全然ほかの人とあまり話してなかったけどな!
一応、担当の人もいるし、引き継ぐのに時間かかりそうな案件もあるってのにどうすんだよ!
クソが!会社の金でも横領して辞めてやろうか!
くだらねえ!バカが!
「クソがあああああァァーーーーーッ!!!」
ラスサビをシャウトで歌い完走した。シャウトではなく、ただの叫び声ではある。
少しはすっきりすると思っていたものの、帰宅した上司の仕事を残って残業したことを思い返す。
イライラは止まることをしらないようだ。
熱を持った体を冷ますために羽織っていたカーディガンをクッション性のほとんどない椅子へと投げ捨てた。
そして、次の曲をいれていなかったことに気付き、電子目次本のタッチパネルを操作する。
すると生ビール350円という広告が出てきた。イライラを消すために丁度いいだろう。
タッチパネルでビールを注文をし、次の曲に同じ歌手の違う曲を入れ直そうとすると
上から強烈な光が差した。
なんで安いカラオケ店で天井から眩しいくらいに光がでているんだ。
天井に舞台照明なんてつける意味ないだろ
そう思って上を見上げてみると・・・
「カラオケに空が!?」
天井を見上げると雲一つない青い空が満ちていた。
カラオケ屋の部屋にあるはずのないオレンジの自然光が満ち溢れる。
眩しくて目を両腕で隠したその瞬間、部屋の地面が消えた。
体が宙に浮き、空へと投げ出された。