私の彼氏はゲーセンの神〜彼の魅力を知っているのは、この学校で私ひとりだけ
また靴箱に手紙が入ってる。
「おはよー、何? またラブレター?!」
ちょうど登校して来たアヤがのぞき込む。
「おはよう……誰からだろ」
裏返すと、書いてあるのは知らない名前だった。
「それ、◯◯財閥の御曹司じゃん! 付き合いなよサヤカ! 豪華クルーザーの旅! 超高級サーロイン! そして将来は会長夫人に!」
アヤは胸の前で指を組んでる。
「興味ないし」
私は手紙をカバンに押し込んだ。
「えーっ! 一緒にクルーザー乗れると思ったのに〜」
「おはようございます……」
嘆くアヤの後ろから細い声。
「ギャッ!」と飛び上がるアヤ。
森川君だった。
「おはよ!」
私があいさつを返すと、森川君はちょっと手を上げて、さっさと教室の方へ去って行った。
「びっくりした! 森田君って忍者? ぜんっぜん気配ないんだけど」
「森川君ね!」
「朝から超暗いし、森崎君」
「森川君ね!」
「そう言えば、この前コンビニで見たよ、堀川君。赤いチェックのシャツと緑のチェックのパンツ着て、ぬぼ〜って感じでおにぎり選んでた! ファッションも謎だけど、何考えてんのか全然わかんないよね〜」
「かわいいじゃん、クリスマスカラーだし」
「サヤカのストライクゾーンがさっぱりわからん!」
アヤはお手上げ、という風に天井を仰いだ。
「サヤカはああいうモサオ君より、イケメンとか富豪の方が似合うって」
「ふーん……」
みんな、森川君のカッコよさを知らない。でもその方がいいかもしれない。だって彼の魅力がみんなにバレたら、大変なことになってしまうから。
教室で手紙を開けてみる。
『通学の途中、駅で見かけてずっと気になっていました。よかったら僕と付き合ってください』
思った通り、今までに他の人からもらった手紙をつぎ合わせたような文章。もう見飽きた。
もし、書いてあるのが私の内面や行動のことだったら……例えば『下級生に優しくしていたのを見て』とか、『牛丼特盛を余裕で完食していたのが痛快で』とかだったら、迷わず付き合ったのに。
……もちろん私が森川君を好きになる前だったらの話、だけど。
廊下側の席に座る彼の横顔を眺め、私はクスリと笑った。右頬のニキビが治ったと思ったら、今度はあごにできてるじゃん。かわいい、青春のシンボルだね!
最近、顔も体もさらにふっくらしてきた気がする。「新米がおいしくておいしくて」って言ってたから、そのせいかな。今度こっそり、新米で握ったおにぎりを持って来てあげよう。
おにぎりの具を何にしようかと考えていたらワクワクしてきた。
そう、私と森川君は付き合ってる。でもこれは二人だけの秘密。
*
自動ドアが開いた瞬間、音と光の洪水に襲われた。
まず入り口あたりにキッズ用の乗り物やメダルゲーム。真ん中には大型のコイン落としゲームがあって、左の端にはパチスロ台がずらり。右側に並ぶのは、最初の目的であるクレーンゲームだ。
「佐々木さん、今日はどれがいい?」
千円札を両替し終わった森川君が聞いた。
「俺が佐々木さんと付き合ってるってバレたら暗殺されるかもしれない」ということで、私たちはのデート場所はいつも地元から電車で一時間以上離れたところにあるゲームセンター。
今日の彼は赤白ボーダーシャツに真っ赤なニット帽、青白ストライプのパンツを身につけてる。待ち合わせした駅前に立つ彼を遠くから見た時は「ウォーリーを探せ」みたいで面白かった。
「うーん、どれにしよっかな」
クレーンゲームコーナーを一周する途中、私の目はある台の景品に釘付けになった。
「ポッピーちゃんだ! あれがいい!」
「了解」
横方向に渡された二本の棒の上に乗った直方体の箱には『限定プライズ! ポッピーちゃんブランケット!』の文字。
ポッピーちゃんは私が夢中になってるアニメのキャラクターで、かわいいピンクのペンギンだ。
今はカップルがプレイ中だから、少し離れて待つことにした。見ているとアームの爪が箱をかすっただけで終わった。
「くそっ! 五千円使っても取れねー!」
男の人は悔しそう。「こういうのは何十回かに一回しかアームが強くならないんだよ。だからほとんど運なんだよな」
「えっマジ?! お金の無駄じゃん!」
カップルは去って行った。
違う、私は知ってる。この台は実力機って言って、何度やってもアームの強さは変わらない。それにここは良心的なお店だから、どのクレーンゲームも取れやすい設定になってる。つまり、単に彼が実力不足だっただけってこと。
全部、森川君に教えてもらった。
まぁ、「取れやすい」って偉そうに言っちゃったけど、あくまで「比較的」って話で、私なんかもこの手の台で取れた試しはないんだけど。
「おし、やるか」
森川君は台へ一歩踏み出す。
森川君の目は、とたんに獲物を狙う鷹の目みたいになった。ガラス越しにいろんな角度から景品を眺めてる。
私は黙って彼を見守る。こうなったら絶対話しかけちゃいけない。彼は今イメージ中、プレイ前の神聖な行為……。
「一回、二回……三回だな」
森川君は呟く。百円玉を三枚投入。
五百円入れたら六回できてお得だけど、森川君はそんな無駄なことしない。
三回で取るって言ったら、絶対に三回で取るのが森川君なんだ。太陽が東から昇るのよりも、手を離れたボールが重力に従って落下するのよりも、それは確かなことだから。
「何だよアレ美女と野獣じゃねーか!」
通りがかった男二人組がこっちを見て余計なことを言ってる。
勝手に言わせとけばいい。集中してる森川君には聞こえないし、あんなヤツらに森川君の魅力がわかってたまるか。
森川君の右手がボタンを押した。まず彼が狙ったのは箱の隅。アームの先が上から押し付けるように箱に触れた瞬間、箱がくるっと回った! 斜めに置かれていた箱の長辺は棒と平行になる。
二回目のプレイ。左右のアームが箱の手前の方をすくう。すると箱の一辺が向こう側の棒に引っかかり、箱は立ちかけた斜めの状態で止まる。
そして三回目。あとは森川君にとって、目隠しされても取れるくらい楽勝だろうけど、彼は決して油断しない。横顔の鋭さはまだまだ健在だ。二本のアームが上に戻る途中、箱をちょっと掠めただけで、引っかかっていた向こう側が棒から外れた。
ヤッタ! 景品ゲット!
「すごいすごい! ありがとう! 家宝にするね!」
私はぴょんぴょん飛び跳ねる。
「いえいえ、どういたしまして」
元のふわっとした表情に戻った森川君は頭をかいてる。
「佐々木さん、全身で喜んでくれるからすごく取り甲斐があるよ」
「今日も超カッコいい!」
箱をギュッと抱きしめると、森川君は恥ずかしそうに微笑んだ。
「佐々木さんのためなら何でも取ってあげる」
後ろで見ていたらしい男二人組が、ヒューッと口笛を吹いた。
「ね、次はアレやって!」
「え、もう?」
私は森川君の手を取った。
やって来たのはキッズコーナーの端っこ、「小太鼓のテツ人」。モニター上を流れてくる二種類の音符マークに合わせて小太鼓を叩く、いわゆる音ゲーだ。
森川君がリュックから取り出したのは……出ましたマイバチ!
持つ部分が黒ずんでるし、ところどころ剥げかけてるから、誕生日プレゼントは新しいバチにしようかな。
「叩いてほしい曲とかある?」
「あるにはあるんだけど……でもあの曲、実装されたばっかりだし、速すぎていくら森川君でもキツいかもしれない……」
「これでしょ」
森川君がモニターに呼び出したのはポッピーちゃんのテーマソング、『ポッピーちゃん狂騒曲』!
「いいの?」
「もちろん! 佐々木さんが好きだと思って動画で予習してきた」
森川君の言葉にキュンとなる。
彼が選んだ難易度は「激ムズ」で「鬼速」で「裏面」だった。詳しくは知らないけど、とにかく超難しいってことだけは私にもわかる。
森川君は足を軽く前後に開く。臨戦態勢。曲が流れ出す。
『ポッピーちゃん狂騒曲』のイントロは、怒涛の三十二分音符 (たぶん)で始まった。
すごい量の音符が右から左へ駆け抜ける。でも森川君は何食わぬ顔で音符をさばいていく。
トトトトトトトトトトトトトトトトトンッ!
トトトトトトトトトトトトトトトトトンッ!
「お、すごいの始まった」
中学生くらいの男の子三人が立ち止まる。
Aメロ。
イントロほどじゃないけど、また音符だらけ。しかも二種類が入り乱れてるから、見てるだけで目がおかしくなりそう。
トンカットントンカッカカッカットトトカカットトトンカットンカットトトトトントカッカットントトトンカカカカッカカッカットトトカカトンットトトンカッカトトンカットト……
それでも軽く膝でリズムを取りながら、森川君は全てを確実に処理していく。
「カッケェーー……」
さっきの男二人組がいつの間にか私の横で呆然としてる。
Bメロ。
密集していた音符がさらに密に。もう目で追えないくらいの速度で音符が流れてく。
トンカカトトンカットンカカカカトンカッカッカットトトカカットカッカカトトントトカッカットンカットカッカトトカトトトカカカトントカッカットンカカトカトカトトトンカッカカトトトカッカカットトトカカトントトンットカッカッカッカッカケフサントトンカッカカカトトトトンカットト……
森川君の両手は太鼓の上で優雅に踊る。それに合わせてバチが軽やかに太鼓を打つ。まるで一秒間に八十回も羽ばたく、ハチドリの羽みたいに。
「いやぁ〜、いつ見ても爽快ですねぇ……」
横に立つ店長さんがしみじみ言った。
「なんまんだ〜なんまんだ〜」
腰の曲がったおばちゃんが森川君に向かって手を合わせてる。
そう、私はこれで森川君に惚れた。
半年前の、単発の試食バイトの帰り道。電車を待つ間になんとなく入ったゲームセンターに森川君はいた。この人だかりは一体何事かとのぞいてみたら、彼だった。
何かの宗教みたいで最初ドン引きしたけど、ギャラリーに囲まれ颯爽と太鼓を叩く彼を見ているうちに、あっけなく惚れてしまった。終わった後、拍手の中で見せた恥ずかしそうな笑顔も最高!
でも、その場で告白した私に対して彼は冷たかった。
「最近、嘘コクとかいうのが流行ってるらしいですね」
信じてくれないのが悲しくて、私はうるさいゲーセンの機械たちに負けないくらい大声で泣いた。
そうしたら森川君はやっと信じてくれた。「すみませんすみません」と何回も謝った後、クレーンゲームでぬいぐるみとキーホルダーを取ってくれた。
その鮮やかな手つきに、私はさらに惚れてしまったのだった。
Bメロが終わる頃、ギャラリーはさっきの十倍くらいに増えていた。たぶん、ゲームセンター中の人が集まってる。
トンカカトトンカットンカカカカトンカッカッカットトトカカットカッカカトトントトカッカットンカットカッカトトカトトトカカカトントカッカットンカカトカトカトトトンカッカカトトトカッカカットトトカカトントトンットカッカッカッカッカトカトカットトンカッカカカトトトトンカットト……
みんなの視線はもちろん森川君の手元に注がれる。
ここまでくると、彼の手がバチを動かしてるんじゃなくて、意思を持ったバチに添えられてるだけみたい。
カッコいいカッコいいカッコいいカッコいい!
あの人、私の彼氏なんです! あの超カッコいい人、私の彼氏なんです! って、みんなに自慢したくなる。
速すぎてよくわかんないけど、今のところたぶんノーミス!
そしてついにサビが! サビが!!
カトカトカトトトトトカッカカカカトトカカットトカトカトカトトカトットトカカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトッカカカットトトッカカカッカトカカカットトトカトトカカカトスベスベカカトカトカトトトトトカッカカカカトトカカットトカトカトカトトカトットトカカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトッカカカットトトッカカカッカトカカカットトトカトトカカカト……
音符が重なりすぎて、もはや一本の棒状物質が流れてるみたい!
ところどころ、不意打ちのように出現する三連符が難易度を上げている。
暴れ回る音符をひとつひとつ鎮めていく森川君の横顔。顎から滴り落ちる汗、情熱を秘めた闘牛士……
がんばれ森川君! 目指せパーフェクト!
胸の前で指を組み、私は祈った。
サビはまだまだ続いている。
カトカトカトトトトトカッカカカカトトカカットトカトカトカトトカトットトカカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトッカカカットトトッカカカッカトカカカットトトカトトカカカトカトカトカトトトトトカッカカカカトトカカットトカトカトカトトカトットトカカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトッカカカットトトッカカカッカトカカカットトトカトトカカカトスベスベカ……
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいカッコいいカッコいいカッコいいカッコいい!!
もう、語彙力なくなっちゃうくらいヤバくてカッコいい!!
「あの人マジヤバくない?」「スコアえっぐ!」「バチさばき見えねー!」「アレが噂の百二十八分音符……!」「いつもの天才じゃん」「動体視力どうなってんの?!」「パーフェクトいけるんじゃね?」「なんまんだ〜なんまんだ〜」
ゲームセンターはもう完全に森川君の単独ステージだ。
長いサビも終盤に差し掛かった。
カトカトカトトトトトカッカカカカトトカカットトカトカトカトトカトットトカカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトッカカカットトトッカカカッカトカカカットトトカトトカカカトカトカトカトトトトトカッカカカカトトカカットトカトカトカトトカトットトカカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトトカカカカトトトッカカカットトトッカカカッカトカカカットトトカトトカカカトカカトト……
そして……
カットトカッ! 切れ味よく曲は終わった。さすがの森川君も肩で息をしてる。
シン……と、うるさいゲームセンターの音すべてが消え失せてしまったような間。
みんなが息を飲んで結果を待つ。
音符のキャラクターがモニターに表示された。結果は……
『パーフェクトだトン!!!』
「おぉ〜〜っ」と気持ちのいい歓声が上がる。これまでで一番大きな拍手が彼を包み込む。私は目尻の涙を拭った。
振り返った森川君は、私に親指立てて見せた。
「森川君! 結婚式はゲーセン貸し切ろうね!」
私は森川君に抱きついた。