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帰還

空が白々と明けて来る頃、神社へと裏の森に着地して屋敷に帰ると、大聖と美智子が駆け寄って来た。

「結麻!お父さん!」

聖は、気を失っている結麻を、居間の畳の上に寝かせた。

「…無事だったのだ。だが、最後に伊津岐様とお話ししていて、体力を奪われた。何か食べる物を。」

美智子は、頷く。

そして、大聖も竈に火を入れるのを手伝って、二人で急いで残った冷ご飯でお粥を作り、結麻を揺すった。

「結麻、粥だぞ!その後おむすびもある、とにかく食え!」

結麻は、朦朧として来る意識の端で、それを聞いて口に押し付けられる木製の匙を感じて、それを啜った。

途端に、意識がハッキリして来て、結麻は夢中になって粥を腹に流し込んだ。

そして、目を瞬かせた。

「…お餅を持って行ってたら良かった…。」

大聖は、頷いた。

「だな。オレが悪い、気がつかなかった。すまない、一人にして。」

結麻は、首を振った。

「大丈夫。その御蔭でいろいろ知らせられたの。私、潜んで盗み聞きできたのよ。あのね、リーダーの名前は亜津真、未婚の女性と神を使った、何か大きな術を使おうとしてる。」

大聖は、え、と目を見開いた。

「え、それは何の術だ?!」

結麻は、首を振った。

「分からない。思い出せなくて。でも、大聖に掛けてもらった術、二度は無理なんでしょう?だから、私…。」

結麻は、涙を流す。

肝心な所を思い出せないなんて。

美智子が、言った。

「落ち着いて。さあ、おむすびも食べるのよ。今は、体を回復させるのが先。もう大丈夫、ここは大丈夫よ。」

結麻は、美智子が妊娠している、と聖から聞いていたので、急いで言った。

「そんな、ごめんなさい美智子さん、お手間をおかけしてしまって。私、自分できるので、ゆっくりしててください!無理しちゃダメです!なんなら私が家事やりますから!」

え、と大聖が驚いた顔をした。

「今更何を言ってるんだ、結麻。いつもお母さんに世話してもらってるくせに。」

美智子が、戸惑った顔をして、聖を見る。

聖は、頷いた。

「伊津岐様にお話ししたのだ。」と、大聖を見た。「大聖、お前の弟か妹が、お母さんの腹の中に居るのが分かったのだ。」

大聖は、それこそ驚いた顔をした。

そして、喜ぶよりも、戸惑うような顔をしながら、言った。

「でも…我らの家系はいつも、男子一人しか子供はできないって…。」

聖は、息をついた。

「私もそう聞いていたし、伊津岐様も驚いていらしたが、事実なのだ。こんな時だからこそ、先に申し上げておかねばならないと思って、申し上げておいた。なので、大聖も知っておいた方がいい。まあ、美智子は悪阻も無いし、基本的に元気なのだ。大聖の時も、出産直前まで立ち働いていたからな。」

美智子は、頷く。

「私は、伊津岐様の守りがあるので、妊娠中も出産もとても楽に過ごさせてもらえるの。だから、特に体調は変わらないのよ。だから、そんなに気を遣わなくても大丈夫よ。」

そうは言っても初期なんだから気に掛かる。

結麻は、言った。

「…あの、やっぱり私、自分でお餅とか準備します。甘酒も瓶に詰めて、準備しておいた方がいいと思うんです。真樹ちゃんが、それをいつも携帯しておいたらいいっていつも私に言ってくれてたから。今回、伊津岐様に記憶の中身を全部お話ししたいと思っても、すぐに倒れていたらそれもかないませんから。」

美智子は、言った。

「結麻ちゃんがそうしたいなら。でも、神様達は不動結界の方へ向かわれて、お戻りにならないのだとほかの神主の奥さん達からもお手紙が来ていたわ。だから、きっと当分の間は伊津岐様もお戻りにならないのではないかしら。」

結麻は、体を起こして、おむすびを口にした。

「…それでも、私は思い出さなければなりません。思い出したら、伊津岐様をお呼びしてでもお話ししないと。準備は必要です。」

美智子と聖は、また顔を見合わせる。

大聖が、言った。

「お父さんも結麻も、一晩中起きていたんでしょう。お休みください、オレがほかの仕事はしておきます。お疲れは禁物です。」

聖は、頷いた。

「そうだな。では、少し休ませてもらおう。」と、結麻を見た。「結麻も、食べたらすぐに寝ておいた方がいい。何が起こるかわからないからな。」

結麻は頷いて、黙々と大聖に差し出されるままにおむすびを口に放り込み続けた。

…思い出さなきゃ。

結麻は、心の中で強く思っていた。


その頃、瀧と聖矢達は、何やらきちんとした建物として、奇跡的に残っている場所へと到着していた。

とはいえ、端の方は崩れているし、全体的に傾いているので、ここへこの状態のまま倒れて来たように見えたが、あの瓦礫の山を考えたら、普通の部屋だと言っても過言ではない。

瀧は、周りを見回した。

「…ここは何でぇ。」と、傍に落ちている、四角い紙の塊を持ち上げた。「…文字。本か?」

聖矢の隣りから、見波が顔を出して、言った。

「これは…手書きにしてはかなり小さな文字であるし、墨のにじみも奇跡のように全くありませんな。どうやってこんな本を書いたのでしょう?」

聖矢が、頷いた。

「もしや、これは我らよりずっと進んだ文明の産物なのでは。結麻に聞いたら、知っていそうに思うな。」

中を見ると、文字は不思議なほど今の文字と似ていて、ほかの文明だというのに、きちんと読めた。

聡は、言った。

「この辺りは、何やら旅日記とか、そう言った読み物らしいですな。」と、あちこち飛んで見回した。「埃が積もっていて、ここにこれが放置されてから、百年二百年の話ではないように見えます。」

聖矢は、あちこちを見回った。

どうやら、ここは本とたくさん集めていた部屋のようで、あちこちにその、分類の表示が、色褪せながらも刻印されているので、きちんと読めるように残っていた。

奥の方へと行くと、その向こうから縦に光の筋が漏れて来ているのが見える。

聖矢は、思わず息を詰めて浮いたまま後ずさり、急いで皆の所へと戻った。

そして、小声で言った。

「…あちら。恐らくあちらの扉の向こうに、誰か居ます。」

瀧は、目を細めた。

「どっちだ。」

聖矢は頷いて、瀧を案内した。 

「こちらです。」

瀧は、息をひそめてそちらへと向かう。

あいにく瀧は飛べないので、できるだけ足音をさせないようにゆっくりと足を運び、そうしてその場所へと到着した。

そこには、聖矢が言ったように、細く光の筋が漏れていた。

瀧は、そこからそっと向こうを覗き見ると、その向こうには、見たところ五人ほどの男と、一人の子供っぽい女が座って、焚火で何かを調理しながら、話しているのが見えた。

…あれが三奈だな。

瀧は、思った。

瀧が奥に気取っていたのは、全部で十三人で、女が一人だった。

残りの男八人が、ここには居ない。

一人の男が、言った。

「…そろそろ呼んで来るか。もう飯ができるって。」

三奈が、言った。

「私が呼んできましょうか?どこに居るんですか。」

その男は、答えた。

「そっちの布を避けたら、通路があるんだ。そこを真っすぐに行ったら、奥で床に絵を描いてる奴らが居る。お前もそこで仕事をするんだぞ?だから場所を覚えたらいい。」と、傍のランプの一つを三奈に差し出した。「ほら、暗いからこれで足元を照らして。

三奈は、頷いて笑顔で立ち上がった。

「わかりました、ありがとう。じゃあ行ってきます。」

三奈は、足取りも軽く言われた方向へと向かい、布を避けて奥へと向かって行った。

それを見送ってから、こちらの男は言った。

「…子供だな。言われなくても手を出したりしなかったと思うぞ?お前は見張りに残ってたみたいだがな、名津。」

名津と呼ばれた男は言った。

「わかってるが、お前らは女だったらなんでもいいじゃないか。だから見張りだ。絶対に手を出すなよ?生娘でないと意味はないんだぞ。来斗のようになりたくはないだろうが。」

言われた男は、身震いした。

「わかってるよ。死にたかねぇ。いい世の中を待ってるってのに、その材料を台無しにしたりしねぇよ。上手いこと、呪文を覚えてくれたらいいけどな。能天気そうだし、無理じゃねぇの?」

名津は、答えた。

「覚えて唱えるのがあいつの仕事。それしかしねぇんだから、若いしすぐ覚えるだろう。そうでないと、ここから追い出されて餓死だろ。分かってるって。」

瀧は、そこまで聞いて、上でそれをじっと聞いている、聖矢に目で合図した。

そうして、二人はまたそろそろと、他の9人の神主達が待つ、向こうの場所へと戻って行った。

その途中、瀧はふと、棚の分類に目が行った。

…呪術?

瀧は、足を止めた。

その辺りの棚だけ、全く埃も積もっておらず、本は綺麗に見えた。

一冊を引き出して、中を見てみると、自分の腕にあったような、魔法陣と言われるものが多く描いてある本もある。

…もしかしたら、この辺りがの術の知識が詰められてる場所なんじゃ…。

瀧が思って本を凝視していると、あの光の方向から声が近付いて来た。

「…ちょっと待て、これを片付けてからにする。」

瀧は、ハッとして振り返った。

…ここへ入って来る…!

だが、ここから姿を隠せる位置まで、まだ結構な距離がある。

走ると、足音が聴こえて誰かが居るとバレるだろう。

間に合わない…!

瀧は、その光の筋が、大きく開かれて行くのを見ていた。

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