親切な人
三奈は、言われるままについて来た、何やら崩れた石の建物の中の、ずっと奥にある開けた空間に居た。
ここへ連れて入られた直後は、あまりの暗さと音のない様子に怯えたが、しっかりと三奈の手を掴む亜津真という男の手に縋るようにして、ここまで来た。
ここへ来たら、ランプがたくさん置いてあり、明るくてホッとしたものだ。
しかも、どこにも薪ストーブはないのに、ここは暖かかった。
亜津真は、言った。
「ここで過ごすことになる。食物はある、きちんと三食食わせてやろう。で、オレ達はあっちの隙間を分けて使ってるから、お前はこっちの隙間を部屋にして使うといい。部屋の前には、布を垂らせば中は見えない。あっちに使ってない布団を山積みしてあるから、好きなのを持って来て自分で寝る場所を作れ。」
三奈は、言われて頷いて、その場所を見るとまるで洞窟の中のような隙間があり、しかし床は平らだし、確かにここを部屋にしても大丈夫そう、と思った。
向こうの穴から、入口の布を避けて、男が出て来た。
「亜津真さん?戻ったんですか。」
亜津真は、振り返った。
「祥。三奈という元巫女だ。仕事を任せようと連れて来た。」
祥と呼ばれた男は、三奈を見た。
「へえ、お誂え向きじゃないですか。」と、三奈に寄って来た。「よろしくな。オレは祥。みんな寝てたりいろいろだが、朝になったら全員揃うだろ。それまで休んでな。」
三奈は、頷いた。
「はい、ありがとうございます。」
祥は、亜津真を見た。
「だったら、いよいよですか。魔法陣は?」
亜津真は答えた。
「奥に準備しつつある。何しろデカいからな。手間が半端ないんだ。」
祥は、頷いた。
「でしょうな。」
三奈は、二人を見た。
「あの、私の仕事は何でしょうか。」
亜津真は、三奈を振り返った。
「神に関わることだ。」え、と三奈が嫌な顔をすると、亜津真は苦笑した。「ああ、仕えるんじゃないぞ?ここらの神は横暴だから、ちょっとオレ達はオレ達で、好きにさせてもらおうって考えてて、その準備をしてる。それが成功したら、神に干渉されずに暮らせるぞ。神に依存してその言葉次第で人を見下したり称賛したりする、他の奴らに一泡吹かせてやれるんだ。お前にはその手伝いをしてもらいたいなと。」
三奈は、口を押さえた。
「え…そんなことが本当に?」
亜津真は、頷いた。
「そうだ。ここに居るのは、皆能力者崩れとか、神に嫌われたとかそんな理由で理不尽に村八分にされた奴らばっか。お前もその一人だろ?」
三奈は、頷く。
そう、神にダメな奴だと烙印を押されてしまうと、人は手の平を返したように冷たくなるのだ。
両親ですら、三奈を捨てて出て行ってしまった。
あんなに大切に育ててくれたのに…。
あれは、単に三奈を巫女にして、そうして自分達が利益を得たいからだったのだ。
何も信じられないと思っていたが、ここにそんな仲間がたくさん居るのだ。
「わかりました!頑張ります。」
亜津真は、頷いた。
「じゃあ、もう寝る準備をしな。」と、祥を見た。「手伝ってやってくれ。」
祥は頷いて、三奈を布団の所まで案内してくれた。
「ほら、こっちだ。」
そうして、三奈は祥に手伝われて、自分の部屋を作った。
祥はとても親切で、布団も運んでくれて、入口を布で塞ぐのもやってくれた。
そして、腹が減っていないかと、おむすびまでくれた。
三奈は、居場所を見つけた、ここには仲間が居ると、もらったランプを消して、そこで落ち着いて眠りについたのだった。
眠る三奈は知らなかったが、その後亜津真はまた出掛けて行き、そして戻って来ていた。
祥が、出迎えて言った。
「…来斗を捨てに行ったのは三人だったはず。何故に名津だけ?」
亜津真は、答えた。
「他は見張りに立たせている。名津が、神の気配のようなものを近くに感じると言うからな。」と、声を落とした。「…あの女は?」
祥も、声を落とした。
「食わせてやったらすぐに眠りに落ちました。準備している間に聞いたところ、あれはまだ15で生娘、巫女に選定されたぐらいですからな。運が良かったですな。」
亜津真は、フフンと頷いた。
「オレが手を回した。わざとあいつの行き場を失くして、行き倒れるのを待っていたんだ。ちょうどよい条件を持っていたし、そこらの女では男を通わせていたり、材料にならん。かと言って、15にならん娘は皆、神に通じているから面倒なことになるしな。あいつの両親に、西行きの段取りをしてやる代わりに娘を置いていけと言ったら、あっさり同意して家を売って、逃げて行ったんだ。お陰で早かったよ。」
名津が言った。
「なら、魔法陣を完成させないと。さっきからあちこちに神の気配を感じて落ち着かないんです。」
祥が、眉を寄せた。
「お前もか。オレも胸騒ぎがしてよく眠れなくてな。能力持ちでなかった奴らはぐっすり寝てるのに、ざわざわして落ち着かない。」
亜津真は、それを聞いて確信した。
神は、自分達の動きを、来斗の馬鹿のお陰で気取ってこちらを監視し始めたのだ。
何しろ祥と名津の二人は、共に元能力者で、能力がなくなった今も、勘が鋭くそんなものを気取るのに長けていた。
亜津真自身は、何も能力を持ってはいなかったので、これらの勘は有り難かった。
「…急ごう。奥へ行くぞ。目覚めた他の奴らが三奈に手を出さないように、祥はここで見張ってくれ。あいつは生娘のままで居てもらわなきゃならないからな。」
祥は、頷いた。
「はい。急いでください、マジで近くに居ると思うんだ。」
亜津真は頷いて、そうして名津と共に更に奥へと入って行ったのだった。
結麻は、ひたすらに真っ暗な瓦礫の山を登りながら、聖の方向を示す魔法陣の三角に導かれて進んでいた。
時々、瓦礫で行き止まりになっていたりして、なかなかそちらへ向かえなかったが、ある時を境に、何やら広い場所に出て、そこからは真っ直ぐに、と言っても瓦礫だらけだが、向かうことができた。
床には、まだ新しい足跡があって、ここに潜んでいる奴らもここを使っているのかと落ち着かない。
が、もし誰か来ても、それらは灯り無しには進めないので、光が見えたら潜む心積もりだけして、結麻は突き進んだ。
そうして頑張ってまた一山登り切ると、その向こうに、何やら人影が見えた。
暗い中で、それは四人ほどに見えた。
一人は、また目の前に現れた瓦礫を登っていて、他の三人は不思議なことに、スーッと上に移動しているように見えた。
…幽霊…?!
結麻は、途端に怖くなった。
こんな場所なのだから、幽霊の一人や二人居てもおかしくはない。
結麻が瓦礫の山の上で呆然としていると、ふとそのうちの一人が振り返ったような気がした。
…ヤバい!
結麻は、そこに伏せた。
普通の人なら見えないはずだが、しかし幽霊に暗闇は付き物なので、もしかしたら見えたかもしれない。
そんなことを思いながら、そのままブルブル震えていると、間近で声がした。
「…結麻?」え、と聞き慣れた声に顔を上げると、そこには聖が浮いていた。「結麻!こんなところで何をしているのだ!」
いや、聖さんこそ何をしてるの。
しかし、よく考えたら聖は瀧を追って行けと清輪から命じられて、不動結界の中に来ているはずだった。
だからこそ、その聖を探して魔法陣を描いたのではないか。
結麻は、起き上がった。
「聖さん!」と、向こうを見た。「ということは、あれは瀧?」
聖は、頷いた。
「私はお役目を果たしているだけだ。君はこんな所に来てはいけない!どうやって来たのだ、伊津岐様はよく許されたな。」
結麻は、弁解した。
「あの、私前世の記憶を大聖に引っ張り出してもらったんです。それで、呪術のことを思い出して…それを伝えに来ました!」と、胸から描きまくった神封じの解呪の魔法陣を引っ張り出した。「これは、神を封じる術を解呪する魔法陣です!」
聖は、それをまじまじと見た。
そして、言った。
「…とにかく、一人では危ない。こちらへ。」と、結麻の腰を小脇に抱いた。「あちらまで運ぶ。」
…幽霊じゃなくて良かった〜!
結麻は、聖に運ばれながらそんなことを思っていたのだった。




