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遠い記憶

大聖は、結麻と二人で、瀧の腕にあった紋様を思い出して、それを紙に描いた。

そして、結麻を座らせると、言った。

「…肩の力を抜け。」と、結麻の前に座った。そして、ロウソクを目の前に持って来て、畳の上に置いた。「この炎をじっと見つめるんだ。そして、オレの問いに答えろ。」

結麻は、頷いた。

大聖は、手を上げて何かを唱えた。

「…心の内を解放せよ。我は神なり、己の口でそれを語れ。主はヒト、我の命に応えよ。」

心を縛られるというよりは、何かから解放されるような感覚だ。

結麻は、そこからは夢見心地になり、何もかもが許されるような心の重荷を取り去られるような、そんな気持ちになった。

目の前には、大聖の姿は消えて、ロウソクの炎しか見えない。

結麻は、自分の口が勝手に何かを大聖に語っているのが分かったが、それがなんなのか、意識する余裕もなくその解放感に酔いしれていた。

しばらくしてから、不意に大聖の声が耳に入って来た。

「…終いぞ。戻れ。」

ロウソクの炎がフッと消える。

結麻は、ハッとして目を瞬かせた。

「…私…何か言った?」

何やら記憶が混乱している。

目の前の大聖の着物姿が、何やら滑稽と感じたり当然と感じたり、おかしな感覚だ。

まるで自分が二人居て、両方の自分の感じたことを、一人で感じているようだった。

大聖は、言った。

「…大丈夫か?しっかりしろ、目がまだ泳いでるぞ。」

結麻は、頭を振って記憶を整理しながら、言った。

「…ごめん、混乱してる。これまで記憶はあっても私は私でしかなかったのに、前世の私の意識がそのまま重なってる感じ。仕事に行かなきゃいけない、どこまで終わってたとか、そんなことがハッキリと浮かんでて。そうだったわ…私、プロジェクトの途中で死んだんだわ。どこのプログラムをどこまで組んでたのかまで、しっかり残ってて落ち着かないの。」

大聖は、眉を寄せた。

「しっかりしろ、今はそれどころじゃない。」と、結麻の肩を掴んだ。「知っていた。お前はめちゃくちゃ細かく知っていたぞ、結麻。ネットとかいうものの中で、暇があればそんなことばかりを選んで読んでいたとお前は言った。瀧の紋様を見せた時、お前は軽くそれは力を封じる魔法陣ね、と言った。一目見てそう答えて、何故に分かると問うと、本で読んだ、と紋様の一つ一つを指さして、ここが人を表し、ここが封じを表すと。力はこの辺りの複雑なこれだと。では解くにはどうしたら良いのだと聞くと、それを燃やすか、無効にする魔法陣をその上に描けば良いのだと言った。描いた物を貼るだけでもいけるとか。」

そんなことまで話してたの?

結麻は、自分で自分に驚いた。

が、それを知っていることを当然と思っているもう片方の自分が、そんな簡単なことで、と呆れているのも感じ取れた。

結麻は、言った。

「私…私、ゆいって名前だった。」大聖は、必死に頭の中を整理しようとしている結麻に、付き合って頷いた。「一人っ子だった。お父さんとお母さんにもう一度会いたかった。旅行に連れて行こうと思って、お金を貯めてたの。なのに、行けなかった。私…親不孝だったわ。大聖、私、親孝行もできないまま、先に死んじゃったの。ごめんなさい…お父さん、お母さん…。」

結麻は、涙を流した。

大聖は、そんな結としての結麻を、抱き締めてしばらく、結麻が落ち着くまで待ってくれていた。

結麻は、涙が流れるままに、嗚咽を漏らして泣き続けたのだった。


そうやってしばらく、結麻は大聖の温かさに我に返った。

そして、慌てて大聖から離れた。

「…ごめん、大聖。それどころじゃないのに。前世の記憶が、びっくりするほど鮮明に出て来て、混乱しちゃった。もう大丈夫よ。」

大聖は、慎重に結麻から離れて頷いた。

「オレだって、同じ立場なら同じことを思っただろう。お前の気持ちは分かる。たった24歳だったんだろ?」

結麻は、また浮かんで来そうになる涙を押し殺して、頷いた。

「うん。まだまだ元気に生きると思ってたの。それなのに、事故であっけなく死んじゃった。一瞬だったから痛みも何も覚えてない。でも、私なんかここへ来たの、偶然じゃないって思った。私の魂には、前世生きてたことだけじゃなくて、迎えに来てくれてたおじいちゃんの顔もあるの。」

大聖は、え、と驚いた顔をした。

「それ、もしかしたら黄泉の記憶か。」

結麻は、頷いた。

「うん。なんか知らないけど、おじいちゃんは私を空のどこかへ連れて浮いて手を引きながら、お前も大層なことになったなあって、気の毒そうに言ったの。そこの辺りはめっちゃうろ覚えなんだけどね。」

黄泉の記憶…。

大聖は、言った。

「…それで?」

結麻は、必死に目を細めて思い出そうとした。

「なんて言ってたかな…そう、天へ行ったらね、誰か…顔は出て来ないけど、おじいちゃんと一緒に誰かに会った。その人は、私に、思い通りになったか?次は、やはりあちらへ行くか、と私に問うたわ。私は、何故かそれに、はい、そのためにこのようなことをしました、と答えてた。でも、今の私には覚えがない。」

恐らく、黄泉へ行ったことでこれまでの生まれ変わりで得た記憶を取り戻していたのだろうが、今の結麻には結と結麻の二人分しか記憶がないのだ。

結は、結麻になる前に、準備として結として生きていたのだろう。

何が目的なのかは分からないが、恐らくそうなのだ。

「…ならば何か意味があったのだろうな。」大聖は、言った。「お前は早くに世を去る前提で、結として生きていたのだ。何かが必要だったのだろう。だとしたら、結が得た情報か。結、お前はもしかして、呪術の情報を得るために、結として生きていたのではないのか。」

そう言われてみたら、度が過ぎていたかも知れない。

結麻は、思った。

自分は不思議なことが、幼い頃から好きだった。

超常現象のテレビは余す所なく見たし、とにかくそんなことが書いてある雑誌も本も、嫌になるほど読んだ。

父も母も、呆れるほどだった。

だが、そういったサークルにも入って、大学では結構同じ趣味の人達と、そっちのことに博識な結麻は楽しく交流したのだ。

社会に出て忙しさに忙殺されていても、その探求だけはやめられなかった。

最後に手にした国立図書館での、あの本…。

結麻は、思い出した。

持ち出し禁止だったので、それを写すために毎日通い、まるまる写し切ったほどだ。

図さえも、そう魔法陣でさえも手描きで写したのもあり、嫌になるほど頭に入り、今もハッキリと頭にある。

…最後の項目を写し終えたのは、確かあの前日の休日…。

結麻は、思い出した。

そう、死ぬ直前に全てを写し終えて、その日は寝ずに書き写した全てを読んで、悦に入っていた。

その次の日、事故で死んだのだ。

「…そうだわ。」結麻は、大聖を見た。「大聖、そうなんだわ。私、持ち出し禁止の昔の呪術の本を、休みの度に書き写すために国立図書館へ行ってたの。幼い頃からそっちのことにめっちゃ興味があってね、仕事が激務なのに、そんなの構わずに毎回通ってたの。それが終わる前日に、やっと終わって…徹夜でそれを読み返してた。その次の日、徹夜明けで仕事に行って、帰りに事故に合ったんだわ。思い出した、私はあの本の内容をしっかり覚えてる!瀧の魔法陣、あの書に解説してあったあれと、全く同じなんだわ!」

ということは、私は何らかの使命を帯びて、ここへ転生して来た。

前世のあれも、自分で決めたことだったんだ…!

いろいろ繋がって、結麻は気持ちを奮い立たせた。

きっと、あの不動結界の中をなんとか出来る、知識が私の頭の中にある!

「行かなきゃ!」結麻は、立ち上がった。「大聖、私は行く!きっと私は、そのためにあちらで生きてたの。そして、このために死んだのよ!きっとそうだわ!」

伊津岐様は、オレの勘だがこいつは何か頭に持ってるって言った。

あの、最初の言葉は間違いじゃないのだ。

行かなきゃいけない…!

結麻の決断に、大聖は迷う顔をしたが、しかし、頷いた。

「…分かった。」と、立ち上がった。「オレも行く。お前を不動結界へ連れて行ってやる。一緒に行こう。」

二人は頷き合って、そうしてまだ夜が明けない空を、密かに不動結界目指して飛んで行ったのだった。

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