巫女の罪
本殿へと入って行くと、聖と伊津岐が向かい合って何か話していた。
伊津岐は相変わらず少し浮いた状態で胡坐をかいていて、その前に聖が座っている状態だ。
結麻と大聖に気づいた、聖が言った。
「ああ、こちらへ。」二人が言われたとおりに聖に並んで座ると、聖は言った。「今、伊津岐様にご確認をしていたところなのだ。」
大聖は、頷いた。
「いかがでしょうか。」
伊津岐が、答えた。
「結論から言うと、三奈からは能力をはく奪した。」結麻がショックを受けた顔をしたが、伊津岐は続けた。「困ったことに、あいつは自分に良いように物事を考える癖があって、しかも生まれた時から能力を持つ女だった。だからこそ、楽天的で穢れることはなかったし、15になってもオレが見えた。これまで、両親に蝶よ花よと育てられ、思い通りにならないことはない生き方をして来たから、欲しいものは手に入れて来たし、結麻の部屋へ入って、結麻の文箱からそれを持ち出すことにも、全く抵抗はなかった。罪悪感もない。それが当然だと思っているからだ。あいつは、最初から結麻の手柄を自分の物にしたいと考えてこの一之宮に留まることを願っていたんだ。オレは、それを気取っていたので三之宮へあいつを送ろうと考えていた。結麻から離して巫女修行をしていれば、恐らく成長して来て、世の中思い通りにはならないと悟るだろうと思ったんでぇ。何しろまだ子供だ、全知全能の神にでもなった気持ちでいるんだろうから、それを佐織に教育させて、しっかりさせようと考えていた。が、あいつがここへ残りたいと駄々をこね、結麻が残してやってほしいと言った。だから、だったら1年だけ残してやろうと思った。オレが見張れるし、別にいいかって。だが、ちょっとオレが南へ意識を向けてる間に、結麻の部屋へ入って窃盗なんかやってのけちまって。それによる穢れは、思ったよりずっと少なかったが、巫女という立場にあるものが、泥棒じゃ世間に示しがつかねぇ。だから、本人にはまだ何も言ってねぇが、結麻のなんか書いてる紙を手にここを出た時から、オレはあいつから能力をはく奪してる。志伊も知ってるが、まだ充には言ってねぇ。聖から、文が届いたから今頃もしかしてと思ってるはずだ。ちなみに、三奈も恐らく、自分に能力がなくなっているのを気取ってないはずだ。碌に巫女修行はしていなかったからな。」
結麻は、慌てて言った。
「伊津岐様、大したことではないのですわ。私、ここのところ考えあぐねて大したものは生み出していなかったし、あれぐらい三奈ちゃんの手柄にしてもいいと思うんです。あの子も、きっと育ちのせいでそれが悪いことだと思っていなかったのだと思うし。」
しかし、聖が言った。
「…確かにわがまま放題で育てられて、何をしても咎められないので善悪のねじが緩いのかもしれないが、それだけのことではない。人の物を勝手に盗ってはならぬというのは、基本的なことで学校に通っていたら誰でも知っているはずだ。それを、平然とやってのけることから間違っている。しかも、それをもってあっさりとここを出て行ったことから、どこかに悪いことをしているという自覚もあったはず。逃げたのだ、発覚するのを恐れてな。それなのに、伊津岐様が申される通り罪悪感もないなどとは。巫女としては、不適格と言わざるを得ない。」
そうだ、伊津岐様は悪気はない、とは仰らなかった。
罪悪感もない、と仰ったのだ。
盗みが悪いことだと知っていて、つまりは悪気があって逃げた上、罪悪感も全くないので問題だと言っているのだ。
「…でも、巫女を下ろされるとなると、世間の風当たりは一気に強くなるのでは。外で生活していくことができなくなります。」
聖は、息をついた。
「わかっている。が、まだ警備兵に引き渡さぬだけ良いと思うてほしい。本来なら、窃盗事件は役所の警備部の管轄だ。神社の物を外へ許可なく持ち出すのは、大罪だとされている。それが、紙切れ一枚であってもな。規定では、15を過ぎたらもう刑罰の対象になる。成人前でも関係ない。とはいえまだ15なので内容は公にはしないつもりだ。ただ、巫女の能力を失ったので、宮を出るように、と告示される予定だ。」
伊津岐は、息をついた。
「…だからさっさと三之宮へ送れば良かったのに。あいつ、オレに対しても物怖じしねぇし、お前たちにも押しが強かったんじゃねぇのか。」
確かに、ガンガン来るタイプだとは思っていたけど…。
大聖が、言った。
「確かに、こちらの話を聞いているのかいないのか、かなり強引な印象でした。」
伊津岐は、頷いた。
「自分の思う通りにしてぇからだな。ま、それが許される環境で育ったから仕方ねぇっつったら仕方ねぇんだが、だからこそ、オレは厳しい巫女に育てさせて、更生させたら良い方に行くんじゃねぇかと思ってたんだ。だが甘かった。佐織と違って結麻は甘ぇから、さっさと傍を離したらあいつも一人になって、聖にしっかり教育されるかと思ってたんだがよ。まあ、諦めるしかねぇな。こうなっちまったんだからよ。」
結麻は、勝手に口出しをして、悪かったと心底思った。
伊津岐に逆らって、別の選択をしてそれでもっと面倒なことになったのは、これが初めてのことではない。
後先考えないとよく大聖にも叱られたが、今回ばかりは勝手なことに口出しをしてしまい、そうして一人の未来を奪ったかもしれないと思うと、やりきれなかった。
…結局、私はその時の感情で決断してしまってるんだわ。
三奈も、その時の感情で結麻の部屋へと入って行き、そして見つけたものがどうしても欲しかったので、盗って行ってしまったのだろう。
そう思うと、三奈と自分はそう変わらないのに、と思えて来て、重苦しい心地になったのだった。
それから数日、結麻は巫女の仕事をこなしていた。
正月には、中一之国の役人達がここへ、伊津岐との対面のためにやって来ることになっているからだ。
その準備に、あちこち整えて、少なからず穢れを持って入って来る者たちも居るだろうから、それを散らさぬようにと万全の構えを作って行っていた。
今頃は、中二之国も、中三之国も大忙しだろう。
特に中三之国では、三奈が巫女の任を解かれて神社を出され、それが大騒ぎになっていた。
三奈が窃盗犯だったという話を聞かされた巫女の佐織は、ショックで倒れてしまい、橘と結婚して妊娠初期であったのに、子供は助からなかったのだという。
そんな悲劇も重なり、三之宮は中之国の中でも、暗い様子に沈んでいるようだった。
三奈の家族は、巫女の家族という晴れがましい立場から一転、巫女を下ろされるなどいったい何をしでかしたのかと、罰当たりな一族と罵られ、それに耐えきれずにいつの間にかどこかへ去ってしまったようだ。
真樹の家族は北之国の真樹の母の実家を頼って戻ったようだったが、果たして三奈の親には、そういった頼れる当てがあったのだろうか。
結麻は、それが気になって仕方がなかった。
黙々と仕事をこなす結麻に、大聖が言った。
「…大丈夫か。なんか暗いぞ、結麻。」
結麻は、大聖を見た。
「だって…結局、私が悪かったんだわ。最初に、伊津岐様が三之宮へやると申された時点で、それに黙って従わせるべきだったのよ。必死な三奈ちゃんに同情して、ここへ置いてほしいなんて私が思わなければ、こんなことにはならなかった。神様はいつも正しいの…聖さんが、納得いかないことを伊津岐様がおっしゃっても、必ずそれに従われるのを見て、どうして反論しないんだろうって思っていたけど、こういうことなんだと思った。神様は、最初からいろいろ見通して考えて結論を出していらっしゃる。私のように気まぐれに見える伊津岐様でも、それは変わらないわ。私が、本当に悪かったの。」
大聖は、息をついた。
「今さら言っても仕方がない。伊津岐様が結局それを許されたのは確かなんだ。だから、一言も結麻を責めてはいらっしゃらないだろう。そんなに気に病むな。」
結麻は、大きなため息をついた。
「…うん。でも、佐織さんが可哀そうで…繊細な人なのに。だからこそ、巫女が窃盗犯なんて聞いて、耐えられなかったんでしょうね。橘さんと一緒に、離れた別棟で療養されてるって聞いてるけど。」
大聖は、頷いた。
「そうだな。こっちも今大変だから、手伝いをやるわけにもいかないし、充さんと政子さんが必死に準備してると聞いている。死は穢れだから、オレ達は身内が死ぬと神に会わずに百日喪に服しておかないといけないんだ。正月も出て来られないだろうし…大変なんだがな。」
すると、背後から声がした。
「オレが行こうか?」え、と振り返ると、そこには瀧が立っていた。「まだ伊津岐から不動結界へ行く許可がおりねぇだろ。あいつにも準備があるだろうし、オレも無理やり行きたくねぇ。退屈だから、この、神社の祓え準備ってやつ?手伝って来るぞ。」
大聖は、言った。
「主が行ってくれるのなら、それはこちらは助かるが、いいのか?」
瀧は、頷いた。
「何もしねぇってのが苦痛だ。中三之国って、こっちへ来る時に通った道沿いのあれだろ?覚えてるし、楽勝だよ。伊津岐の結界の中に神の結界がある、と思って見たしな。」
結麻が、言った。
「一人で大丈夫?」
瀧は、顔をしかめた。
「誰に言ってんだよ。オレはいつだって一人であちこちしてるっての。」
大聖は、頷いた。
「…お父さんに、通行許可証を出してもらって来る。待っててくれ。」
そうして、大聖はその場を離れて行った。
結麻は、瀧が積極的に神社のことに関わってくれるのは、良い傾向だとホッとしてた。
何しろ、ここへ来てからも、不動結界へいつ行けると、毎日そればかりだったからだ。
瀧は、大聖が屋敷の方へと消えるのを、じっと見送っていた。




