準備
伊津岐が去り、大聖は聖に事の次第を説明した。
あちらから一応概要は手紙で送ったが、瀧のことや、七柱の神のことは、誰の目に触れるか分からなかったので、書くことが出来なかったのだ。
聖はやはり、キリサのことに衝撃を受けた顔をしていたが、神妙な顔になった。
「…ならば、誠になんと有り難いこと。原初の神であられたのに、人のために五つに分かれて降りてくださったとは。が…伊津岐様も。他の神が、忌み嫌われたこの地を守ろうと残ってくださり、これまで我らの繁栄を助けてくださった。感謝してもしきれぬ思いぞ。」
大聖は、頷いた。
「はい、誠にそのように。とはいえ、不動結界に穴があるのはまずいことです。」
聖は、息をついた。
「あれは、我が父の頃から懸念されておったもの。基本的に不動結界には、神主ですら近づくことはならぬと言われておるので、我らは見たことはない。が、伊津岐様と伊知加様が、そのことについてお話しになっているのを聞いたことはある。誰かの力が弱まったというのでもなく、何やら劣化して来ているので掛け直さねばとか言っておられた。が、それから父が言うには、範囲が広すぎて力が足りないのではないかと神達が話していたと聞いて。つまりは、最初七柱で抑えていたものを、あの当時六柱になって緩まりつつあり、今にもまずいやもと言われ始めていたのだ。そこへ、伊知加様がお隠れに。更に弱まって、遂に穴が開いていてもおかしくはない。」
瀧が、考え込むように言った。
「…なんで伊知加はそれが分かっていて黄泉へ渡ったんだろうな?」え、と聖と大聖が瀧を見る。瀧は続けた。「なんか…オレ、不動結界のことを聞いてから、落ち着かなくてよ。もしかしたら、だけど、伊知加はなんやかんや表向き言っても、内心はあれをなんとかしようと思ってたんじゃねぇか。神には封じる以外出来なかったわけだろう。根本的に消し去るには、人の力が必要だった。が、人は恐らくその文明を先に調べようとするだろう。だからオレは、もしかしたら人になって消しちまおうと思ったんじゃ。なんかそんな気がして来たんだ。どうしても、今すぐにでも不動結界の所へ行きたくてならなくてよ。こうしてても、焦って来て落ち着かねぇ。中を全部破壊し尽くしたい気持ちになる。多分、これが伊知加の記憶じゃねぇか。何しろ…このままでは伊津岐が、とか、めっちゃ焦るような感情がどっかから湧き上がって来るんでぇ。」
そうだ。
結麻は、思った。
伊津岐のあの様子では、不動結界の中は結構神にとっても面倒な物の温床で、しかも手を出せないようで、行くなとまで言って止めていた。
もし、伊知加がストレートに不動結界の中を人になって消して来る、とでも言おうものなら、危ないからやめろと止めたはずだ。
伊知加にはそれが分かっているので、汚職の方を懸念しているふりをして、人になると言ったのではないか。
何しろ他の五柱は、それをしたくても守るものがあるので今更できない。
が、伊知加は領地を持たない神だったので、自分しかないと思ったとしたら合点がいく。
不動結界は伊津岐の結界の中にあるので、そこが崩れたら真っ先に矢面に立たされるのは伊津岐だ。
伊知加は、伊津岐を守ろうと思ったのではないだろうか。
このままでは伊津岐が、と言う感情は、そのまま伊知加のその時の感情なのだろう。
「…伊知加様なら、そうお考えになってもおかしくはありません。伊知加様、しかしながら呪術というもの、私は目の当たりにしたことはありませぬが、面倒なものなのだと伊津岐様から幼い頃に聞いております。不動結界の近くには、そのような石碑のようなものがあり、崩れて倒れているのを映像で見せられたことがあります。おかしな紋様…その、腕に残っているような形のものが、そこに刻まれて残されていました。これがその呪術を使う時に描くもので、こんなものを目にしたら、必ずそれを神に報告するようにと、伊津岐様には教わりました。が、今の今まで、私はそれを直接見たことはありませんでした。」
瀧は、頷いた。
「だろうな。もし、多くの人が知るなら、今頃は爆発的に蔓延っているはずだ。だが、それがないんだから、恐らくあの来斗という男の他に、居て数人で隠して、独占しようとしているんだろう。が…オレは、あいつは使いっ走りのような気がする。」
大聖は、眉を上げた。
「それはなぜ?」
瀧は、答えた。
「結麻に己の能力をひけらかそうとしてたからだ。神を封じることまでできるとか、情報を軽々しく開示し過ぎている。しかも、自分の命を守るために、あっさり不動結界のことまでこちらに明かした。あれが指示して読み解いたとしたら、愚か過ぎる。他に、恐らく黒幕がいて、あいつは外で稼いで来るように指示を受けていただけじゃあないか。」
…そうなのかも。
結麻は、聞きながら思った。
あれが一人であれこれ読み解いて、その上でそれを使っているにしては、あまりにも浅はかだ。
「…しかしながら、どうやって中へお入りになるおつもりですか?その男が逃げた今、結界の穴を見つけるのは容易ではないでしょう。案内させるつもりでお連れでしたでしょう。」
聖が言う。
瀧は、答えた。
「それはな、恐らくオレとお前、それに大聖だって恐らく結界は抜けられる。何故ならそれの一翼を担った神だからだ。死んで抜けたとはいえ、まだ気配は残っている。共に力を放ったんだからな。死んでからでも、少しは力の残照が残るものなんだよ。…なんで知ってると言われたら、なんでだろうなと思うがな。」
結麻は、言った。
「でも瀧、やっぱりあなた達が行くのは間違いよ。」え、と皆が結麻を見る。結麻は続けた。「だって、不動結界の中に、もし別の結界を用意してたらどうするの?そこへ入った途端に、力を失くして敵の思うツボなんじゃ。」
瀧は、首を振った。
「まだ、それは成されてねぇ。」結麻が眉を上げると、瀧は続けた。「何故なら、不動結界が健在だからだ。あいつらがもし、中で神の力を無効化する結界を張れば、その力に触れた不動結界は消滅する。あの結界が消滅したら、さすがに神達がそれを気取るから、やって来なかったとオレは思ってる。神達が気取って何もできなくても、神主に知らせて人を送らせることができる。それはさすがにまずいと考えているのだろう。人数が少ない証拠だ。多けりゃ堂々とやりゃいいしな。とはいえ…あの男が漏らしたことを、帰って話してたら、今頃やけになってるかもしれねぇし、時間の問題じゃねぇかと心配だ。」
確かにあれだけベラベラとこちらに結構重要な情報を話した来斗なのだから、恐らく帰って仲間が居るなら、それらに包み隠さず話しているはずだ。
とはいえ、自分に都合の悪いことは、黙っているかも知れなかった。
「…いきなり行くのは危険よ。」結麻は、言った。「だって、中はどうなっているのか、私達には全く情報がないわ。神達が、埋めて結界を敷いてまで隠そうとした場所なのよ。これまで、行って帰って来た者は居ないって言われてるのでしょう?」
聖が、言った。
「それは、そこへ入ろうとした者は、不動結界に触れた途端にその力に飲まれて消滅するからだ。なのでこれまで、生きて帰って来る者は居なかった。いったい、そのような状態で誰が穴など見つけられたものか。もしや、人の能力者が混じっているのではあるまいの。」
大聖が言う。
「禁じられていることをしたら、その行為で穢れて能力を失うはずです。能力者ではないのでは。」
聖は、大聖を見た。
「大聖、穢れのない者は、騙されることもあるのだぞ。知らぬでそれを見つけてしまい、悪党に知らせてしまった可能性はある。その者は、恐らくそれで能力を失っておるだろうがな。」
瀧は、言った。
「オレは一人でも行く。」結麻が顔をしかめるのに、瀧は続けた。「お前らはお前らで考えたらいい。危険なのは確かだ。オレには元々覚悟があったんだろうし、全く抵抗がねぇからな。早く行きたい。明日までには、お前らはどうするのか結論を出してくれ。」
瀧は、立ち上がった。
大聖が、慌てて言った。
「部屋に案内するよ。」
そうして、瀧は大聖と共にそこを出て行った。
結麻は、何やら胸騒ぎが激しくなって来て、自分に何かできることはないのかと思っていたのだった。




