事情
鳥居を入ると、聖と美智子が出て来ていて、出迎えてくれていた。
聖は、言った。
「…警備、ご苦労であった、と神よりお言葉があった。皆、戻って休むが良い。」
佐伯は、頭を下げた。
「は!有り難いお言葉でございます。」
確かに、いろいろ走り回って、警備兵達はフラフラだろう。
山ばっかりのあの辺りで、結麻を探して駆け回ったのだ。
佐伯達は、大聖にも頭を下げて、そうしてそこを離れて行った。
しかし、一人だけ残った。
それは、瀧だった。
聖は、瀧の顔を見た瞬間、息を飲んだ。
「…伊知加様…?!いつお戻りに?!」
そして、慌てて膝をついて頭を下げる。
瀧は、むっつりと言った。
「…覚えてねぇ。」え、と聖が顔を上げると、瀧は続けた。「なんも覚えてねぇ。つい最近まで神なんか居ねぇとまで思ってた。」
聖は、戸惑った顔をした。
「ですが…」
そのままなのに。
聖は、思っていた。
話し方も佇まいも、動きまでがそっくりそのままだ。
だが、覚えていないと。
瀧は、息をついた。
「伊津岐は居るか。話がしてぇ。」
聖は、急いで立ち上がった。
「お待ちを。すぐに…」
しかし、拝殿の方から声がした。
「オレは話すことなんかねぇ。」
姿は見えない。
が、本殿辺りに居るのは分かった。
瀧は、チッと舌打ちすると、ズカズカと拝殿へと入って行った。
「あ、こら瀧!」
大聖は、急いで後を追う。
結麻も、それを見て姿を隠す布を放り出すと、急いでそれを追って行った。
瀧は、靴を放り出して拝殿を通り過ぎ、奥の御簾を跳ね上げて更に奥へと、まるで知っているかのように進んで行った。
そして、本殿へと入り込むと、正面に伊津岐が座った姿勢で浮いていた。
「…失礼な奴だな。人んちにズカズカ入って来やがって。」
瀧は、フンと鼻を鳴らした。
「お前こそ、ずっとオレ達がここへ来る間、上で見てたくせによ。高みの見物か?いいご身分だな。」と、目の前にどっかりと座った。「…とはいえ、オレはもう諦めた。お前の言ってたことは正しい。オレの中身は神だな。だが、なんかバカやって記憶が抜けてるみてぇだ。だから、すまなかったと言いたかったんでぇ。なんか、記憶を持ってくるとか豪語してったんだろ?」
伊津岐は、じっとそれを瀧を睨んで聞いていたが、頷いた。
「…そうだ。」と、堰を切ったように続けた。「あれだけ言っただろうが!黄泉の浄化の力は強烈で、記憶すら消し去って持っては来れねぇって!キリサを見ただろうが…あいつだって記憶は持ってるとか言ってたのに、何代経ても何も出ては来ねぇ始末だったのに!そんな状態で…今じゃ他の奴らもお前頼みで傍観決め込んでるってのによ!あいつらも無責任だが、お前も無責任だ!このままじゃ、お前は他の奴らに利用されて消滅するかも知れねぇんだぞ?!」
何の話…?
後ろで聞いていた、結麻が戸惑った。
大聖も聖も、わけが分からないようだ。
が、瀧は言った。
「…神の力を封じるとかいう、術を見て来た。」伊津岐は、顔をしかめる。「あれだな?紅天まで出て来てたのは、そのせいか。不動結界の中に鍵があるんだな。」
伊津岐は、しばらく躊躇ったが、頷いた。
「…そうだ。不動結界は、オレ達七柱が生まれ出た時に、皆で封じたもの。皆はそれを嫌って他の土地へ散った。オレは残ったこの場所の命を守ってやらにゃとここに残ることにした。お前はオレを心配してこの辺りによくウロウロしてた。が、キリサが居なくなり結界が少し軽くなり、お前が居なくなってまた少し結界が緩くなった気がした。その辺りから、結界に穴ができてるように思った。」
聖が、驚いた顔をした。
「…七柱…?」
そうか、知らないのだ。
大聖が、言った。
「お父さん、後でお話しします。」
聖は、空気を読んで頷いた。
瀧は、言った。
「…あいつは、人の能力者を封じる呪をオレに掛けた。」と、腕を見せた。「この通り破ったが、オレにはこれはそこまで完璧に機能していなかった。だが、オレも大聖も恐らく人の能力者ではなく、中身は神だろ。大聖の力で封じた馬車を、別の呪で破りやがった。つまりは、あれはあいつがやたらと言っていた、神の力を封じるとかいう呪なんじゃねぇのか。」
伊津岐は、息をついて答えた。
「…恐らくは。皆はそれを、お前が調べてお前が排除することを期待している。何故なら、お前は今人だから。中身は神で力を持ち、オレ達には干渉できねぇところまで、入り込んで直接手を下せるからだ。清輪は、退役神主の一人を通して自分がやると言ったが、それをやると神主は恐らく死ぬ。神の力を通した体が、それ用でもないのにもつはずがねぇ。多数を助けるためだと言うが、それには皆反対だった。」
一人を犠牲にして、術者やその他を消そうと言ったと言うの。
結麻は、同じ神なのに、皆性質が違うのだと改めて思った。
清輪という神には会ったことはないが、いろいろな噂を聞くに、かなり厳しく非情な印象を受ける。
瀧は言った。
「…覚えてたら早ぇのに。何も覚えちゃいねぇから、あの中に何があるのかもオレ達には分からねぇ。なんでも地下文明とか捕らえた男は言っていた。入れる箇所を見つけて、そこから入ったようだった。」
伊津岐は、頷いた。
「詳しいことは、オレには今言えねぇ。お前が覚えてるのが一番良かったが、忘れてちゃあな。とはいえ、面倒なものだとは言っておく。」
瀧は、頷いた。
「そこへ行けば分かるんだな。」
伊津岐は、じっと瀧を見つめていたが、頷かずに言った。
「…やめておけ。他の奴らが言うことなんか気にするな。もう、覚えてねぇなら人として幸せに生きて死んだらいいじゃねぇか。あの呪術師は確かに面倒だが、なんでお前がそんなことをしなきゃならねぇ。覚えてるなら百歩譲って試してもいいかと思うが、何も覚えちゃいねぇのに。」
瀧は、眉を寄せた。
「…そんなに面倒なのか。」
伊津岐は、頷いた。
「…地下の、文明といったな。」瀧は頷く。伊津岐は続けた。「なんでそんな所にそんなものがあるんだよ。お前は覚えちゃいねぇが、オレ達が出現した時には地上にまともな命は居なかった。人すらな。原始的な人らしいものが数人居るのが気取れたのは、しばらくしてからだ。それなのに、オレ達は出現してすぐにあれを封じた。何故だと思う。」
…ダメ、お腹が。
結麻は、懐から包みを出して、そこに包まれた非常食用のおはぎを食べながら、それを聞いて思った。
…もしかしたら、一度、滅んで…?
「…まさか、人類は一度滅んでいるのですか?!」結麻が言うのに、皆が驚いた顔をする。結麻は続けた。「まさか…まさか、変な術を編み出した末に、前の人類は滅んだんじゃ…!」
伊津岐は、何も言わない。
が、皆がその考えが正しいのだろうと、伊津岐が否定しないことから思った。
大聖が、言った。
「…ならば、出現してすぐに神達があれを封じたのも分かる。そいつらを倣って、またおかしな方向へ行かないようにするためだったのだ。」
瀧は、言った。
「…分からねぇが、なんで地下だ?日も当たらない場所なんざ、作物も育たないし生きて行けねぇだろ。」と、伊津岐の瞳を見つめて、ハッとした顔をした。「…そうか、埋めたのか。オレ達が。」
伊津岐は、首を縦にも横にも振らなかった。
「オレが言えるのは、ここまでだ。ヤバいものだと分かったろう。お前は、細々と人の世を正して生きてりゃいい。紅天も清輪もうるさいが、オレがなんとか術者の奴らが出て来たら封じたりしておく。あいつらは、術の知識がなければ能力者でもないただの穢れた人だ。そのうち死ぬし、後に継がれないようにしたら良いだけだ。」
瀧は、しかし険しい顔をした。
「…ダメだ。」伊津岐が眉を寄せると、瀧は続けた。「お前が真っ先に封じられる位置じゃねぇか。それにいい気になって、他の神も次々に襲うぞ。オレはいい。人の体にこんなもの描かれた所で、肉の身だから切ったら済む。が、お前達は正味命だ。エネルギー体でしかねぇのに、それに刻まれたら削るのにも命まで削れるぞ。もしかしたら…前に居た神は、それで皆見切りを付けて黄泉へ渡ったんじゃねえのか。だから、文明は滅んだんだ。」
伊津岐は、言った。
「…清輪と同じことを言うな。そうだとしても、だったらどうするでぇ?」
瀧は、言った。
「オレがやる。」伊津岐が口を開くのに、制して瀧は続けた。「オレは人だ。オレがやる。伊津岐、お前は見てろ。心配すんな、もし肉の身を失って黄泉へ渡っても、オレの命はまた出て来る。そのつもりで、黄泉へ行ったんだろうからな。」
伊津岐は、瀧を見つめた。
「…伊知加…。」
多分、伊知加は瀧と全く同じことを言う神だったのだろう。
伊津岐は瀧から顔を背けると、立ち上がった。
「…お前の好きにしろ。どうせ、乗りかかった船だろ?だが、少し待て。オレ達で話し合って、お前を補佐できねぇか考える。単独じゃ無理だ。とにかく、今は待て。」
そうして、伊津岐はその場から消えた。
瀧は、何かを決意した顔でそこに座ってそれを見送っていた。




