話し合い
真一一家が去ると、聖と大聖は揃って御簾の向こうからこちらへ入って来た。
大樹が、言った。
「…聖。大丈夫なのか、真一は。なぜ神はあいつに本殿へ入るのを許さなかったんだ?」
結花が、何かを言いかけて、口を閉じる。
聖は、息をついた。
「…美智子を選んだのは、神なのだ。」え、と皆が顔を上げる。聖は答えた。「代々、我ら神官の連れ合いは、必ず神がお決めになると決まっている。結花は知っている…その時、巫女だったからな。」
結花は、頷く。
「…その通りよ。聖さんは、どうせ神がお決めになるからと、外の女性とは一線を引いて暮らしていらしたわ。誰かを望んでも、本人がつらいだけだからって。でも、先代が選んで持ってきた縁談の中から、伊津岐様は美智子さんを選ばれたの。でも、真一さんは美智子さんを妻にって、美智子さんの両親に何度も打診していたらしいの。」
美智子が、頷いた。
「私は…真一さんのことはどうしても好きになれなくて。両親には、絶対に嫌だと言っていたから、両親は困っていたわ。その時に、こちらからお話があって、二つ返事で承諾したと聞いています。」
ということは、聖と美智子は親同士…というか、神が、外野が決めた夫婦なのだ。
結麻が、言った。
「え、でも…聖さんと手を繋いでいたら、伊津岐様の声が聴こえるって。」
想い合っていないと無理なはずなのに。
美智子が、また顔を赤くした。
「あ、こら、結麻ちゃん!」
あ、内緒だったっけ。
結花が、驚いた顔をした。
「まあ。」と、二人の顔を代わる代わる見た。「まあまあ、そういうこと?良いじゃないの、仲の良いのは良いことよ。」
聖が、咳払いした。
「…まあ、神はお間違えにならぬということだ。それで」と、真樹と結麻を見た。「巫女の仕事のことは、明日から大聖に説明させよう。そんなに難しいことではないし、おいおい覚えて行けばいい。生活のことは美智子に。」
結麻は、頷いてから結花を見た。
「お母さん、私の荷物は?持って来ないといけない物とかある?」
結花は、困ったように言った。
「何も。結麻、巫女は外からの物をここに持ち込んではいけないのよ。全てはこの中で済ませなければならないの。それこそ、食べる物も裏の畑と田んぼで出来た物しか口にできないわ。巫女になるとは、そういうことよ。」
まじか。
結麻は、目を丸くした。
「え…じゃあ、それって誰が作るの?」
大聖が、言った。
「お前に決まってるだろ。」え、と結麻が大聖を見ると、大聖は続けた。「自分の食べる物は自分で作るんだよ。オレも父さんも、母さんも畑仕事してるんだぞ。お前らも手伝うんだ。」
ええー!
結麻は、巫女が奥で皆にかしずかれておっとり過ごすものだとばかり思っていた、己が甘かった、と思った。
「この着物で?!」
結麻が言うと、大聖は首を振った。
「農作業用の着物がある。明日から、頑張るんだな。」
思ってたのと違〜う!
結麻は思ったが、もう巫女になってしまったのだ。
こんなことなら、村八分になって隣りの東一之国にでも行って、就職すれば良かった…。
結麻は、今更に後悔していたのだった。
それから、両親は帰って行った。
噂の方はどうなったのかと気にはなったが、ここに居ると外の噂など全く聴こえて来ない。
なので、ここへ来た時のタカの様子もあるし、多分大丈夫だろうと結麻は思う事にした。
つい昨日までは学校に通っていた真樹と結麻も、巫女になった時点で学校には行けなくなり、二人は巫女の仕事を覚えることに専念することになった。
大聖は、しかし学校があるので、戻って来てからの指導になるのだが、昼過ぎまでは帰って来ないので、その間真樹と結麻は退屈にしていることになる。
なので、二人は短めの作務衣のような真っ白な着物に着替えて、裏の畑と田んぼを見に行くことにした。
二人がぶらぶらと歩いて行くと、確かに神社の裏側には森に囲まれた広い敷地があって、そこには大きな田んぼと、畑があった。
8月も上旬の今、畑にはトマトやナス、ピーマンやトウモロコシ、カボチャやオクラなどが所狭しと実を付けている。
カボチャの畑の横には、スイカまで転がっていた。
これだけ植えてあるのに、まだ何も植えていない場所も残っていた。
「凄い…!めっちゃできてる!」
結麻が思わず声を上げると、背の高いトマトの間から、美智子が顔を出した。
「あら。真樹ちゃん、結麻ちゃん、来たの?」と、結麻の足元を気にして言った。「あ、結麻ちゃん気を付けて。そこ、昨日じゃがいもを植え付けたばかりなのよ。」
何もない畝だと思っていたが、違ったようだ。
「あ、ごめんなさい!」
美智子は、微笑んだ。
「良いのよ、覚えて行けば良いだけだから。じゃがいもはね、10月くらいに一度収穫して、また2月頃に植え付けて5月くらいに採れるのよ。凄いでしょう。」
そうなんだ…。
結麻は、頷いた。
「しっかり覚えます。」
真樹が、言った。
「何かお手伝いしましょうか?」
美智子は、頷いた。
「そうね、せっかく来てくれたし。今、お昼と夜のための野菜を収穫していたの。今、聖さんが裏の川でお魚を釣ってくれてるから。そのお魚の大きさ次第で、献立考えようかなって。」
結麻は、驚いた顔をした。
「え、外から採って来た物を食べても良いんですか?」
美智子は、頷いた。
「お魚は大丈夫よ。裏の川は許されてるの。でも、お肉は駄目なの。獣の類…ええっと、足が4本ある生き物は駄目。鳥は大丈夫だけど、敷地内に来た鳥だけを採るのを許されてるの。だから、鳥が迷い込んで来たら、うちでは大騒ぎよ。大聖なんか、そのために弓が上手くなったぐらい。」
お肉を食べたい年頃だもんね。
結麻は、思った。
美智子は、端に立つ小屋を指差した。
「あれが穀物庫なの。玉ねぎやじゃがいもなどの、日持ちする野菜はあちらに備蓄してるわ。そこから、じゃがいもを10個、玉ねぎを3個籠に入れて台所に運んでくれる?籠は、穀物庫にたくさん置いてあるから。台所は分かる?」
結麻は、頷いた。
「はい。分かります。」
美智子は、微笑んだ。
「じゃあお願い。」
二人は、頷いてそちらへ向かった。
…お肉は当分食べられないかあ。
結麻は、ため息をついた。
実は前世の記憶が戻った結麻は、いろいろなレシピが頭の中にあるのだ。
それを試す間もなく巫女になってしまって、何やら淋しい。
真樹が、言った。
「わあ、たくさんあるよ、結麻ちゃん。」
ハッとして前を見ると、真樹は穀物庫の戸を開いていた。
そこは、高い位置に格子のついた窓があるだけの、暗い場所だった。
奥には棒が物干し竿のように渡してあり、そこにこれでもかと玉ねぎが吊り下がっている。
脇の棚には、じゃがいもが入った箱が所狭しと置いてあった。
そして、入口脇には使い古された大きな籠が積み上げられていた。
「これに入れて行く?」結麻は、籠を手に取った。「じゃがいも10個だったね。」
真樹は、頷いた。
「じゃあ、私は玉ねぎ取って来る。」
真樹は、奥へと歩いて行く。
…冷蔵庫とかないもんなあ。
結麻は、思いながらじゃがいもを手に取ってポンポンと籠へ放り込んで行った。
とはいえ、この小屋の中は外とは比べ物にならないぐらい涼しい。
この世界には電気がないので、クーラーなどあるはずもないのだが、クーラーが効いてるんじゃないかというほどだった。
…そういえば、巫女殿も涼しいよなあ。
結麻は、ふと思った。
外はこんなに暑いのに、巫女殿、本殿はとても涼しい。
それに、神主一家が住む巫女殿の隣りの屋敷も、食事の時に何度か呼ばれてお邪魔しているが、やはり涼しかった。
実家にいた時は、窓を開け放っていてもここまで涼しいことはなかった。
…その代わり冬は寒いとかないよね…。
結麻は、今から冬を案じながら、じゃがいもを集めていたのだった。