脱出
「結麻。」聞き慣れた声が、耳元に言う。「オレだ。」
え、と目を開けて見上げると、そこには瀧が居て、結麻をしっかりと抱きしめていた。
「瀧!」結麻は、思わず瀧に抱きついた。「ああ瀧!もうダメだと思ったの…!鍛えてたから、洋次とかいうおっさんのことは吹っ飛ばせたんだけど、兵士達が押さえ込んで来て…!もうダメかと…!でも、石が助けてくれたの!」
瀧は、頷いた。
「真樹に感謝だな。その石の話をお前がオレにしておかなけりゃ、加護なんか与えてなかったから。思いついてやっておいて良かった。」
大聖が、追いついて来た。
「瀧!ここに一人転がってる!後は逃げた…五人、あっちの天井の吹き飛んだ部屋で死んでいた。」
瀧は、言った。
「結麻を追い掛けてたからオレが後ろから蹴り飛ばしたんだ。」
結麻は、大聖の顔を見て、ホッとして涙を流した。
「大聖…ごめんなさい、また心配掛けてしまって。」
大聖は、首を振った。
「伊津岐様が来られた。お前はオレじゃあ探せないから、瀧に聞けって。瀧は、逃げた吉のやつに足止めされてたんだよ。」
結麻は、口を押さえた。
「え…吉は逃げて集落に戻ってたの?他のみんなは…?」
瀧は、首を振った。
「それはいい。それより、お前だ。早く中之国に帰らねぇと。お前は伊津岐の守りの中に居たほうがいい。問題がややこしくなってる。」と、佐伯を見た。「佐伯、港に降りて船を調達するんだ。急いで帰るぞ。」
佐伯は、頭を下げた。
「は!」
そうして、馬でまた、港の方角へと走って行った。
「…どうする。洋次とかいう奴と、来斗とかいう奴は逃げたんだろう。呪術師だけは捕らえたいと思っていたのに。」
大聖が言うのに、結麻は首を振った。
「洋次は死んだわ。石の力が発動したのにまともに捉えられて、半分になってたのが、洋次よ。呪術師の来斗は、今そこに転がってるそれ。」
皆は、あちこちから血を流して倒れている、来斗を見下ろした。
「…丸裸にしろ。」え、と瀧の言葉に皆が目を丸くすると、瀧は続けた。「変な紋様のなんかを持ってたらまずい。何もできねぇように、裸にして四肢を縛って運べ。こいつは…取り扱い注意だ。」
警備兵たちは、言われた通りに来斗から身ぐるみを剥いで、素っ裸にした。
結麻は、来斗から目を反らして、瀧を見上げた。
「…あいつ、神の力を封じる方法を知ってるとか言ってたの。能力者じゃないみたいなのに、変な術を使うのよ。結界も、中に居たら巫女の能力が使えないとか言ってたわ。巫女の能力って、神様と話せる以外に大したことはできないのにね。」
神主達のように、神力が使えるとでも思っているのだろうか。
瀧は、眉を寄せた。
「ますますヤバいな。ということは、大聖が言ってたように、神から見てもヤバい事態ってのはこのことじゃねぇのか。どう思う。」
大聖は、険しい顔で頷いた。
「そうかも知れない。紅天様まで来ておられたぐらいだ。恐らく神にも面倒なのだろう。」
瀧は、頷いた。
「…行くぞ。港に降りて船に乗り込もう。風を目一杯当てて急いで中之国に戻る。でないと結麻は、恐らくこれからもこんな目に遭うことになる。」
大聖は頷いて、そうして瀧と他の警備兵と共に、坂道を下り始めた。
港は、目の鼻の先だった。
先に着いていた佐伯は、夜明け前のまだ暗い港で、漁師達と話していた。
瀧が、結麻を大聖に任せて馬を降りて急いで近付いて行くと、漁師は言った。
「その値じゃ受けられねぇ!今から漁に出るのに、今日の分がまるまる無くなるんだぞ?その後疲れて仕事にならねぇよ!」
佐伯は、言った。
「すぐに船が必要なのだ。非常事態なのだぞ!」
瀧が、言った。
「言い値を支払え。」佐伯が、振り返る。「こいつらには生活がある。普通に空いてる時間に使うのとはわけが違うんでぇ。」
佐伯が言う。
「ですが瀧様、今日の漁の分だけなら支払いますが、明日の分まで補填しろと言うのです。」
瀧は、答えた。
「オレ達は行ってしまえば終わりだが、こいつは行って帰って来なけりゃならねぇからだ。疲れてるのに、そのまま仮眠してまた漁に出るのは無理だ。妥当な金額だ。法外じゃねぇ。払え。」
佐伯は、渋々頷いた。
「は。」
そうして、袖から大きな袋を引っ張り出し、漁師に金貨を何枚も渡している。
漁師は、それを大事そうに受け取ると、それを自分の嫁に渡し、そしてこちらを振り返った。
「瀧か?なんかどっかの偉いさんの警備してるとか聞いたが、お前が居て助かった。偉いさんには話が通じねぇから。」
瀧は、頷いた。
「すまねぇな、左吉。とにかく皆を中之国まで運ばなきゃならねぇんだ。風はオレがなんとかする。」
左吉と呼ばれたその漁師は、明るい顔をした。
「なら、行きはそう時間がかからねぇな。帰りはゆっくり帰って来るさ。乗ってくれ、すぐ出すよ。漁の準備してたから、みんな乗り込んでる。間が良かったな。」
瀧は、頷いた。
「馬も乗せるぞ。お前の船は大きいから助かった。恩に着る。」
左吉は、笑って答えた。
「なに、お互い様だ。お前にはかみさんと子供たちを助けてもらったことがあるしな。乗ってくれ。」
あちこちで人助けしてるんだ…。
結麻は、それをこちらで大聖と聞きながら、思っていた。
次々に馬を引いて船へと乗り込む間、瀧は回りを警戒して誰かが追って来ないか見ていた。
最後に、布袋に詰めた来斗を担ぎ込み、船底へと放り込むと、瀧は一緒に見守っていた、左吉に言った。
「…お前のかみさんに、これを。」と、石を手渡した。「大金が渡ったのを見られてる。そこで拾った石に、オレが力を入れてある。何かして来る奴が居ても、かみさんは守られるだろう。お前が戻るまでの保険だ。」
左吉は、驚いた顔をしたが、それを受け取った。
「…すまない、助かる。前のこともあるしな。持ってたら良いか?」
瀧は、頷く。
「何があっても離すなと。何かあったらこれに助けてくれと念じろと言え。それに反応して、命だけは助かる。まあ、相手は恐らく木っ端微塵だけどよ。」
左吉は、フンと鼻で息を吐いた。
「そんな奴のことなんか知らん。とっとと死んでくれたら良いだけだ。」
左吉は、離れた位置でこちらを見守る、嫁の女方へと走った。
そして、それを手渡して何か話していたかと思うと、女はこちらを見て、頭を下げた。
瀧は手を軽く上げてそれに応えると、さっさと船へと乗り込んで行った。
船へ乗り込むと、船員達も忙しなく動き回っていて、それを警備兵達が手伝っていた。
結麻が、また大聖に布を被せられた状態で、駆け寄って来た。
「瀧、あの男が心配だわ。船底から出て来るところに、警備兵を配置してるけど、あれで大丈夫?私にも腕力が敵わないほど非力だけど、変な術を使うのよ?」
瀧は、結麻を見つめた。
「あいつは、術の解き方とか言ってなかったか。」
結麻は、首を振った。
「解き方なんか言ってなかった。ただ、今大聖にも話していたんだけど、地下文明を見つけたとか言ってたの。そこで、本を見つけてそこから変な術を読み解いたとかなんとか。」
地下文明…?
「…オレは何の教育も受けてねぇから知らねぇ。オレにも分かるように言ってくれねぇか。」
瀧が顔をしかめると、大聖は言った。
「教育を受けてるオレ達にも分からない。そんなものは聞いたこともないし、もしかしたら神はご存知なのかもしれないが、話しては頂いてないところを見ると、オレ達のことだから、オレ達が見つけない事にはお話しくだされないからかもしれない。」
瀧は、息をついた。
「…伊知加なら知ってるかもなんだな。」
大聖は、神妙な顔で頷いた。
「…確かに…伊知加様なら原初の神であられるから、恐らくご存知であったかも。」
左吉が、乗り込んで来る。
瀧は、言った。
「…それは後だ。」と、左吉に言った。「行くぞ!左吉、世が明ける前にこの辺りを抜けて中之国の勢力圏に入りたい。帆を上げさせろ。」
左吉は、頷いた。
「錨を上げろ!帆を上げるんだ!」
そして、自分は船の中央にある高い位置の、舵の所へと駆け上がって行った。
船員達が警備兵と共にすぐに動き出し、帆はガラガラと音を立てて上がった。
「出発!」
左吉の声と共に、大聖と瀧が手を軽く上げて風を呼んだ。
帆は瞬く間に風をいっぱいにはらみ、そうして船はすぐに港を離れて、東へ向けて進み始めたのだった。




