行方
結麻が消えた場所へとたどり着くと、警備兵達が集まっていて、こちらに気付いて急いでやって来た。
「大聖様!結麻様の行方はようとして知れず…申し訳ございません!そちらはどうでしたか?!」
大聖は、馬から降りて答えた。
「瀧を連れて来た。どうやら、あの逃げた吉のやつがあちらへ戻って、瀧が戻るのを妨害していたらしい。恐らく結麻を拐ったのは、洋次とかいう男のようだ。」
瀧は、馬の上から頷いた。
「あの港町の隣り町の男だ。もう50近いおっさんだよ。あいつの屋敷は知ってる。」
大聖は、瀧を見た。
「じゃあ、今すぐそこに?!」
瀧は、大聖を見た。
「…まだ早ぇ。だが、近くへ行っておいてもいいかもな。大聖、踏み込むのは慎重にやらなきゃならねぇ。何故なら、吉が言っていた、呪術師の来斗とかいう奴が居るからだ。そいつが結界を張ってたら、その中のことまで分からねぇだろう。もし、オレに掛けたような術がその中で有効になってたら、お前は身動き取れねぇぞ。お前、術以外であいつらに対抗する方法はあるか。例えば刀とか?実戦はしてるか。」
大聖は、そんなことは、考えてもいなかったので、刀など数えるほどしか握ってはいない。
なので、答えた。
「…弓なら少し。鳥を打つのに使っていた程度なのだ。」
何しろ、手から火の玉が出るのに、それ以上必要だとは思ってもいなかったのだ。
瀧は、息をついた。
「術を頼りの奴は、呪術師とかいう奴は厄介だ。オレは体が資本で生きて来たから、一通りはなんとかなる。が、一人じゃ限界もある。なんとかその呪術師だけでも、結麻の側から離してぇ。でないとまずいからな。」と、佐伯を見た。「お前は頼りになりそうだ。もしものときは、お前がオレと来い。」
佐伯は、大聖を気にしながら、頷いた。
「は。お役に立つなら。」
瀧は、馬の上から言った。
「じゃあ、隣り町のあいつの屋敷近くに潜むぞ。移動だ、オレについて来い!極力音を立てずにな。」
そうして、瀧は馬で先に走り出した。
佐伯は、急いで皆に指示を出す。
「行くぞ!瀧様に従え!」
皆が、一斉に瀧を追って移動し始める。
大聖は、首を振って暗い顔を振り払い、遅れて馬に飛び乗ると、急いでその後に続いたのだった。
しばらく走っていると、側近くになって来たのか、瀧がスビードを緩めた。
「…その、林の向こう。」瀧は、立ち止まって言った。「そこがもう、洋次の屋敷の塀だ。結界が、やはり掛かってるな。」
後ろから追いついて来た、大聖もそれを気取って、頷いた。
「見たことのない結界だ。何やら複雑な…単純に術者の力を放って作られたというより、地の力を吸い上げて作ったもののような。」
瀧は、息をついた。
「…だな。オレの腕に付けられた、変な紋様の気配と同じ。」と、佐伯を振り返った。「恐らく結麻はこの中だ。お前達は術なんか使わねぇから、中にさえ入れたら影響はねぇだろう。だが、大聖はここに居ろ。いよいよヤバいとなったら、オレが内から結界を破るが、それができるかどうかが分からねぇからな。」
大聖は、頷いた。
足手まといにだけは、なりたくないからだ。
瀧は、馬から降りた。
「じゃあ、とにかく中へ入る方法を探って…、」
瀧がそこまで言った時、ふと、結界の方を振り返った。
何かを感じ取ろうとしているかのように、じっとそちらを見つめている。
「…瀧?」
瀧は、言った。
「…間違いねぇ。結麻はここに居る。今、オレが持たせた加護の石の気配が…、」
途端に、パァッと真っ白い光が後ろから放たれた。
その途端に、パリンッ、というガラスが壊れるような音がして、結界が消え去ったのが分かった。
「…破れた!」瀧は、馬に飛び乗った。「オレの力は有効だった!洋次は結麻に襲い掛かったんだろう!加護が発動した!急げ、結麻の居場所は分かる!こっちだ!大聖、お前も来い!」
加護とはなんだ。
大聖は、思った。
確かに伊津岐は、時々拝殿で誰かの頭に息を吹き掛けたりしているが、加護とは言って、穢れがつきにくいようにする程度のものだった。
こんな風に、激しく発動するものは見たことがない。
だが、大聖はそれを考えている頃には、何やら大騒ぎになっている洋次という奴の屋敷へと、馬に乗って駆け込んでいた。
…今の何…?
結麻が光が収まって呆然としていると、目の前に居たはずの、来斗はもうそこにはいなかった。
押さえつけられていた体が軽いので、両脇を見る。
「ひっ?!」
結麻は、思わず声を上げた。
そこには、首のない兵士達の残骸が、事切れて倒れていたのだ。
そして、転がった足が一本だけ見えたので、恐る恐るそちらを見ると、頭の半分と、体の半分を失っている洋次が、無残な姿で転がっていた。
くさい臭いは、もうしなかった。
…どういうこと…?
結麻が、怯えながら床を見ると、そこには真樹の石が全く欠けずに転がっていた。
「…真樹ちゃん…理由わからないよ。」
結麻は、呟いて、周りを見回した。
薄暗かったが、風が結麻の頬を撫でて行き、ふと見ると天井が吹き飛んでいて、無い。
…今なら逃げられるかも。
結麻は、そろそろと兵士達の死体と洋次の死体を跨ぎ越えて、そうして真樹の石を握りしめて、部屋の外へと駆け出して行った。
そこは、もぬけの殻だった。
遠くから、多くの男の叫び声が聞こえて来て、遠ざかって行くようだ。
どうやら、ここから逃げ出したようだった。
結麻が、そのまま外へと出ようと歩き出すと、脇からぬっと現れた腕が、結麻を掴んだ。
「きゃ!」
結麻は、思わず声を上げる。
その手は、血まみれだったが、一応指は5本ついていた。
「…来い!」結麻が顔をみると、それは額から血を流した、来斗だった。「こうなったら、他の男にお前を売る!変な術を使いやがって…オレの結界まで破るなんて!」
結麻は、抵抗した。
「やめて!あんたなんかに利用されたくない!」と、来斗を突き飛ばした。「言ったでしょ!力は私の方があるわ、ひ弱なクセに!」
来斗は、ギリギリと歯を食いしばった。
「…神の加護か…!お前、神の加護を持ってるな?!それならこっちにも考えがある!来い!」
何かの術が、自分を捉えたのが分かる。
「…誰が行くもんですか!」
結麻は、真樹の石を握った手を、上げた。
すると、バチンという音がして、今度はその石から力が放たれたのがハッキリと分かった。
途端に、術が解けて自由になり、結麻は駆け出した。
「…待て!」来斗は、追って来た。「神を封じる…神の力に対抗できるんだぞ、オレは!」
だったら今使えばいいじゃない!
結麻は思いながら、必死に庭へと駆け出して行った。
結麻がどこへ行けばいいのかも分からないまま、庭を塀の方へ向かって駆けて行くと、後ろから多くの馬の蹄の音が聴こえて来た。
…馬で追って来てるのかも!
結麻は、必死に脇へと駆け込んで姿を隠そうとした。
が、巫女の装束は真っ白い絹で、しかも袴は薄っすら紫のてらてらと光る素材だ。
茂みの間で姿を隠すには、あまりにも不向きだった。
…もう!
結麻は、仕方なく馬では踏み込んで来られないような、岩が多い方向へと足を向けた。
が、そこは庭なので、岩が多いとは言っても飾りに間を開けて設置されてあるので、馬でもうまく操れる人なら走ってきそうだった。
「うおおおお!!」
来斗の声が、すぐ側で聴こえる。
…捕まる!
結麻は、必死に真樹の石を握りしめ、胸に当てて走った。
が、馬の蹄の音が間近くに聞こえたかと思うと、何かががっしりと結麻の腰の辺りを掴み、それに持ち上げられた。
「…いや!」結麻は、叫んだ。「離して!離してよ!」
結麻が暴れると、その腕はガッツリと結麻を抱きしめた。
…また臭いが…。
結麻は、思わず襲い掛かって来るだろう臭気に備えて息を止めて目を固く閉じる。
が、命に伝わって来るはずの、あの強烈な臭気は感じられなかった。




