呪術とは
吉の刀は、何の躊躇いもなく瀧へと振り下ろされた。
大聖は、それを庇おうとしたが、間に合わずに瀧は振り下ろされた刀をまともに右腕で受けた。
刀はぐっさりとその腕に食い込んで、血が噴き出した。
と思うと、瀧からは大きな力が放たれてそれが跳ね返され、吉は馬と共に音を立てて地面に叩き付けられた。
「うおおお!!」
吉は、どこか折れたのか、痛みにのたうち回っている。
馬は、すぐに立ち上がってどちらかへ走り去って行った。
「瀧!血が!」
大聖が、気を放って止血をしようと試みる。
しかし、瀧は手を振った。
「問題ねぇ。」と、吉を見下ろした。「…結麻はどこだ?雇い主は。」
しかし吉は、痛みに顔をしかめて叫んだ。
「痛え!痛えよ!なんでオレをこんな目に!お前が悪いんだ、オレを見捨てたから!お前のせいだ!」
瀧は、顔をしかめた。
「…臭っせぇな、全く。」と、手から知らない力を放って、吉を押さえつけて続けた。「結麻はどこでぇ!呪術だろうが。知ってることを吐け!」
吉は、ぐうううと息を詰まらせながら、言った。
「なんで…お前の、力…なくなってる、はず…。」と、ハッとした顔をした。「まさか…。」
瀧は、フンと鼻を鳴らした。
「ありがとよ。お前が渾身の力で切ってくれたから、この呪の形が崩れたんだろうよ。」
そうか。
大聖は、思った。
綺麗に形のある紋様ならば、それを崩してしまえば効力は失われるのだ。
…だから避けなかったのか。
大聖は、咄嗟にそんなことを思いついて、やろうと思える瀧の判断能力には、舌を巻いた。
やはり瀧は、伊知加なのだ。
だが、体は脆い人だ。
骨まで切られていたなら、腕を失ったかもしれないのだ。
吉は、呆然としているばかりの大聖には気付かず、必死に言った。
「オレは知らない!」どうやら、力を戻した瀧のことは、本当に恐れているらしい。「知らないんだ!呪術の結界とかは聞いた…でも、それだけだ!オレはその結界の呪はもらってない!」
瀧は、眉を寄せたまま続けた。
「…その、依頼者の名前は。」
吉は、あっさりと吐いた。
「洋次!そいつに雇われてる呪術師は、来斗と呼ばれてた!それしか知らない、本当に何も知らされてない!仲間達には結麻を連れてここへ戻れって言ってあるから、待ってたら戻って来るから!何も悪い事にはならない!」
「お前が結界の呪を渡されてねぇなら、結麻を連れ去ったのはここの仲間達じゃねぇ。」瀧は、吉を睨んだ。「いいように使われてるんだよ。どうせ何人にも依頼しておいて、結麻を連れて来た奴に報酬を出すつもりだろう。他は証拠隠滅のために殺すつもりだと思うぞ。どうせお前らは、これに関わった時点で命はねぇ。バカなことをしやがって。」
吉は、顔を一気に青白くさせた。
「え、殺す?どういうことだ?!」
瀧は、答えた。
「どういうこともこういうことも結局、お前らは役に立たなかった時点で捨てられるってことでぇ。源太のやり方も見てきただろうが。同じだよ。」と、いつの間にか出て来ていた、周辺の家の女達を振り返った。「…荷造りしろ。お前ら、みんなここから出てどこかへ逃げるんだ。吉に関わってたとなると、まとめて命を狙われるぞ。今、男達は退役神主の里の外辺りに居るはず。南之国の結界辺りに逃げて、そこらで野営できるようにしとけ。あいつらも、神の結界近くじゃさすがに悪さはしねぇ。すぐ見つかるからな。」
女の一人が、言った。
「でも…あと人達には、どうやって知らせたら。」
瀧は、横を向いた。
「書き置きでもしとけばどうだ。オレはもう知らねぇ。お前らが出たら、ここは焼く。結界のないここには皆が入り放題だろう。ここはもう、オレのもんじゃねぇからな。」
女達は、穏やかな暮らしが一度に崩れ去って行くのを感じて、愕然としていた。
つまりは、選択を誤ったのだ。
吉を拒絶して、甘言に乗せられてここへ入れ、話を飲まずにいたなら、こんなことにはならなかった。
瀧は、手を上げた。
「早くしろ。オレは結麻を探しに行かなきゃならねぇんだよ。ここにはもう用はねぇ。」
そう言って、手から放った火は一気に畑を焼き尽くす勢いで燃え広がった。
「きゃあ!」
女達は慌てて家へと取って返すと、それぞれにリアカーを引っ張り出して来て、その上に家財を片っ端から乗せ始めた。
吉は、折れたらしい足を引きずって、媚びるように笑った。
「瀧…お前はやっぱりいい奴だ。オレも南之国の結界脇に逃げたら良いんだよな?なあ、馬に乗るのを手伝ってくれないか。」
瀧は、チラと吉を見ると、言った。
「…お前は、行かねぇ方が良いぞ?」吉が、え、と笑顔を凍り付かせると、瀧は続けた。「罪人が逃げて来たんだろうが。その上、巫女を売ったから魂が腐り切ってて臭くて敵わねぇ。恐らく、お前はどっちへ行っても殺される。ここに居たら、お前の言ってた洋次の手先が殺しに来て、南之国の結界へ行けば警備兵に捕まって処刑、神社なら穢れてるから処分。行き場なんかねぇ。」
菜種や作物がメラメラと燃える炎に照らされて、瀧の表情はいつもより恐ろしく狡猾に見えた。
「そんな!」と、吉は瀧の足に縋った。「なんとかしてくれ!オレは利用されてただけなんだよ!助けてくれ、仲間だろ!」
今、本気で瀧を殺そうとしたばかりの、土地を強奪した吉が、平気でそんなことを言うのに大聖は呆れた。
瀧はその足を振って吉を払った。
「だからクセェっての。鼻が曲がる。じゃあな。呪を破ってくれてありがとよ。それだけ冥土の土産に言っとくわ。」と、大聖を見た。「大聖、行くぞ。結麻を探そう。」
大聖は頷いて、そうして瀧が乗り込む馬の後ろに飛び乗ると、燃え盛るかつての平和な集落を背に、結麻が消えた場所へと戻って行ったのだった。
大聖は、馬に激しく揺られながら言った。
「瀧!腕の傷は?大丈夫なのか。」
瀧は、前から目を離さずに答えた。
「オレは昔から、ほっといても気が付いたら傷がなくなる特異体質でな。恐らく伊知加だからだろうが、その御蔭で骨も折ったことがないほど丈夫だ。見ろ、もう塞がってらあ。」
確かに言われて見ると、瀧の傷は綺麗に塞がってもう、再生し始めているように見える。
…これが、五分割された力と、正味の力の違いなのだろうか。
大聖は、思った。
「…まだ、伊知加様のことは思い出さないのか?」
瀧は、険しい顔で頷いた。
「…思い出したくない。が、それで結麻を見つけられるなら思い出したい。複雑な心境だよ。そもそも、伊知加を思い出したら、オレはどうなるんだろうな?綺麗サッパリ消えてなくなるのかって、考えたら思い出す気にもならねぇな。だが…結麻は、今頃どうしてるって思うと、今すぐにでも思い出さなきゃならねぇと焦るんでぇ。」
大聖は、瀧が伊知加なのは分かっているが、確かに思い出したら瀧という記憶はどうなるのだろう、と思った。
自分が自分でなくなるかもしれないというのは、ある意味死より怖い。
命はあるのに、この自分というものが、瀧の言う通り綺麗サッパリ消えてなくなるかもしれないのだ。
「…結麻の身は、どうなると思う。」
それには、瀧は一気に険しい顔になった。
「…まずは邪魔が入らねぇ間にさっさと既成事実ってやつだろうよ。あの、オレ達の依頼者だったおっさんもそうだった。そうなったら…結麻に、抗う術はねぇ。あいつは非力だし、何も分かっちゃいねぇ。もしかしたら今頃はって、気が気でないのはお前と同じだ。だがな、オレには偶然だが切り札がある。」
え、と大聖は瀧を見た。
「え、いったいなんだ?」
瀧は、遠くの空を見た。
「…まだだ。」と、何も無い空間を睨んだ。「まだ…だが恐らくもうそろそろだろう。」
大聖が、何のことだろうと思いながら瀧に質問しようとしていたが、瀧はそれから何かに集中していて、全く返事を返さなくなったのだった。




