失踪
大聖は、いつまで経っても戻ってこない、すぐそこに居るはずの結麻に、声をかけた。
「結麻?まだか、大丈夫か?」
腹でも壊したのだろうか。
しかし、結麻からの返事はない。
失礼を承知で、結麻の気配を探ってみると、結麻の気配は忽然と消えていた。
「結麻っ?!」大聖は、駆け出した。「結麻!」
だが、結麻の気配はかき消すようになくなっていて、そこには誰一人いなかった。
そう、賊の気配すらないのだ。
「…警備兵!」大聖は、叫んだ。「結麻が居ない!気配も消えた!」
瀧ではないはずだ。
大聖は、思った。
瀧が、今更連れ去る理由がない。
それとも、何かがあってそうせざるを得なくなったのか。
瀧でなければ、結麻を結界で包んで気配を消し、連れ去ることなど不可能なはずなのだ。
「探せ!」大聖は叫んだ。「まだ遠くへ行っていないはずだ!」
警備兵たちが、一斉に森の中へと駆け込んで行く。
大聖も駆け出そうとすると、伊津岐の声がした。
「伊知加を探せ!」え、と上を見上げると、伊津岐が浮いてそこに居た。「伊知加だ!伊知加に話を聞かなきゃならねぇ!オレから情報は落とせねぇ!あいつが知ってる、思ったより面倒なことをしてるやつが…、」
そこで、誰かの声が割り込んだ。
「伊津岐!それ以上ヒトに申すな!伊知加に任せよ、過干渉になる!」
伊津岐は、ぐ、と黙る。
ふと見上げると、そこには西に居るはずの紅天が浮いていた。
「…大聖、我らにとっても面倒なことが起こっておる。主は伊知加の気配を探って、そちらへ参れ!結麻は今、主らには見つけられぬ。早う!」
大聖は、浮き上がった。
「は!」
幸い、警備兵たちは皆、森の中。
大聖は、言われるままに瀧を探してあの集落へと向かった。
それを見送る伊津岐に、紅天は言った。
「…伊津岐。こんな時のために伊知加は下りたのではないのか。主の反対を押し切って下りたのは、皆に不干渉の原則を守れと言われるからではなかったか。あやつは、ヒトを助けたいのだ。それが、今我らの役にも立とうとしておる。清輪ですら、このことを話すと安堵した顔をしておった。あれに任せよ。信じておるのだろうが。」
伊津岐は、紅天を睨んだ。
「あの時あれだけ馬鹿にしたくせに、こうなったからと伊知加を利用しようとしてるのはお前らだろうが!あいつは、あいつは覚えちゃいねぇのに!皆で手を貸していたら、記憶を留めていたかもしれないだろうが!そしたら、こんなことにはならなかった!」
紅天は、その批判を真っ向から受けて、真顔で言った。
「わかっておる。我らが愚かだった。こんなことも、いつかはやらかすやもしれぬほど、腐ったヒトが増えておったのにの。」伊津岐が、あっさり認める紅天に思わず言葉を失くすと、紅天は息をついて山の端を見上げて、言った。「我らにできることは何もない。伊知加に任せよ。伊津岐、戻るぞ。皆に報告せねば。」
伊津岐は、首を振った。
「お前が行け。オレは、あいつらから目を離さない。」
紅天は頷いて、そうしてその場から消えた。
伊津岐は、キッと山の端を睨んだかと思うと、同じようにスッとその場から消えたのだった。
瀧と相良は、やっとのことで集落へと裏から辿り着き、吉の気配がないのを確認してから、良子を起こして馬に乗せた。
「…こんな夜中になに?」
良子が言うのに、相良は答えた。
「吉がおかしくなっちまった。瀧が話をつけてくれてるから、南之国の神社へ匿ってもらいに行く。」
良子は、え、と慌てたように他の家々を振り返った。
「子供たちと女性は?!ここに置いておいて大丈夫なの?」
瀧が、なだめるように言った。
「あいつらには夫が居る。あいつらが何とかするだろう。だがお前は歩けねぇし、守る奴が居ねぇ。相良は吉に目をつけられた。お前らはなんとしても、今逃げなきゃならねぇんだ。」
良子は、渋々頷く。
相良は、馬に飛び乗った。
「瀧…無理をするな。腕のそれ、なんか隣り町の男が囲ってる呪術師とかいう奴のお手製らしくて。それは人の能力者用で、吉が言うには神すら無力化する呪があると聞いた。なんかヤバい奴なんだ。」
瀧は、息をついた。
確かにこれは、思ったより力を削いでいる。
「…大丈夫だ。オレは問題ねぇ。お前こそ、早く行け。神社の中なら問題ないから。お前の知ることは、全部初生に話すんだ。今のことも含めてな。分かったか。」
相良は、頷く。
「分かった。」と、手綱を握った。「瀧…オレは、間違っていた。すまない、こんなことに加担して。」
瀧は、首を振った。
相良の胸のモヤモヤが、今はかなり薄くなっている。
…そうか、穢れは祓えるから。
だが、神としての記憶のない瀧には、祓い方が分からなかったので、真っ白にはしてやることはできない。
「気を付けて行け。もう間違えるなよ。」
相良は頷いて、馬で走り去った。
それを見送ってから、瀧も馬に跨がろうとしていると、上から声がした。
「瀧!」
瀧は、そちらを見上げた。
そこには大聖が、月と一緒に浮いていた。
「…え。」瀧は、叫んだ。「大聖!お前、結麻は?!」
大聖は、急いで降りて来た。
「少し離れた隙に、連れ去られた。」瀧が、目を見開くと、大聖は急いで続けた。「警備兵が探しているが、何の気配もしないんだ。伊津岐様が来られて、主に聞けと。主が知っているって。」
オレが?!
瀧は、イライラしながら首を振った。
「オレは今度はあいつを拐うことに関与してねぇ!が、吉という奴が逃げ帰ってて、オレの土地を自分名義に勝手に変えた上、お前らから情報を集めて来いとかオレに迫った。仲間の一人が、しかし吉にそれを依頼した奴の本来の目的は、結麻なんだと教えてくれたから、急いで戻ろうとしていたところなんでぇ!あいつはオレに、その依頼者の奴から渡された、能力者の力を封じるとかいう札みたいなのを腕に貼って、確かに力が削がれてる。とはいえ、全部じゃねえ。」
大聖は、そう言いながら腕を出す瀧の、その腕に残る異様な紋様のようなものを見た。
「…なんだそれは。呪?」
瀧は、頷く。
「呪術師とか仲間は言ってたな。なんでもその呪術師ってのは、神の力を封じる呪すら扱えるとかなんとか。本当かどうかは分からねぇ。オレも確認したわけじゃねぇからな。」
貼ったと瀧は言ったが、それは書き込まれたようにピッタリと腕にあり、剥がれそうにはなかった。
「…なんてことだ。だが、恐らくこれは、人の能力者専用だから、主には完璧には効かないんだ。主は人であって人ではない。中身は神だからな。消せるはずだ。」
瀧は、顔をしかめた。
「…とうやって?それより、結麻の行方だ。気を探ったか。」
大聖は、頷いた。
「探ったが、全く気取れなかった。西の紅天様が、オレ達には見つけられぬから、伊知加を探せと言われて。それで、警備兵達はそのままで、オレはこっちへ。神から見てもかなり面倒なことになっているようだった。」
瀧は、腕を見つめながら、考えた。
大聖には探せない。伊知加が知っているから伊知加に聞け…。
「…これか?」と、腕を振った。「これのことじゃねぇのか。そうだ、結麻は呪術で隠されているんだ!呪術だから、それを破って探せってことだ!」
大聖は、息をついた。
「でも、どうしたらいいんだ。呪術なんか知らない。聞いたこともない。あるらしいというおとぎ話みたいなことは聞いたことがあるが、現実には…。」
瀧は、その呪を見つめた。
何か、解く鍵があるはずなのだ。
「…オレのは後でいい。」瀧は、腕から目を離した。「結麻を隠している呪を破って中を気取る方法を…。」
大聖は、首を振った。
「まずは主の呪を解かないと!結麻を助け出すのも難しくなる!」
そこへ、背後から声がした。
「見つけたぞ。」ハッとして振り返ると、そこには吉が馬に乗って居た。「戻って来るとは愚かな奴!死ね、術が使えないお前なんか怖かない!」
吉は、刀を高く上げて真っ直ぐに瀧に突っ込んで来た。
「瀧!」
大聖は叫んで浮き上がった。
瀧は、吉を睨んでその場を動かなかった。




