面倒なこと
瀧は、自分の結界が守る集落へと帰っていた。
相良や他の仲間が出迎えてくれるのに、瀧は大きく膨れた布袋を放って寄越しながら、馬から降りた。
「金だ。ここ数日で結構稼げたぞ。オレはまた戻らなきゃならねぇ。神主の里で落ち合う約束でな。で、お前らは上手くやってたか?」
相良は、布袋を受け止めながら、答えた。
「それが…吉が戻ってて。」
え、と瀧は驚いた顔をした。
「…中へ入れたのか。」
相良は、頷く。
「あいつ、大金を持って戻って来たんだ。集落の皆のために、依頼を受けて来たと言って。お前は戻らないし、確かに米も心許なくなってた。炭の流通はどうしようかと悩んでいたところだったし、まだできてない。金になるまでいろいろ間に合わないと思って…助かるだろ?それを見越してあいつはわざわざ金を持って逃げずにここへ戻って来たんだぞ。」
相良は、吉を瀧に相談なく中へ入れたことで、後ろめたい気持ちがあるのか、必死に言った。
瀧は、息をついた。
「…とりあえず、オレが話そう。金をもらってるんなら、そっちも勝手に吉が決めて来た依頼だろうが。いったいどんな依頼だ。」
相良は、バツが悪そうに答えた。
「それが…中津国一之宮の神主から、何かの新しい儀式?の真相を聞き出して来ること。お前はあいつらの中に居るし、情報には事欠かないと吉は思ったみたいだ。」
瀧は、顔をしかめた。
「オレはそいつらから雇われてんだぞ?裏切る事はできねぇ。そもそもオレはただの護衛だし、そんな突っ込んだ話を聞ける立ち場にねぇ。」
瀧は、相良を睨んでそう言った。
相良は、頷いた。
「分かってる。だから、とにかく適当なことを言って吉にその情報を持ち帰らせたら良いんじゃないかって。それで残りの金をもらえなくても、とりあえず前金はたくさんもらってる。今から受けられないとは言えない。」
瀧は、吉の家の方へと足を向けた。
「…とにかく、吉に詳しい話を聞く。受けるかどうかはそれからだ。使っちまった金も、オレが持って帰った金で補填して返せるだろ。相良、もう危ない橋を渡らずに済むから、結麻を拐う依頼を受けたんじゃねぇのか。菜種も育って来てるし、春まで踏ん張ったらそれなりの収入になる。炭の販路は大聖に頼んで南之国へ入れられるように神社から渡りをつけてもらおうと思ってる。真っ当に生きて行くために、オレ達はあんな事件を起こしたんだ。もう、そんな依頼は受けねぇつもりなんだよ。」
相良は、息をついた。
「…分かってる。」と、瀧を見た。「その前に、瀧。オレ、能力が使えなくなった。」
え、と瀧は足を止めた。
「え、ということは今は結界はオレの力だけか。」
言われてみたら、相良の力を感じない。
相良は、頷いた。
「…なんでなのか分からなくて。結麻に言われた通りに、良子の体に浄化の気を送り込もうとしたのに、数日前からそれができなくなったんだ。良子はもう元気だし、薬草だけで問題ないが、何かあったらまずいかと。」
瀧は、じっと相良を見つめた。
「…もしかして、吉が戻ってからか。」
相良は、ハッとした顔をした。
「…そうだ!確かに、吉が戻って来る直前までは、ランプに火を入れたりできて…あいつを迎え入れたりして、話を聞いてその後、いつものように良子の治療をしようとしたら…出来なかった。」
…もしかしたら、穢れか。
瀧は、ここ数日で学んだことを思い出してそう、思った。
結麻は、吉が穢れていると言った。
そして、相良は…?
瀧は、どうやって穢れなんか見るんだと目を細めて相良を凝視した。
すると、思ったよりあっさりと、その胸の辺りに黒いモヤモヤとしたものが、ハッキリと見えた。
…これが穢れだ…!
瀧は、一瞬沸き起こった嫌悪感に驚いて、すぐに目を反らした。
出迎えている者達は、皆瀧と相良を取り巻いているが、少し離れていた間に、子供達以外全員の胸に、僅かばかりの黒いモヤモヤが現れていた。
「…ああ。」瀧は、悟って続けた。「相良、お前は力を失ったんだ。神から与えられた力は、命が穢れると消える。穢れと神力は相容れないからな。」
相良は、戸惑いがちに言った。
「神だって?信じてないと言ってたじゃないか。神は何も助けてはくれない。なのにお前は、あの神に仕えるとかいう男と結麻の言う事を信じて、そこまで堕ちたのか。やっぱりお前は、吉が言うようにオレ達を神の前に引きずり出すとか言って、神社に連れて行って閉じ込めるつもりなのか!」
吉は、そんなことを言ったのか。
瀧は、首を振った。
「違う!神はオレ達を助けようとしているんだ!だから穢れたんだな…吉のせいか!」
すると、背後の家の戸が開いて、見違えるほど醜悪な顔付きになった、吉がこちらへと出て来た。
「…う…!」
臭気がする。
瀧は、思わず鼻と口を押さえたが、そんなものではこの臭気は防げなかった。
源太ほどではないものの、十分にそれは耐えられないほどの腐った臭いだった。
「なんだ瀧、帰って来たのか。金を持って?飛んで火にいるとはこのことだな。」
瀧は、鼻を押さえたまま言った。
「何を言ってる。ここはオレの土地だ。帰って来るのは当然だろうが。」
だが、吉は首を振った。
「権利証は?」
瀧は、ハッとした。
言われてみたら、誰もそんなものは気にも止めないので、自分の家に放置してあったはずだ。
…さては居ない間に書き換えたか。
「…偽造したな、吉。」
吉は、頷いた。
「もうここはオレのものだ!隣り町は今、あいつを失ったことでカオスな状態で、我こそはと空いた席に座りたい奴らが居て、いくらでも金を出すんだよ!今情報戦の真っ只中だ。どうしても、神社が何を考えてるのか、確実な筋からの情報が要る。あいつらは金をあちこちにバラ撒いて、その中から確実な情報を持って帰った奴を次の情報屋として使うつもりだ。入り込むチャンスなんだ。何もどうせそいつらに上前をはねられることになる、菜種油やら炭やら、汗をかいて作る必要はない!こいつらに苦労させようったってそうは行かないぞ?オレの方が確実にこいつらを養って行けるんだからな。」
そういうことなのか。
瀧は、相良を見た。
相良は、下を向いている。
…相良も楽な方へ流れたんだな。
つまりは、他の仲間もそうなのだろう。
だからこそ、穢れを受けてしまっているのだ。
…一つの選択が穢れを生むのだ。そこまで穢れずに生きて来られたのは奇跡よ。神であるから…。
緑楠の言葉が、脳裏を過ぎる。
…オレは、やはり伊知加だ。
瀧は、思った。
これまでこれらが穢れずに済んだのは、自分が保護して必要な決断は全て自分がやっていたからなのだ。
知らない間に、神に導かれて守られていたことを、これらは知らない。
そして、穢れが穢れを生み、吉から出た毒は全てを毒して、ここはもうかつての居場所ではなかった。
瀧が、呆然とそれを悟って立ち尽くしていると、吉は言った。
「…お前の選択肢は二つ。このまま戻ってあいつらから確実な情報を持って帰るか、ここでオレ達に囚われて、相良が代わりとしてあちらに護衛として戻って、情報を仕入れて来るか。二つに一つだ。子供は養いたいだろう?抵抗しない方がいい。」
瀧は、子達に視線をやった。
大人達の後ろで、怯えてブルブルと震えている。
…だが、オレは神だ。
瀧は、吉を見上げた。
「…オレは情報なんか持ち帰らねぇ。」皆が、息を飲む。瀧は続けた。「神は大勢を助けるために、少数を犠牲にすることもあるらしい。オレを捕らえるって?やってみろ、相良は力を失ってるぞ。」
吉は、フフンと鼻を鳴らした。
「何の対策もないと思うか。」と、懐から、何やら紙に書かれた絵のような物を取り出した。「能力持ちの力を奪う呪だ。世の中には、こんなものがあるんだよ!」
吉は、臭気を撒き散らしながら瀧に襲い掛かって来た。
「…ぐ…!」
臭いで目がくらむ。
瀧が思って思わず手でそれを制しようと前へと出すと、吉はその手にその紙をべったりと貼り付けた。
「…やったぞ!」吉は叫んだ。「これでお前は力なんか使えない!もう怖くない、怖くないぞ!」
瀧は、その紙を剥がそうとしたが、まるで皮のようにピッタリとして剥がれなかった。
そして、その土地を包んでいた瀧の結界は消失した。
「…連れてけ。家に閉じ込めて見張りをつけろ。相良、お前が代わりだと言って神主の里へ行くんだ。」
相良は、頷いた。
「…分かった。」と、瀧を見た。「瀧、家に行こう。」
瀧は、そのまま相良に従って、無言で自分の家の方向へと足を向けた。




