もう一度祖父と
それから、結麻達は初生達と話し合った。
とりあえず、治安云々の前に腐り切った役人達から先に、何とかして行かねばならない。
そこで、逃げ場がないように、神倭全域で、一斉に面通しの儀式と銘打って、全ての民を神社に召し、神に顔を覚えて頂き、加護を与えるという儀式を執り行うと決めた。
全国民となるとかなりの時間が掛かるので、まずは役職の職員とその家族からと定め、今は11月中旬、準備を整え終わるのが年末として、きりの良い正月から、と各神社は準備を始めた。
なので、正月恒例の一之宮詣はなくなり、二之宮三之宮もその日、多くの人を迎えて精査に入る。
どこの神社も、そのことに対して妥協なくしっかり向き合うようにと各神からの強い言葉が降りで、緊張して準備に励んでいた。
大聖と結麻が留守にしている中津国一之宮では、聖と美智子、それに新米の三奈の三人で、準備はできるのだろうか。
結麻は、それを案じていた。
なので、言った。
「…こちらのことも気に掛かりますが、我らは中津国一之宮の神主と巫女なので。あちらが気に掛かります。一度帰った方が良いのでしょうか。」
初生は、それを聞いて顔をしかめた。
「…確かにその通りよ。三奈という新しい巫女も、本来三之宮の巫女なのだから、そちらへ戻らねばならないだろうしな。では、戻って参るか。」
大聖と結麻は、揃って頷いた。
「は。また、必ずこちらへ参ります。」大聖が言う。「…それで、瀧はどのように。」
瀧は、答えた。
「オレは結麻の警備兵だからなあ。解雇されたわけでもねぇし、ついてくことになるだろうが、一度集落の様子を見に帰られせてくれ。あいつら、多分相良が居るから上手くやってるだろうが、心配なんでぇ。大聖からもらってる給料も、渡しておいてやりたいしな。冬は米もバカ高いから、金は多い方がいいし。」
大聖は、頷いた。
「ならばそのように。飛んで行かれたら速いのだがな。」
瀧が、驚いた顔をした。
「え、飛ぶ?!お前らまさか飛ぶのか?」
結麻も、驚いた顔をしている。
大聖は、声を落とした。
「声が大きい。神が祖なんだから飛べて当然だろうが。誰にも知らせてはいないがな。神主は、皆飛べる。人前では絶対に飛ばないが、高く上がれば鳥にしか見えないので、時には飛ぶ。だから、主なら絶対飛べる。」
マジかよ。
結麻は、思って聞いていた。
瀧は、顔をしかめた。
「そんなことできた試しもねぇから、馬で行く。二時間ほど待っててくれたら行って帰って来るよ。」
大聖は、頷いた。
「ならば、お祖父様にご挨拶をせねばならぬから、退役神主の里で落ち合おう。場所はわかるだろう、主なら結界を気取れるはず。」
瀧は、頷く。
「分かるから絶対近付かないようにしてたよ。だが、どうするんでぇ?船で一気に中之国まで戻るなら、オレ達の船を使うがな。それならお前達があっちへ来た方が早くないか。」
言われてみたら、その方が速い。
だが、大聖は首を振った。
「船で行くにしても、主には結麻の警備という務めがあるだろう。神主の里から港まで、警備してもらわなければならない。油断は禁物だ、何があるか分からないからな。」
瀧は、頷いた。
「そうだな。じゃあいずれせよオレはそっちへ行くよ。」と、立ち上がった。「それじゃあまた後で。」
瀧は、言うが早いかさっさと出て行ってしまった。
大聖は、それを見送って立ち上がる。
そういえば、大聖は瀧に対してはお前とは言わずに、主、と言うようになっている。
結麻はそこに大聖の意識の変化を感じながら、立ち上がった。
すると、初音が言った。
「鳥居まで送ろう。これからお互いに共に励まねばならぬしな。」
大聖は頷いて、そうして結麻と三人で、外へと向かった。
途中、結麻だけはあの布を被って姿を隠し、境内へと遅れて向かった。
すると、もう佐伯達が馬車を準備して、待機していて、大聖と初音が何やら二人で話しているところだった。
大聖が、結麻に気付いてこちらを見た。
「…結麻。また戻って来るので荷物は大半置いて行かせてもらうことにした。身軽になったし、船を使えばもっと早く帰れるだろう。」
結麻は、頷いた。
「ええ。」と、初音に頭を下げた。「初音さん、ではお世話になりました。」
初音は、頷いた。
「気を付けてな。何やら、面通しの儀式の布礼が出されてから、落ち着かぬ気を感じておるし、大聖にも重々気を張って参れと申しておったところよ。」
結麻は、驚いて大聖を見る。
大聖は、息をついた。
「恐らく、それを別の意味に取った身に覚えのある輩が居るということだろう。気を張って行こう。なに、退役神主の里までならここからすぐだし、その後は瀧が居る。問題ない。」
そうね、瀧は伊知加様だもんね。
結麻は、頷きながら足を進めた。
馬車へと乗り込むと、身軽になった馬達は空の馬車を引いて軽々と動いて行き、結麻と大聖が乗った馬車もそれに続いて鳥居を出る。
…結局、南之国の観光もできなかったなあ。
結麻は、そう名残惜しく感じながらも、南之国を後にしたのだった。
退役神主の里までは、本当に目と鼻の先だった。
相変わらず何もないように見える場所へとぐるりと回り込み、そしてポツンとある鳥居の前に到着する。
すると、中から聖矢が出て来て、出迎えてくれた。
「よう戻った。中へ参れ。皆待っておるのよ。」
皆?
と結麻は思ったが、中へ入ってその意味を知った。
多くの神主達が、そこで立っていたのだ。
誰が誰だか分からなくて混乱したが、聖矢が言った。
「皆、主らの話が聞きたいだけよ。やはり、あの男は伊知加様だったか?」
え、と大聖も結麻も驚いた顔をする。
「…えっ…伊知加様をご存知なのですか?」
大聖が言うと、聖矢も他の神主達も頷いた。
「知らぬのは主ら、若い者達だけよ。初生は知らぬやも知れぬ…何故なら、伊知加様は伊津岐様の所にばかり留まっておられたからの。聖はなので知っておる。まだあれが、たった15か14の頃に、伊知加様はお隠れになられたからの。それからは、教える形も変わり、それまで原初の神は六柱と教えられていた我らだが、そこからは五柱と教えるように神からの指示があったゆえ、そう教わっておるはずよ。」
大聖は、渋い顔をした。
「…それが…」と、まだ佐伯達が傍で馬や馬車を片付けているのを見てから、続けた。「屋敷へ参りましょう。」
聖矢は、察して頷いた。
「…参ろう。準備はしてある。」
そうして、結麻と大聖を連れて、聖矢は自分の屋敷の方へと歩き出す。
他の神主達も、その後ろをぞろぞろと歩いてついて、異様な様子で聖矢の屋敷へと向かったのだった。
屋敷の中では、聖矢が言ったように、大きな畳の間の襖を全て取り払い、大きく場所を作ってあって、皆を迎え入れて話をする準備は始めから整えていたようだった。
案内されるまま、大聖の横へと座った結麻だったが、聖矢はその前に向かい合って座り、その両隣りからわらわらと退役神主仲間が埋めていって、その数は10人ぐらいだった。
結構な数が居るのに驚いていると、聖矢は言った。
「ああ、端から…名乗っておったら時がかかるからそこは端折るが、ここでは祖父、曾祖父も生きておる者が居ってな。皆見た目は緩やかに老いておるだけで、長生きなのだ。もちろん、外には知らせておらぬ。大騒ぎになってしまうからの。」
大聖が、皆にまとめて頭を下げた。
「聖の息子の大聖でございます。」
皆は、早く話が聞きたいと思っているのか、会釈して微笑むだけで、それには答えなかった。
聖矢が、言った。
「…それで。伊知加様はどうであったか?」
大聖は、顔を上げた。
そして、口を開いた。




