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天高く巫女肥えるべきこの世界から  作者:
初めての遠出
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考え

瀧は、目は天井を見ていたが、実際は他の場所を見ているような顔をして、言った。

「…オレは、親父とお袋を殺したおっさんのことを、確かに殺そうと思った。だが、できなかった。あと一息力を入れてれば、あのおっさんは死んでいた。だが…何かがオレを止めたんだ。こいつを殺しても、二人は帰って来ねぇ。おっさんにも子供が居る。だから…オレは踏み止まった。それだけなんだ。別に、そこにお綺麗な理由も何もねぇんだよ。」

結麻は、頷いた。

だが、結局殺さなかったのだから、伊知加の判断だったのだろう。

瀧は、続けた。

「神ってのは、大勢の命を守るのを金も貰わず請け負ってるだろ?だが、オレはそんなこたぁできねぇ。現に、あの港町には今集落に囲ってる奴ら以外にも、困ってる子供はたくさん居た。だが、オレはその中から選んだんだ。全部助けることは無理だった。だから、自分が助けたいと思った奴だけ連れてきた。相良は生まれたばかりの妹と共に捨てられてて、途方に暮れてそれでも何とか生きようとしてたから連れてきたし、他も自分がいいって思った奴だけ連れて来て、一緒に生活してたんだ。そこに、情もへったくれもあるか?他にもたくさん居たのにあいつらだけ助けたんだからな。」

…多分、それはみんな魂が綺麗だったからよね。

結麻は思った。

無意識に、自分と同じような命の者達を、選んで側に囲っていたのだ。

何しろ、結麻でさえあの結界内の人達と接するのは、とても心地よかったし、町中で歩いていたような、不安感も臭気にも悩まされずに済んだ。

瀧は続けた。

「…吉もだ。あいつは最初は頑張る男だった。でも、連れてきてあの中に居ると、他が仕事をするなら自分はいいかって、ダラダラするようになった。でも一応仲間だったし、どうしようもない奴だったが、それでも何とかしてやろうと思ってたんだ。なのに…オレは切り捨てた。他の皆のためにな。あそこにはあそこのルールってのがあって、仮に自分が捕まっても決して中に入れないと決めていた。あそこにはオレ達の仲間と一緒でないと入っては来れない仕様になっててな。後で必ず助けるから、決してここの場所は明かしたとしても、中まで連れて入っちゃならねぇと強く言って聞かせてた。だが、吉はオレ達を売った。だから、あの時他の仲間のためにもあいつを切り捨てるしかなかった。言い訳だがな。」

結麻は、口を開いた。

「…吉さんは、穢れを受けてたわ。」瀧が、眉を上げる。結麻は続けた。「黒くなりつつあったの。あなたの結界内には、そんな人は一人も居なかったのに、あの人だけよ。そもそも、あの結界の中で穢れる方が難しいのに、おかしいなって思ってたの。あの人、あの作戦の前にも別行動とかしてた?」

瀧は、考える顔をした。

「…吉は、確かにあの依頼を受けて来る前の数日間、行方をくらましてたな。一週間ほどだ。その後、戻って来てこんな依頼を隣り町の酒場で受けたって言って、渡りをつけて来たのはあいつなんだ。ちょっと嫌な気配がしたが、オレ達はお前達のように命の中まで見る習慣はねぇ。穢れてたと言うのなら、その時かもしれねぇな。何しろ、それから酒グセももっと悪くなったし、家もゴミ屋敷になったもんな。」

ということは、吉さんは隣り町で穢れを受けたのかも知れない。

どんな経緯か分からないが、きっと何かあったのだろう。

人はかくも弱い…。

結麻は、思った。

生活に困窮していたら、尚更だ。

そんな中で皆を守り、尚且つこれほどに真っ白に輝いて見えるほど、穢れのない状態でいられるのは奇跡だ。

必ず、どこかで選択を間違えるだろうからだ。

だが、瀧はそんな中でただの一つも選択を間違えずに生きて来たのだから、やはり間違いなく命が神だからなのだろう。

瀧は、息をついた。

「…ま、だからよ、オレはそんなお綺麗な命じゃねぇの。」瀧は、結麻の考えていることが分かるかのように言った。「いつでも迷ってた。お前の誘拐の件だって、ギリギリまで迷った。が、見たこともない皆に大切にされている恵まれた巫女より、必死に生きてる仲間達の未来の方が、オレには重かった。だから受けた。巫女には悪いと思ったが、その一人でオレ達皆が助かるんだから許してくれるだろうって勝手に納得してた。思った通り前金で、何とか米も手に入って子供達も飢えさせずに済んだ。嬉しそうに飯を食う子達の笑顔を見て、もうオレは迷わなかった。」

結麻は、頷く。

それで、良かったのだ。

「…間違ってないわ。あなた目線からは、それが最善だっただけよ。結局、伊津岐様の仕業だったしね。それに、拐っただけでは穢れないわよ。だって、私は結局特に実害は受けなかったもの。」

瀧は、息をついた。

「焦ってお前を殴って昏倒させたのにか?」結麻は、確かに殴られたけど、と黙る。瀧は言った。「ほんとはな、オレは依頼には誠実に向き合ってたし、金をもらうからにはきっちりやるのが信条だった。だから、お前をあの男に引き渡して、さっさと帰ろうと思ってた。が…お前を見てると、うちの良子と大差ねぇ。あのままあんな男のいいようにされるのを、見逃すことはできなかった。ギリギリまで迷った…信条に反するからな。金はもらってるし、それはこれからの生活に必ず必要だ。迷った末…オレは、あいつらを始末して、お前を連れて帰ろうと思った。相良はオレの決断を察して、あいつを走る馬車の上から放り出した。死ぬのは分かってた…死んでもらうつもりだったからな。」

それでも、相良は穢れていなかった。

結麻は、思った。

恐らく、世の穢れを祓った、ぐらいの判定で穢れを受けることはなかったのだろう。

瀧は、大きく息を吐いた。

「…ま、結局オレはいつなり迷ってたし、これと思って確信をもって生きてたわけじゃねぇ。神はいろいろ知ってて賢いって聞いてる。オレみてぇに、あれこれ迷っては必死に考えて決断なんぞ、やったことねぇだろうよ。だから、買いかぶりなんでぇ。あいつらは間違ってる。オレは神じゃねぇ。」

いや、あなたは伊知加様よ、きっと。

結麻は、思った。

神様だって迷うのだ。

それを、人に見せないだけで。

「あのね、瀧。」結麻は、言った。「あなたこそ、神様に求め過ぎだわ。神様だって迷うと思うのよ。だって、地上の未来なんて人が作ってるのに、神様にどうにかできるはずないじゃないの。神様は、少し先の未来なら、予測は付くかと思うわ。でも、人がどう動くのか分からないのに。もっと先は分からないわ。キリサ様だって、その試行錯誤の結果、人として降りようと決断なされたのよ?他の神様は反対なさったと言ってたでしょう。真理を未来を知っていたら、反対したと思う?同じ思考で皆、反対したのではない?伊津岐様もそう。伊知加様が降りると言った時、反対されたのよ?なのに行っちゃって、最初は悩んだと思うわ。でも、緑楠様に転生した伊知加様を見てもらって…親友の決断を、受け入れようとなさったと思うの。そうするまでには葛藤もあったと思う。神様だって、悩むのよ。完全無欠ではないわ。そんな風に思うのがそもそも間違いなの。話を聞いていても、あなたはきっと伊知加様だわ。神様だからこそ、ギリギリのところで穢れを回避する決断を続けて来られたのだと思うの。本来、人は脆いわ…吉のように。たった一つの判断で、簡単に穢れてしまうものなのよ。」

瀧は、それを聞いてムッツリと黙り込んだ。

結麻は、どうか瀧がそれを受け入れて、その上で人として何ができるのか、これからどう生きるべきなのかを落ち着いて考えてほしい、と、心から思って瀧を見つめていた。

瀧は、目を閉じて諦めたように小さく頷くと、息を吐いた。

そして、言った。

「…分かってる。」結麻が眉を上げると、瀧は結麻を見た。「…本当はな。オレ、あの伊津岐って神を見た時、懐かしい、って思ったんだ。」

え、と結麻は口を押さえた。

瀧は、またため息をついていた。

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