本殿にて
本殿に入ると、たくさんの餅が積み上げられてあった。
どうしてあんなにと思ったが、餅の真ん前に案内された結麻は、それが全部自分のためなのだと悟った。
二人の神と話すのに、神主は全く平気だが、巫女は耐えきれなくなるからだ。
ふと、先に座った瀧のほうを見た。
「…瀧、おなか空いてない?」
瀧は、緊張気味な顔で、何を言ってるんだという顔で結麻を見た。
「は?こんな時に、お前なら腹が空くか。いや、お前なら空くのかもな。その餅食ったらいいじゃねぇか。」
結麻は、布の内側で顔を赤くして言った。
「もう、違うってば!私たち巫女って、力を使うとおなかが空くの。だから、力のために太ってるのよ。で、たくさん食べなきゃ力を失って、酷い時には死んじゃう。さっき、緑楠様とお話したから、ちょっと空いてきてるのよね。あなたは大丈夫なのかなって。だって、神主の家系じゃないじゃない。」
瀧は、むっつりと答えた。
「…なんか知らんが死ぬとか言うならさっさと食え。だが、オレは別に。腹減ってねぇよ。」
まじか。
結麻は、納得いかなかった。
単に瀧が緊張しているから、空腹を感じないのかもしれなかった。
大聖が何かを言おうと口を開いた時に、目の前に緑楠と、伊津岐の二人が出現した。
「…伊津岐様!」
結麻は、思わず声を上げた。
離れたのはほんの数週間のはずだったが、何やらものすごく長い時間離れていたような気がする。
どこまでも、伊津岐に依存して生きていたのだと、結麻はやっと知った。
伊津岐は、笑った。
「よお、結麻、大聖。よく頑張ったな、ま、緑楠と一緒に見てたんだけどよ。」
やっぱり。
大聖と結麻が思っていると、緑楠が言った。
「我は、伊津岐に頼まれておったし、まあ、我とて気になっておったからの。長年、あの辺の外は見回るようにしておったわ。」
結麻は、餅を口に入れながら、言った。
「それは、私たちがこちらへ向かって旅をしているときのことですか?」
緑楠は、微笑んで首を振った。
「いいや。それは伊津岐と二人で見ておったと申したであろう。我が伊津岐から頼まれておったのは、もっと前からよ。ゆえ、それを果たそうと思うておっただけ。」
大聖と結麻は、顔を見合わせた。
いったい、何を頼まれたのだろう。
初生が、言った。
「…それで、時々離れていらしたのですね。会合もないとおっしゃっておったのに、どこへと思うておったのです。」
緑楠は、頷いた。
「まあ、主は主の務めを果たしておるが、足りぬ。というか、主だけでなくすべての宮の神主が、だがの。それは、神の間でも問題として持ち上がっており、とはいえ、東の清輪のところはあやつがかなり強く申すから、そこそこうまくはやっておるようだがの。本来、神はあそこまで人に圧力をかけたりはせぬからな。」
伊津岐は、フンと鼻を鳴らした。
「清輪はやり過ぎなの。厳しすぎて巫女もさっさと辞めちまう。困ったもんだ。」
大聖が、言った。
「伊津岐様、もし足りぬと申されるのなら、もっと励みますので。ご指導ください。」
伊津岐は、大聖を見た。
「それは、戻ってからだな。まずは、お前は気づいたんじゃねぇのか。それが目的だ。汚職ってやつだ。腐りきって臭すぎて、オレたちでも近寄れねぇ人が何人か居てな。お前らに、外も見てやれって言ったら、お前ら役所に丸投げしたろうが。役所は役所で、じゃあ見回りしとくかって全く本腰入れる様子なし。役所なんかに丸投げしたら、そうなるに決まってるだろうが。あいつらの中に元凶が居るんだからよお。こうしてこうしてこうやれって、具体的に指示しなきゃならねぇの。清輪は最初から厳しくやってたから、あいつの所は役所も綺麗だ。が、うちは結構来てるぞ。緑楠の所もだがな。お前らが気取らねぇと、オレ達にはどうしようもねぇ。」
あの、源太みたいに臭いやつがまだ居るっていうの。
結麻は、あの時の匂いを思い出して、思わず食べていた餅をのどに詰めそうになった。
隣りの瀧が、急いで結麻にお茶の入った茶碗を渡して背中をトントンとたたく。
よく考えたら、瀧はさっきからじっと黙っていた。
初生が、言った。
「緑楠様、もしや我らの所にも?」
緑楠は、頷いた。
「居る。主は気立てが優しいのは良いが、役所の者たちが神社へ上がるのを各々の意思に任せておるだろう。なので、気づくのが遅れておる。聖は気付いて来ておった。だが、巫女の父親のこともあるゆえ、表立って動くのは、もっと証拠を押さえて詰めてから一気にやるべきだと考えておるようぞ。伊津岐に相談して参り、伊津岐はそれに気づいたのなら手助けさせようと聖に申し、そうして大聖と結麻はこちらへ向けて旅立った。あの旅は、最初からどう動くのか、決まっておったのだ。」
大聖は、言った。
「…我ら、港町にてあの場所を牛耳る、役人と繋がる男を見つけました。とても耐えられない異臭を放ち、あの場におりました。源太という名であると、瀧から聞きました。」
瀧が、ビクと肩を震わせる。
初生は、言った。
「…お前は、瀧という名か。あの辺りに住むのか?」
瀧は、答えた。
「…そこから、まだ山の方へしばらく行った高台の敷地に住んでいる。だが、あの港町はオレたちの稼ぐ場所なので、何度も出入りしているし、内情もよく知っている。」
初生は、頷いた。
「能力者として生まれたのに、緑楠様の身ぐるみ剝ごうとしたとか、盗賊のようなこともしておったのだろう。なぜにそのような無駄なことを。」
瀧は、初生を睨んだ。
「それしか、生き残る術がないからだ。」
初生は、じっと瀧の鋭い目で見られて少しひるんだが、しかし続けた。
「何のための能力ぞ。神から与えられたのは、そんなことをして生きるためではあるまい。」
瀧は、フンと蔑むように言った。
「…お綺麗に生きようと思ったら、そりゃオレだけならできたさ。だが、オレには守るものがある。お前らみてぇに神に守られて皆に敬われて、ぬくぬく生きてけたらそりゃ、真っ当なことだけして生きられるだろうよ。お前らはな、運がいいだけだ。次に生まれた時、オレと同じ立場になってみろ。ま、お前なら自分のために、手を汚すなんてこたしねぇんだろうがよ。」
初生が、顔をしかめる。
初音が、険しい顔で瀧を見た。
「なんと無礼な口を!お前に我らの何がわかると言うのだ!」
瀧は、言った。
「ああ分からねぇなあ。お前らだってオレたちの生きてる場所へ来たこともねぇだろうがよ。お前らだって、オレの何を知ってるって言うんでぇ!」
「待て。」伊津岐が、割り込んだ。「落ち着け、伊知加。お前のことは、ヒトには分からねぇ。オレは、これらにそれを話すためにここへ来たんだ。」
瀧も、結麻も大聖も初生も初音も固まる。
瀧は、怪訝な顔をした。
「…伊知加?伊知加とは誰だ。オレは、瀧だ。」
伊津岐は、頷いた。
「そうだな。お前はそう言うはずだ。何しろ、遥か昔、こいつらの祖先だって…」と、結麻を見た。「
お前は知らねぇな?大聖や聖、それに初生や初音の祖先のことだ。こいつらを遡ると、全部同じたった一人の男に行き着く。その話は聞いたことがあるか?」
結麻は、餅を食べるのを忘れて、言った。
「え…聞いたことがありません。」
初生が、慌てて伊津岐に言った。
「伊津岐様、それは決して漏らしてはならぬこと。いくら巫女でも、いつかは一般人となる結麻殿には、話さぬ方が良いのではありませんか。」
伊津岐は、首を振った。
「言っておかなきゃならねぇ。なぜなら、伊知加と関係することだからだ。」と、結麻を見た。「結麻、これから言うことは、仮に一般人と結婚して神社を出たとしても、絶対に口外しちゃならねぇぞ。分かるな?」
結麻は、何度も頷いた。
「はい。絶対に言いません。」
伊津岐は、頷いた。
「…聖も大聖も、初生も初音も、皆たった一人の神、キリサ…その頃にはまだ、字も無かったから、口伝でこいつらに伝わっているが、キリサという神が祖先となって分化してあちこちに配置されたんだ。キリサは、オレたちと同じ神だった。神主たちは知っている。」
え…大聖の祖先って、神様なの?!
結麻が、驚いて大聖を見ると、大聖は、険しい顔で頷く。
えええええ?!!
結麻は、驚き過ぎてまた餅を口へ放り込む手を止められなかった。




