南国一之宮
到着すると、中から初生らしい神主装束の男と、それによく似た、恐らく神主代理の跡取り息子らしい二人が、出て来て皆を出迎えてくれた。
…あの人達がこちらの神社の神主親子なのね。
結麻がそんなことを思っていると、大聖が言った。
「…あれが初生殿と初音殿。つまり、お前が断った縁談の相手の一人があの、初音殿だ。」
げ。
結麻は、それを聞いて思った。
そういえば、もうすっかり忘れていたが、そんな話があった気がする。
「…結婚する気はないってお伝えしてくれたはずだし、大丈夫よ。私は知らないふりする。」
大聖は、頷いた。
「その方がいい。」
そして、大聖は馬車から降りて出て行った。
「初生殿。聖の息子、大聖でございます。」
初生は、微笑んで答えた。
「おお、聖によう似て。よう来てくれたな。さあ中へ。緑楠様も楽しみにしておられたのだ。」
聖と初生が歩き出し、皆に頷き掛けると、馬と馬車もゆるゆるとその後について、鳥居をくぐる。
途端に、清浄な気が流れた、二重結界の内の、神社の結界内へと入った。
「供の者達は、そちらの祓え社の方へ。馬小屋もあるので、ゆっくり休むが良い。布団なども用意してあるから、好きに使うといい。」
初生が言うと、大聖は頷いて佐伯を見た。
佐伯は、頷いて御者台から、馬車の中へと声を掛けた。
「結麻様、どうぞお足元に気をつけてお降りください。」
ここで降りるのね。
結麻は、頷いて足を踏み出した。
だが、あの姿を隠す布を着ているので、足元が見えない。
とりあえずこの辺、と当たりを付けて下ろすと、そこには何も無かった。
「きゃ…っ!」
ヤバい、と思った時には、何かががっつりと自分を掴んでいた。
「…危ねぇ。」瀧の声だ。「お前な、気を付けろ。」
結麻は、頷いた。
「うん、ごめん。」と、見上げると、瀧の頭の後ろに、知らない神が浮いて、こちらを興味深げに見ていた。
「え、だ、誰?!」
佐伯は、何のことやら分からない顔をしている。
しかし、瀧は後ろを見た。
「え?」と、後ろに浮いている、誰かを見て思わず叫んだ。「げ!あの時のじいさんか!いや、若いぞ?!なんでだ?!」
あの時のじいさんって誰だろう。
その男は、ハッハと笑った。
「なんだお前か。よう来たの、我は南国一之宮緑楠尊ぞ。あの時は、ヒトに見せねばお前が混乱するだろうとあんな姿で居ただけよ。これが我。」
結麻は、じゃあこれが緑楠様だと慌てて頭を下げた。
「緑楠様、まさかこんな場所でお目通りするとは思うでもおらず。失礼致しました。」
警備兵達は、何もないのに大騒ぎしている2人に、困った顔をしている。
大聖が、慌てて言った。
「こら、瀧!じいさんとはなんだ、なんと失礼なことを!こちらをお守りくださる神、緑楠様だぞ!」
瀧は、呆然と緑楠を見上げた。
「え…神って、あのじいさんが?!こんなに普通に居るのか?!」
浮いてるけど。
結麻が、瀧の袖を引いて言った。
「ちょっと、落ち着きなさいよ!神様よ?!だから居るって言ったじゃないの!」
瀧は、まだ呆然と緑楠を見上げている。
緑楠は、笑って答えた。
「良い、爺の姿でコヤツをからかってやったから混乱しておるのよ。コヤツは我を人だと思うておったからの。」
瀧は、言った。
「だって、だってコイツ裏の森に普通に居たんだぞ?!良い身なりだから、身ぐるみ剥がさせてもらおうと思ったら、急に飛んで火の玉落としやがって。もう少しで黒焦げだ。オレだから良かったものの、別のヤツなら死んでた!」
だから身ぐるみ剥がそうとするのが間違いなんだってば。
緑楠は、言った。
「…死ななんだではないか。」ぐ、と瀧が黙ると、緑楠は続けた。「あんなところで何をやっておるのかと、本当は話しに参ったのだ。なのに主は、何やら必死に誰ぞが飢えるとか言うて金金言いおって。あいにく我には、金を与える事はできぬしな。冷静な時にまた話そうと、ああして衝撃を与えて我に返させたのだ。」
瀧は、ムッツリと緑楠を見た。
「…なんでぇ、思ったよりハッキリした姿で出て来やがって、神ってのはよ。信じてなかったのに、居るじゃねぇかよ。」
だからこれは神様なんだってば!
「こら!失礼だぞ、口を慎め!」
大聖が叫ぶ。
緑楠は、笑って言った。
「だから良い。コヤツのことは、ずっと見ておったゆえな。あれだけ薬草を生やしてやっておるのに、やっと気付いたようだしの。ゆっくり話したい。本殿へ連れて参れ。」
え、と結麻は息を飲んだ。
本殿って…。
初生が、言った。
「しかし緑楠様、本殿は穢れを持ち込む事は許されませぬ。聞いておると、コヤツの背景はそこまで綺麗では無いようですし…拝殿ではどうでしょうか。」
しかし緑楠は、チラと足元の初生を見た。
「…これのどこが穢れておる?」言われて、初生は黙る。何しろ瀧は、あれだけのことをしているのに、真っ白なのだ。「これが穢れるはずがない。穢れるようなことをするはずもないのだ。伊津岐が来る。あやつも話したいのだ。本殿へ連れて参れ。」
伊津岐様までわざわざ来るというの…?
確かに、もうここまで時間を取ったので、夕刻に近づいている。
あちらも、もう神社は閉じて、見回りの時間だろう。
伊津岐が来るには、良い時間帯だ。
皆困惑した顔をしていたが、瀧はもっと困惑していた。
が、緑楠はすぐに消えて行き、一行は瀧を連れて、中へと入って行ったのだった。
警備兵たちは最後まで何も見えていないようだった。
瀧は、なぜ自分が神などに目をつけられているのかわからず、困惑したまま案内されるままに本殿へと向かう回廊を歩いていた。
瀧は、小声で結麻に言った。
「…おい、オレは神社なんて来たのも初めてなんだけど。本殿とか拝殿とはなんだ。」
結麻は、答えた。
「拝殿はね、穢れていなければ誰でも入れる場所よ。祈祷なんかを頼んだら、大抵そこへ来て、神主が祝詞を読んでくれるの。でも、本殿は神様がいらっしゃる場所だから、決められた者しか入れないの。つまり、神主か巫女よね。」
瀧は、いきなりに足を止めた。
「え、だったらオレやめとく。」
結麻は、慌てて言った。
「駄目よ、もうあなたがどうこう言えることじゃないの!みんな反対してたけど、でも緑楠様が連れて来いって言われたんだもの。それに逆らえると思う?私の神様の伊津岐様まで来られるっていうのよ?あなたは、何を言われても行くべきなの。」
瀧は、ごねた。
「だから、寄ってたかってオレを殺そうとか思ってるんじゃねぇのか。オレはあのじいさんから、身ぐるみ剝ごうとしたんだぞ。あの時殺されそうになった。オレはあいつが、退役神主の里から来たと思ってたから、退役神主だと思ったが違ったんだ。オレは褒められたことをしてこなかった。生き残るためにはそれしかなかったから盗賊だってやった。そんな大層な場所に、タダで入れるはずなんかないだろ。どう考えても、オレは殺されるんじゃねぇのか。」
結麻は、ブンブンと首を振った。
「ないってば!神様は穢れを嫌うから神社の敷地内では人を殺したりしないわ。そもそも、人の選択に任せていらっしゃるから、直接手を下して殺すなんてしない。いいとこ、あなたも大聖にやったでしょ?攻撃したら、それを跳ね返すから、それを食らってどうにかなるぐらいよ。おとなしくしてたら、めったなことにはならないから!」
大聖も、頷いた。
「オレだって、本殿につれて入るとはって思ったが、緑楠様がおっしゃるんだから仕方がないだろうが。結麻が言う通り、神はよほど穢れたものでなければ直接手を下したりなさらない。まして、結界うちでなんて。安心しろ、いきなり殺されるようなことはないから。話したいとおっしゃっていただろうが。」
瀧は、渋々足を進めた。
「…そこまで言うなら、お前らを信じる。だが、オレは生きて戻らなきゃならねぇからな。もし、なんかあったらお前らを放って逃げるぞ。それだけは理解しててくれ。」
守らなきゃならないものがあるもんね。
結麻は、思って頷いた。
「絶対にないから。行こう?何かあったら、私があなたを守るわよ。」
瀧は、驚いた顔をしたが、ふっと笑った。
「お前が?オレを?」と、さっさと足を速めた。「そこまで落ちちゃいねぇ。」
結麻は、ぷうと頬を膨らませた。
「もう!なにそれ、私は本気なのに!」
瀧は、何かを吹っ切れたように、足取りも軽く進んでいく。
結麻は、本当に何かあったら絶対に瀧を守ろう、と心に決めていた。




